翌日 ―― 俺たちはさっそく、ベルヴィル議員の館に向かった。イリスは、あのまま動かないので、とりあえずクーラーボックスに入れて持ち運んでいる。
イリスを一刻も早く回復させるためにも、ドブラ議員のスライム奴隷を解放しなくては ――
そのための、根回しだ。
ベルヴィル議員には悪いが、体調不良だからといって遠慮していられない。さっさと治してやること、やってもらう。
―― ベルヴィル議員は、
そしてなぜか、俺とソフィア公女とゼファーが案内されて執務室に入ったとたん、書類の山の間から拳銃をぶっぱなしてきた。俺の横の壁に、穴があく。
よく見たら、壁も天井も穴だらけだ。
「ソフィア、どういうことなの? 体調悪いって言ったでしょ?」
「ごきげんよう、ベルヴィル。今日は、彼があなたの体調不良を心配して、助けになればと……」
「大丈夫よ。単に、いま拳銃が手放せないだけ」
「それは依存症の類いなのか?」
ダーン!
またしても拳銃…… 俺、そんな悪いこと、言ったか?
〈あーそれは、つらいなあ、ベルヴィルはん〉
ゼファーが前に進み出た。いきなり拳銃を連射されても初対面で話しかけるとは…… さすが行商人。見習いたいコミュ力だ。
〈拳銃ないと、どっかが痛むとかでっか?〉
その症状、初耳すぎる。
ベルヴィルが目を丸くして首を横に振った。
「違うわ。ただ、最近、夜に眠れなくて…… そのかわり、日中に落ちかけるから、拳銃撃ちつつ仕事してるわけ」
〈眠れないんでっか? なら、いい
「それ売ったらダメなやつじゃ?」
〈はっ、そうやったわ。ついクセで…… えろう、すんません……〉
俺がツッコむと、ペコペコと全方位に頭を下げるゼファー。
ベルヴィル議員の目が、険しくなる。
「売ったらダメな
〈へえ、じつは……〉
ゼファーが
そもそも当面は断られてた案件なのに、うまく繋げたものだ…… さすが (以下略)
〈…… そんなわけで、ドブラ議員は地下にスライム奴隷を飼って
「違法ね……」
ダーン!
拳銃が、天井に向かってぶっぱなされた。ベルヴィル議員、眠くなったらすぐに発砲してるのか…… 雨漏り大丈夫かな?
「すぐに十人委員の8区担当を動かして、ドブラ議員の捜査にあたってもらうわ…… と、言いたいんだけど」
ダーン!
「いまは、こんな状態だから、とても……」
「そこまで眠いだなんて。大丈夫ですの、ベルヴィル?」
「大丈夫よ、ソフィア。原因は夜に眠れないだけだし?」
「それなら、夜にお仕事をまわせば……?」
「仕事してると眠くなるのよ!」
あーなるほど…… 不眠症かな、ベルヴィル議員。
ソフィア公女が心配そうに顔をしかめた。
「とりあえず、いま少しだけ、寝てらしたら? 起こしてあげてよ?」
「いえ、けっこう。仕事はあるし、夜、よけいに眠れなくなるわ」
「とか言ってる場合でも、なさそうだが」
ダーン!
「睡眠障害は、仕事に支障が出るだけでなく、生命にも関わるぞ」
〈生命に?〉
「睡眠不足で死亡リスクが上昇するんだ」
ダーン!
「はっ。死亡リスクですって? 本音でいえば、もう早く死にたいわ」
「そんな、ベルヴィル……」
ソフィア公女、とまどっているな。普段なら 『死にたい』 などと言うタイプではないんだろう、ベルヴィル議員は。
「まあ、つらいのはわかる」
眠いのに眠れない状態がずっと続く…… 眠れないからといって、仕事がはかどるわけじゃない。
俺は前世で
ソフィア公女が俺を見る。
「リンタロー。あなたなら、治せるのではなくて?」
〈そやな。ほら、あの、うちの羽を生やした道具…… えーと、超速のナントカとか、使えまへんの?〉
ソフィア公女に続きゼファーも、期待を込めた目を俺に向ける…… いや、時間を早めても、なにも治療には…… ん? ちょっと待て。
「ベルヴィル議員。そこの仕事、何日ぶんある?」
「さあ? スッキリ片付いたことなんかないから、わからないわ」
「よし、とりあえず、仕事を片そう。それから治療だ」
俺たちは相談して、書類の山を割り振った。機密事項・重要事項はベルヴィル議員。それ以外は俺たちで手分けする ―― 処理速度は、30倍。
俺は 《超速の時計》 を全員に照射した。
「《超速 ―― 30倍》」
仕事、開始だ。
2時間後 ――
「すごいわ! 全部終わった! なのに、まだ、こんな時間!」
書類の山が片付き、ベルヴィル議員が祝砲 (?) をぶっぱなした。
ダーン! ダーン! ダーン!
