「イリス、あとは任せた!」
{はい! いってくるです!}
イリス 《サン・ヘルツァキロの姿》 は、滑らかに回転しながら高速で飛んでいく。
グガァァァァァァァッ……
よし、クウクウちゃんが止まった!
頭が、ブーメランにあわせて動いている…… おっ、
だが、ブーメランはクウクウちゃんの手を、するっとすり抜けてさらに飛ぶ……!
頼むぞ、イリス 《サン・ヘルツァキロの姿》……!
{ただいまですぅ……}
「おかえり…… って、ヘロヘロじゃないか!?」
{いえ、ぜんぜん…… ほんのちょっと、目が回っただけなのです}
「そっか、ありがとう。助かったよ、イリス…… ゆっくり休んでくれ。あとは、どうにかするから」
あとは…… どうするかな。
錬金術で、巨大な猫じゃらしでも作ってみるか?
ところがイリスは、ぷくっと膨れた。
{ぜんぜん、大丈夫なのです!}
「あっ、イリス……!」
{いってくるのです!!!}
イリス 《サン・ヘルツァキロの姿》 は再び、俺の手から離れて飛んでいく。
なんかやっぱり、ヨレヨレ…… いや、クウクウちゃんはしっかり翻弄されてるが。
「……
カイル皇子の呪文が、完成したようだ。
クウゥゥゥゥ、クゥゥゥゥ……!
お、クウクウちゃんの鳴き声が元に戻った……!?
イリス 《サン・ヘルツァキロの姿》 は、再び向きを変えてこっちに戻ってきている…… ああもうフラフラじゃないか。頑張りすぎだ。
――? クウクウちゃん、なんだか眠そう……?
「〔
カイル皇子の呪文、発動。
空から降りる無数の光の縄が巨大な翼竜の全身を縛った。
{た、たらいま、れふ……}
「お帰り、イリス。おかげで助かった」
{どういらしましれ、れふ}
ぷるんっ
イリスが少女の姿に戻った、一瞬の後。
どぉぉぉんっっっ……
クウクウちゃんは、崩れるように倒れこんだ。
グゥゥゥゥゥ ……
穏やかな寝息 ―― まさか、
俺はクウクウちゃんに近づき、身体を調べた。
―― 目立った外傷はなし。
傷のために行動がおかしくなった、ということでは、やはりなさそうだ…… あれ?
クウクウちゃんの足元で止まった俺のそばに、カイル皇子もやってきた。
「どうしました、リンタローさん?」
「爪に使役リングが……」
見覚えのある金のリング。
『カイル・リー・ファリントン』
刻まれている文字は、カイル皇子の名だ……
「私は、モンスターの使役など、したこともありません!」
カイル皇子が拳を握りしめて主張するが、そんなことはわかっている…… モンスターを使って暴れさせるメリット、カイル皇子にはまったくないからな。だが。
「わからん」
俺は思わず、呟いていた。
「…… センレガー公爵の
―― 俺は、センレガー公爵が、なんらかの方法でモンスターにソフィア公女を襲わせた、と推測している。
カイル皇子がセンレガー公爵の周辺をかぎまわっていることが、おそらく気づかれているのだろう。
センレガー公爵は、モンスターの使役リングを使ってカイル皇子に罪を着せ、消すつもりだ。
単なる婚約解消や毒殺ではなく、ここまで回りくどいことをするのは、ニシアナ帝国に対しての見せしめ ――
この論理でいけば、カイル皇子の名を刻んだ使役リングをはめたモンスターは、必ずソフィア公女を襲わねばならない。
なのに、クウクウちゃんは俺たちのほうへ向かい、手かげんしながら暴れたのだ。
「俺たちが、こっちに逃げたから…… 海を越えられるモンスターを、選ばざるを得なかった、か? だが、なにもソフィア公女の翼竜を使わなくても……」
カイル皇子が、はっと息をのむ。
「まさかとは思いますが…… もしかして、ソフィアが父親に騙されて、クウクウちゃんを……?」
「うん、おまえ、婚約解消されろ」
「……っ! ですが、冷静に考えてみてください。私たちが魔族の国に逃げた以上、殺してしまうのがセンレガー公爵にとっては次善の策です」
「それはいえてるが」
「でしょう? ソフィアだって、彼女に僕たちを騙すつもりはなくても、父親から嘘をふきこまれれば…… うぶっっ…… く、くるし……」
{婚約解消されなさーい! です!}
スライム化したイリスが、カイル皇子の頭に覆い被さった。グッジョブ。
{ソフィアさんを疑うなんて、ぷんぷん! なのです}
「ごめん……」
「…… とにかく、ソフィア公女が命じたのでないかぎり、どこかに真の使役者の
俺は引き続き、クウクウちゃんの全身を調べる…… うーん、それらしいもの、ないな…… ん?
グゥゥゥゥ…… グゴォ゛ォォ……
―― なんか今、寝息に異音が混じってたような?
