かつて日本の上空から、街を守ってきたヘリコプター。俺が航空博物館でシュミレーターをさわったのは、もう20年ほども昔だ ――
「うわっ。計器、多っ……!」
{全然わからなくて、すごいです!}
「うん。もし昔の記憶が完璧でも、この選択はなかったわ」
だが驚いてばかりも、いられない。
いま、ヘリコプターの前にはソフィア公女とバーバラが立ちはだかっている。
センレガー公爵軍の分隊を止めてくれているのだ ―― ヘリ、なんとしても動かさないとな。
「えーと…… まずは、電源」
スイッチを押すと各種の計器にライトがつく…… しかし。
「燃料とバッテリー以外、わからん……!」
ごめん。正直、ヘリ、舐めてた。
だって 『ヘリは陸でいうとバイクみたいなもの』 とか聞いたことがあったから…… いや。
なにか打開策が、あるはずだ。
―― 外では、ソフィア公女が分隊長を必死で説得している。
「もし、わたくしを無視するおつもりなら……!」
どうするんだ?
「お父様に使いをやって 『分隊長のせいでお父様が大嫌いになりました!』 と伝えますから!」
「…………!」
分隊長、あきらかにひるんでるな。
―― ソフィア公女は、センレガー公爵のことを、まだ嫌いにはなりきっていないんだ。それはそうか。父親だもんな。
ならば、これ以上、こじれさせゃいけない ―― そのためにも、俺は、カイル皇子を連れて逃げなきゃな。
よし。とりあえず、それっぽいスイッチを順次、押してみるか (あまりにも無謀だが) ……
ブゴォーッ……
お、ラッキー。モーターが回転し始めた。だが、まだ回転数が足りない…… 出発は無理だ。
「どいてください、ソフィア公女殿下!」
そして分隊長、覚悟を決めたようだ。まずい。
急がないと ―― っても、どうすればいいんだ? この 『燃料バルブ』 でも、開いてみるか? (爆発したらどうしよう)
焦る俺の手元を、イリスがひょい、とのぞきこんだ。
{とりあえず、この機械の
「ああ、まあ……
{ジェット……? わからないですけど、やってみるんです!}
イリスがパネルに両手を置いた。
全身から、キラキラと光るグリッターが立ちのぼり…… 機体に、吸い込まれていく!?
{
ちょっとイリスさん!? どっかの (巨大) 人造人間みたいになってるよ!?
{……
外からは、ソフィア公女、バーバラ、分隊長の叫びが入り交じって聞こえてくる。
「ならば、わたくしを倒してから…… ああっ!」 「ソフィア様!」
「失礼します! ご命令ですので!」
ついに、突破されたか……!
だが、すぐに攻撃してくる気配はない。かわりに、驚いたような兵たちの声。
「なんと強烈な
「おおっ、目が……!」 「目が出たぁぁ!」
「 こ わ っ 」
? もしや、イリスがシンクロしたことで、ヘリの
「おそれるな! モンスターに向かって、突撃!」
{……
イリスがヘリの気持ちを代弁し始めた。
プロペラの、力強い回転音。
{発進です!}
「「「ぅわぁっっ!?」」」
ヘリが宙に浮き、あおりをくって分隊が吹っ飛ぶ。
【冒険者レベル、アップ! リンタローのレベルが13になりました。HPが+7、力が+2、防御が+2、素早さが+3されました。体力が全回復しました!】
おっ、冒険者レベルが一気に3つも、上がったな。
―― だが、分隊倒したのは、イリス 《ヘリに同化》 じゃないのか、AI?
【リンタローは操縦しているので、経験値は半分ずつ。共同作業ですねww】
なるほど、そっか……
ある程度の高さまで上がったところで、俺はヘリの向きを変えた。
視界の隅にちらりと映ったソフィア公女は、俺たちに向かって全力で手を振っていた ――
「よし、逃げるか」
{はい! どこへ、ですか?}
「そうだな…… ウィビー、頼む」
[あーあもー、ほんとー、ニートライフでボディーばっきばきねー]
久々に出てきたア◯フォンは、コンニャクのように前後左右に揺れた。ばっきばき、というより、くっにゃくにゃ、だ。
「ウィビー、地図出してくれ。あまり遠くなくて、センレガー公爵につかまりそうになくて、落ち着けそうな場所だ」
[もーロングタイム、ネグレクトのくせに、人使い荒いのねー、マスター]
ま、マスター、って。自分が初めて言ったのにウィビー、気づいてるか?
