「紹介するよ。彼女が、俺の協力者のスライムさん。呼び名は 『イリス』 だ」
{以後、お見知りおきを、です!}
イリスが俺の隣でぴょこんと頭をさげる。
ソフィア公女と侍女のバーバラが、つられたようにうなずいた。
ふたりとも意外と、驚いてないな? イリスが
「で、イリス。あなたが先ほど申していたことは……?」
期待と不安が入りまじった…… そんな表情で、ソフィア公女が尋ねる。
ソフィア公女の背後では、バーバラがガーターベルトからすらりと短剣を抜いていた ―― 斬るつもりだ。もし 『浮気じゃなくて本気』 みたいな返答だった場合。
{えと、浮気じゃなくて……}
イリス!
俺は必死で目配せした。頼むから 『本気』 とか 『不倫』 とか言うなよ……?
ソフィア公女が胸に手を当て、大きく息を吸う。
「浮気じゃなくて……?」
{はい! 浮気じゃなくて……}
「なんなの……!?」
{諜報活動です!}
「……!?」
ソフィア公女のアクアマリンの瞳が、大きく見開かれた。
「…… ちょうほう、かつどう……?」
―― うん。たしかにこれ 『あらそうなの? 良かったわ浮気じゃなくて!』 とは、ならんわな。
{まず、こちらの映像をご覧ください}
ぽぴゅんっ
イリスが、
「は!?」
「まあ! イリスさんは武器だけでなく、そのようなものにも……!?」
{えへ。じつはそうなんです}
バーバラも婚約者のことで頭一杯のソフィア公女も、さすがに驚いているな……
イリスは得意そうに、ぷるんと震えた。
{では、問題のシーンを映しますね!}
透明な
映されているのは藍色の髪にくすんだ緑色の瞳、かわいいめの童顔 (これがカイル皇子だな) と、ピンクの髪のこれまた小動物系の女性…… イリスの話が正しければ、彼女が諜報員ということになる。
ソフィア公女がはっ、と息をのんだ。
「このかた…… お父様の専属秘書のひとりです!」
「へえ……」
センレガー公爵、こういうのがタイプなのか…… つい、しげしげと小柄な身体にはアンバランスな巨乳を眺めてしまう。
イリス 《記録球の姿》 のなかでは、すでに映像が開始されていた。
場所は、街中のカフェだ。
『 カイル皇子 「愛している?」
諜報員 「もちもちもちろぉん! 愛してましゅぅ♡」
カイル皇子 「さすがだね。ありがとう」
諜報員 「うふふっ…… ハニーはぁ、必要なハートをすっかり手に入れているのよぉ? もう2度と、ほかに売ったり、しましぇんからねぇ♡ あたし、ますます夢に溺れちゃいそぉ…… ほらぁ、その証拠に♡ こぉんなにたくさん? ハニーへのラブレター♡ 書いちゃったぁ」
カイル皇子 「大切に読ませてもらうよ。ありがとう」 』
ばきっ!
バーバラが手のなかで短剣の柄を折った。
「浮気やないかい!」
怒りで口調が変わってるな。忠実な侍女だからこそ、だろう。
ソフィア公女は、青ざめながらもイリスに確認する。
「このユニークで朗らかなやりとりが…… 暗号での会話、ということですね?」
{はい! そのとおりなんです。あとでご説明するのです!}
どうも、映像はまだ続くらしい。
『 カイル皇子 「でも、恋を薄めてばらまいたり、してるんじゃないのかい? そんなことは、承知しないよ? 早めに阻止するからね」
諜報員 「まあっ、ひどぉい! あたしはぁ、ハニーの恋の奴隷よぉ? 心の奥底でぇ、恋の
カイル皇子 「教会にでも相談してみたら?」
諜報員 「秘密の恋なのよぉ? 怪しまれちゃったらぁ、困っちゃうぅ♡」
カイル皇子 「だが、真実の愛はこちらだ。証も、あるんだろう?」
諜報員 「そうねぇ♡ 真実の愛…… 次の帝国夜会までにはぁ、ぜぇったい、ゲットしちゃうわぁ♡」
カイル皇子 「よろしく頼むよ。帝国夜会では予定どおり、真実の愛を証明しよう!」
諜報員 「もちろぉん♡ じゃあ、またね♡ お名残惜しいわぁ…… チュッ♡」
(諜報員、席を立ち投げキスをして去る。残されたカイル皇子、うつむき、深々とためいき。悲しそう)
カイル皇子 「ソフィア…… ごめん……」 』
{映像は、ここまでです!}
ぽぴゅんっ
少女の姿に戻ったイリスに、バーバラが 「どういうことですか、これは!?」 と詰め寄る。
「おもいっきり、イチャイチャデレデレとしておったでは、ないですか!」
「落ち着きなさい、バーバラ」
いっぽうでソフィア公女は、少し元気が出たのか……? 顔色が元に戻っている。
「この会話は暗号です」
「おそれながら、ソフィア様! いったい、この、どこが暗号だとおっしゃるのでしょうか!?」
