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第17話 浮気の真相は◯◯だった

「紹介するよ。彼女が、俺の協力者のスライムさん。呼び名は 『イリス』 だ」


{以後、お見知りおきを、です!}


 イリスが俺の隣でぴょこんと頭をさげる。

 ソフィア公女と侍女のバーバラが、つられたようにうなずいた。

 ふたりとも意外と、驚いてないな? イリスがレーヴァテイン炎の剣になったのを先に見たせいだろうか。それとも……


「で、イリス。あなたが先ほど申していたことは……?」


 期待と不安が入りまじった…… そんな表情で、ソフィア公女が尋ねる。

 ソフィア公女の背後では、バーバラがガーターベルトからすらりと短剣を抜いていた ―― 斬るつもりだ。もし 『浮気じゃなくて本気』 みたいな返答だった場合。


{えと、浮気じゃなくて……}


 イリス!

 俺は必死で目配せした。頼むから 『本気』 とか 『不倫』 とか言うなよ……?

 ソフィア公女が胸に手を当て、大きく息を吸う。


「浮気じゃなくて……?」


{はい! 浮気じゃなくて……}


「なんなの……!?」


{諜報活動です!}


「……!?」


 ソフィア公女のアクアマリンの瞳が、大きく見開かれた。 


「…… ちょうほう、かつどう……?」


 ―― うん。たしかにこれ 『あらそうなの? 良かったわ浮気じゃなくて!』 とは、ならんわな。


{まず、こちらの映像をご覧ください}


 ぽぴゅんっ


 イリスが、記録球オーヴに変身して俺の手にとびこんでくる。


「は!?」 


「まあ! イリスさんは武器だけでなく、そのようなものにも……!?」


{えへ。じつはそうなんです}


 バーバラも婚約者のことで頭一杯のソフィア公女も、さすがに驚いているな……

 イリスは得意そうに、ぷるんと震えた。


{では、問題のシーンを映しますね!}


 透明なオーヴのなかで映像がめまぐるしく動き、やがて止まる。

 映されているのは藍色の髪にくすんだ緑色の瞳、かわいいめの童顔 (これがカイル皇子だな) と、ピンクの髪のこれまた小動物系の女性…… イリスの話が正しければ、彼女が諜報員ということになる。

 ソフィア公女がはっ、と息をのんだ。


「このかた…… お父様の専属秘書のひとりです!」


「へえ……」


 センレガー公爵、こういうのがタイプなのか…… つい、しげしげと小柄な身体にはアンバランスな巨乳を眺めてしまう。

 イリス 《記録球の姿》 のなかでは、すでに映像が開始されていた。

 場所は、街中のカフェだ。


『 カイル皇子 「愛している?」

  諜報員 「もちもちもちろぉん! 愛してましゅぅ♡」

  カイル皇子 「さすがだね。ありがとう」

  諜報員 「うふふっ…… ハニーはぁ、必要なハートをすっかり手に入れているのよぉ? もう2度と、ほかに売ったり、しましぇんからねぇ♡ あたし、ますます夢に溺れちゃいそぉ…… ほらぁ、その証拠に♡ こぉんなにたくさん? ハニーへのラブレター♡ 書いちゃったぁ」

  カイル皇子 「大切に読ませてもらうよ。ありがとう」 』


 ばきっ!

 バーバラが手のなかで短剣の柄を折った。


「浮気やないかい!」


 怒りで口調が変わってるな。忠実な侍女だからこそ、だろう。 

 ソフィア公女は、青ざめながらもイリスに確認する。


「このユニークで朗らかなやりとりが…… 暗号での会話、ということですね?」


{はい! そのとおりなんです。あとでご説明するのです!}


 どうも、映像はまだ続くらしい。


『 カイル皇子 「でも、恋を薄めてばらまいたり、してるんじゃないのかい? そんなことは、承知しないよ? 早めに阻止するからね」

 諜報員 「まあっ、ひどぉい! あたしはぁ、ハニーの恋の奴隷よぉ? 心の奥底でぇ、恋の錬金術アルケミー! 恋を育てるポーションをいぃっぱい、錬成してるのよぉ!? もっともぉっと、増やさなきゃ、恋のポーション♡ でもなかなかできなくてぇ、焦っちゃうぅ…… 恋の錬金術師アルケミストは希少なんだものぉ♡」

 カイル皇子 「教会にでも相談してみたら?」

 諜報員 「秘密の恋なのよぉ? 怪しまれちゃったらぁ、困っちゃうぅ♡」

 カイル皇子 「だが、真実の愛はこちらだ。証も、あるんだろう?」

 諜報員 「そうねぇ♡ 真実の愛…… 次の帝国夜会までにはぁ、ぜぇったい、ゲットしちゃうわぁ♡」

 カイル皇子 「よろしく頼むよ。帝国夜会では予定どおり、真実の愛を証明しよう!」

 諜報員 「もちろぉん♡ じゃあ、またね♡ お名残惜しいわぁ…… チュッ♡」


(諜報員、席を立ち投げキスをして去る。残されたカイル皇子、うつむき、深々とためいき。悲しそう)


