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第23話 スライムさんは見ていた②

 センレガー公爵の抗議は、まだ続いている。


「私は! カイル皇子のすべてを大目にみてきたんだ! ソフィアより乗馬がヘタで馬に振り落とされそうになっても 「もうおやめになって、お父様!」


 たまりかねたように、ソフィア公女が叫んだ。


「あれは、お父様が家で一番、気の荒い馬を貸したせいでしょう!?」


「ごほんっ! 剣の訓練をしても、ソフィアの侍女相手に3回に2回は負けておるし 「バーバラから3本に1本とれること自体がすごいのです!」


「ふんっ。私なら、2本に1本はとれるがね」


「子どもっぽいこと、おっしゃらないでくださいませ、お父様!」 


「ごほんっ、つまり……」


 ここでセンレガー公爵は、ひときわ声を張り上げた。


「どのような理由があれ! 我が娘にモンスターをけしかけるような真似をするかたとの婚約は、無効とさせていただくことを! この場で、宣言いたす! 同時に、カイル皇子を罪人としてセンレガー領に引き渡すことを要求する!」


 会場がどよめいた。

 これまで興味津々、かたずをのんで成り行きを見守っていた貴族たちだ。 

 ―― 「そろそろ、かな」 {そろそろですね} 「行きましょう!」

 俺とイリス、カイル皇子は声をひそめて、うなずきあう。


「 異 義 あ り ! 」


 カイル皇子がまず、隠し通路からとびだした。俺とイリスも、あとに続く。

 会場が再び、どよめいた。

 空間魔法を使った隠し通路の仕掛けのため、会場にいるほうからは、俺たちが急に現れたように見えるみたいだ。演出効果、抜群だな。

 カイル皇子はつかつかと皇帝の前に進み出た。


「私は断じて、モンスターを操ってなどいません! そのリングには、確かに私の名がありますが、私は命じていない! 証拠は、これです!」


 ぺちんっ

 カイル皇子が叩きつけたのは、クウクウちゃんから出てきた半透明の札。


『ハーゴ・イヴォール』


 魔素マナで刻まれた文字がきらめく。


「センレガー公爵はお抱えの魔獣使いモンスター・テイマーに命じ、こちらの札を使ってソフィア公女をモンスターに襲わせたのです!」


「なんだと……! デタラメを、言いおって……!」


「ちなみに、裏はとれておりますわ!」


 ソフィア公女がセンレガー公爵から離れ、カイル皇子の隣に立った。

 センレガー公爵もこれは、予想ついてなかったみたいだ…… 少し慌てて、声を荒げる。


「ソフィア、そなたは黙っていなさい!」


「いいえ、お父様! 黙るのはお父様のほうです……!」


「なにを言うのだ!」


 ソフィア公女に、バーバラが走り寄って透明な水晶球を渡した…… 記録球オーヴだな。


「みなさま、こちらをご覧になって!」


 ソフィアが記録球オーヴをかかげる。

 ―― 両手両足を縛られた男が映し出された。その横には、ボンテージファッションに身を包んだ女性…… 仮面はしてるが、どう見てもバーバラだ。

 ということは、この男が魔術使いモンスター・テイマーのハーゴ・イヴォールなんだろう。


『 バーバラ 「さあ、選ばせてあげましょう、イヴォールさん。どれがよろしゅうございますか?

 この針を爪と肉のあいだに1本ずつ、自白するまで通されるのと、この針を全身の痛点に打ちこまれ痛みのなかで死んだあとで全ての罪をなすりつけられるの……」


 イヴォール 「はっ、話します……!」 』


 よほど、バーバラがこわかったんだろう。イヴォールはしくしく泣きながら自供を始めた。

 それによると、ソフィア公女を襲ったウルフ・ローチェもソード・センピティードも、センレガー公爵から命令されてイヴォールが操っていた、という ――


「なんと!?」 「実の娘に!」 「2度も、モンスターを……!?」


 貴族たちがざわめく…… だが。

 なんだか、予想していた空気とは違うな?