「す べ て で す !」
決然というソフィア公女には、なにか確信があるのだろう。
「イリスさん、解説をお願いできますか?」
{はい、かしこまりましたです!}
ぽぴゅんっ
イリスは再び、
{まずは 『ハニーへのラブレター♡』 ですけど…… こちら、拡大すると……}
「あ」 とバーバラが声をあげた。
「やはり……」 「明らかに機密文書だな」
うなずく、ソフィア公女と俺。
拡大された文書は、図表や数値入りである。ちらっと見えた文字は 『恋 54』 とか 『夢 5 ※製造本格開始』 と読み取れた。
これは、もしや……
「この 『恋』 や 『夢』 だが…… この世界にこれまでなかった薬物だとすると、会話の意味がとおりそうだ」
俺は、
「文脈から 『恋』 は
「そうしますと、まさか……」
ソフィア公女の顔が、わかりやすく青ざめる。
察しはいいが、いままで考えたことがなかったんだろうな…… 自分の父親が、危ないビジネスに手を染めてるのかも、なんてことは。
「カイル皇子は諜報員をセンレガー公爵のもとに潜入させ、帝国にひそかに広まり始めた謎の薬物について調査していた。
おそらくセンレガー公爵は2種類の薬物を扱っており、そのうちの1種類 『恋』 を錬金術師に秘密裏に作らせたポーションにぶっこんで、商品として堂々と流通させることを企んだ…… ってところなのかな、この会話」
{ですね。けど、錬金術師が不足していて、まだ数が足りない状況みたい? 教会などに頼んで怪しまれると困るので数を増やせなくて、おかげで市販まではまだムリ…… のような感じではないです?}
「そうだと思います」
ソフィア公女の声、震えてるな。度重なるモンスターの襲来にも、びくともしていなかったのに……
「けれど、証拠をそろえられる
ソフィア公女は両手で顔をおおって、うつむいた。
「お父様が、そのようなことを、なさっていたなんて…… カイル様、どうして……」
「いやその、なんといったら、いいか……」
ソフィア公女のショックは、よくわかる。
父親からも婚約者からも、それぞれに裏切られていたようなもんだしな。
浮気ではなくても…… あ、そうだ。
俺は、モンスター用の使役リングを指さした。カイル皇子の名が刻まれていたやつだ。
「で、結局…… これは、なんなんだ?」
「そんなの! あのド腐れ 「カイル様は、そのようなかたではありません! これは…… なにかの間違いです」
ソフィア公女はきっぱりとバーバラを
「行きますよ! クウクウちゃん! カイル様のところへ!」
翼竜のくちばしがこっちにのびてきたと思ったら、身体が持ち上げられる感覚。
そのまま俺とイリスはぽいっと大きな背中に乗っけられた。
続いて、バーバラと公女が翼竜の背に乗る。
クゥゥゥゥゥゥ
ひと声鳴いて、走り出すクウクウちゃん。
ゲストハウスを出るとますます加速し、やがて、ふわりと宙に浮く。風が俺たちの顔をなぶり、公女の金の髪を後ろに流す。
少女の姿に戻ったイリスが歓声をあげた。
{ふわぁぁぁ…… 飛んでるんですね!}
「うん。飛んでるな…… だが、俺たちまで行っていいのか?」
「ええ。リンタローが持っている情報、きっとカイル様のお役に立つはずです」
「ソフィア様! それでは……!?」
バーバラの問いかけに、ソフィア公女は 「そのつもりです」 と前を向いたまま応じた。
「カイル様は間違った判断はなさいません。わたくしは、カイル様に協力いたします」
「だが…… このままだと、カイル皇子はセンレガー公爵の罪を
「いえ。お父様が間違ったことをなさったなら、止めるのは、貴族としての責務です。このままでは、領民にも皇家にも顔向けできません」
「そっか……」
正直なところ、
ここでセンレガー公爵を断罪してしまうと、ォロティア義勇軍の警戒が強まる可能性は、大いに ―― ん?
だったら、カイル皇子に事情をできるだけ話して、味方に引き込めば良くないか?
妙な薬物が大陸じゅうに流行するのは、ニシアナ帝国としても避けたいところだろうし。マフィアのような組織も当然、潰してしまいたいところだろうし。
「よし、わかった。俺の知ってることはすべて、カイル王子に話すことにするよ」
「礼を言います、リンタロー」
―― ソフィア公女は
センレガー公爵家の敷地のうえを5分ほど飛ぶと、ふいに速度がゆるくなった。
俺があてがわれたのとは別のゲストハウス ―― カイル皇子、ここに住んでいるのか。
翼竜は、ゆったりとはばたきながら旋回し、白い建物の屋上に降りていった。