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第20話  スライムさんと料理した

「すまん、イリス。せっかくのサービス精神は嬉しいんだが……」


 つるんとした柔肌から目をそらし、俺はイリスに頼んだ。


「できれば、エプロンの下にも、なにか身につけてほしい」


{そうですか? シュリーモ村の秘伝書 『その他の恩返し方法・人間男性編』 には、これが喜んでもらえると、あったのです}


 その秘伝書つくったスライムさん、坂田◯夫の転生なのか?


「いや…… 俺は、エプロンのなかも隠れてるほうが…… ももも、萌え、るから……」


{えっ…… そうだったのですか……?}


 いや本音は単に、落ち着かなかっただけだけどな。金太郎さんスタイルが。


{わかったのです!}


 ぷるんっ

 イリスは、ビキニエプロン姿になってくれた……  いやもうちょっと着込んでくれてもいいんだけどね!?

 まあ、せっかくのサービス精神にいちいちツッコむのもアレだから…… スルーしよう、うん。


「よし。じゃあ、キッチン行くか」


{はいです!}


 ―― 携帯用キッチンのなかは、かなりファンタジーっぽかった。レンガ作りのオーブンと煮炊き用の薪ストーブ。だが、炎龍の加護のおかげで 『フレア』 と唱えるだけで火がつく簡単仕様だ。


「さて、食糧は…… お、これか? …… 広っ」 


 『食糧庫』 と書かれたドアを開けると、そこは石造りの部屋だった。ぎっしり並ぶ大きなたるには、保存の効く穀物や豆類、ドライフード、ワインなど。棚の上が調味料か…… 奥にはまた別のドアがあって、肉の貯蔵庫になっている。数週間は籠城できそうな量だ。

 ―― ネタ切れとか言って悪かったな、AI。


【いえいえww 旅が長引くフラグだったらどうします?ww】


 うん、とりあえず夕食つくるわ。


{リンタロー様! ミックスベジタブルがあったのです! マンドラゴラ入りで栄養満点です!}


「マンドラゴラ!? …… ああ、カットしてあるとほぼ、ニンジンだな」


{お肉はコカトリスでいいです?}


「なんでもいいが…… 魔族も肉を食べるのか?」


{普段は食べないですけど、お魚やコカトリスは大丈夫なのです!}


「ヘえ…… なんで?」


{半魚人も、お魚は食べるのです。あと鳥人も、コカトリスは食べるので}


「つまり、魔族が牛や豚を食べないのは、仲間のミノタウロスやオークに、気を遣ってるんだな?」


{ですです!}


 優しい。

 なお、コカトリスはこの世界ではほぼ、高級地鶏のような扱いだ。石化の邪眼に注意が必要だし毒抜きに手間もかかるため、値段は普通の鶏肉の何倍もするが、そのぶん味も一級。


 ―― コカトリスの手羽元と干しキノコのダシの、旨味がっつりのスープ。色鮮やかなミックスベジタブルと、ぷっるぷるのコカトリスの皮の炒めもの。コカトリスのモモ肉のオーブン焼きは、表面こんがりでなかがジューシーだ。粗びき黒胡椒のピリッと豊かなかおりで、いくらでも食べられそう。

 そして、ほかほかの白ごはん。

 ―― 米のほかに炊飯器とポータブル電源も、 《神生の螺旋》 で出しておいて良かったな…… 俺のチート能力、ありがたすぎる。


「あーどれもうまい…… とくに、白米が神……」


{んんんんんっ♡ おいしいのです♡ こんなお米は、初めてなのです!}


「ほんとうに。深々と吸い込みたくなるような温かみのある匂いといい。しつこさはないのにもっちりとして、やわらかいのにやわらかすぎない噛みごたえといい。ほんのりと甘く、優しい味わいといい…… 素晴らしいです。皇宮にも、これほどの料理はありません」


