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第18話 大空に逃飛行してみた

{飛んだのです!}


「うん、飛んだな」


{速かったのです!}


「うん、速かったな」


 イリスは翼竜が気に入ったみたいだ。ゲストハウスの屋上におろされて、真っ先の感想がこれ…… 和む。

 だが、遊園地に初めて来た子みたいになっていたイリスの表情は、すぐに変わった。

 ―― ソフィア公女の婚約者、カイル皇子が息を切らしつつ、走ってきたからだ。


「ソフィア! どうしたんです、急に!?」


「カイル様に、情報提供者を連れてきましたの」


「…………っ」


 カイル皇子、驚いたみたいだな。いやまあ、俺もちょっとびっくりしたけど。

 単刀直入なのは、それだけカイル皇子を信じているってことなのか…… ソフィア公女はまっすぐに、婚約者を見ていた。


「―― 隠されていたこと、いまさら、責めるつもりはありません。少し、悲しいですけど」


「ごめん、ソフィア…… ありがとう」


「べっ、別に! わたくしとて、領民に対して貴族としての責務を考えた結果というだけですから……!」


 このやりとりで、わかりあえるあたりが学生時代からの仲、ってことか…… なんだか羨ましいな。


「情報を提供してくれるのは、あなたがたですね」


 カイル皇子が俺とイリスのほうを向いた。 


「ニシアナ帝国第三皇子、カイル・リー・ファリントンです」


「俺はリンタローだ」 {イリスです!}


 俺たちは握手をかわす。皇子といっても偉そうなところがなく、穏やかで感じの良い男だ。


「さて、せっかく来ていただいて失礼ですが、話はこの場で聞かせてもらっても、かまいませんか? 室内では、ちょっと……」


 カイル皇子は、あたりをうかがうような仕草をした。

 小声で素早く説明されたことによると、カイル皇子は学院を卒業して以来ずっと、『将来のために領政を学ぶ』 目的で、この地にいるそうだ。

 カイル皇子が、いずれソフィア公女と結婚して公爵位を継ぐ立場であればこそ ―― だがセンレガー公爵にはまだその気はなく、カイル皇子は文化事業の一部を任されているだけだという。


