「…… うぶ? リンタロー? 生きてますか……?」
俺はいつのまにか、枕の上に頭を横たえていた。ほどほどの弾力性と心地よい柔らかさ…… きっと最高級に違いない。
温かな、いい匂いのそよ風が閉じたまぶたやひたいにかかり、顔のすぐそばから声が聞こえる。
「リンタロー、返事をしなさい…… 大丈夫なの?」
この声は…… ソフィア公女?
とすると、この枕は、もしや、公女の ――!?
息が、また苦しくなってきた。心臓がしめつけられるようだ…… もちろん、悪い意味で。
俺は、おそるおそる目を開けた。金色の長いまつげに彩られた、透き通るような瞳が、こっちを見てる……
「リンタロー! 気づいたのですね!」
「ぅわっ……!」
俺はあわてて飛び起き、壁に身を寄せた。
「無礼者!」
侍女がロングスカートをまくり、ガーターベルトからすらりと短剣を抜く。
「ソフィア様をビックリ箱扱いとは!」
「いや、どう考えても膝枕にしっぱなしのが無礼だろ」
「うっ…… たしかに! さようでございますね」
侍女は短剣をおさめてくれた。
ソフィア公女は、俺に
ドアを開けると俺が倒れていたので、さきほどの運びとなったわけだ。
しかし、俺が
ソフィア公女は俺と向かい合って座り、まっすぐに顔を向けた。
「
「あー、そうだな…… 人によって処方が変わるから、まずは協力者に、カイル皇子の調査をしてもらってるよ」
「協力者……?」
「ああ、ちょっとね。帰ってきたら、紹介する」
イリスのことは、公女にも知っておいてもらったほうがいいだろう。ここに出入りしているのを見つかって、不審者扱いされても困るしな。
しかし、ソフィア公女はすでに思いきり、不審そうな顔をしていた。
「どうやって外部と連絡をとったのですか? 地下の部屋もこのゲストハウスも、アイテムボックスは使用できないようになっていたはずですが……?」
解。スライムなのでかなり自由に侵入できたようです。
とは、言いにくい。あの奴隷狩たちもそうだったが、魔族への偏見が根付いている人間は多そうだからな。
「うん、それもまたあとで、説明するよ」
実際にイリスを相棒として紹介するのが、いちばん手っ取り早いだろう ――
そんなふうに考えていた、ちょうどそのとき。
「せいっ!」 「ぅわっ……!」
緊急かつ猛烈にタックルをかまされ、俺はふっとんだ…… 侍女だ。感触からすると、かなり着やせするタイプ。すぐに離れてくれて、助かった。
―― さっきまで俺のいた場所には、巨大なムカデが
「ソード・センティピード!? なぜ……」
「クウクウちゃん、来なさい!」
侍女のつぶやきと、ソフィア公女の呼ぶ声が重なるなか。
巨大ムカデが身を縮め、ぐっと背を浮かす……
ソフィア公女めがけて、跳ねる!
背を覆う剣先が、いっせいに公女に向かう……!
そのとき。
ぺしぃぃぃっ
飛んできた大きな影が、ムカデを叩き落とした。
「クウクウちゃん! よくできました!」
クウウウウ……
クウクウちゃん、嬉しそうだな…… と、再びムカデの攻撃!
ぺしっ……
ムカデはまたしても、クウクウちゃんの硬い前脚に叩き落とされる。
だがすぐに、体勢を立て直して公女を狙う……
ぺしっ
叩き落とされ、また……
ぺしっ、ぺしっ、ぺしっ、ぺしっ……
ムカデは背に生えた無数の刃で公女にアタックしようとするが、ことごとくクウクウちゃんに
「大した敵じゃ、なさそうなんだがな……」
「翼竜とソード・センティピードでは、体力勝負でございますね」
「そうなのか?」
「はい」 と、侍女がうなずいた。
「ソード・センティピードの弱点は炎なのでございます」
「そっか…… 翼竜は風の属性だったな」
「さようでございます。クウクウちゃんでは、トドメを刺すことは難しいかと」
侍女が痛ましそうな視線をクウクウちゃんに向ける…… だよな。いくら翼竜の皮膚が丈夫でも、ムカデを叩きまくっているうち、細かな傷ができる可能性はある ――
クゥゥゥゥ!