 カイル皇子 「ソフィア…… ごめん……」 』


{映像は、ここまでです!}


 ぽぴゅんっ

 少女の姿に戻ったイリスに、バーバラが 「どういうことですか、これは!?」 と詰め寄る。


「おもいっきり、イチャイチャデレデレとしておったでは、ないですか!」


「落ち着きなさい、バーバラ」


 いっぽうでソフィア公女は、少し元気が出たのか……? 顔色が元に戻っている。


「この会話は暗号です」


「おそれながら、ソフィア様! いったい、この、どこが暗号だとおっしゃるのでしょうか!?」


「す べ て で す !」


 決然というソフィア公女には、なにか確信があるのだろう。


「イリスさん、解説をお願いできますか?」


{はい、かしこまりましたです!}


 ぽぴゅんっ


 イリスは再び、記録球オーヴの姿になって俺の手のなかに戻ったのだった。


{まずは 『ハニーへのラブレター♡』 ですけど…… こちら、拡大すると……}


「あ」 とバーバラが声をあげた。


「やはり……」 「明らかに機密文書だな」


 うなずく、ソフィア公女と俺。

 拡大された文書は、図表や数値入りである。ちらっと見えた文字は 『恋 54』 とか 『夢 5 ※製造本格開始』 と読み取れた。

 これは、もしや……


「この 『恋』 や 『夢』 だが…… この世界にこれまでなかった薬物だとすると、会話の意味がとおりそうだ」


 俺は、心核薬ドゥケルノ ―― 奴隷狩が魔族の国に広めようとした危ない薬のことをソフィア公女に話した。


「文脈から 『恋』 は心核薬ドゥケルノの隠語で、 『夢』 は製造開始したばかりの別の薬かな?  で、 『愛』 や 『ハート』 は 『証拠』 といった意味合いじゃないか?」


「そうしますと、まさか……」


 ソフィア公女の顔が、わかりやすく青ざめる。

 察しはいいが、いままで考えたことがなかったんだろうな…… 自分の父親が、危ないビジネスに手を染めてるのかも、なんてことは。


「カイル皇子は諜報員をセンレガー公爵のもとに潜入させ、帝国にひそかに広まり始めた謎の薬物について調査していた。

 おそらくセンレガー公爵は2種類の薬物を扱っており、そのうちの1種類 『恋』 を錬金術師に秘密裏に作らせたポーションにぶっこんで、商品として堂々と流通させることを企んだ…… ってところなのかな、この会話」


{ですね。けど、錬金術師が不足していて、まだ数が足りない状況みたい? 教会などに頼んで怪しまれると困るので数を増やせなくて、おかげで市販まではまだムリ…… のような感じではないです?}


「そうだと思います」


 ソフィア公女の声、震えてるな。度重なるモンスターの襲来にも、びくともしていなかったのに……


「けれど、証拠をそろえられる目処めどはたっている…… ということですね。そして、帝国夜会で…… センレガー公爵を断罪する予定、と……」


 ソフィア公女は両手で顔をおおって、うつむいた。


「お父様が、そのようなことを、なさっていたなんて…… カイル様、どうして……」


「いやその、なんといったら、いいか……」


 ソフィア公女のショックは、よくわかる。 

 父親からも婚約者からも、それぞれに裏切られていたようなもんだしな。

 浮気ではなくても…… あ、そうだ。

 俺は、モンスター用の使役リングを指さした。カイル皇子の名が刻まれていたやつだ。


「で、結局…… これは、なんなんだ?」


「そんなの! あのド腐れ 「カイル様は、そのようなかたではありません! これは…… なにかの間違いです」


 ソフィア公女はきっぱりとバーバラをさえぎり、立ち上がった。


「行きますよ! クウクウちゃん! カイル様のところへ!」


 翼竜のくちばしがこっちにのびてきたと思ったら、身体が持ち上げられる感覚。

 そのまま俺とイリスはぽいっと大きな背中に乗っけられた。

 続いて、バーバラと公女が翼竜の背に乗る。


 クゥゥゥゥゥゥ


 ひと声鳴いて、走り出すクウクウちゃん。

 ゲストハウスを出るとますます加速し、やがて、ふわりと宙に浮く。風が俺たちの顔をなぶり、公女の金の髪を後ろに流す。

 少女の姿に戻ったイリスが歓声をあげた。


{ふわぁぁぁ…… 飛んでるんですね!}


「うん。飛んでるな…… だが、俺たちまで行っていいのか?」


「ええ。リンタローが持っている情報、きっとカイル様のお役に立つはずです」


「ソフィア様! それでは……!?」


 バーバラの問いかけに、ソフィア公女は 「そのつもりです」 と前を向いたまま応じた。


「カイル様は間違った判断はなさいません。わたくしは、カイル様に協力いたします」


「だが…… このままだと、カイル皇子はセンレガー公爵の罪をおおやけにして、処罰するつもりだろ? 俺が言うのもなんだが、裏で手を回したほうがいいんじゃないか?」


「いえ。お父様が間違ったことをなさったなら、止めるのは、貴族としての責務です。このままでは、領民にも皇家にも顔向けできません」


「そっか……」


 正直なところ、おおやけの場での断罪が、俺の目的に合うとは思えない…… 俺は、できればセンレガー公爵から芋づる式にォロティア義勇軍マフィア組織のトップまで洗い出していきたい、と考えていたからだ。

 ここでセンレガー公爵を断罪してしまうと、ォロティア義勇軍の警戒が強まる可能性は、大いに ―― ん?

 だったら、カイル皇子に事情をできるだけ話して、味方に引き込めば良くないか?

 妙な薬物が大陸じゅうに流行するのは、ニシアナ帝国としても避けたいところだろうし。マフィアのような組織も当然、潰してしまいたいところだろうし。


「よし、わかった。俺の知ってることはすべて、カイル王子に話すことにするよ」


「礼を言います、リンタロー」


 ―― ソフィア公女は魅了薬ほれぐすりを作ることを俺に命じたときよりずっと、良い表情をしていた。


 センレガー公爵家の敷地のうえを5分ほど飛ぶと、ふいに速度がゆるくなった。

 俺があてがわれたのとは別のゲストハウス ―― カイル皇子、ここに住んでいるのか。

 翼竜は、ゆったりとはばたきながら旋回し、白い建物の屋上に降りていった。


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