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第33話 スライムさんを手術した

 カチッ。

 警備用機械生命オートマタが、いっせいに照準を合わせる。目標は、俺。

 いつ撃ってこられても、おかしくない ――


{{大丈夫ですよ、リンタローさま! 絶対に守ってみせるのです!}}


 フルフェイスヘルメットのイリスと、防弾チョッキのイリスが、声を揃えて言う。


「ありがとう。頼りにしてるよ……」


 だが、君たちの自己同一性はどうなってるの、この場合?

 …… などと聞く余裕はさすがになく、俺は忙しくア○フォンの画面に指を走らせる。

 ファイル全選択、OK。あとは……


 ズダダダ 「ほい、一括消去」 ァァァンッ!


 警備用機械生命オートマタたちが撃つほうが、若干速かった。

 重なる銃声。そして、沈黙 ――

 一瞬後。

 警備用機械生命オートマタたちは、ガシャッと音を立てて床に落ちた。


「成功」


【冒険者レベル、アップ! リンタローのレベルが19になりました。HPが+8、力が+4、防御が+4、素早さが+3されました。体力が全回復しました!】


 おお、またしても2レベルアップか。警備用機械生命オートマタ、けっこう強かったみたいだな。


「ウィビー、助かったよ、ありがとう」


[とーぜんねー!]


 くにゃんと曲がって、ア○フォンがドヤる。


[ワタシ、究極のultimate天才intelligent頭脳brain、略してウィビー!]


「うん、知ってる…… イリスも、ありがとうな。おかげで、生き残れた」


{…………}


 ん? イリス? どうした?


「イリス? もしもし? 聞こえますか?」


 軽く叩くと、俺の頭と肩から、スライムボディーが力なく抜けた。

 急いで受け止め、床に寝かす。

 そのまま、ぴくりとも動かない ―― 意識障害。それも、昏睡状態だ。


「イリスさん!?」 〈イリスはんっ〉


 ベッドの下からい出てきたソフィア王女とゼファーが叫ぶ。


「ごめん、触らないで、ふたりとも…… 《神生の螺旋》!」


 俺はとりあえず、チート能力でバケツを出してイリスをなかにいれた。

 同じくチート能力で出した綿棒で閉じられたまぶたを軽くつついてみる ―― 瞬目しゅんもく反応、なし。

 呼吸は…… そもそも肺や気道がない。スライム族は皮膚呼吸だからな。

 あと、心音…… だが、そもそも心臓が (以下略)。

 もし人間であれば、脳の損傷、特に、脳幹へのダメージが疑われる事態 ―― しかし、イリススライムの場合は少し、違うはずだ。


「銃弾による、心核ケルノの損傷、ってところだろう…… だが完全には、止まっていない」


 心核ケルノは魔族やモンスターなどが持つ魔素マナの体内循環器で、人間でいえば心臓にあたる。

 もし心核ケルノが完全に止まってしまっていたら、石化して心核石コロケルノになっているはずだし、ボディーは粒子化して自然界に還っているはずだから…… まずい。

 つい、そのシーンを想像してしまった。俺の心臓が、しめつけられるように、きしむ…… だが。

 俺は、深呼吸をひとつした。切り替えなければ。

 大丈夫だ。あくまで、冷静に ――

 俺がこれからするのは、手術オペじゃない。医師としての仕事でもない。

 大切な仲間を助ける ―― それだけだ。PTSDもトラウマも無関係。頼むから、そう認識してくれよな、俺の脳みそ…… よし。いけるな。いこう。

 まずは、弾丸の摘出。そして、修復だ。


「《神生の螺旋》―― マスク、使い捨て用ビニール手袋、消毒液スプレー、それから…… ゾウさんジョーロ」


 人間なら数種のピンセット(摘出用や傷口の異物を取り除くため)や縫合の道具がいるところだが…… スライムボディーなら傷口を洗い流しつつ、指で弾丸をつまみ出したほうが良さそうだ。