「センレガー公爵は、私を信用しておられません。私の護衛や使用人はすべて、センレガー公爵が手配した者なんですよ」


「皇家から連れてきたりはしなかったのか?」


「全員、追い返されました」


「なんてキッパリした態度なんだ」


 つまり、センレガー公爵は皇家の者にそうできるだけの立場なんだな。権力としては皇家と同等…… か。


「センレガー公爵は独立心が旺盛なかたです。ニシアナ帝国としては、私とソフィア公女の婚約をもって、センレガー公爵に手綱をつけたかったようですが……」


「その手綱をセンレガー公爵は、やろうと思えばいつでもチョッキンできる現状、と。いま皇子の計画がバレるとまずいから、ここで話そう、ということだな?」


「はい…… もっとも、この屋上も100%安全とは言えませんので、話は小声でお願いします」


「えーと、きみたちは……」


 つい、おっさんくさくツッコんでしまう、俺。


「若さのエネルギーが爆発したアポ無しデートとか、いっさい、しないんだ?」 


「「あ」」




 ―― 数分後、俺たちはふたたび、空の上にいた。風が涼しく、遠くに海が光っている。


「俺が言うのもなんだが、本当に抜けて大丈夫か?」


「問題ありませんよ」 と、カイル皇子が笑った。童顔なせいもあって、ふっきれた表情は中学生くらいにしか見えないな。


「このあとは 『ございません会議』 だけですから」


「なんだ、それは?」 


「なにを提案しても、なにを尋ねても、延々と頭を下げられるだけで進捗のない会議です。

『予算がございません。時間がございません。公爵からの許可が、まだ降りてございません。ご期待に添えず、誠に申し訳ございません』 と」


「お互いに地獄なやつだな。言うほうも言われるほうも」


{ほんとう、人間って怖いのです!} と、イリスがぷるぷるする。まあ、実力のぶつかり合いバトルとスライディング土下座で、ほぼ解決するからな、魔族は。


「そんなの、わたくしがお父様に直接言って差し上げますのに!」


 ぷんぷん怒ってる口調のソフィア公女。だが、その顔は楽しそうだ。

 なんでも、カイル皇子と外出するのは学院卒業以来らしい…… 俺、いい提案したな。


「これから、どこに行くつもりなんだ?」


「適当に飛びながら、話しましょう。ついでにリンタローとイリスさんにセンレガー領を案内してあげますわ」


{わあい! ずっとクウクウちゃんに乗れるんですね!}


 イリスはグリッターをキラキラ出して喜んでるが…… 俺は、確認せずにはいられない。


「それでいいのか?」


「あら? なにか、おかしかったかしら?」


「いや、まあ、いい……」


 せっかくのデートの意味…… と思うおっさんが、おせっかいなんだろう、たぶん。


 ―― それから俺たちは、センレガー公爵領を見おろして飛びながら、情報のすり合わせを行った。

 予想どおり、カイル皇子が調査していたのは、奴隷狩が関わっている危ない薬について。

 俺が、オークたちを狂わせた心核薬ドゥケルノのことやセンレガー公爵邸の地下でポーションを作らされ続けていたことを話すと、カイル皇子は納得したように、うなずいた。


「センレガー公爵は、魔族に心核薬ドゥケルノを売ろうとしていたんですね。ポーションに混ぜれば、簡単に広められるとも踏んだのでしょう」


「じゃあポーション、まだ流通はしていないんだな?」


「試作品が作られただけですね。その試作品も、諜報員が普通のポーションに、すり替えてくれていますよ」


「そっか、助かった……」


 どうやら、俺が作ったポーションは悪用されずに済むみたいだ。


「じゃあもうひとつ 『夢』 っていうのは?」


心核薬ドゥケルノとはまた別の薬です。センレガー公爵がピトロ高地にひそかに作った施設で製造が本格開始された、以上の情報はまだ入ってません」


「ふーん…… どんな薬かは、わからないか。いずれにせよ、警戒したほうがいいやつには、違いないな」


「ええ。私は、どちらの薬も広まる前に、センレガー公爵ともども叩き潰すのが……」


 言いかけて、気まずそうな表情をするカイル皇子。


「ごめん、ソフィア……」


「いえ。遠慮はいりませんわ」


 ソフィア公女は俺たちに向かって拳をつきあげてみせる。


「むしろ、潰しましょう! ええもう、徹底的に!」


「しかし……」


「いえ! だって、そんな親キモい…… いえその、道義に反する行いは、いけませんもの」


 なんかわかりやすい本音がちら見えた感。

 ―― この調子なら、こっちの本音を出しても大丈夫だろう。


「俺は、現段階でセンレガー公爵を徹底的に潰すのは、どうかと思うが」


「どういうことですか?」 「わたくしに遠慮は、いりませんよ?」


 カイル皇子とソフィア公女は、怪訝けげんそうな眼差しを俺に向けた。


「もう少し、いろいろ調べたい。

 そもそも、センレガー公爵はどうして、誰も知らなかった新しい薬物の存在を知ったんだ? 奴隷狩りに薬物を託したのは、なぜだ?」 


「奴隷狩り……」 と、ソフィア公女が息をのんだ。


「お父様に取締りを厳しくするよう、何度も進言しましたわ。聞いてもらえませんでしたが……」


「つまり…… ォロティア義勇軍とセンレガー公爵がつながっている、と言いたいんですね、リンタローさんは」


