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第32話 真実はわりと残酷だった

{ふっ…… ふみゅうううう…… みんな…… うぇぇぇぇ…… あんなの、ひどいのです…… ぴみゃああああ……}


 俺が 《神生の螺旋》 で出したバケツのなかでひとしきり泣きながら、イリスが話したところによると。

 ドブラ議員邸の地下には、ソフィア公女の情報どおり、多数のスライム奴隷がいた。だが、ハーレムという雰囲気でもないという。


{うっ…… くっ…… 詳しくは、ぅええ…… 映像を……}


「その状態で記録球オーヴになるの、無理だろ。まずは、気が済むまで泣いたほうがいい」


「まったく、そのとおりでしてよ! 無理はいけませんわ」


〈そやな。よしよし、イリスさん〉


 ソフィア公女とゼファーが、交互にバケツを抱きしめてイリスを慰めてくれた。


{リンタローさま…… みなさん…… ぷみゅっ…… ぴみゃああああ……} 


 イリスが、また泣き出す。よほどショックだったんだな。痛ましい。


「では、そろそろ帰りましょう…… 映像は、宿で見せてくださいね、イリスさん」


{ふえ…… はい…… ぴえええ……}


 俺たちは夕暮れの空を飛び、宿に帰った。

 俺たちの宿は、ホテルではなくソフィア公女の知りあいの別荘だ。首都リベレコの東はずれ、ファジュラ火山を遠くに望む位置にある。港から近いドブラ議員邸とは、街の中心部を挟んで反対側。

 離れているぶんドブラ議員の調査はしにくいが、この状況だと、かえって助かる。こちらの様子も、ドブラ議員からは探りづらいだろうから…… イリスとゼファーが攻撃されたということは、俺たちの存在がドブラ議員側にバレている可能性もあるしな。


{その点は、まだ大丈夫と思うのです!}


 別荘で先に夕食と入浴を済ませ、しっかり気持ちを落ち着かせたあと。

 記録球オーヴの姿に変身しながら、イリスが説明してくれたところによると ――

 ドブラ議員の館には、警備用の機械生命オートマタが大量に放たれているらしい。先ほどの攻撃は、巡回中の機械生命オートマタにゼファーがひっかかったために問答無用で、なされたのだとか。


〈面目ない…… けど、うちは素人やさかい 『庭のほうに迷いこんだら、なんか泥棒扱いされましてん』 とでも言うとけば、次もドブラはん、行けると思いますわ〉


「そっか…… で、イリスは、見つからなかったのか?」


{はいです! 壁に完全同化シンクロして、余裕なのです}


「イリスだけで世界征服できそうだな」


{えへ。リンタローさま、ほめすぎです}


 魔族には、ほめことばだったのか、世界征服。


「ありえませんわね」


 ソフィア公女が腕組みした。


「来客の多い商人の家で、夜間ならともかく、昼にそのように大量に警備用機械生命オートマタを放しているだなんて…… 普通はしませんわ」 


「隠し事がある、と白状しているようなものだよな」


 その隠し事が、イリスの涙の原因ってわけだ。


「イリス…… つらいだろうが、教えてくれるか?」


{もちろん、そのつもりなのです!}


 イリス 《記録球の姿》 が再生した映像には、ガラスでできたいくつもの水槽が並んでいた。

 首輪をはめた少女たちが十数人、液体の中に沈んでいる。なんかこの首輪、見たことあるな。

 ソフィア公女が眉をぐっと寄せ、腕組みをする。


「これ…… 魔力制限装置ですわね」


〈許せんわ…… まるで罪人扱いやんか〉


{もっと許せないのが、こっちです!}


 イリスが映した次の画像では、同じく首輪をはめた少女が太いチューブがいくつもついたドラム式洗濯機のような装置のなかで、ぐるぐる回されていた。

 まわるほどに、少女がしなびていく。しわしわにしぼむと、チューブのひとつに排出され、別のチューブから次の少女が送り込まれてくる……


「拷問か?」


「違いますわ」


 ソフィア公女の顔も声も、もはや完全に、こわばっている。彼女がこんなに怒ってるの、モンスターに襲われたときもなかったな……


魔素マナの抽出装置でしてよ。対魔族戦争以前に使われていた……」


「抽出? スライムから?」


「魔族は魔素マナを生み出せますの。まだ大気から魔素マナを抽出する技術が発達していなかったころは、魔族のなかでも弱いスライムをつかまえて抽出していた、と聞いたことがありますわ」


「つまりそれは、魔素マナを動力源として使うためだな?」


「ええ…… スライム2~3体で人間ひとりぶんの生活に必要な魔素マナが抽出できたそうですわ。かわいいし、魔素マナを抽出してもポーションにつけておけば回復するので、裕福な家庭では便利なペット感覚で……」