「《錬成陣スキップ ―― ポーション》!」


 錬成したポーションをゾウさんジョーロに入れ、マスクとビニール手袋をはめ、入念に消毒液をスプレーする。ソフィア公女とゼファーにも、同じように準備してもらう。


「いまから、イリスのなかの弾丸を摘出する…… ソフィア公女」


「なにかしら」


「このゾウさんジョーロで、弾丸の回りを洗い流してくれ」


「わかりましたわ」


「ゼファーは、弾丸を取り出したあとに、消毒液をスプレー」


〈りょーかい〉


「よし、開始」


 機械生命オートマタから一斉に撃ち込まれた弾丸は、6コ ―― 取り出すのは、特に難しい作業ではない。

 なるべくスライムボディーに負担を与えないよう、そっと指を入れて探る。


「…… これで、5個。あとひとつ…… よし、6個。イリスさん、気分はどうですか?」


{…………}


 まだ、反応なしか……

 ひょっとしたら、スライムの驚異の能力で、弾丸摘出しただけで完全回復するんじゃないかと思ってたんだが。


「イリスさん…… どうして?」


〈イリスさん、まさか、このまま……?〉


「心配ない。予定どおりだ」


 ソフィア公女とゼファーを不安がらせたくは、ない。落胆を表に出さないよう、俺はなるべく平静さを装う。


「これから、心核ケルノの修復にとりかかる」


 修復には、いつも使う組織接着剤フィブリンのりは使えない。そもそも、スライムボディーのどの辺りに心核ケルノがあり、どう損傷しているかもわからない状況だからな……

 スライムボディーは、どこまで探っても、ひたすらプルプルなだけだったのだ。理不尽。

 だが、この理不尽なボディーのお陰で、最悪の事態を免れているのかもしれないよな。

 ―― ともかくも。

 医療が使えないなら、錬金術で修復を試みる。

 まずは、心核ケルノの材質チェックだ。


「《鑑定》 えっ……」 


『《特殊スライムの心核》 ランクLR レベルB(損傷のため) 売価――(売却不可) 材質:魔素マナ、スライム触媒 ※シュリーモ村の秘伝の書と恩返しの執念から生まれた特殊なスライムの心核。修復には非公開の錬成陣を使用し、3年7ヵ月必要』


 イリスの心核、LR伝説級か…… さもありなん。修復に必要なものは、ポーションだけで良さそうだが、問題は錬成陣だな。非公開、だと……?


「どうしましたか、リンタロー?」


「修復、すぐには無理だ」


〈そんな! なんでですのん!〉


「修復用の錬成陣が、おそらくはシュリーモ村の秘伝だからだ。戻って確認するか…… 「そんな! クウクウちゃんでも片道10日はかかりますわ!」


「そうだ」


 ソフィア公女の悲鳴に、俺はうなずく。


「だから、ドブラ議員を潰して、スライム奴隷を先に助け出そうと思う…… イリスの両親なら、知ってるだろ。秘伝の錬成陣」


〈そうかもしれんけど、無理かもしれんで……〉 


 ゼファーが、気まずそうな顔をした。

 そういえば、イリスの両親がどういう状態か、まだ聞いてなかったな。


「どうした? イリスの両親に、なにか問題が?」


〈イリスはんの御両親、たしかにつかまっとってんけど、正気を失って、ぼんやりしてはったらしくて…… イリスはんを見ても、なんの反応もなかった、って〉


「それで、イリスが泣いてたのか」


〈はい。ショック受けてたんですわ、イリスはん〉


「だったらなおのこと、助けないとな…… だが修復、どうするかな…… イリスの両親を治療できると、いいんだが」


「もし治療に時間がかかるようでしたら、イリスさんの御両親を助けたあとは別行動にすれば、いかがかしら?」


〈そやな! それ、いいんとちゃう?〉


 ソフィアの提案に、ゼファーがバサッと飛び上がって賛同した。たしかに、それしかないかもな。


「リンタローとゼファーさんは、イリスさんと御両親の治療を続け、わたくしとクウクウちゃんは、シュリーモ村に。秘伝を知ってるひとを、連れてまいりますわ」


「いいと思う。ソフィア公女には、負担をかけるが……」


「その程度。わたくしとクウクウちゃんでしたら、たいしたことなくってよ」


 ソフィア公女がふっと笑う。

 それから俺たちは、ドブラ議員のもとからスライム奴隷を救いだす算段をした。

 ―― ドブラ議員クラスの有力者にちょっかい出すなら、根回しは絶対に必要だ。

 ソフィア公女によれば、それは割かし簡単なのだという。


「先にベルヴィルに話を通しておけば、なよう、議会を動かしてもらえますわ、きっと」


「それは、すごいが…… 誰? ベルヴィルって」


「この別荘のオーナー。わたくしの学院生時代の友人でしてよ。いまは、評議会の議員と十人委員の3区を兼任していますわ」


〈えと、リンタローはん? 十人委員ていうのは、この国のルールを破るやつらをこらしめて、みんなの安全な暮らしを守る組織やで!〉


「なるほど」


 つまりベルヴィル議員は、警察・裁判所ネットワークの地域トップってことか。


「…… たしかに、そんなひとに味方についてもらえれば、心強いな」


「ええ。彼女も次期元主の座を狙っていますから…… きっと、ドブラ失脚のために協力してもらえましてよ」


 ものすごく気軽に重大なことを言われた感。


「じゃあ、さっそく連絡、頼めるか?」


「任せてくださいな」


 ソフィア公女は、ヴィジョン・プ○を装着。どうやら、ベルヴィル議員にはすぐにつながったようだ…… だが。

 しばらく話し合ったあと、深々とためいきをつくと、ソフィア公女はこっちを見て首を横に振ってみせた。


「ごめんなさい、リンタロー。ベルヴィル、いまは無理なのですって」


「忙しいのか」


「いえ…… 体調不良よ」


 だったら、俺の出番だよな。



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