―― イリス 《記録球の姿》 の映像では、いままさに、センレガー公爵の主席秘書と女性諜報員がおっぱじめようとしているところだった。
これ…… うん。証拠はあがるかもしれないが、同時に俺たちも逮捕だな。由緒ある大夜会にエロ動画を流した罪で。
―― よし。終わったら、無理矢理にでも逃げよう。
{あっ、あの、
「うん…… それがいい」
{では…… スタートです!}
『なあ、そろそろいいだろう……?』
会場に、焦ったおねだりの声が響いた ――
『主席秘書 「たのむ、ツィンタ…… そろそろ……」
女性諜報員 「ふふふ…… まだダメでちゅよ」
(なにをしているかは想像に任せる)
主席秘書 「お願いだよ、ツィンタ……」
女性諜報員 「そうねえ…… じゃ、明日からぁ、
主席秘書 「ううっ…… そ、そんなことしても……!
(なにをしているかは想像にまかせる)
女性諜報員 「うふふ♡ でもぉ、
主席秘書 「あうっ…… だが、
女性諜報員 「もうっ、あたし、マジメだからぁ…… ほんとおは、帳簿
主席秘書 「そ、そんな…… 頼む……」
女性諜報員 「じゃあ…… そうねえ♡」
(女性諜報員、主席秘書の顔を素足で踏んで立ち上がる) 』
女性諜報員が壁にかかった鞭を手に取り、しごき始めたところで…… 映像が途切れた。
イリスはいつのまにかスライムの姿になって、俺の腕のなかで、赤く染まったグリッターをほよほよと舞わせている。
{あふう…… わたし、もうダメです……}
「イリス!? 普段のサービス精神はどうした!?」
{はっ、そうでした……! 恩返しの本番があんなスゴいものでしたなんて…… もっと勉強しなければ、なのです!}
「あー…… まあ、それは、ゆっくりでいいんじゃないかな……?」
俺の目の前では、ソフィア公女がカイル皇子に支えられながらも、センレガー公爵に無言で軽蔑の眼差しを送っている…… 『パパ、不潔!』 って感じだろうな。やらかしてたのは、主席秘書なんだが。
センレガー公爵はといえば、傲然と前をにらんだままだ…… けど、娘にあんな顔されたら。
内心は、断罪よりもキツいかもな。あれ?
これって俺たち、ものすごく恨まれるパターンじゃないか…… よし。さっさと逃げよう。
もう証拠は流し終わったし、俺たちの役目も終了だ。
―― カイル皇子には奴隷狩のことを証言すると約束してしまっているが、その辺は、いまの映像でじゅうぶんだろう。
俺はイリス 《赤面スライムの姿》 をそっと抱え、外へつながるドアのほうへと向かった。
まだみんながザワついているうちに、こっそり……
「みなさん!」
カイル皇子が声を張り上げた。
「みなさん、これでおわかりでしょう! センレガー公爵は、国際協定で禁止されたはずの奴隷狩の連中と、大々的に取引を行っていたのです! 証拠はこれだ!」
裏帳簿らしきものを頭上にかかげ、カイル皇子はさらに叫ぶ。
「実際に、証人もこの場にいます! 54ページの 『錬金術師1名 3,000,000
―― 逃げきれなかった…… まあ、約束だったもんな。しかたない。
こうなったら問題を奴隷狩のほうに一極集中させよう。そしてエロ動画流した件を、みなさんの頭からなるべく消去するのだ。
会場の視線が俺に集まるのを感じつつ、俺は 「どーも、みなさん」 と手をあげた。
「えー、俺は、
「ちなみに、買取り価格の 3,000,000
ビシッと裏帳簿を指さすカイル皇子。
「それ、最初は4,500,500
「なるほど…… って、なりませんよ!」
おお。カイル皇子のノリツッコミだ。
「民から搾り取った税金で奴隷狩と取引だなんて、国際協定を踏みにじるようなことをする者を! このままにしておくのは、ニシアナ帝国の恥です! いかがでしょうか、みなさん!」
貴族たちのざわめきが、先ほどとは変わってきた。 『ふーん』 から 『これ、かばいきれなくない?』 に。
そのタイミングを見計らったように、皇帝が口を開く。
「まさしく…… 奴隷狩をこの大陸から排除すべき、との合意に反する行いは、わが帝国の威信を欠くものである。よって……」
この件に皇帝は、どう判断をくだすのか……?
みなが緊張して見守るなか、皇帝の重々しい声が続く。
「よって、背信行為の疑いによりセンレガー公爵、ガドフリー・グレア・シュテリーの身柄を拘束し、詳しく調査を行うものとする…… 衛兵!」
「「「「はっ!!!!」」」」
よく揃った返事とともに、四方から黒い制服の騎士が次々とあらわれる。護衛専用の隠し通路でもあったんだろうな。
センレガー公爵は、あっというまに取り囲まれてしまった。
「センレガー公爵は調査結果が出るまで、北の塔に滞在するように」
「北の塔だと!?」
センレガー公爵の額に青筋がたち、貴族たちが息をのむ。ソフィア公女は、きりっと唇を引き結んだ。
北の塔…… よほど、環境が厳しい場所なんだろうか。
「この私を、あのような汚らわしい映像でおとしめたばかりか、重罪人のごとく幽閉すると!?」
「即座に 『皇帝の裁き』 を受けたいのならば、そうしてもよいが?」
「…………っ」
センレガー公爵が歯ぎしりをし、貴族たちのあいだにざわめきが広がり、ソフィア公女が青ざめる ――
どうやら 『皇帝の裁き』 とは、強権による即時処刑か、またはそういう関連の魔法らしいな。実際に使えば貴族たちの反発必至でかえって面倒くさいやつ ―― だが持ち出すことにより、皇帝の本気度が示せるんだろう。
「お父様、行ってらっしゃいませ」
ソフィア公女が意を決したように前に進み出た。
「心配なさらずとも、お父様の代理は、わたくしがしっかり、つとめましてよ…… あの腐れた主席秘書も解雇しておきます。万事、お任せくださいませ」
「…………」
センレガー公爵が歯ぎしりをやめ、ふっと息を吐き出す。
もしや ―― ソフィア公女の成長ぶりを目にして、改心したのか……?
期待が激甘だったことに、俺が気づいたのは、すぐだった。
センレガー公爵は、ぎろりと騎士たちを見回し、最後にカイル皇子と皇帝をにらみつけて、言う ―― 静かに。だが、めちゃくちゃ早口で。
「……
えっ、これ、どう考えてもまずいやつじゃ。
もしかして、さっきの歯ぎしり…… 神聖魔法の呪文を、口のなかで唱えていたのか……!?
イリスが俺の腕のなかで青ざめた。
{リンタローさま! 神力が、たくさん、センレガー公爵に集まっているのです……!}
「なにをしようとしてるんだ?」
{わかりませんけど、たぶんダメなやつです!}
「なるほど…… じゃ、逃げる前にもう一戦、かな」
{はいです!}
ぷぽんっ
イリスが俺の腕のなかで姿を変える……
闇を凝固したような黒い剣身。柄にはめられた真っ赤な宝玉からにじむ血の色のオーラが、
見ているだけで
「妖剣・ダインスレイヴ……」
{ふっ。貴様の赤き運命を
イリス、剣にあわせてちょっとキャラ変か……?
などと言っている場合ではない。
俺たちの目の前で、センレガー公爵が