〈まったく、人間なんてロクでもない…… あ、ソフィアはんやリンタローはんは、別でっせ!〉


「いや、わかるわ。最悪だ」


 人間のなかには自分の利益のためなら、どんなことでもするやつがいる…… それがほとんど常識であること自体が悲しいことだよな、考えてみれば。

 ソフィア公女も同じ気持ちらしい。深々と息を吐き、うつむいた。


「同じ人間として、恥ずかしく思いますわ…… いまも使う人間がいるだなんて」


「こんなの見せられたら、そりゃイリスも泣くよな」 


{あっ、これも泣きたかったですけど、これで泣いたんじゃないんです}


「ええ? まだ……!?」


 まだあるのか、と俺がイリスに聞こうとしたとき。

 割かし久しぶりなAIの警告音が、耳のなかに響いた。


【エマージェンシー。緊急速報。敵が接近します。戦闘準備をしてください】


 ええ!? こんなときにか…… となれば敵は、きっとヤツしかいないよな。


「ちょっと見てくる {リンタローさま!}


 ぷぴゅんっ

 ダーン……!


 俺が立ち上がると同時に。

 スライム化したイリスが俺にかぶさり、銃声が聞こえ、胸のあたりにちょっと衝撃を感じ思わず座りなおす…… え? どういう状況?


{よかった、リンタローさま! まにあったのです……!}


 スライムボディーのなかに、銃弾が埋もれて止まっている…… あぶなかったんだな、俺。


「むしろ、俺がイリスに恩返ししなきゃいけない状況」


{だったら、わたしは、あと10倍恩返しさせてくださいです!}


「いや、それは有難すぎて有難いけれども」


{では、問題ないのです}


 もはや恩返しが趣味なんだろうか、イリス…… などと言ってる場合じゃなくて。

 ぷにゅっ

 イリスはそのまま、2つに分裂。1体が防弾チョッキのように俺のからだを覆い、もう1体はフルフェイスヘルメットのように俺の頭にかぶさっている…… なんか、複雑な気分だな。

 2体のイリスは同時に叫んだ。


{{みなさん、頭をさげるのです!}}


「腹這いになって物陰に隠れよう。ソフィア公女とゼファー、ベッドの下へ」


ダーン! ダーン! ダーン! ダーン!


 俺とイリスが言うのとほぼ同時に、続けて銃弾が撃ちこまれれる。


「……っ まあ、なんてお行儀の悪い!」


機械生命オートマタやな。追いかけてくるとか、しつこいやっちゃ!〉


 ソフィア公女とゼファーが、ベッドの下に素早く身を滑りこませ、苛立った声をあげる…… とりあえず、無事に避難できたな。

 俺は、ふたりが隠れているベッドの前に立ちはだかった。


 ―― 現状は、ドブラ議員の館から警備用の機械生命オートマタが複数、俺たちを追跡し、攻撃をしかけている、といったところだろう。

 ドブラ議員はよほど、スライム奴隷のことを隠しておきたいようだ…… (なら、最初から手を出すな)。


 ダーン! ダーン! ダーン!

 シャァァァン!


 窓ガラスが高い音を立てて割れ落ち、警備用機械生命オートマタが次々と、なかに侵入してくる。

 1、2、3…… 全部で6体。

 うろうろと探しているのは、ゼファーの姿だろうか。敵として記憶されている可能性が一番あるの、ゼファーだもんな。

 俺がベッドの前に立っている限りは、見つからないで済むと思うんだが…… 油断は禁物だ。

 警備用機械生命オートマタたちの実力は、まだまだわかってないのだから。

 わかってることは、ただひとつ。

 実力なんかわかってなくても、こいつらを止めてしまえば、勝ちだ。

 俺はアイテムボックスのなかのア○フォンに声をかけた。


「ヘイ、ウィビー」


[マスター! ピンチなのねー! ワタシのヘルプ超いるのねー!]


「ああ。ウィビー、こいつらのシステムにアクセスできる?」


[イッツァ・ピース・オブ・ケイク! つまりは、お安いご用ねー!]


 ア○フォンの画面に、警備用機械生命オートマタたちのシステムファイルが並ぶ…… 使われているのは古代文字だ。錬金術で使う、大魔族の紋章にもあらわされているアレである。

 つまり機械生命オートマタを動かしているシステムも、この世界では魔法の一種、ってわけか。だが、こうしてみると前世のシステムとそう変わらないな。

 ―― 1つずつファイルを消去して、誤作動を起こされると面倒だ。ここは、全選択して一斉消去か……


[マスター! ウォッチャウッ気をつけて!]


 ダーン!


{リンタロー様は、傷つけないのです!}


 撃ち込まれた銃弾を、イリスがしっかり止めてくれる。

 気づけば俺は、警備用機械生命オートマタたちに囲まれていた。

 ―― どこを探してもゼファーが見えないから、俺に標的を切り替えたのか。

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