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第22話 スライムさんは見ていた①

==ガドフリー・グレア・シュテリー (センレガー公爵) 視点==


「いいかげん、機嫌をなおせ、ソフィア」


「無理です! お父様はひどすぎます」


「バーバラ。ソフィアを説得しろ」


「かしこまりました…… お嬢様、公爵閣下がおっしゃっておいでです」


「 知 り ま せ ん ! 」


 つーん、とそっぽを向く娘に、ガドフリーは内心で、深々とためいきをついた。


 ―― ニシアナ帝国の水源、ヴィーヴォ湖のほとりに建つ夏の宮殿。心地よい夜風がふく開放的な渡り廊下からは、いつまでも沈まぬ夕陽に染まる空を映した湖が見渡せる ―― 

 だがガドフリーことセンレガー公爵にはいま、美しい景色を楽しむ余裕はなかった。

 これからニシアナ帝国の夏の行事のしめくくり、大夜会が始まる。

 この大夜会でガドフリーは、娘の婚約の解消を皇家と貴族の前で宣言し、かつ、娘の婚約者であったカイル皇子の引き渡しを要求する予定である…… 娘をモンスターに襲わせた、罪人として。

 だが、いまガドフリーが景色を楽しむ余裕がないのは、大それた立ち回りの前で緊張しているためではない。単に娘のソフィアが、ガドフリーのエスコートによる入場を断固拒否しているからなのだ。

 たかがエスコートというなかれ。

 『それが普通』 とされている界隈では、単にひじひとつを貸せるか否かでも、お家事情を探られかねないのだ。

 『ガドフリーが娘のソフィアをエスコートしていない ⇒ 親子仲に亀裂が入っている ⇒ 原因は……?』 というように。

 娘のソフィアも、その辺の事情は理解しているだろうに…… まだ、怒っているのだ。

 ガドフリーがソフィアとカイル皇子の婚約を解消しようとしていることを。


 ―― カイル皇子がモンスターにソフィアを襲わせたように見せかける、その企みは成功しているはずだ。

 なのに、なぜ…… この期に及んで、婚約者をモンスターに襲わせるような男に未練を残すのだろうか。

 その企みがすでにバレているとは気づいていないガドフリーは、内心で首をひねり、それからまた、深々とためいきをついたのだった。

 ―― まったく、しょうもない。


 そもそもガドフリーが娘たちの婚約を認めたのは、娘かわいさとカイル皇子を便利な人質として利用できる可能性を考えたからだ。

 だが、カイル皇子は単なる人質にも、お飾りの後継にもならなかった。

 それどころか、なにかと領政に口出ししようとし、さらには、独立資金稼ぎのための裏稼業にまで探りを入れてくる…… うっとうしい。

 当初の目論見もくろみとは逆に、センレガー公爵領においてニシアナ帝国皇家の権力を強めようとするムーブに出られては、ガドフリーとしてはカイル皇子を排除するしかないではないか。

 ―― そこでガドフリーは、部下の魔獣使いモンスター・テイマーに命じて、カイル皇子の使役リングをつけたモンスターに娘を襲わせた。

 娘の翼竜と侍女バーバラが娘を守ることを織り込んだからこその、暴挙である。

 結果は、まあそれなり、といったところ……

 大金で買い取った錬金術師を連れて逃げられる、という痛手はあったものの、少なくともカイル皇子を排除する方向には進んでいる。

 婚約解消および皇子引渡しの要求を、皇家は 『調査中』 と、のらりくらりかわしているが…… 

 ならば、この大夜会の場で再度、たたきつけてやるのみ。

 さいわい、貴族たちへの根回しも、試作品の 『心核薬ドゥケルノ』 と 『夢見薬ドゥオピオ』 で完璧だ。

 『心核薬ドゥケルノ』 は、感覚を鋭敏にし五感を目覚めさせ、3日3晩も不眠不休で活動できる。

 『夢見薬ドゥオピオ』 は、痛みを去り心を穏やかにして幸せな幻影を見せ、究極のリラックスをもたらす。

 量が少なく高値であっても、気にいる貴族は多かった。

「まだ試作段階であるうえ皇家ににらまれており、大っぴらに研究も生産もできない」 と訴えれば、彼らはみな、センレガー公爵を支持することを約束してくれた。

 20年近く前の対魔族戦争のつめあと ―― それは、こんな形で残っていたわけだ。望まぬ出兵を強要された貴族たちの、皇家への恨みは深い。ガドフリーとて同様…… いや、それ以上だろう。


