目次
ブックマーク
応援する
4
コメント
シェア
通報
第31話 スライムさんはとびおりた

 半月後 ――

 俺たちは、ラタ共和国の首都、リベレコにいた。俺とイリスとソフィア公女、そして鳥人の少女ゼファーの一行だ。

 イリスの両親の情報をきいて翌日には旅の準備をし、イリスの祖父 (バ美肉スライムじいちゃん) に挨拶に行き、そのままクウクウちゃんにのって出発。

 ラタ共和国に入ってからはゼファーが案内してくれたため、旅そのものはスムーズだ。

 だが、問題は…… どうやってイリスの両親に会うか、だな。


°○。°。°○。° 


「ここが、例のドブラ議員の館でしてよ。イリスさんのご両親が連れていかれたかもしれない、という……」


 ソフィア公女の解説で俺たちは、いっせいに下を見た。

 塀に囲まれた広大な館だ ―― 鳥人の少女、ゼファーがためいきをつく。


〈地下にスライム奴隷ハーレムかあ…… 見た目は白くて、きれいやのになあ〉


{見た目なんて信用ならないのです!}


 イリスがぷるぷる震える。ちょっと怒ってるな。


{まだ、スライムを奴隷にしてるなんて…… 困るのです!}


「平和でおとなしいうえに、恩返し体質だからな、スライム族」


{だからって、利用していいわけじゃ、ないのです!}


「それはわかる」


 いま俺たち  ―― ソフィア公女と鳥人の少女ゼファー、そしてイリスと俺は翼竜クウクウちゃんの背に乗せてもらい、ラタ共和国でも有数の貴族の館を空から視察しているところである。

 館の主の名は、アンスヴァルト・ブラント・フォン・ドブラ。通称、ドブラ議員だ。

 ラタ共和国の評議会のメンバーで、交易商人。表の顔は、共和国の次期元首候補にもなっている慈善家だが、裏ではスライム奴隷ハーレムを作っている可能性があるという (ソフィア公女情報)

 だが、いま空から観察している限りでは…… スライム奴隷らしきひとは、まったく見えない。

 敷地内を行き来しているのは、制服姿の使用人と、浮かぶ金属製の四角い箱ばかりだ。箱はソフィア公女によれば、警備用の機械生命オートマタだとか。

 これ以上眺めていても、しかたないな。


「そろそろ戻るか。館の上にずっといたら、怪しまれそうだ」


〈そうやね。別のアプローチを考えまひょ〉


「しかたありませんね…… クウクウちゃん!」


 ソフィア公女が翼竜に命じて、進路を変えようとしたとき。


 ぷっぴょーーん!

 イリスが、勢いをつけて飛び降りた。


「え!? イリス! ちょいまてっ!」


{ちょっと、探ってみるんです! 先に、宿に帰っていてくださいです!}


「いや、さすがのイリスでも、その高さから落ちたら飛び散るって!」


〈ちょっとうち、付き添うてきます!〉


 ひゅんっ……

 続いてゼファーが、頭から落下していく。

 くるっと宙返りをし、うまくイリスを拾ってくれた…… ほっ。


{ごめんなさいです、ゼファーさん}


〈いやー、気持ちはわかるよって。イリスさん、袋みたいなのになれる? うち、普通の行商人のふりして、ドブラ邸を訪問してみるわ〉


{ゼファーさん…… ありがとうなのです!}


 イリスはリュックサックになった。そんなものまで錬成したこと、あったのか……

 ゼファーはイリス 《リュックの姿》 を抱え、ドブラ邸の門の前に舞い降りた。門衛に、なにか交渉しているな…… お。交渉成立か。

 ゼファーは俺たちに向かい、さっと片手を振って門の奥へと案内されていった。無事を祈る。


「さて、俺たちは、しばらく飛びながら待つか」


「ええ」 と、ソフィア公女がうなずく。


「適当にその辺を流しますわね…… クウクウちゃん!」


 クゥゥゥゥ……

 ご機嫌なひとこえ。翼竜は旋回し、東を目指しはじめた。

 遠くに広がるこんもりとした緑が、世界樹のあるイールフォの森だな。エルフの本拠地だ。

 その森に囲まれるようにして、北のほうに山がそびえている。てっぺんが平らなところ、少しだけ富士山に似てるな。


「あの形は、火山か?」


「よくわかりましたのね。ファジュラ火山といいますの。リベレコや周辺の街は、火山灰を固めてできたのですわ!」


「それで、白いんだな」


 クウクウちゃんの翼の下に広がる街は建物も道も白くて、青い海とのコントラストがきれいだ…… このさらに下にはスライム奴隷が閉じ込められているなんて、誰も考えないだろうな。

 街の西は、幾隻もの大型船がとまる、整備された大きな港。ラタ共和国の海の玄関口だ。


「ドブラ議員の交易船もあるのかな。当然、持ってるんだろ」


「有名でしてよ。クウクウちゃん、近寄って!」


 クゥゥゥゥ……


「あれよ」 と、ソフィア公女が示した旗は、凶悪そうなドクロマークだった。ドクロの下は、斜めに組み合わせた銃と三日月刀シミターだ。


「どう見ても、海賊旗ジョリー・ロージャーだが?」


「だから、有名なのですわ。海賊対策で、あの旗にしたとのことですのよ」 


「うん、発想が乱暴」


「まあね。ドブラ議員の私兵が強いからこそ、できるのでしょうね。 『どんな海賊がきても、追い払ってやる』 って」 


「強いのか」


「ええ。ドブラの軍備は、国よりも性能がいいのだそうですわ」


「イリスとゼファー、大丈夫かな……」


 心配になる情報を聞き、街の上空を3周したところで。

 不意に、下界が騒がしくなった。

 晴れ渡った空になにかが破裂するような音がこだまし、クウクウちゃんがぐっと高度を上げる。驚いたみたいだ。

 ダーン! ダーン! ダーン!