「やはり、みなで協力できると速いですね」 と、ソフィア公女も感心したようにうなずく。
〈便利でんなあ、それ〉
ゼファーは 《超速の時計》 を物欲しげに見ているが…… 売らないぞ。
「さて、じゃあベルヴィル議員。とりあえず寝るか…… あ」
〈もう、寝てはるなあ〉
「ベルヴィル……」
机のうえにつっぷしてしまったベルヴィル議員の肩を、ソフィア公女がゆする。全然、起きないな。
よほど疲れていたんだろう。
「リンタロー。寝室まで、ベルヴィルを運んであげてくださいます?」
「俺でいいの? 使用人は?」
「いませんわ」
ソフィア公女によると、ベルヴィル議員は身の回りの世話をする使用人を、一切置いていないらしい。
「たとえ使用人でも、信用できないのだそうよ」
「そっか…… そういうとこも原因かもな。夜、眠れないの」
まあ、それはともかく。
まずは、ベルヴィル議員を寝室まで運んでしまうか。
俺は、ソフィア公女とゼファーに手伝ってもらって力が抜けた身体をおんぶした。背にあたる、もにもにと柔らかい感触に一瞬、冷や汗が出る…… が、さすがの女性アレルギーも、爆睡している相手には発現しないらしい。ほっ。
俺たちはソフィアの先導で、ところどころに低木の植木鉢が置かれた長い廊下を渡り、寝室に向かう ―― 広い館だが、使用人は最低限しか置いていないようだ。すれ違うと端に寄って頭をさげてくれるものの、誰ひとり、主であるベルヴィル議員を心配するそぶりはない……
「たしかに、ここの使用人、ソフィア公女のとことは違うな」
「ええ。ベルヴィルは家を継いだとき、古参の使用人を全員、追い出したそうですの」
〈ええー!? それ、どう考えても無理やん!? 忙しいおかたでっしゃろ?〉
「ええ…… ですが、本来は使用人を一切置きたくなかった、とベルヴィルから聞いたことがありましてよ、わたくし。さすがにそれは、現実的ではないですけれど……」
「なるほどな。で、秘書すら雇ってないから忙しくなるし、神経も休まる暇なく、とがらせたまま、と」
それなら不眠症になっても、おかしくはないかな ――
ベルヴィルの寝室も執務室と同じく、やたらと広い部屋だった。だが窓はなく、よぶんな家具や装飾もない。あるのはベッドと鏡と小さなチェスト、植物の鉢…… まるで要塞だ。
部屋の隅には数着の制服がかけられており、壁には、やはり銃弾のあと。
俺はベッドにベルヴィル議員の身体をおろして靴を脱がせた。
「あとの世話は、きみたちに任せる。眠りやすいようにしてあげてくれ」
「紳士ですのね、リンタローは」
〈任せとき〉
戸口に向かう俺の背後で、ソフィア公女とゼファーがごそごそとベルヴィル議員を着替えさせている気配がする。
彼女の性格を考えれば、すぐにも目を覚まして拳銃ぶっぱなしてきそうなものだが…… よほど疲れていたのか。あと、信頼されてるんだな、ソフィア公女。
10分後。
ソフィア公女とゼファーが戸口に戻ってきた。
「お待たせしましたわ」
「いや、ありがとう。ベルヴィル議員は、よく寝てる?」
〈うん、ぐっすりや。リンタローはんの、おかげやな〉
「どっちかというと、ソフィア公女のおかげだろ? 友だちと会えて、気が緩んだんじゃ」
「いえ……?」 と、ソフィア公女が首をかしげる。
「初対面なのに緊張させない、という意味ではリンタローの手柄ではないかしら?」
〈そやなあ。うちは嫌いやないで、その人畜無害な感じ〉
うん、ほめられてる気がしない。
「じゃ、ベルヴィル議員が起きるまで待つか…… 《神生の螺旋》」
俺はチート能力で前世のコンビニおにぎりと缶みそ汁を出して、ふたりに配った。
開けかたを実演してみせる。
「おにぎりは、こうやって、上から順にパッケージをむくと、こう……」
〈はぁぁぁ!? なんですのん、この大発明!〉
「すごいことでしてよ、これは!」
「…… それから、こっちのみそ汁は、ここのプルタブを起こしたらフタが開いて飲めるようになってて……」
〈なあ、リンタローはん! これ、量産できまへんの!?〉
「そうね。ぜひ、量産していただきたくてよ、リンタロー」
ゼファーとソフィア公女のきらきらした4つの瞳が俺を熱烈に見つめてくる……
「うーん…… 材料さえあれば、錬金術でなんとかなるかもな?」
〈よっしゃ〉 と、ゼファーが叫んだとき。
ダーン!
突然、銃声が響いた。
「もう起きたのか、ベルヴィル議員…… やっぱ不眠症の治療が必要だな」
ドブラ議員を倒してイリスの両親とイリスを救出するためには、ベルヴィル議員の体調回復が必須。俺たちが他国で好き勝手するわけにはいかないからな。
―― なんとしても、治そう。
決意してベルヴィル議員のベッドに近づき……
俺は、内心で叫んだ。
理 不 尽 !
部屋に、窓はない。
俺たちが戸口付近で見張っているあいだ、誰も入ってはこなかった。
なのに。
目を閉じたまま苦しそうに顔をしかめているベルヴィル議員の胸の上には、いつのまにか、またがっていたのだ。
耳と下半身が馬で、全裸の顔だけイケメンが ――