クウクウちゃんが、軽く羽ばたいて向きを変えた。
鋭いしっぽを巨大ムカデに叩きつける!
ザシュッッッ
みごと、両断…… 「げ。まじか」
ソード・センピティードは、2体に増えた。
みるみるうちに、大きくなる……
「いや、その成長速度はないだろ! んでもって、そんだけ急成長してなんで動けてんの!? 筋肉痛なるだろ普通!?」
「リンタロー様。残念ながら、これがソード・センピティードの普通のようでございます」
投げようと構えていた短剣をおろし、侍女が舌打ちをする。
「己の普通をモンスターに押しつけても、事態を悪化させるだけでございましょう…… あっ」
クウクウちゃんが1体を叩いている間に、もう1体が公女を襲う……!
ばしぃぃぃっ!
クウクウちゃん、素早い!
公女に向かって跳んだもう1体を、首を振り回して飛ばす。
「《神生の螺旋》! チャッ◯マン!」
いわずとしれた、キャンプの焚き火や花火の着火に使える携帯用ターボライター ――
チート能力で出したそれを、俺はソフィア公女に向かって、投げる。
「ソフィア公女! 受けとれ!」
「はいっ…… って、なんですか、これ?」
「そこのスイッチを押したら火がつく。護身用に持っててくれ」
「必要ないですわ! わたくしには、クウクウちゃんが…… きゃあっ!」
再度、襲ってきたムカデに、ソフィア公女が火のついたチャッ◯マンを向ける。
ギギィィィィッ……
きしむような鳴き声をあげ、ムカデは地面に落ちた。鋼のような
「やっぱり、弱点は火か…… なにか、ちょうどいいアイテムがあればいいんだが……」
《超速の時計》 が使えれば、チート能力でカセットコンロでも出してから自己加速してムカデを火にくべればいい。
だが残念ながら本日の 《超速の時計》 はもう、制限いっぱいだ…… 地下のドア壊すのに、使うんじゃなかったな。レアアイテムについ、はしゃいでしまった。
{きゃぁぁぁっ、ムカデ、いるんです!}
ふいに、戸口から悲鳴があがった。
「イリス、おかえり {ムカデ、イヤっ……! イヤですぅぅぅぅぅっ!}
ぽぴゅんっ
イリスが武器へと姿を変えながら、俺の手のなかにとびこんでくる。
白く輝く剣 ―― 柄も剣身も細くねじれて、太陽のプロミネンスのような形をしている。
一見、実用には向かないようなそれは……
「
{はいっ}
ぷるっ
イリス 《レーヴァテインの姿》 は一瞬、ムカデを忘れたらしい。得意そうに震えた。
{主の意思を感じとり、攻撃するときに炎を発する神剣です!}
「さすがイリス、すごいな…… だが」
俺はイリスに、こう尋ねざるを得なかった。
「発火って、当然、かなりの高温になるよな?」
{当然です! では、はやくリンタロー様! あのムカデさん、追い払ってくださいなのですっ……}
「あのさ…… もしそこで炎が出たら、スライム
{あ}
イリス 《レーヴァテインの姿》 が、止まった。
{…… 大丈夫です! たぶん…… 少なくとも、1回は}
「その根拠がわからん」
{いいですから! とにかく…… いやっ、ムカデさん! こっちこないでです!}
「きてない、きてな {やですぅぅぅぅっ!}
イリス 《レーヴァテインの姿》 に引っ張られるようにして、俺は跳んだ。
―― しかたない。まんいち、イリスが蒸発しても、なんとかなるだろう。ポリ袋で集めて、冷やすとかすれば。
まずは、ムカデたち退治だな。
跳びながら、
またしても公女を襲おうと曲げられたソード・センティピードの背を、めがけて…… 枝分かれした剣身を、気合いとともに振り下ろす!
