{ふっ…… ふみゅうううう…… みんな…… うぇぇぇぇ…… あんなの、ひどいのです…… ぴみゃああああ……}
俺が 《神生の螺旋》 で出したバケツのなかでひとしきり泣きながら、イリスが話したところによると。
ドブラ議員邸の地下には、ソフィア公女の情報どおり、多数のスライム奴隷がいた。だが、ハーレムという雰囲気でもないという。
{うっ…… くっ…… 詳しくは、ぅええ…… 映像を……}
「その状態で
「まったく、そのとおりでしてよ! 無理はいけませんわ」
〈そやな。よしよし、イリスさん〉
ソフィア公女とゼファーが、交互にバケツを抱きしめてイリスを慰めてくれた。
{リンタローさま…… みなさん…… ぷみゅっ…… ぴみゃああああ……}
イリスが、また泣き出す。よほどショックだったんだな。痛ましい。
「では、そろそろ帰りましょう…… 映像は、宿で見せてくださいね、イリスさん」
{ふえ…… はい…… ぴえええ……}
俺たちは夕暮れの空を飛び、宿に帰った。
俺たちの宿は、ホテルではなくソフィア公女の知りあいの別荘だ。首都リベレコの東はずれ、ファジュラ火山を遠くに望む位置にある。港から近いドブラ議員邸とは、街の中心部を挟んで反対側。
離れているぶんドブラ議員の調査はしにくいが、この状況だと、かえって助かる。こちらの様子も、ドブラ議員からは探りづらいだろうから…… イリスとゼファーが攻撃されたということは、俺たちの存在がドブラ議員側にバレている可能性もあるしな。
{その点は、まだ大丈夫と思うのです!}
別荘で先に夕食と入浴を済ませ、しっかり気持ちを落ち着かせたあと。
ドブラ議員の館には、警備用の
〈面目ない…… けど、うちは素人やさかい 『庭のほうに迷いこんだら、なんか泥棒扱いされましてん』 とでも言うとけば、次もドブラはん
「そっか…… で、イリスは、見つからなかったのか?」
{はいです! 壁に完全
「イリスだけで世界征服できそうだな」
{えへ。リンタローさま、ほめすぎです}
魔族には、ほめことばだったのか、世界征服。
「ありえませんわね」
ソフィア公女が腕組みした。
「来客の多い商人の家で、夜間ならともかく、昼にそのように大量に警備用
「隠し事がある、と白状しているようなものだよな」
その隠し事が、イリスの涙の原因ってわけだ。
「イリス…… つらいだろうが、教えてくれるか?」
{もちろん、そのつもりなのです!}
イリス 《記録球の姿》 が再生した映像には、ガラスでできたいくつもの水槽が並んでいた。
首輪をはめた少女たちが十数人、液体の中に沈んでいる。なんかこの首輪、見たことあるな。
ソフィア公女が眉をぐっと寄せ、腕組みをする。
「これ…… 魔力制限装置ですわね」
〈許せんわ…… まるで罪人扱いやんか〉
{もっと許せないのが、こっちです!}
イリスが映した次の画像では、同じく首輪をはめた少女が太いチューブがいくつもついたドラム式洗濯機のような装置のなかで、ぐるぐる回されていた。
まわるほどに、少女がしなびていく。しわしわにしぼむと、チューブのひとつに排出され、別のチューブから次の少女が送り込まれてくる……
「拷問か?」
「違いますわ」
ソフィア公女の顔も声も、もはや完全に、こわばっている。彼女がこんなに怒ってるの、モンスターに襲われたときもなかったな……
「
「抽出? スライムから?」
「魔族は
「つまりそれは、
「ええ…… スライム2~3体で人間ひとりぶんの生活に必要な
〈まったく、人間なんてロクでもない…… あ、ソフィアはんやリンタローはんは、別でっせ!〉
「いや、わかるわ。最悪だ」
人間のなかには自分の利益のためなら、どんなことでもするやつがいる…… それがほとんど常識であること自体が悲しいことだよな、考えてみれば。
ソフィア公女も同じ気持ちらしい。深々と息を吐き、うつむいた。
「同じ人間として、恥ずかしく思いますわ…… いまも使う人間がいるだなんて」
「こんなの見せられたら、そりゃイリスも泣くよな」
{あっ、これも泣きたかったですけど、これで泣いたんじゃないんです}
「ええ? まだ……!?」
まだあるのか、と俺がイリスに聞こうとしたとき。
割かし久しぶりなAIの警告音が、耳のなかに響いた。
【エマージェンシー。緊急速報。敵が接近します。戦闘準備をしてください】
ええ!? こんなときにか…… となれば敵は、きっとヤツしかいないよな。
「ちょっと見てくる {リンタローさま!}
ぷぴゅんっ
ダーン……!
