異変に気づいてやってきた見張りの兵をガドフリーは
鳥人たちが次々と舞い降り、ひざまずいた。
〈センレガー公爵様! よくぞご無事で!〉
「礼を言う、誇り高き
鳥人のなかにカイル皇子と錬金術師の追撃に向かった者たちがいることに、ガドフリーは気づいた。
「そなたらこそ、よく無事であった。あのような者どもにやられる、そなたらではない、とは知っていたが……」
〈それが、かの
鳥人たちは翼を小刻みにふるわせながら、
〈脱出に時間がかかったため、お助けするのが遅れ、申し訳なく存じます〉
「気に病むな。よく、助けに来てくれた」
〈もったいなきお言葉〉
頭を垂れる鳥人の背後から、ざわざわとした気配が伝わってくる。異変に気づいた城の衛兵たちだ。
「さて、そなたらには、もうひと仕事、してもらわねばな。ゆくぞ」
〈はっ…… センレガー公爵領に戻りますか?〉
「いや……」
ガドフリーは首を横に振った。
―― 罪人となった領主が戻れば、それを口実に帝国軍がセンレガー公爵領に押し寄せる。
準備を進めてきたとはいえ、帝国から完全な勝利と独立をもぎとるには、センレガー公爵軍はまだ力不足だ。
帝国からの独立は悲願ではあるが、そのために領民を傷つけ土地を荒廃させてはならない、とガドフリーは考えている。
いまは穏便に、次代に統治を譲るべき ――
「向かうべきは大陸西端。トゥリコーロ公国だ」
〈では……!〉
「さよう。我らはこれから、ォロティア義勇軍に
どっ、と鳥人たちがわいた。
「ォロティア義勇軍として力を蓄え、やがては、
〈ガドフリー様に栄光あれ!
義勇軍の挨拶を鳥人たちが、まねる。
右手の
鳥人の拳とガドフリーの拳が合わさった。
「ゆくぞ!
〈承知!
―― 数十秒ののち。
北の塔に駆けつけた衛兵団が見たのは、もはや矢の届かぬ距離を飛び去る鳥人部隊。そして、その背にしがみつくトランクス1枚のセンレガー公爵の姿だった……
※※※※
「―― で、ガドフリーさん。
「もちろんだ、ショービン」
笑顔を作って返すガドフリーの
ォロティア義勇軍のボス、ショービンは丁寧な物腰の男。ぱっと見は、真面目な文官のようだ ―― なのに、
抜き身の剣というよりは、目をさます寸前の巨龍、という比喩が近いかもしれない。
彼と向き合うには、トランクス1枚では寒すぎる。
トゥリコーロ公国の公都、北。ひろがるブリアドゥラ湖の底にひそむ要塞の、奥まった一室 ―― ふたりは、丁寧な造りのソファに腰をおろし、ポーションの入ったグラスを一気に飲み干したところだった。
ボスと部下、という立場での初めての面談である (が、ここではみなが 『友』 という建前のため、まず乾杯する)。
ニシアナ帝国の皇宮より逃げてきたガドフリーは、ォロティア義勇軍に幹部待遇で迎えられることとなったのだ。
―― ショービンは、ガドフリーが失敗しセンレガー公爵の地位を失ったことを
ニシアナ帝国への唯一の足掛かりとなるセンレガー領を失ったことが、ォロティア義勇軍にとっては大きな痛手であるにも関わらず、だ。
以前のガドフリーはあくまで取引相手であり部下ではない、とショービンが考えているおかげだろう ―― しかし。
ォロティア義勇軍の幹部となったいま、次に失敗すれば…… おそらくガドフリーの生命は、ない。
そして、ショービンがガドフリーに与えたのは、これまでとは段違いに難易度の高いミッションだった。
「各国が寄ってたかって規制するようになったいま、奴隷狩はもはや、収益の柱にはなり得ません。新たな柱を育てる必要があるのですよ……
わかっておられますね?」
「もちろんだ。だからこそ、私財を投じて、ひそかに
「ごほんっ、ォロティア義勇軍のものだ」
「善意の譲渡に感謝しますよ」
ほほえむショービン。その目の奥では、まだガドフリーを値踏みしているようだ。
「当然だろう」 と、ガドフリーも笑顔を返す ―― どうか、びびってるとバレませんように。
「これからの私は、義勇軍のためだけに動く所存だ」
「そうですか…… では、お願いしたいのですが」
「なにかな?」
「ガドフリーさんほど、
ガドフリーは息をのんだ。まさか、これほどの大役を、いきなり任されようとは ――
「つまり私は、各国で
「お察しのとおりです。できますか?」
「誰に聞いているのだ? 必ず、満足いく結果を出してみせるさ」
「それは頼もしいですね。兵は自由に使えるよう、各支部に通達させましょう」
「助かる」
ショービンのそばに影のように控えていた男が一礼し、足早に去っていった。早速、各支部への通達を手配しに行ったのか……
ボスの意図を察して指示をされる前に動くのが、義勇軍のスピード感であるらしい、とガドフリーは考えた。胃に穴があきそうだ。
ショービンが立ち上がり、ガドフリーに手を差し出す。ガドフリーはその手をしっかりと握った。
「期待していますよ、我が友」
「ふっ…… その期待、必ず応えてみせよう。
「
ガドフリーの笑顔が、一瞬、凍りついた。
センレガー公爵領をニシアナ帝国から独立させたい、との望みを口に出したことはないはずなのに、なぜ……?
「悲願? なんのことだろう?」
内心で震えながらも、すっとぼけるガドフリー。問いに直接応えず、ショービンは口元にうっすら笑みを
「内部でもあまり知られていませんが、実は、
「ああ。知らなかった」
「蔓延させる相手、禁じるべき相手を見極めれば、効率的に戦争できます。
穏やかな口調なのが、かえってこわい。
ガドフリーは今度は背筋に、冷や汗が流れるのを感じた。
「ショービンも、ニシアナ帝国を憎んでいるのか?」
「憎むなど、とんでもない。ただ、この大陸には新たな秩序を作りあげる必要がある、というだけの話です。すべての友と、その子どもたちのために」
「そうか…… では、失礼する。準備があるのでね」
立ち上がったガドフリーに、実質的な指令がくだる。
「最初は、ラタ共和国に行くと良いでしょう。
「わかった……
「
部屋を出たガドフリーは、続けざまにくしゃみをした。寒気がとまらない。
彼の新たな友は、目標のためなら誰が何人死のうと、罪悪感を覚えないタイプらしい…… そのこと自体がガドフリーには恐ろしかった。
―― ガドフリーだって、娘のソフィアにモンスターを差し向けるときには繰り返し安全シュミレーションをしたし、罪悪感は山盛りだったし、実行中は心配で仕事が手につかなかった。
いくら非情でも、それが人というものだと信じてきた…… だが。
ショービンの非情は、度を超えている気がする……
くしゅん。
ガドフリーは震えてくる己が身をしっかりと抱きしめて、考えた。
―― まずは、しっかり服を着よう。
すべては、それからだ ――