目次
ブックマーク
応援する
5
コメント
シェア
通報
第26話 【閑話】ォロティア義勇軍①

== ガドフリー・グレア・シュテリー (センレガー公爵) 視点 ==


 煉瓦の床の、冷たい感触 ――

 目が覚めたとき、ガドフリーはトランクス1枚で転がされていた。両手両足を縛られ、首には、魔力制限装置ががっちりとはめられている。罪人や奴隷につける首輪状のそれを触り、ガドフリーは蜂蜜色の眉をぐっと寄せた。

 屈辱である。トランクス1枚が、ではない。

 目下、ガドフリーの自尊心をえぐっているのは、あの大夜会でカイル皇子と皇家を追い詰めるはずが逆に、奥の手ホーリー・マッスルを使うまでに追い詰められてしまったこと。しかも神聖なる筋肉ホーリー・マッスルをもってしても敗れ、北の塔に幽閉されたこと ―― 

 おそらく皇家は早々にガドフリーの罪を裁定し、幽閉を正当化することだろう。一生幽閉し、場合によってはさせられるかもしれない。

 そして、センレガー公爵領独立の道は完全に塞がれる ――

 ソフィアとカイル皇子の婚約を認めたのが、間違いだったのだろうか…… いや。

 ガドフリーは首を横に振った。

 あの婚約はいったんは認めなければ、ニシアナ帝国はもっと早くに、ガドフリーに疑いを向けていたはずだ。

 ニシアナ帝国にとって、ガドフリーの叛意は身に覚えがありすぎることなのだから。


 ―― きっかけは、およそ20年ほども昔。対魔族戦争の始まりである。

 その年は雨がまったく降らず、ニシアナ帝国の水源がことごとく干上がった。

 原因は帝国内で大規模な水魔族ニンフ水竜ヒュドラの討伐が行われたせいである。

 もともと水魔族ニンフ水竜ヒュドラは水を守る存在。しかし他の大陸にルーツを持つニシアナ帝国の人間は、それを知らなかったのだ。

 水魔族ニンフ水竜ヒュドラに対する礼儀をわきまえずに怒りを買い、水の事故で亡くなる人間が増えるほどに世論は、水にすむ人間以外の者たちの討伐を乞うようになり…… 先代皇帝 (当時の皇帝) がそれに応じたのが、運の尽きだった。

 ガドフリーはセンレガー公爵として何度も先代皇帝を諭し、討伐をやめるよう進言した。しかしガドフリーの意見は聞き入れられず、結果、干ばつとなったのだ。

 広範囲にわたる水不足と食糧不足に見舞われたニシアナ帝国は、れない水源と肥沃な土壌を得ようと魔族の国アンティヴァ帝国への侵略を開始した。

 ―― 魔族の国が豊かなのは、そこを統べる大魔族たちの恩恵によるもの。人間が奪っても、大陸南部に広がるモルディ砂漠のようになるだけ……

 ガドフリーは反対したが、ここでもまた無視され、それどころか出兵を要請される。

 このときニシアナ帝国がセンレガー公爵に示したエサは、独立だった。

『勝利のあかつきには、センレガー公を認めよう』

 ―― つまり帝国との最後のお付き合いのつもりで、ガドフリーはしぶしぶ出兵したのである。

 だが、ニシアナ帝国の仕打ちはひどかった。

 センレガー公爵軍はじめ他の戦争反対派の貴族たちの軍はみな、激戦地であるボルジュマ森林魔の森に送られたのだ。

 昼は勇猛なマルドゥーク辺境伯の魔族軍に悩まされ、夜は森にため進軍ままならない地で、ガドフリーは多くの騎士と兵を失った。

 その代償にニシアナ帝国から与えられたのは、向こう3年の納税免除のみ。センレガー公爵領の独立は、承認されなかった…… 『認める、とは言ったけどだから無理』 などというフザけた理由で。

 この戦争で亡くなった者たちには 「もう2度と繰り返さぬから……!」 と泣いて詫びたというのに、である。

 ―― 以来、ガドフリーは帝国に表向き頭を下げつつ、独立を目指して準備を進めてきた。

 ォロティア義勇軍のバックアップや奴隷狩との取引で資金を貯めたのも、その一環だ。


(あのような仕打ちをしておいて、私がおとなしく従うと考えるほど、皇家はおめでたくないはずだ…… だからこそ、婚約はいいになった)


 硬い床の上で、ガドフリーは自身に言い訳を試みた ―― 少なくとも、の準備をする時間は稼げた。

 その準備を通じて、ォロティア義勇軍とのコネはしっかり作った。また別にピトロ高地の鳥人たち、マルヴィ諸島の人魚たち、イールフォの森のエルフたちとも秘密協定を結んでおり、有事の際の根回しは万端ばんたんだ。

 あとは、ニシアナ帝国との戦争に向けて準備を整え、独立を宣言するだけだった。

 志半ばで断罪されてしまったが…… 否。

 たとえ断罪されても、あの場で皇帝の頭を叩き割ることさえできれば。クーデターを起こせるチャンスがあったはず。

 あと、少しだったというのに……!

 ―― 奇妙な技とアイテムで邪魔をしてきた錬金術師のモブ顔を、ガドフリーは脳内で100回ぶちのめした。


(やはり、許せぬ……!)


 勢いあまって、縛られた両手で煉瓦の床を殴る…… 痛い。

 じんじんと熱を帯びてきた拳に、ふーふー息を吹きかけるガドフリー。

 その耳に、高い鳥のさえずりが響いた。


〈センレガー公爵様! 助けに参りました……!〉


 センレガー公爵軍の精鋭、鳥人部隊である。


〈せい、のーっ!〉


 掛け声とともに鎧戸が破壊され、小さな窓から一振の剣が投げ込まれた。


「ありがたい……!」


 ガドフリーは剣ににじりより、縛られた足先に挟みこむ。

 ぶつり…… ぶつり……

 手の縄、足の縄。順に切り落とし、最後に首と魔力制限装置のすきまに無理やり剣を差しこんだ。がしがしと刃をあてて、装置を断とうと試みる。

 刃が首にすれて、血がにじむ。 

 縄とは違い、魔力を魔素マナに変換し吸いとる働きのある加工銀のため、手間取るのだ…… だが。

 ざんっ……

 ついに、ばらばらになった金属が床に落ちた。

 ガドフリーはすぐ、最高神スペラディオへの祈りを唱え始める。

 神聖魔法は詠唱が長いという欠点があるが、一般の魔法とは違い、わずかな魔力でも使えるところが長所だ。魔力は神の力を導き取り入れるためにのみ、使われるからである。

 神聖魔法で真に物を言うのは、魔力ではなく祈りの力…… 思いの強さなのだ。


「〔神聖なる筋肉ホーリー・マッスル〕!」


 身体に力がみなぎる ――

 ガドフリーはえながら、重い扉を叩き壊し、塔の階段を駆けおりた。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?