半月後 ――
俺たちは、ラタ共和国の首都、リベレコにいた。俺とイリスとソフィア公女、そして鳥人の少女ゼファーの一行だ。
イリスの両親の情報をきいて翌日には旅の準備をし、イリスの祖父 (バ美肉スライムじいちゃん) に挨拶に行き、そのままクウクウちゃんにのって出発。
ラタ共和国に入ってからはゼファーが案内してくれたため、旅そのものはスムーズだ。
だが、問題は…… どうやってイリスの両親に会うか、だな。
°○。°。°○。°
「ここが、例のドブラ議員の館でしてよ。イリスさんのご両親が連れていかれたかもしれない、という……」
ソフィア公女の解説で俺たちは、いっせいに下を見た。
塀に囲まれた広大な館だ ―― 鳥人の少女、ゼファーがためいきをつく。
〈地下にスライム奴隷ハーレムかあ…… 見た目は白くて、きれいやのになあ〉
{見た目なんて信用ならないのです!}
イリスがぷるぷる震える。ちょっと怒ってるな。
{まだ、スライムを奴隷にしてるなんて…… 困るのです!}
「平和でおとなしいうえに、恩返し体質だからな、スライム族」
{だからって、利用していいわけじゃ、ないのです!}
「それはわかる」
いま俺たち ―― ソフィア公女と鳥人の少女ゼファー、そしてイリスと俺は
館の主の名は、アンスヴァルト・ブラント・フォン・ドブラ。通称、ドブラ議員だ。
ラタ共和国の評議会のメンバーで、交易商人。表の顔は、共和国の次期元首候補にもなっている慈善家だが、裏ではスライム奴隷ハーレムを作っている可能性があるという (ソフィア公女情報)
だが、いま空から観察している限りでは…… スライム奴隷らしきひとは、まったく見えない。
敷地内を行き来しているのは、制服姿の使用人と、浮かぶ金属製の四角い箱ばかりだ。箱はソフィア公女によれば、警備用の
これ以上眺めていても、しかたないな。
「そろそろ戻るか。館の上にずっといたら、怪しまれそうだ」
〈そうやね。別のアプローチを考えまひょ〉
「しかたありませんね…… クウクウちゃん!」
ソフィア公女が翼竜に命じて、進路を変えようとしたとき。
ぷっぴょーーん!
イリスが、勢いをつけて飛び降りた。
「え!? イリス! ちょいまてっ!」
{ちょっと、探ってみるんです! 先に、宿に帰っていてくださいです!}
「いや、さすがのイリスでも、その高さから落ちたら飛び散るって!」
〈ちょっとうち、付き添うてきます!〉
ひゅんっ……
続いてゼファーが、頭から落下していく。
くるっと宙返りをし、うまくイリスを拾ってくれた…… ほっ。
{ごめんなさいです、ゼファーさん}
〈いやー、気持ちはわかるよって。イリスさん、袋みたいなのになれる? うち、普通の行商人のふりして、ドブラ邸を訪問してみるわ〉
{ゼファーさん…… ありがとうなのです!}
イリスはリュックサックになった。そんなものまで錬成したこと、あったのか……
ゼファーはイリス 《リュックの姿》 を抱え、ドブラ邸の門の前に舞い降りた。門衛に、なにか交渉しているな…… お。交渉成立か。
ゼファーは俺たちに向かい、さっと片手を振って門の奥へと案内されていった。無事を祈る。
「さて、俺たちは、しばらく飛びながら待つか」
「ええ」 と、ソフィア公女がうなずく。
「適当にその辺を流しますわね…… クウクウちゃん!」
クゥゥゥゥ……
ご機嫌なひとこえ。翼竜は旋回し、東を目指しはじめた。
遠くに広がるこんもりとした緑が、世界樹のあるイールフォの森だな。エルフの本拠地だ。
その森に囲まれるようにして、北のほうに山がそびえている。てっぺんが平らなところ、少しだけ富士山に似てるな。
「あの形は、火山か?」
「よくわかりましたのね。ファジュラ火山といいますの。リベレコや周辺の街は、火山灰を固めてできたのですわ!」
「それで、白いんだな」
クウクウちゃんの翼の下に広がる街は建物も道も白くて、青い海とのコントラストがきれいだ…… このさらに下にはスライム奴隷が閉じ込められているなんて、誰も考えないだろうな。
街の西は、幾隻もの大型船がとまる、整備された大きな港。ラタ共和国の海の玄関口だ。
「ドブラ議員の交易船もあるのかな。当然、持ってるんだろ」
「有名でしてよ。クウクウちゃん、近寄って!」
クゥゥゥゥ……
「あれよ」 と、ソフィア公女が示した旗は、凶悪そうなドクロマークだった。ドクロの下は、斜めに組み合わせた銃と
「どう見ても、
「だから、有名なのですわ。海賊対策で、あの旗にしたとのことですのよ」
「うん、発想が乱暴」
「まあね。ドブラ議員の私兵が強いからこそ、できるのでしょうね。 『どんな海賊がきても、追い払ってやる』 って」
「強いのか」
「ええ。ドブラの軍備は、国よりも性能がいいのだそうですわ」
「イリスとゼファー、大丈夫かな……」
心配になる情報を聞き、街の上空を3周したところで。
不意に、下界が騒がしくなった。
晴れ渡った空になにかが破裂するような音がこだまし、クウクウちゃんがぐっと高度を上げる。驚いたみたいだ。
ダーン! ダーン! ダーン!