[もー、しぶしぶだけどOKねー!]
「う、うん…… 頼む」
いかん、笑いをこらえるのに精一杯だ。
ウィビーが出してくれた地図には、センレガー領の東の海峡を越えた半島に、赤い円が表示されていた。センレガー領を高速で動いている青い点が、俺たちだな。
[オススメはマルドゥーク辺境伯領ね! ここからクローズ、つまり、めちゃ近いけど他国ねー! パーフェクトねオーサムね!]
「マルドゥーク辺境伯領か……」
たしか以前、
だが、ソフィア公女は翼竜に乗れるから、比較的、行き来しやすい ――
「完璧だな」
[オフコース! ワタシ、
「うん、すごい」
くにゃん。
ア◯フォンは、そっくりかえってドヤった。
「じゃ、マルドゥーク辺境伯領に行くか、イリス」
{はい! 魔族将軍・マルドゥーク辺境伯領に出発ですね}
イリスから再び光の粒子が舞い、俺の手元のスティックが、ぐぐっと前に傾く。前進……!
{わたし、飛んでるのです…… 速いのです……}
時速100km ―― さっきソフィア公女たちと一緒に眺めた街が、眼下をぐんぐんと過ぎていく。建物や道の赤い煉瓦はピトロ高地で生産されていて、高い時計台は教会の建物、だったな。
海が近づいてきた。もうすぐ、センレガー公爵領から出ることになるのか…… バンッ!
突然、なにかがぶつかる音がした。
機体が大きく揺れる …… 鳥でも、衝突したのかな?
後部座席…… けっこう揺れたが、カイル皇子は無事なようだ。いつのまにかシートベルトをしている。
「イリス、カイル皇子のシートベルトって、でぃっ……!」
ドンッ
また機体が揺れて、うっかり舌を噛んでしまった…… いたい。
{リンタロー様! うわわわ、もしかして、お怪我を……!?}
「いや、問題ないでぃっ……!」
ドスンッ
3度めの衝突…… いや鳥にしては、しつこくないか? しつこいといえば、カラスか? この世界にもいるのか、カラス?
{えとですね! うしろのほうに、鳥人がぶつかってきてるんです! あと、皇子の
「さすがだ、イリス…… けど、鳥人? なんでだ?」
俺、なんかしましたっけ?
{さあ…… 「おそらくは、センレガー公爵軍の鳥人部隊です」
後部座席から声がした。
「カイル皇子、気づいたのか?」
「はい。いまは、センレガー公爵軍から攻撃を受けているという理解でよろしいですよね? ソフィアは?」
「ざっくり言うと、センレガー公爵軍から攻撃を受けて、逃げて、いま、何者かにまた攻撃されている…… かな。ソフィア公女はそのまま城にとどまってるが、無事なはずだ。狙われてるのはカイル皇子と、もしかしたら俺も…… でぃぃっ」
何度も舌かむの、けっこうつらい。
「では、センレガー公爵軍の鳥人部隊で間違いないですね。ピトロ高地から雇った選りすぐりの傭兵で、おもに空からの見回りや諜報活動を担っています。別名、超人戦隊 「ジェッ◯マン」
「は?」
「いや、なんでもない」
生まれる前のこと言って、すまん…… いででぃぃっっ!
{リンタロー様!}
「大丈夫ですか?」
「うん…… 薬塗っとくから。《神生の螺…… でぃっ……」
今度は上からの衝撃…… って。
上、プロペラ回ってるのに、よくやるな!?
怖くないの? まさか、なんかのクスリ、キメてないよね!?
