目次
ブックマーク
応援する
7
コメント
シェア
通報
第25話 さっさと逃げたいだけだった②

「〔神聖なる筋肉ホーリー・マッスル〕!」


 むきむきむきむき……っ

 センレガー公爵の全身の筋肉が、聖なる(?)光に包まれながら、膨張していく……!

 肉体強化系の神聖魔法だな。


 ぷちっぷちぷちぷちぷちっ……! ばりっ……!


 センレガー公爵が着ていたスマートなウェストコートとブラウスのボタンが次々とはじけ、肩、腕のあたりの布がもろくも破け去る …… って、ケンシ◯ウか? それともゲームのラスボスにありがちな第2形態か?

 ついにセンレガー公爵は、トランクスいっちょうの姿になった (笑ってはいけない) 。

 胸板も腕も脚も、ぱんぱんにふくれあがって、ぴくぴくしている…… いや巨大ムカデ退治のときにも思ったんだけど、急な成長は身体に負担かけまくるからね?

 あと、ここまで痛みと羞恥心をカットしちゃう神聖魔法ってどうよ。

 もし許されるなら、俺は真剣に、ツッコミ入れたい。

 『キミたちの神様、だいじょうぶ……?』 



「うがぁぁぁっ!」


 センレガー公爵がほえ、周囲の騎士たちを一撃でなぎ倒す。

 貴族たちがまた、ざわめいているな。


「なぜだ……!」 「魔力制限装置は!? 壊れたのか!?」 「いや、ついてる……!」


 ―― 見ればたしかに、センレガー公爵の首には、魔力を制限する働きのあるネックレス (来場者は皇帝以外、全員つける) が、かかったままだ……


 「《鑑定》」 唱えると、ネックレスのそばにホログラムのような文字が浮かびあがった。


『《魔力制限装置ふうネックレス》 ランクD レベルS 売価 20000Nニャン ※魔力制限装置を模した、普通のネックレス』


 なるほど。精巧なにせものか……

 いつでも魔法が使えるようにあらかじめ準備していた、ってことだな。

(そこまでしてたんなら、トランクスいっちょうも避けられるよう、ついでに準備すればよかったのに)


「「「はぁぁぁぁっ!」」」


 騎士たちが剣を抜き、いっせいにセンレガー公爵 《巨大化》 に斬りかかる。

 しかし、センレガー公爵のほうが速い……!


「うぉらぁぁぁぁっ!」


 ひとりに足をかけて転ばせ、そのままステップを踏んで勢いよく回し蹴り。

 間合いをくぐり、ひとりの腹に右拳……を叩き込み、横からきたもうひとりに、強烈なエルボーをかます。

 速すぎてどうやったらこんな動きになるか、すでにわからん……


 どさっ……

 またひとり、声もなく倒れる…… だが。

 ここでひとりが、センレガー公爵の背後をとった。

 このひとり。一見、無造作に剣を振り回しているようだが…… 速い。センレガー公爵を上回っているな。

 腕に斬りつける……! センレガー公爵、間に合わない……!

 ごっっ……

 鍛えられた鋼が、ムッキムキの二の腕を、断つ…… いや。

 剣、浅めで止まっちゃってるな……


「ふんっ……」


 ぷっ……

 センレガー公爵が上腕二頭筋に力をこめると、剣は簡単に押し出されてしまった…… って。

 なんで力、入るの!? そこの筋肉、ざっくり切られてますよねあなた!?

 その状態でりきむって普通はできないし、やったら怪我、ひどくなっちゃうからね!?

 苦痛を全然感じさせない神様とか、こわすぎる! …… おっと。

 ツッコミ入れてる場合じゃない。


 ―― センレガー公爵は、凄まじい勢いで騎士たちを倒しながら、少しずつ、皇帝のほうに近づいているのだ。おそらくは、計画的なものだろう。

 しかしセンレガー公爵が皇帝を害したら、ソフィア公女もカイル皇子も、つらい思いをするに違いない。

 ―― 止めないと。


「《超速 ―― 30倍》」


 俺は自分に 《超速の時計》 を使った。

 センレガー公爵の速さに対応するためだ。


「…………」


 俺は、イリス 《ダインスレイヴの姿》 をかまえ、無言でセンレガー公爵の前に立ちはだかる。

(無言なのは、どうもメンタルがダインスレイヴ妖剣の影響を受けているみたいだからだ。つまりは 「貴様の赤き運命を流しつくし、生命の焔を薔薇のごとくに散らしてやろう!」 とか叫びたくなるので、黙る一択なんである)


「ぐがぁぁぁぁぉぁぁぁっ……!」


 センレガー公爵が、殴りかかってくる。

 怪我も、俺が剣を持ってることも、気にしていないな。

 神の力によほど自信があるのか……


{ふふっ…… 愚者の星などわらわの宇宙では塵と消えゆく定命さだめよ……!}


 えっと、ちょいまて、イリス! 愚者には愚者の、塵には塵の生命の権利があるぞよ? そを失わせるは我を縛りし見えぬ鎖の…… じゃなくてだな (いかん、どうしても妖剣の影響が)。

 早い話が俺は、神に創られし鋼の裸体に突き動かされている男を剣の錆にして、永遠の牢獄にとらわれたくない! (訳:トランクス筋肉男を斬って犯罪者になるなんて絶対やだ)


{わかった…… 妾の唯一のあるじの意向じゃ。妾にいななどあるものか……!}


 ぐっと上に引っ張られる感覚。

 俺が跳ぶと同時に、下をすごい勢いでトランクス、じゃなく、センレガー公爵がつっこんでくる……!