「可能性は高いだろ」


 カイル皇子はうなずき、眉を寄せて考え込んだ。


「ならば、センレガー公爵は別件でとらえ、薬物については拷問でさらに情報を引き出したほうが、いいですね……」


「そうだな。もしがいるとして、ソレに警戒されないためには、俺たちが薬物に気づいたことは隠したほうがいい」


「別件となると、奴隷狩の容認か…… リンタローさん、必要があれば、証言してもらえますか?」


「俺が奴隷狩りにつかまり、センレガー公爵に売られたことを、だよな? かまわんが」


「えっ」 と、またソフィア公女が声をあげる。


「借金がかさんで、みずから身売りしたのでは、なかったのですか!?」


{そんなはず、ないですよ! わたしたち、奴隷狩りさんに無理やり、引き離されたんですから!}


「お父様、なんてことを! どうしましょう、わたくしったら……」


{あのひとたち、今度あったら、ぜったいに、ぜったいに、ぜったいに、ぜったいに……}


「あーまあ、復讐はゆっくり考えればいいだろ、イリス ―― ソフィア公女も、気にするなよ」


{はい、です……}


 イリスが不満そうにぷくっと膨れながらうなずき、ソフィア公女が目を潤ませて 「優しいのですね、リンタローは」 とコメント。

 そんなソフィア公女と俺を交互に眺めて、カイル皇子がなぜか 「えっ、ちょっと!?」 と叫んだ。


 センレガー公爵の告発は奴隷狩りとの取引を罪状として行ういっぽう、水面下では引き続き危ない薬物についての情報を集め、かつ、これ以上の流通を阻止する ――

 そんな方向で話し合いがまとまったあとの帰り道は、ソフィア公女がセンレガー領のあれこれを指さしながら教えてくれた。

 センレガー領は三方を海に囲まれており、南にはピトロ高地。領のどこを飛んでも海と緑の木々が見える。特産品は海産物なんだとか。そういえば、こっちきてから魚モンスターの料理が多かった。


 クゥゥゥゥゥゥ、クゥゥゥゥ……


 やがて、クウクウちゃんがスピードを落とし鳴きながら旋回を始めた。

 カイル皇子のゲストハウスに戻ったのだ。

 だが ――


「だめっ、クウクウちゃん! 離れて!」


 ソフィア公女の悲鳴のような声とほぼ同時に、複数の矢が、うなりをあげて飛んできた。

 クウクウちゃん、すんでのところで避け…… たのは良かったんだが!

 傾きすぎ! あと、動く方向が変わりすぎ、かつ速すぎ! 仕方ないけど!

 振り落とされる! 慣性の法則、つまりは反動で……!


{リンタローさまっ!}


 イリスがとっさにスライム化し、俺を包んでくれる。

 一瞬後には、俺とイリスは屋上の煉瓦に叩きつけられていた。


 ぽにょっ……


 ワンバウンドして、転がる。


「イリス、ありがとう…… イリスは痛くなかったか?」


{大丈夫です! わたしたちスライムの粘膜外皮には、痛点がないのです!}


「まじか」


 予想外のところで新たな事実を知った。

 さて、クウクウちゃんは…… よかった。矢の届かない上空に逃れている。怪我はなさそうだな。


「無礼者! 近寄るな!」


 この声はバーバラだ。

 みると、ソフィア公女とカイル皇子が倒れているそばに、バーバラが短剣を抜いて立ちはだかっている。その前には、センレガー公爵軍の分隊だろうか。10名ほどの兵と騎士。

 ソフィア公女とカイル皇子は ―― 怪我をしてるようだ。カイル皇子は、気を失っている。

 ソフィア公女のほうは、かすり傷だったみたいだな。すぐに立ち上がり、バーバラの前に出ると、騎士をにらみつけた。


「わたくしの翼竜に矢を射かけるとは、どのような了見でしょうか」


「はっ、まことに失礼いたしました! しかし、センレガー公爵閣下の命令で……」


「お父様が!? なぜ……?」


「そこのカイル皇子は、センレガー公爵領の掌握に野心をいだき、モンスターを使役してソフィア公女殿下を襲わせ、錬金術師も一緒にさらって逃げ去った、と……」


「お父様!? 言ってることがめちゃくちゃよ!?」


「我々もそう思います…… ですが、公爵はお嬢様がモンスターに襲われたことに、激怒されていまして」


「カイル様が、わたくしをモンスターに襲わせるなど…… あり得ません!」


「しかし、現にカイル皇子の使役リングが現場より見つかっており…… 」


 そういえば、俺のゲストハウスに置きっぱなしだったな、あの金のリング…… だが。

 わざとらしすぎるぞ、センレガー公爵。

 まるで、最初から狙っていたみたいだ ―― よし、逃げよう。


「《神生の螺旋》」


「うわっ……!」 「なんだ……!?」


 兵たちが驚愕の声をあげ、バーバラの口は半開きになっている。目が点だ。

 ソフィア公女が 「機械生命オートマタ?」 と呟いた。


「残念ながら、違うんだよな」


 俺は空に溶け込みそうな青いボディーをなでた。幅広のフロントガラスに、しゅっとしたテール、大きく力強いプロペラ ―― 日本の警察ヘリコプター、引退して航空博物館のシュミレーター搭載機になってた機種……!

 ―― 飛ぶのか?

 まあ、ともかく、やってみなきゃな。

 俺はカイル皇子を後部座席にのせ、イリスとコックピットに乗り込んだ。

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