ギィィィィィィィィィィッ……!
{まだいるですぅぅぅ!}
ぐっと遠心力でひっぱられるようにして、次の一体にも……!
ギィィィィィィィィィィッ……!
一撃必殺。
ソード・センティピードたちは、目を突き刺すように輝く白い炎に包まれ断末魔の悲鳴をあげたのだった。
ふと気づけば、イリスの姿も消えている。
「イリス、どこだ!? 蒸発したのか?」
{あっ…… うううう……}
あたりを見回していると、俺の足元で水たまりがうめいた。
{うううう…… 頭がいた…… 吐き気が…… さむ……}
「…… 熱中症だな」
俺は 《神生の螺旋》 で、スライム熱中症救済セットを取り出したのだった。
{ふううう…… ありがとうございます、リンタロー様}
「いや、こっちも助かったから…… だが、さすがに火属性武器は無理があるだろ、イリスは」
{はい。こんなに熱くなったのは、初めてでした…… けど、意外とイケるものなんですね}
少女の姿に戻ったイリスが、ぽわんと笑った。
―― いったい、さっきのシーンのどこに意外とイケる要素、あったんだ。
{そうだ。 《不屈の腕輪》 、お返ししますね}
「もしかして、さっき蒸発せずに済んだの……」
{これのおかげですかも…… とすると、リンタロー様はやっぱり、わたしの大恩人なのです!}
「もともとイリスとじいちゃんが、くれたものだろ」
{どうぞ、リンタローさま!}
イリスが俺の手首をとり 《不屈の腕輪》 をはめてくれる。
「ともかく、イリス…… やっぱり次からは 「あのド腐れク◯外道がぁぁぁっ!」
次からは火属性の武器になるの、やめような ―― と、俺がイリスに言い終わる前に。
侍女の大絶叫が俺たちの耳をつんざいた。
どうしたんだ?
振り返ると、まだプスプスと煙をあげているソード・センティピードの燃えカスのそばで、侍女が
「ここまでソフィアお嬢様をコケにするとはっ!許すまじ……!」
げしげしげしげしげし!
どうやら、いくら踏みつけても気分がおさまらないらしい。
むしろ、コケにされまくっているらしいソフィア公女のほうが落ち着いているように見える。
「バーバラ、落ちつきなさい」 と、侍女を呼ぶ声も…… いや、違う。にぎりしめた手が、血の気を失って青ざめている……
「落ち着いてなんかいられません! ソフィア様、ご命令を! あのド腐れク◯外道をラタ共和国までも追い詰め、ファジュラ火山の火口にダイブさせてご覧にいれます!」
犯行予告は具体的になるほど怖さ増す説。
―― いったい、なにがあったかというと……
「こちら、炎で溶けたソード・センティピードから、出てきたものでございます」
侍女 ―― バーバラが、俺たちに見せてくれたのは、金のリングだった。
「これは……?」
「一般的な、モンスターの
そういえば、前世のゲームでも、テイマー用のアイテムとして売られていたな、使役リング。
「えーと、つまり。その使役リングに婚約者の名前があった、って理解でいいか……?」
侍女もソフィア公女も、返事をしなかった。
だが、侍女の固めた
そういえば、ウルフ・ローチェもソード・センティピードも、こっちには見向きもせずにソフィア公女ばかりを狙っていた ―― 術者の意図は明白…… なのか?
「そこまで、嫌われていたのですね……」
ソフィア公女がぽつりとつぶやく。
ショック大きいんだろうな ――
重くなっていく空気を破ったのは、イリスのひとことだった。
{えっと、わたしは、それないと思うんです}
「……? それ、皇子を調べてくれた結果、なのか?」
{はい。だって、そもそも浮気じゃないですし……}
―― どういうことだ?