「その薬、もしかして……」
俺は鳥人の少女 ―― ゼファーに、おそるおそる確認した。
本音をいえば、これ以上は聞かないことにして、このまま平和な毎日を送りたい。
けど、それすると、あとでどんだけ事態が大きくなっちゃうかわからんしな…… いや、そもそも。
俺が対処する必要、ある?
そうだ。センレガー公爵領の近くの話なんだし、ソフィア公女とカイル皇子に任せればいい。もっとも、ふたりはいま、結婚式の準備と待ったなしの領政で忙しいはずだが……
それでも、ただの凡人の俺よりは、よほどうまく対処できるだろう。よし、決めた。
話を聞いて、ふたりに伝えたら、俺の役目は終わり。あとはウッウやイリスと、村での平和な毎日に戻るだけだ。
「その薬、もしかして
〈いえ、
{あ……} 「あれか」
イリスと俺は、顔を見合わせた。
俺たちが思い出しているのは、数ヵ月前に見た、カイル皇子の諜報員のレポート ―― あれにはたしか 『夢5 ※本格製造開始』 とあったのだ。
正式名称は
「その
〈もともと、ピトロ高地は貧しいですねん。痩せ地で気候も厳しいやさかい…… ですから、なんらかの産業を育てな、いうことで。昨年から首長の意向で、薬草の栽培を始めたんですわ〉
「なるほどな。で、今年から
〈そうそう、先月のことですわ。うちら行商人にお達しがきましてん。
「で、エルフに売ってるんだね。自分たちでは使ってないの?」
〈うちらには禁止されてまして。ほら、
ごんっ…… いきなり、にぶい音がした。
見ると、ウッウがテーブルの上に子犬のぬいぐるみみたいな頭をもたせかけて、寝息をたてている。騒ぎで疲れたんだろう。
くるくるした茶色の毛に覆われた腕を、ウッウパパが優しくゆすぶる。
「ウッウ、こら…… あー、起きねえな、こりゃ」
ウッウパパはコーヒーを飲み干すと立ち上がり、ウッウを背負った。
「じゃあ大将。そろそろ、おいとまするよ」
「ああ、またな、パパさん」
{またなのです!}
「コーヒー美味しかったよ、イリスさん。いい嫁さんになれるな!」
{はぁうふっ! しょんなっ! おそれおおいのです!}
「はっはっは、じゃあな……!」
いい嫁さん発言はどうなんだ、と俺がツッコむひまもなく、ウッウパパは帰っていった。
イリスが嬉しそうだから、まあいいか……
―― さて、話をもとに戻そう。
「で、ゼファーさん。なんで
{ほかの魔族や人間には、売らなかったんですか?}
イリスも不思議そうだ。
だよな。センレガー公爵だって、最初、
〈簡単ですわ。
{魔族だって豊かですよ!}
〈それは知ってます。そやけど、魔族はケンカっ早いでっしゃろ。そのせいか、だらっとのんびりするタイプの
「なるほど、そういう
つまり
とすると、ゼファーがこの
「その
〈あんさん、モルディ砂漠の
「?」
〈えーと 『なんでもお見通しなん? こわっ』 っちゅうこっちゃ〉
あーなるほど。
ゼファー、なるべく軽く言おうとしてるみたいだが…… 羽がちょっと震えている。
〈うち…… あの
「それで、逃げてきたのか」
〈そや……〉
黙って
―― ということは、
そういえば、センレガー公爵の
それに、前のセンレガー公爵、つまりソフィア公女の父親は、
『前のセンレガー公爵は爵位を剥奪され、塔から脱走して行方不明』 と、ソフィア公女から聞いてはいるが、この辺の情報を総合すると。
「前のセンレガー公爵が、裏で糸を引いているのか……?」
〈さあ? うちには、なんとも〉
{いえ、全然、ありえるのです! あやしいです!}
「だよな」
前のセンレガー公爵についても
イリスにゼファーを休ませてあげるよう頼んで、俺はア○フォンを出し、ソフィア公女につないでもらった。
最初に聞こえたのは、クウクウちゃんの鳴く声。それから、ソフィア公女…… 元気そうだ。
『あら、リンタロー! ちょうど良うございましたわ!』
「なにが、ちょうど良かったんだ?」
『もうすぐ、そちらに着くところですの!』
「え? そちらって、どちらだ?」
『リンタローの家よ!』
「……は!?」
『ピエデリポゾ村? にいるのですね、リンタロー。クウクウちゃんが降りれる場所、あります?』
「中央広場がいい。俺の家も、その近くだ」
『わかりましたわ! では、あとでね!』
―― あとで、って…… え? くんの? まじで?