「―― カイル皇子のことは、相手が悪かったと思って忘れなさい、ソフィア」


「いいえ。カイル様は、あのようなことは決してなさいませんわ! お父様こそ、今からでも皇家への申し入れを撤回し、膝を折って詫びられたら、いかが?」


 ―― 他の貴族たちは次々と会場の扉をくぐっていき、ついに、残るはガドフリーとソフィアだけになってしまった。

 貴族のなかでも筆頭の公爵家だから、入場順はこれで良いが、あまりに間をあけすぎると不審な目で見られてしまうだろう。

 これから、大夜会の習慣が始まって以来の無礼な振る舞いに出るからこそ、警戒される可能性がある真似は避けたい ――


 ガドフリーはしかたなく、ひとりで歩きはじめた。

 あとからついてくる娘の顔には、まだ険しさが残っていることだろう。


(もっと対魔戦争時代の恨みを教え聞かせれば、よかったのか……)


 ふと胸をよぎる考えを、ガドフリーは、すぐに打ち消す。

 ―― ガドフリー自身は、すでに皇家を見限っている。いずれはニシアナ帝国からの独立をあらゆる手を使い、もぎとる…… それがガドフリーの悲願であり、正義だ。

 しかしまた、次代は次代で状況と信念にふさわしい判断をすべきでもある ―― 


「…… お父様はどうして、皇家をここまで目の敵にしていらっしゃるの?」


「自身で調べてみよ、ソフィア」


 ―― いまは、あれほどの怒りと恨みを娘には伝えなかった己を誇ろう。 


「センレガー公爵、ならびにセンレガー公爵令嬢」


 係に名を呼ばれ、ガドフリーはきらびやかなシャンデリアに彩られた会場に足を踏み入れる。

 うしろを歩く娘を彼が振り返ることは、2度となかった。



== 主人公(リンタロー)視点・一人称 ==


「大夜会ってダンスでもしまくってるのかと思ってたが、挨拶ばかりだな」


「基本は、貴族の帝国への恭順を確認するための行事ですからね。ダンスは前半の晩餐会のあとで、希望者のみ参加するのが恒例です」


{こんなときじゃなかったら、リンタローさまと踊れたんですのに……}


「やめとけ。俺はダンスとか、全然ダメだからさ」


{んー…… しかたないのです}


 俺とカイル皇子とイリスは、皇家が使う隠し通路のひとつから、そっと大夜会の会場をうかがっていた。

 隠し通路には空間魔法が使われているため、なかにいる俺たちは、ドアの隙間から誰にも気づかれず会場をうかがっている形だ。

 ―― 『きらびやか』 という言葉がピッタリの贅沢ぜいたくなシャンデリアと、着飾った貴族たち。見ているだけで、落ち着かないな。

 俺たちの服装も、いつもと違いすぎるし…… 


 もぞもぞ動いてみる俺のウェストコートのすそを、イリスがくいっと引っ張った。


{リンタローさま、素敵ですよ。王子さまみたいです}


「王子は恥ずかしいからやめてくれ…… でもイリスは、お姫様みたいだな」


{お姫様ですか? 嬉しいです!}


 青いドレス姿のイリスは、くるりとまわってみせる。飾りの少ないシンプルなロング丈が、大人っぽくていつもとまた違う感じだ。宝石のついた腰のベルトと膝まで入ったスリット、芸が細かい。


{かわいいですか?}


「うん、かわいい」


「…………」


「なんだ、カイル皇子?」


「いえ、別に……」


 いま 『バカップル』 とか言われた気がしたんだが。

 カイル皇子は首を横に振り、通路の外を目で示した。


「―― ほら、センレガー公爵が入場してきましたよ。手筈どおりに、お願いします」


「えーと、なにごともなければ、大夜会終了後にセンレガー公爵の捕縛に協力する。なにごとか起これば、臨機応変に、だったな?」


「はい…… 兵はすでに、配備していますから」


「OK。うまくいくといいな…… と言いたいが、なにごとか、すでに始まっている感」


「予定、かなり早まりそうですね」


{ソフィアさんが、かわいそうです……}


 俺たちはふたたび、会場に注目した。

 センレガー公爵は、皇帝への挨拶もそこそこに、金のリングが入った箱を慇懃無礼な態度で差し出している。


「―― カイル・リー・ファリントン…… カイル皇子のモンスター使役リングを、なぜ私が持っているか、おわかりですかな?」


「…………」


「私の娘のソフィアを! この使役リングをつけたモンスターが襲ったからだ!」


「お父様、おやめになって!」


「いや、やめぬ。たとえカイル皇子といえど、許しがたき狼藉ではないかね!?」 


 自分が襲わせたくせに……


{もう、ひどいです! サン・ヘルツァキロブーメランになって頭、直撃してあげたいのです!} 


 イリスが怒り、カイル皇子が苦笑した。

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