 銃声…… 連続して響く音のなか、黒い点がギザギザに飛びながら、近づいてくる。


「イリス! ゼファー! こっちだ!」


 ダーン!


 また銃声がひびき、ゼファーの身体がぐらっと傾いた。


「クウクウちゃん、急いで!」


 クゥゥゥゥ!


 ソフィア公女の指示でクウクウちゃんが、さっとゼファーに追いつき、すくいあげる。

 イリスはゼファーに、スライムボディーで覆い被さっていた。見た目、ぷるぷるのゼリーでできた防弾チョッキ…… とっさにだろうが、いい判断だ。分厚い固めのゼリーは、銃弾を止めると聞いたことがあるから ―― ん? イリスのスライムボディーに、なにか黒いものが…… うわ。

 本当に、銃弾、止めたんだな、イリス。


「イリス。この銃弾、いたくないのか?」


{へ? 銃弾ですか? なにか、あたったと思ったのです}


 ぴゅっ

 イリスは弾を排出すると、少女の姿にもどった。


{銃弾、突き抜けなくて良かったのです!}


「スライムボディー有能すぎる…… イリス、すごいぞ」


〈イリスさん、ほんま、おおきに……!〉


{えへ。たいしたことは、ないのです}


「いや、あるから」


{えへへ……}


 イリスから、ほんのり赤いグリッターがたちのぼる。てれてるんだな。

 俺は、ゼファーのほうに向きなおった。


「じゃ、翼の手当てしようか。ちょっと見せて」


〈はい……〉


 ゼファーはちょっと恥ずかしそうに、俺に向けて翼を広げてみせてくれる。すべすべとした羽毛は、黒に近い褐色と白のまだら模様だ。

 右の風切り羽がごそっと抜け落ちてるな。


「銃弾でやられたの、ここ? ほかに痛む場所は、ある?」


〈いえ、ここだけですよって〉


「骨折じゃなくて、良かった。けど、これは…… 錬金術で疑似羽イミテーションでも作って、さしてみるか?」


{でしたら、わたしもお手伝いするんです!}


〈おおきに…… やけど、心配ありまへんのです〉


 ゼファーの説明によると、鳥人は種族問わず、毎年、春に換羽期があり、羽がすべて生えかわるのだという。


〈来年の3月ころには、また生えてくるさかい。ちょっとの辛抱しんぼうや〉


「ですが、飛びにくそうですね」 と、ソフィア公女は心配そうである…… そうだ。あれを、使おう。

 俺はアイテムボックスから 《超速の時計》 を取り出す。風切り羽の抜けた部分に光をあてて、と。


「《時間経過 ―― 5ヵ月》」


 ふぁさっ、と軽い音を立てて、つやのある大きな羽が生えてきた…… 成功だ。

 《時間経過》 は経過させる時間を指定できるため、対象に流れる時間を速める 《超速》 よりも正確。レベルアップで新機能として追加されて、よかったな。


〈こっ、これ……! なんですのん!?〉


「錬金術師のアイテムで、限定された範囲でだけ時間を操れる。普通は錬成速度を上げるのに使うんだ」


〈わー! 便利やねえ! いくらで売ってくれますのん?〉


{ひとつしかないので、売るのは無理ですよ}


 イリスのことばに、ゼファーは 〈ほうか?〉 と首をかしげた。


〈西エペルナ学院に持っていって仕組みを調べてもらえば、量産化のめど、たつと思うなあ〉


「それ絶対、世の中が混乱するやつ」


〈ねえ、それ、ちょっと貸して? お兄ちゃん?〉


「俺は 『お兄ちゃん』 呼びには、屈しない」


〈ねえ、社長ぉ?〉


{ゼファーさん!}


 ぷぴゅんっ

 スライム化したイリスが、ゼファーの顔面に貼りつく。


{リンタロー様に、あざとく迫っちゃ、ダメなのです!}


〈ふが…… なんでですのん?〉


{あのっ、ええと…… はわ……}


 イリスから、また、さっきよりも赤く染まったグリッターがたちのぼる。


「恥ずかしながら、女性アレルギーなんだ、俺」


{そっ、そうです! リンタロー様は、女性アレルギーなのです!}


〈なんや、しょーもない〉


{リンタロー様は、しょーもなくなんて、ないのですっ……!}


「…… もうそろそろ、話、変えようか……」


 このままじゃ、延々とイリスとゼファーのじゃれあいが続きそうだ。


「ドブラ邸のなかは、どうだった?」


 俺が、きいたとたん。

 イリスの目から、涙が盛り上がった。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?