 起き上がって自力で食事できるほど回復したカイル皇子も、日本の白ごはんを食レポしてくれた。

 さすが皇子というべきか。日本の米と炊飯器が、偉大なる先人たちのたゆみない努力と執念と技術の結晶であることを、説明せずともわかってくれている感…… 


{ね♡ これに、ペッパーXエックスふりかけたら、どうなるですか?}


「やめとけ…… って、イリス、もしかして」


{あの感覚…… チクチク、ドカン、って感じのが…… もう一度、味わってみたいのです……!}


「…………!」


 スライムさんでもなってしまうのか、激辛スパイス中毒者ジャンキーに……


「すまん、イリス…… 俺のせいだわ」


{? なにがですか?}


「直接食べるなら、この程度でどうだ?」


 俺は 《神生の螺旋》 で、一般的な各種香辛料を取り出してみせる。

 ワサビ、鷹の爪、七味、練り辛子、柚子胡椒、タバスコ……


{んっ♡ チクチクするのですぅ……♡ ぷはぁぁぁ……♡}


 イリス、とくに柚子胡椒がお気に召したもよう。とろん、と頬を赤らめて、少し溶けかけながらニコニコしている。

 辛いものばかり食べて、体温が上がってるんだな。

 ―― デザートは、冷たいものにしよう。

 俺は 《神生の螺旋》 でハー◯ンダッツを出してみた。

 俺が好きだったチョコアイスだ。

 カイル皇子はしばし無言になった。


「ソフィアにも食べさせてあげたい…… さぞかし…… 名のある職人なのでしょうね」


「あーまあ。世界的に有名だな」


「このような食べ物が簡単に手に入るとは…… リンタローさん、あなたは、いったい……?」


「ひとことで言えば、転生者だ」


「ええええ!?」


 俺がこっちに転生してからこれまでの経緯をざっくり話すと、カイル皇子はめちゃくちゃ驚いてくれた。


「 『大いなる悪が地を覆わんとするとき、異界より真の勇者あらわれ、これをくじくものなり』 …… リンタローさんは、伝説の勇者だったのですね…… もともと、ただものではないと思っていましたが」


「いや、ごめん。悪いが、勇者でも、ただものでなくもない、ただの錬金術師だ」


「そうですか? しかし、実際にリンタローさんは、このタイミングでこの世界に来られたわけで」


「タイミングが一致して人は間違い、ってところだろ…… 残念だが、俺はいつも、目の前にあることを処理するだけで精一杯の凡人だぞ」


「そうかなあ…… まあ、いいです」


 なんでそんな疑わしげなんだ、カイル皇子。

 ―― いっぽう、イリスはといえば。


{はうううう…… おいひいれひゅ……}


 一口たべて、ほおを両手で押さえている…… おいしすぎるジェスチャーか?


{へほ、ひょっほ、つべはふひうう冷たすぎるはほ……}


 よく見たら、おいしい顔のまま、凍りついてる……


「あー……すまん」


 なかなか難しいな、スライムボディーは。


{ははいほ…… もっほ、ははいほ……}


「なに? 辛いものか?」


{はいへふ}


「まさとは思うが、アイスに香辛料ふりかけて、温冷のバランスとる気か?」


{はいへふ……!}


 ―― 激辛スイーツの新たな側面に気づいてしまった。


 とりあえず、アイスに柚子胡椒を混ぜ、イリスの口に入れてみる…… うーん。あまり、変わらないな。


「《神生の螺旋》」


 俺は仕方なく、チート能力でデスソースを出した。昔、俺にペッパーXエックスをくれた知り合いに、御礼にあげたやつだ。

 ペッパーXエックスほどじゃないが、じゅうぶんに辛いはず…… ひとふりでいいかな。


{ほっほへふ!} 「もっとか?」


{ほっほ! ほっほ!} 「え…… さすがにどうなんだ?」


 こんなやりとりを繰返し、アイスが真っ赤になって、やっと。


{はう…… とろけるのでしゅ…… 甘いのでしゅ…… ちょっと、チクチクするのが、またよきでしゅ……}


 イリスは、普通にアイスを食べられるようになったのだった。


{リンタローさまも、ひとくち、どうですか? あーん……}


「ぜったいにいらん…… っ!?」


 どんっ……


 急に、コテージが揺れた ―― と、思ったら。 


 どしんっっ……


 もう一度。


 ぽぴゅんっ

 窓の外を確認しに行ったイリスが、慌てたように戻ってきた。


{リンタローさま! クウクウちゃんです!}


「え? ソフィア公女の翼竜のクウクウちゃん?」


{ですです!}


「ソフィアは?」 と、カイル皇子が尋ねる。


{いませんです…… というか}


 どごっっっ!