銃声…… 連続して響く音のなか、黒い点がギザギザに飛びながら、近づいてくる。
「イリス! ゼファー! こっちだ!」
ダーン!
また銃声がひびき、ゼファーの身体がぐらっと傾いた。
「クウクウちゃん、急いで!」
クゥゥゥゥ!
ソフィア公女の指示でクウクウちゃんが、さっとゼファーに追いつき、すくいあげる。
イリスはゼファーに、スライムボディーで覆い被さっていた。見た目、ぷるぷるのゼリーでできた防弾チョッキ…… とっさにだろうが、いい判断だ。分厚い固めのゼリーは、銃弾を止めると聞いたことがあるから ―― ん? イリスのスライムボディーに、なにか黒いものが…… うわ。
本当に、銃弾、止めたんだな、イリス。
「イリス。この銃弾、いたくないのか?」
{へ? 銃弾ですか? なにか、あたったと思ったのです}
ぴゅっ
イリスは弾を排出すると、少女の姿にもどった。
{銃弾、突き抜けなくて良かったのです!}
「スライムボディー有能すぎる…… イリス、すごいぞ」
〈イリスさん、ほんま、おおきに……!〉
{えへ。たいしたことは、ないのです}
「いや、あるから」
{えへへ……}
イリスから、ほんのり赤いグリッターがたちのぼる。てれてるんだな。
俺は、ゼファーのほうに向きなおった。
「じゃ、翼の手当てしようか。ちょっと見せて」
〈はい……〉
ゼファーはちょっと恥ずかしそうに、俺に向けて翼を広げてみせてくれる。すべすべとした羽毛は、黒に近い褐色と白のまだら模様だ。
右の風切り羽がごそっと抜け落ちてるな。
「銃弾でやられたの、ここ? ほかに痛む場所は、ある?」
〈いえ、ここだけですよって〉
「骨折じゃなくて、良かった。けど、これは…… 錬金術で
{でしたら、わたしもお手伝いするんです!}
〈おおきに…… やけど、心配ありまへんのです〉
ゼファーの説明によると、鳥人は種族問わず、毎年、春に換羽期があり、羽がすべて生えかわるのだという。
〈来年の3月ころには、また生えてくるさかい。ちょっとの
「ですが、飛びにくそうですね」 と、ソフィア公女は心配そうである…… そうだ。あれを、使おう。
俺はアイテムボックスから 《超速の時計》 を取り出す。風切り羽の抜けた部分に光をあてて、と。
「《時間経過 ―― 5ヵ月》」
ふぁさっ、と軽い音を立てて、つやのある大きな羽が生えてきた…… 成功だ。
《時間経過》 は経過させる時間を指定できるため、対象に流れる時間を速める 《超速》 よりも正確。レベルアップで新機能として追加されて、よかったな。
〈こっ、これ……! なんですのん!?〉
「錬金術師のアイテムで、限定された範囲でだけ時間を操れる。普通は錬成速度を上げるのに使うんだ」
〈わー! 便利やねえ! いくらで売ってくれますのん?〉
{ひとつしかないので、売るのは無理ですよ}
イリスのことばに、ゼファーは 〈ほうか?〉 と首をかしげた。
〈西エペルナ学院に持っていって仕組みを調べてもらえば、量産化のめど、たつと思うなあ〉
「それ絶対、世の中が混乱するやつ」
〈ねえ、それ、ちょっと貸して? お兄ちゃん?〉
「俺は 『お兄ちゃん』 呼びには、屈しない」
〈ねえ、社長ぉ?〉
{ゼファーさん!}
ぷぴゅんっ
スライム化したイリスが、ゼファーの顔面に貼りつく。
{リンタロー様に、あざとく迫っちゃ、ダメなのです!}
〈ふが…… なんでですのん?〉
{あのっ、ええと…… はわ……}
イリスから、また、さっきよりも赤く染まったグリッターがたちのぼる。
「恥ずかしながら、女性アレルギーなんだ、俺」
{そっ、そうです! リンタロー様は、女性アレルギーなのです!}
〈なんや、しょーもない〉
{リンタロー様は、しょーもなくなんて、ないのですっ……!}
「…… もうそろそろ、話、変えようか……」
このままじゃ、延々とイリスとゼファーのじゃれあいが続きそうだ。
「ドブラ邸のなかは、どうだった?」
俺が、きいたとたん。
イリスの目から、涙が盛り上がった。