 ギリギリで避けられた、ってことか…… え。


「ぐがぁぁぁぁぉぁぁぁっ」


 うそ…… こっちめがけて、ジャンプしてきやがった。あの態勢から、どうやって。


 たんっ!


 俺はあわててダインスレイヴを下にむけ、床に降りる。よかった…… ぎりぎり、ぶつかってない。

 俺の背後では、センレガー公爵も着地。


{気を付けよ、リンタロー様。わらわは永遠に血を求める定命さだめ


 だよな。ダインスレイヴといえば、このゲームでは一撃必殺の妖剣だ。いったん相手の身体にあたれば刃は自動的に急所にたどりつき、確実に殺す。


「……って、なぜにかような姿に己が身を定めた、イリスよ!?」


{リンタロー様とわらわの間を引き離した者ゆえ、斜陽よりも赤きその流れに身を浸すが定めであろう?}


 つまりイリスは、センレガー公爵にブチキレている、と。

 そういえば、アシュタルテ公爵からのビデオレターで言われてたな…… 『暴走しないよう頼む』 とかなんとか。これか。


「ぐがぁぁぁぁぉぁぁぁっ」


 再び、俺をめがけてぶつかってくるセンレガー公爵をギリギリでかわし、俺は唱えた。


「《神生の螺旋》! ……液体窒素ボンベ!」


 液体窒素は-196℃。皮膚科ではイボの治療などに使われることもあるが、俺の目的はもっと純粋だ。

 イリス 《ダインスレイヴの姿》 だと、確実にっちゃうからな。使えない。

 なので、ここは普通にセンレガー公爵を凍らせて固める。ついでに怪我の治療。

 ―― 神聖魔法で作った筋肉なら、超低温にも耐えられるはずだ (なにしろ斬られても力を込められるほどの熱量パワーを秘めてるんだし) 。


「イリス、もとに戻れ!」 {ふっ…… 承知!}


 ぽぴゅんっ!

 俺の手からイリスが離れ、少女の姿に戻った。

 かわりに俺は、液体窒素ボンベをつかむ。


「くらえ! アイシング!」


 ぷしゅぅぅぅぅぅっ!

 センレガー公爵 《巨大化》 の全身に、-196℃の霧を吹きつける……!

 これで、センレガー公爵をうまく止められるかは、正直なところ…… あ。どうやら、固まったみたいだ。ラッキー。


「《神生の螺旋》! 組織接着剤フィブリンのり! ……切断面、接着完了! イリス、ポーション錬成頼む!」


{はい! 錬成を開始します…… できたのです! どうぞ!}


「ありがとう。ほれ飲め、センレガー公爵」


 固まったままの口に無理やりポーションを流し込む…… よしよし、傷口、しっかり閉じてきたな。


「よっし。完了…… ん?」


 ふと気づくと、周囲の視線が痛かった。

 固まったまま目だけ生きてるセンレガー公爵はもとより、皇帝も皇后 (実はいた) もソフィア公女もカイル皇子も、貴族たちも衛兵も……

 全員の眼差しは、こう言っているようだ ―― 『なにやってんの!?』


「あー…… 一応治療は済んだんで、解凍前に本物の魔力制限装置つけて拘束して、塔に運びこむのが、オススメだ」


 俺はなるべくさりげなく、立ち上がった。

 あとは、みんなが 『エロ動画けしからん』 と気づく前に、さっさと逃げるのみ……!


「よし、イリス。いくぞ」


{はいです!}


 イリスが、俺の腕にしがみついてきた。ええと、エスコート? だっけ? されたかったのかな?


「じゃ、カイル皇子、ソフィア公女。達者でな」 


{またなのです! 結婚式には呼んでください、です!}


「「えっ……」」


 カイル皇子とソフィア公女が、仲良く慌てる。


「帰るって…… 例の件について、まだなにも……」


「そうです。それに、協力のお礼も、まだですわ!」


「お礼はいいよ。それより、例の薬の件やォロティア義勇軍のこと、わかったらまた教えてくれ。あと、もうひとつ……」


「なんですか?」


「もし、スライム奴隷の噂をきいたら、それも教えてほしい。イリスの両親が、行方不明でね。もしかしたら、どこかで奴隷になってるかもしれないんだ」


「それは、ひどいですね!」


「もちろん、しっかり調べさせますわ!」 


{カイルさん、ソフィアさん……! ありがとうなのです!}



 カイル皇子とソフィア公女、それにあとで合流したバーバラとも、別れをしっかり惜しんだあと ――

 俺とイリスはようやく、外に出た。 

 黄昏たそがれの湖に、白い満月が浮かんでいる。そういえば、俺が初めてこの世界に来た日も、満月だったっけ …… ウッウたち、元気かな。


「帰りは、ヘリでも出して一気に行くか?」


{わあ! やったです! また、空、飛びたいのです!}


 ―― こうして俺たちの最初の諜報活動(?)は、なんとか無事に幕をおろした。

 あとでアシュタルテ公爵からは 『なにひとつ解決してないではないか!』 とツッコまれ 『いや、ことはこの天地の間のあらゆる生命の根源をゆるがす事態であるゆえ』 などと答えて呆れられてしまったが…… それはまた、別の話。


 とりあえずしばらくは村の新しい家で、のんびり錬金術師ライフを送りたいだけの俺である。


{わたしもです!}


 どうやら超チートでちょっとヤキモチやきでキレるとこわくて、けっこうかわいいスライムさんも、一緒らしい ――

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?