 コテージの扉がとんでいき、尖ったウロコのしっぽがチラッと見えた。


 どんっっっっ!


{なぜですか!? 攻撃されているのです……!}


「なぜかは知らんが…… 寝る場所壊されると、困るな」


「ソフィアに、なにかあったのでしょうか」


 カイル皇子が気がかりそうに眉を寄せる。


「さあな…… とりあえず、クウクウちゃんを落ち着かせよう」


{はいです!}


 ぷぴゅんっ


 イリスが変身しながら、俺の手におさまる。

 先端が丸く削られた、ゆるやかなV字形…… この大きさは龍族の骨だろう。透明なボディーからは、闇とキラキラ光る魔素マナが同時に放たれているため、つねに星空をまとっているかのようだ。

 目にしたとたん、その名がするすると俺の口をついて出た。


「サン・ヘルツァキロ……?」


{正解です! 神器のなかではマイナーなのに、リンタローさま、よく知っているのです!}


「うん…… 昔、犬好きの知り合い、いたから」


 憧れのアイテムだと散々、聞かされた思い出。

 サン・ヘルツァキロは闇龍の骨でできていると言われているブーメラン型の神器で、このゲームのオリジナルだった。

 どこかの城に隠されている伝説級のレアアイテムだが、戦闘に使いやすいわけではない。

 ただ、とある高ランクのダンジョンのボスモンスターを仲間にするために必須だった…… そのボスの名をケルベロスという。

 ―― ようは、犬タイプ上位モンスターとの親密度をあげるためのフリスビーのようなものなのだ。『とってこい』 で。


 どすんっっっ ……


 こじ開けた戸口部分を攻撃してくるあたり、翼竜って頭いいんだな ―― お。ちょっと離れた。


「いまだ、いくか」


「はいっ」


 俺たちは、クウクウちゃんの隙を見て外に飛び出す。

 カイル皇子のえものは、ニシアナ皇室の紋章が刻まれた細身の剣…… 鞘をとおして、うっすら光をまとっているところを見ると、聖属性の加護でもあるんだろう。


 グガァァァァァァァッ


 やはり、いつもと様子が違うな、クウクウちゃん。もしかして…… 操られているのか?

 俺と皇子を襲うように、指示された……?


 ぶんっっっ……


 トゲトゲして硬そうなしっぽが、俺たちに叩きつけられる……!


「せいっ」 「ぅわっ……」


 きれいなステップをふんで避けるカイル皇子。

 俺はといえば、イリス 《サン・ヘルツァキロの姿》 に助けてもらって、かろうじて逃げている感じだ。

 相手がソフィア公女の翼竜クウクウちゃんであるだけに、やりにくい……


 グガァァァァァァァッ


 また、しっぽの攻撃。

 ―― だが、やはりヘンだ。

 屋外で翼竜が本気出すなら、空からの攻撃になるはず。急降下による衝撃力を敵の頭蓋に加えれば、一撃必殺は確実だろう。

 なのに、それをしないのは……


 ぶぉんっっっ……!


「助けを求めている、のか……?」


「ありえます」


 しっぽをぎりぎりでかわした俺に、カイル皇子がうなずく。


 ぶんっっっ…… ぼごっ……


 しっぽの先がコテージの壁にぶつかり、離れる。

 あー…… 部屋、めっちゃくちゃ風通しよくなって…… 涼しそうだ、うん。


「まずは、落ち着かせるか」 「そうですね」


 カイル皇子が鞘に収まったままの剣を正眼に構え、呪文らしきものを唱えだす。

 いま、攻撃がきたら、まずいよな…… よし、とにかくクウクウちゃんの気をそらそう。


「クウクウちゃん! !」


 俺は星空のようにまたた闇龍のブーメランサン・ヘルツァキロを、思い切り投げた。

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