俺が立ち上がると同時に。
スライム化したイリスが俺にかぶさり、銃声が聞こえ、胸のあたりにちょっと衝撃を感じ思わず座りなおす…… え? どういう状況?
{よかった、リンタローさま! まにあったのです……!}
スライムボディーのなかに、銃弾が埋もれて止まっている…… あぶなかったんだな、俺。
「むしろ、俺がイリスに恩返ししなきゃいけない状況」
{だったら、わたしは、あと10倍恩返しさせてくださいです!}
「いや、それは有難すぎて有難いけれども」
{では、問題ないのです}
もはや恩返しが趣味なんだろうか、イリス…… などと言ってる場合じゃなくて。
ぷにゅっ
イリスはそのまま、2つに分裂。1体が防弾チョッキのように俺のからだを覆い、もう1体はフルフェイスヘルメットのように俺の頭にかぶさっている…… なんか、複雑な気分だな。
2体のイリスは同時に叫んだ。
{{みなさん、頭をさげるのです!}}
「腹這いになって物陰に隠れよう。ソフィア公女とゼファー、ベッドの下へ」
ダーン! ダーン! ダーン! ダーン!
俺とイリスが言うのとほぼ同時に、続けて銃弾が撃ちこまれれる。
「……っ まあ、なんてお行儀の悪い!」
〈
ソフィア公女とゼファーが、ベッドの下に素早く身を滑りこませ、苛立った声をあげる…… とりあえず、無事に避難できたな。
俺は、ふたりが隠れているベッドの前に立ちはだかった。
―― 現状は、ドブラ議員の館から警備用の
ドブラ議員はよほど、スライム奴隷のことを隠しておきたいようだ…… (なら、最初から手を出すな)。
ダーン! ダーン! ダーン!
シャァァァン!
窓ガラスが高い音を立てて割れ落ち、警備用
1、2、3…… 全部で6体。
うろうろと探しているのは、ゼファーの姿だろうか。敵として記憶されている可能性が一番あるの、ゼファーだもんな。
俺がベッドの前に立っている限りは、見つからないで済むと思うんだが…… 油断は禁物だ。
警備用
わかってることは、ただひとつ。
実力なんかわかってなくても、こいつらを止めてしまえば、勝ちだ。
俺はアイテムボックスのなかのア○フォンに声をかけた。
「ヘイ、ウィビー」
[マスター! ピンチなのねー! ワタシのヘルプ超いるのねー!]
「ああ。ウィビー、こいつらのシステムにアクセスできる?」
[イッツァ・ピース・オブ・ケイク! つまりは、お安いご用ねー!]
ア○フォンの画面に、警備用
つまり
―― 1つずつファイルを消去して、誤作動を起こされると面倒だ。ここは、全選択して一斉消去か……
[マスター!
ダーン!
{リンタロー様は、傷つけないのです!}
撃ち込まれた銃弾を、イリスがしっかり止めてくれる。
気づけば俺は、警備用
―― どこを探してもゼファーが見えないから、俺に標的を切り替えたのか。