俺は、耳を澄ませた。
グゥゥゥゥゥ…… グゴォ゛ォォォォ…… グゥゥゥゥ……
やっぱり。
翼竜的には鼻雑音、とでもいうべきだろうか。いびきのような音がときどき聞こえる……
常にではない、ということは、気道が狭まっている、というよりは 『ペラペラめくれるタイプの異物が貼りついている』 だよな。
吸気では聞こえない、ということは。
―― 誰かが鼻の入口から腕をつっこんで、紙状のなにかを貼りつけたものが、呼気…… 吐き出す息の勢いで
よし。もっと勢いよく、出させてみよう。
「《神生の螺旋》」
俺はチート能力でゴーグルつきのフルフェイスマスクとレインコートと毛バタキを取り出した。最高級の
パタパタパタパタ……
俺はフルフェイスマスクをかぶりレインコートを身につけ、毛バタキでクウクウちゃんの鼻腔をくすぐる…… ぶるっ
クウクウちゃんが、震えた。
ぶるぶるぶるっ…… グゥゥ……
うーん、まだダメか……?
パタパタパタパタパタ…… ぶるぶるぶるっ
グゴヴォ゛ォォッグショォォォン!
風圧。
俺は、すっとばされた…… 翼竜のくしゃみ、半端ないな。
クウクウちゃんは、また健やかな寝息をたてはじめた。
{リンタロー様!}
スライム化したイリスが、俺を受け止めてくれた。イリスがいなかったら、俺もうとっくの昔に死んでる……
「ありがとう」
{リンタロー様がご無事で良かったのです! ……あ、これ……}
ぷぺらっ
イリスが、俺の肩についていた半透明の札を跳ねあげた。ぷるぷるのゼリーっぽい材質に
『ハーゴ・イヴォール』
「誰だ……?」
「あ」 のぞきこんだカイル皇子が声をあげる。
「イヴォールは、センレガー公爵お抱えの
「決まったな」
{ですね!}
俺たちは目を見合わせ、うなずいた。
――
ソフィア公女のように特定の1体と絆を育んでいる場合と違い、彼らはアイテムを用いてモンスターを使役する。
アイテムは使役リングが一般的だが、ようは使役者の名をモンスターに付すことができれば、なんでもいいわけで……
おそらくイヴォールは、これまでもセンレガー公爵の命令で、見つかりにくい使役アイテムをモンスターの体内に入れては、ソフィア公女を襲わせていたのだろう。カイル皇子の仕業だと見せかけるために。
「ではやはりセンレガー公爵は、他国に逃げた私たちを消すために、クウクウちゃんを……? 私の名の使役リングをつけたのは、周囲に 『使役の失敗による暴走』 を印象づけるためでは?」
「そうかもしれないが…… どっちにしても、クウクウちゃんは使役に
{ご主人さまのお友達を襲わせるなんて、ひどいのです! クウクウちゃん、きっと、つらかったのです……!}
イリスが、ぷるぷる震えて怒っている。
「クウクウちゃんには一晩、ここで休んでもらって、明日、手紙でもつけてソフィア公女に送り返すか…… あとは、コテージの修理だな」
俺はコテージの周囲に錬成陣をつくり、飛んでいったドアを取りつけて穴を塞いだ。
【スキルレベル、アップ! リンタローのスキルレベルが13になりました。MPが+6、技術が+8
されました。特典能力 《神生の螺旋》 の使用回数が22になりました。MPが全回復しました! レベルアップ特典としてスキル 《錬成陣スキップ》 lv.1が付与されます】
やった。
《錬成陣スキップ》 は錬成陣の構成要素をいちいち唱えなくても、錬成陣を描くことができる……
前世でいえば 『
さっそく使ってみよう。
「《錬成陣スキップ ―― ポーション》!」
俺が手をかざすと、地面のうえに錬成陣が現れた。
おっ、本当に一瞬でできた ―― 中心に
使ってみたいが…… ポーション作りには
「よし。今日はここまで、だ」
{リンタロー様、触媒です!}
イリスが指をしぼって、触媒を入れてくれる ―― できたポーションは、イチゴ味でけっこうピリ辛だった。
翌日、俺とカイル皇子はこれまでの経緯と推測を手紙にしたためてクウクウちゃんに託し、ソフィア公女のもとに送った。手紙をソフィア公女が受けとる前に妨害がある可能性は低い、と予想している。
ソフィア公女ならきっと、いきなり様子が変わって飛んでいったクウクウちゃんを心配して、戻ってくるのを待っているだろうから ――
果たして、数時間後。
ア◯フォンが急に、ブーッと鳴った。
[ヘイ、マスター。ソフィア公女からねー!]
? ソフィア公女から?
「ソフィア公女! ア◯フォン持ってたのか?」
『ア◯フォンって、なにかしら? わたくしのは
「おお、ヴィジョン・プ◯か……」
最新型端末を持ってるとは、さすが公女殿下。
『委細承知しましたわ!
「素直に吐くかな?」
『ふっ…… わたくしには、バーバラがついていますのよ?』
「ああ、なるほど」
うん、
『では、少し予定は狂いましたけど、ニシアナ皇宮の大夜会で、また!』
「ああ」
なんだか元気が良すぎる気がするな、ソフィア公女……
「あまり無理するなよ。カイル皇子に代わろうか?」
『いえ、けっこう! 夜会を楽しみにしています、と伝えてくださいな』
「了解」
『ではね…… あの、リンタロー?』
「ん?」
『クウクウちゃんを助けてくれて、ありがとう』
通話が切れた。
[ヘイ、マスター。言っとくけど、ゴーグルがニュー・モデルっていってもねー]
「わかってる。世界にただひとつで優秀なのは、ウィビーだろ」
[イエーーーース!]
着実に 『
―― 俺たちはそれから、コテージを片付けてマルドゥーク辺境伯領の港へ行き、定期船でニシアナ帝国へ向かった。センレガー公爵領ではなく、広大な湖のそばの皇都へ。