やがて。
クゥゥゥゥゥ…… クゥゥゥゥゥ……
機嫌の良さそうなクウクウちゃんの声が、中央広場のほうから聞こえてきた。
来たのか、まじで ――
「みなさん、お出迎え、ご苦労様!」
俺が中央広場までソフィア公女を迎えに行くと。
すでに村の
好奇心と警戒心 ―― 力の強い魔族ならともかく、人間で翼竜を使うの珍しいからな。
そんな空気のなかで、ソフィア公女は堂々と鈍感力を披露する。
「突然の来訪にこのような歓迎、感謝いたしますわ」
「だ、誰……?」
「申し遅れました。わたくし、ニシアナ帝国のセンレガー公爵代理、ソフィア・シャーラ・シュテリーでございます。大錬金術師のリンタローに会いにきましたの!」
村のみんながどよめいた。ほっとした空気が流れる。
「ああ、リンタロー様の客か」 「なら人間なのもわかる」 「というか、リンタロー様にはイリスさんがいるんじゃ?」 「え? 三角関係?」 「やはりモテるんだな、大将は」
いや、ちょっと待て。
俺はひとごみをかきわけ、前列で野次馬していたウッウパパの隣に立った。
「違う。そのひと、もうすぐ結婚するから」
「リンタロー! 久しぶりですね!」
ソフィア公女の顔がぱっと輝き、ウッウパパが 「大将、不倫はやめたほうがいい……」 と小声で俺をたしなめた。だから違うって。
「どうしたんだ、ソフィア公女。忙しいんだろ?」
「ビッグニュースがあるんですの! どうしても直接お伝えしたくて、いろんなことをカイル様に丸投げして、ひとりで参りましたわ!」
「カイル皇子、優しいな……」
クウクウちゃんには中央広場に残ってもらい、俺とソフィア公女は連れだって家に戻る。
「で、ビッグニュースって?」
「それは、あとでイリスさんも一緒に」
「そっか。だったら、こっちの話を先にするが……」
俺は、
「―― 情報に感謝しますわ、リンタロー。わたくしたちはまだ、2種類の
「領内にはない、ってことか?」
「ええ、見つかっておりませんの。ピトロ高地の施設も、調査するのは難しいでしょう」
「え? 仲悪いわけじゃないんだろ? センレガー領には、鳥人部隊までいるじゃん」
「彼らは父についていったようです。父は、
「鳥人たちからは、むしろ悪く思われてる、ってことか?」
「ええ、まあ……」
「苦労だな」
「気にしないでくださいな。こういうときは、なんとかするしか、ありませんもの」
ソフィア公女が気持ちを切り替えるように明るい声を出したところで、俺たちは家についた。
ぷぴょん!
内側からドアが開き、イリスが跳びでてくる。
{ソフィアさん! お久しぶりです!}
「イリスさん! 元気そうですね!」
{ソフィアさんも! 忙しいって聞いて、心配していたのです!}
「ありがとう! それより、イリスさん……!」
一刻も早く告げたかったんだろう。
ソフィア公女はイリスの手をとったまま、どや顔をした。
「イリスさんのご両親らしきかたが、見つかりましたわ!」
{えええっ!}
驚いたんだろう。イリスの全身が、ぷるぷると震える。ビッグニュースって、これか。
{両親が…… ずっと、見つかりませんでしたのに…… ほんとですの!?}
「ええ! 手のものに、探させていましたの!」
{ソフィアさん…… なんと御礼を言ったらいいか、です……!}
イリスの全身から、きらきらしたグリッターが舞った。