―― 治療はここを切り抜けて、からだな。
「よし、高度を上げて、こいつら振り切ろう。速さ競争はもしかしたら、負けるからな」
{はい! 了解です}
イリスからまた、キラキラした小さな虹の玉が無数に放たれる。
{高度300
バシッ!
今度は、下からの衝撃。
「いでぃぃっ……! まだ来るの…… でぃっ!」
{リンタロー様っ! もう、許しません!}
許しません、って…… どうするんだ、イリス。
{高度650
なにその機能!? 警察ヘリコプターが知らないうちに魔改造されちゃってるよ!?
{ 一 網 打 尽 ! なのです!}
輝く半透明の網が眼下に広がっていくのが見え、一瞬後。
グギャァアアアアアアアッ! ギグォォォォォッ! グアァァァァァァァァァァッ! ギゲァェェェェェェェッ! ……
ものすごい叫び声とともにジェッ◯マンたちは捕獲されたのだった。
「イリスの能力が、とどまるところを知らない……」
{えへ。リンタロー様にご恩返しするためなら、なんでもできちゃうのかもです!}
恩返しのパワーがチートすぎる。
【冒険者レベル、アップ!
イリス、レベル47!? しかも炎耐性!?
「イリス、すごいな!?」
{? どうしたのですか?}
そっか…… この世界のもとからの住人は、冒険者レベルとか知らないんだな。
「いや、いま、AIが…… えーと、転生者のサポートをしてくれてる、精神体? みたいなやつが、イリスの冒険者レベル…… えーと、強さのレベルが47になった、と教えてくれたんだ」
{えっ、すごいのです!}
コックピットのなかが、キラキラしたグリッターでいっぱいになった。
{これで、もっともっと、リンタロー様にご恩返しできますね!}
イリスの良い子レベル、間違いなく
AIが、さらに告げる。
【冒険者レベル、アップ! リンタローのレベルが15になりました。HPが+6、力が+2、防御が+2、素早さが+1されました。体力が全回復しました! レベル15到達特典として 《最新型・携帯用キッチン》 が付与されます】
キッチンか…… 悪いがなんか、ぱっとしないな? ネタ切れか?
【ww 最新モデルのキッチンは
なるほど、助かりそうだ。けどな。
旅が長引くフラグな気がするの、俺だけじゃないと思う。
【wwww】
{ふう…… いっぱい、飛んだのです}
「イリス、助かったよ。ありがとう」
{とんでもないです! 風、気持ちよくて、楽しかったのです}
夕日が海面に燃えるような金色をうつすころ ―― 俺たちはやっと、マルドゥーク辺境伯領の街はずれについていた。
今日はここで、野宿だな。
アイテムボックスから携帯用コテージとキッチンを出して設置して、カイル皇子を診察。
カイル皇子のおもな怪我は、打撲と骨折 ―― チート能力 《神生の螺旋》 で保冷剤と包帯、
「あれっ、もう、動かせます……!」
「毎度ながらポーション、すごいな……」
「リンタローさんは、世界一の錬金術師ですね」
「いや、違 {ですです! 世界一なのです!}
―― カイル皇子とイリスの誤解のえぐさ、ポーションの回復効果なみ。
治療が終わり、カイル皇子には念のためもう少し休んでもらうことにして、と…… 次は、捕虜の始末だ。
まずは、錬金術で巨大鳥籠 (オート給餌機能つき) をつくり、つかまえた鳥人たちを入れておく ―― この作業でスキルレベルが2あがり、俺は新しく鍛冶スキルをゲットした。これで、一定の品質の武具を自力で錬成できるようになる。
このスキルが実際に役立つのは、あとで別のスキルをゲットしてからだが…… 錬金術師として、着実に成長してるな、俺。ちょっと嬉しい。
「よし、そろそろ、夕食作るか」
{はい! いっしょに作って、いいですか?}
「ありがとう。じゃ、炒め物にでも挑戦するか」
{はい! ちょっと着替えるのです!}
ぷるんっ
「……っ! げほげほげほっ……」
一瞬ののちに変わったイリスのコスチュームを見て、俺は、思い切りむせてしまった。
―― いや、リアルでそんなかっこ、するひといるとは、知らなかったわ……