 皇帝や皇后はたしかにセンレガー公爵に険しい目を向けているが、貴族たちの間には非難がましい空気はない。

 そしてセンレガー公爵は、困ったようにコメカミを押さえて、ためいきをついた。


「ソフィア…… そなた。その男がカイル皇子と結託し、私を陥れようとしているとは、思わなかったのか?」


「…………っ!」


 なるほど。悪事がバレても実行した人間を切れば済むだけ、か…… 腐ったお偉いさんのやることは、異世界でも変わらないな。


「普通に考えて。父親が、可愛い娘を襲わせることなど、あろうか? ソフィア…… そなたは、かほどに、この父が信じられぬのか?」


「…………っ ですが、お父様は……! ずっとカイル様に冷たくしておいででしたわ! それに、イヴォールの自供がなによりの証拠……!」


「まあ…… 娘をとられる父親の愚かな心情など、そなたには、わかるまいて」


 センレガー公爵、問題をさっくりと父娘おやこの情にすりかえるあたり、さすが手練れだな。

 こうこられて、仮にソフィア公女が 『信じられません!』 と答えたとしても。

 センレガー公爵が先にこの場に植えつけた 『ソフィア公女は婚約者に騙されて父親を陥れようとしている』 という印象を、くつがえすのは難しそうだ。

 ソフィア公女もそれは感じ取っているのだろう。なるべくセンレガー公爵のペースに乗るまい、と努力はしている…… が、センレガー公爵のほうが1枚上手な印象だ。あくまで、ペースを崩さないあたり。

 ―― これ、確実に、こっちが不利なんじゃないか?


 皇帝・皇后が沈黙を保っているのも、貴族たちの心証に配慮してのことだろう。カイル皇子とソフィア公女の意見だけで、安易にセンレガー公爵を断罪できないのだ。

 センレガー公爵は、ずいぶんと貴族たちから信望を得ているみたいだな。

 カイル皇子は根回し不足、か…… いや、根回ししたくても、できなかったのかもしれない。一介の第三皇子に、そこまでの金も権力もないだろうし ――

 俺は思わず、つぶやいていた。


「うーん…… 決定的な証拠が、あればな」


{決定的な証拠が、あればいいのですね!}


「ああ…… って。イリス!?」


 ぽぴゅん

 イリスが、記録球オーヴに姿を変えつつ、俺の手に飛びこんできた。


「イリス? 決定的な証拠を記録している、ってことか?」


{はい…… 証拠というか、奴隷狩についてのセンレガー公爵の主席秘書さんの証言というか…… ですけど}


 イリス 《記録球の姿》 は俺の手のなかでなぜか、ほんのり赤く染まりながら、もじもじしている。


魔獣使いモンスター・テイマーのほうじゃない証言なので、別に要らないかもと思ったのです……}


「いや、いるよ。というか、そもそも、奴隷狩との関係で行こうって計画だったろ?」


{あっ、ですね! そうそう、そうです!}


「どうした、イリス?」


 イリスの様子が、あきらかにヘンだ。

 決定的な証拠となる映像だが、ひとに見せたくない ―― いったい、なにを記録したというんだ?


「なにか、その映像出すと、まずいことでもあるのか?」


{あるような、ないような…… です}


「そっか……」


 これは、どうしようかな。

 迷うところだが、とにかくいまは、なんでもいいから証拠を出してセンレガー公爵を追い詰めなければならない局面だ。

 失敗すると逆に、こっちが追い込まれる立場になってしまいかねないんだから。

 ―― もし、センレガー公爵の主張が通って、カイル皇子が罪人として引き渡されたりしてみ? ソフィア公女が気の毒すぎる ――

 俺は、覚悟を決めた。


「やっぱり、見せてくれ」


{はい、です……}


「なにが映ってるか知らんが、よほどまずい映像だったら、俺たちはとりあえず逃げて魔族の国アンティヴァ帝国に帰る。これでどうだ?」


{帰るのですか……!?}


「ああ。センレガー公爵はの製造販売に手を染めていたが、とりあえず別件逮捕で阻止…… ってのが、今回の成果になるかな。これ以上のことは、ここにいてもわからないから、いったん帰国でいいと思う」


{だったら、がんばるのです!}


 イリス 《記録球の姿》 から、キラキラした グリッターが上がった。が。


「じゃ、見せてくれ」 と俺が言ったとたん、また、もじもじぷるぷる、ためらい始めた。


{えとですね、たまたま、ちょっと道に迷ったときにたまたま、で…… 別に、わたし、ヘンな趣味があるとかじゃないのです、リンタロー様}


「うん、わかったから、とりあえず見せてくれ。大丈夫だ。まずいものなら、絶対にイリスを連れて逃げるから」


{はい、です……}


 イリス 《記録球の姿》 の赤みが、またちょっと強くなり……

 やっと映し出されたモノを見た、会場のみんなの目は、点になった。ついでに俺の目も。


―― いや、イリス、ごめん…… そりゃ、出すの嫌だよな。


 そこに繰り広げられていたのは……

 センレガー公爵の主席秘書らしき男と女性諜報員の、生まれたままのお姿 (モザイク入り) での交流会。だったのだ。

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