「ほら、胃の調子が悪いと、消化どころじゃなくなって、内容物が外に押し出されるだろ? だから、実際に炎症起こせば 『いただきます』 されずに、出してもらえるんじゃないかと思ったんだ」
「わかったぞ! おまえ、頭いいぞ!」
「あんたみたいなやりかたじゃ、HPがいくらあっても、たりんわ」
その夜、携帯用コテージのなか ――
利き手を縄でつながれた状態で、俺はギルとジャンに簡単な夕食をふるまっていた。
こんなやつらに親切にしてやるのもイラつくが、情報を探るためには、ひたすらガマンだ。
ギルはともかく、ジャンはかなり疑り深そうだし…… もっとも、俺が 《神生の螺旋》 でコンビニおにぎりと味噌汁を出してやると、急に態度がやわらかくなった。好物なのかな。
「まあ、いい。あんたのおかげで助かったのは、事実だ…… けど、寝るときは拘束させてもらうぞ」
「そんなことしなくても、少なくとも今夜は、逃げないよ。俺だってもう疲れたし、眠りたい」
「それ信用されると思ってんのか、あんた」
「あー…… まあ、そうだよな…… いや、売らないと約束してくれたら、本当に逃げる気はないんだが……」
「それは無理だぞ! おまえが邪魔したせいで、おれたちの稼ぎはゼロなんだぞ?」
ざまぁ。
とは、言えない。
「それは、申し訳なかったが…… わざとじゃない、というか、あのときは……」
「言い訳しても、あんたが売り物であることは変わらん…… が、売り先は変更してやる」
「どういうことだ?」
「ふん…… ま、奴隷市よりはマシなところさ。よかったな」
ジャンがなにを企んでいたのか…… わかったのは、4日後のことだった。
―― ボルジュマ森林から吐き出され、最寄りの港まで1日、そこから定期船で丸2日。
俺たちがたどりついたのは、大陸の中央北。
ニシアナ帝国の治外法権地域、センレガー公爵領だった。
俺はセンレガー公爵に、直売されたのだ。
―― ということは、センレガー公爵は奴隷狩を容認している…… ォロティア義勇軍と、なにかつながりがあるのかもしれないな。
ちょっと、探ってみるか。
俺はギルとジャンの2人組と別れ、ひとまずセンレガー公爵のもとに腰を落ち着けることにしたのだった。
俺が課せられた仕事は、ポーションの作成。地下の一室で、朝から晩までポーションを製造し続けるのだ。
いくらなんでも、こんなにポーション要らんのでは…… とツッコみ、 『なにに使われてるんだ?』 と疑問を持たざるを得ない状況であるが、おかげでスキルレベルだけは上がる。
【スキルレベル、アップ! リンタローのスキルレベルが10になりました。MPが+7、技術が+5
されました。特典能力 《神生の螺旋》 の使用回数が19になりました。MPが全回復しました! アイテムボックスがlv.3になりました。レベル10到達特典として 《超速の時計》 が付与されました】
《超速の時計》 は、六角形の懐中時計だが、青い文字盤に刻まれているのは、数字ではなく
スキルレベル10で 《超速の時計》 か!? 前から思っていたが、AI、サービス良すぎだろ。
【最初に歓迎していると言いましたよww リンタローは、久々の転生者ですから。しかも、せっかくチート能力まであげたのに、けっこう苦労してるのでww】
なんか楽しんでないか、AI。
【そんなこと、ありませんよww おっと…… エマージェンシー。緊急速報。本館3階の南角部屋に、敵が襲来しようとしています。行って、応戦してください】
えっ、わざわざ行くの? どんだけ忠実奴隷なんだよ、俺……
【まずは信頼を得ないと、探るものも探れませんよ】
あーそれな。んじゃま、行ってきますか…… って。ドア、外側から鍵がかかってるんだが。
壊していい?
【おまかせしますww】
よし、壊そう。
俺は、いまもらったばかりの懐中時計を引っ張り出した。
もともとは、時間のかかる錬金術の研究を効率的にするために作られたアイテムなんだとか ―― 初めての使い方としては邪道だが、まあ、しかたないよな。
時計をドアにかざす。
「《超速 ―― 10億倍》!」
《超速の時計》 が、チカチカと
―― まず、ドアに塗られたニスが剥げ落ちた。
ぼろっ…… 木が、端から崩れていく。
30秒後。ドアは、完全に風化していた。
あれ? なんか、急に眠くなってきた……
【いまので、MPが0になりましたからww】
そっか。速さを10億倍にもすると、やっぱり根こそぎMPを持ってかれるんだな。眠気は、そのせいか…… まあ、 《不屈の腕輪》 の自動回復機能でなんとかなるだろう。
バ美肉スライムじいちゃんとイリス、いいものをくれたな…… イリス、元気かな
【エマージェンシー。緊急速報】
AIが再び警告音を鳴らす。
【本館3階の南角部屋に、敵が襲来。ソフィア公女がモンスターに襲われています】
センレガー公爵に、娘がいたのか…… というか、護衛は? ほかの使用人や騎士は?
―― モンスター、よほど強いのか……?
いまにも寝落ちしそうになるのを抑えて走りながら、俺はモンスターとの闘いに必要なアイテムを考える。
3階に現れたのなら、空が飛べるか、壁を登れるモンスター…… 狂暴だが、建物を壊すほどの大きさはないとすると…… 鳥やドラゴンは除外。残るは虫系かな。ジャイアントスパイダーとか……
キシャァァァァァッ
―― いや、見たことないモンスターだった。
公女の部屋、ドアの隙間から見えたのは、黒いフサフサの毛に覆われた、甲虫の
そして。
クァァァァァァァッ
きゅうくつそうに羽ばたきつつ、
その足元には、家具の残骸が散らばっている。
「ここ、闘技場?」
「いえ、ソフィア公女のお部屋です」
「うん、だよね」
部屋の外に避難していた侍女のひとりが答えてくれたとおり、翼竜の背後には、いかにもなお姫様がいた。
アクアマリンの瞳に金髪縦ロール、年齢は17、8歳くらいか…… 一目で上質とわかる服を着ている。この子がソフィア公女だな。
もしかして、翼竜使いなのか……? だとしたら、めちゃくちゃ珍しい。
「とっととやっておしまいなさい!」
クァァァァァァァッ
ソフィア公女の指示で、翼竜が首をのばし、
が、敵は6本の脚をフル活用して敏捷に攻撃を回避。
グルルルル……
低くうなりながらジャンプし、翼竜の首に噛みつく。
首を激しく左右に動かす翼竜。
翼竜は堅いウロコのおかげで、怪我はなし。
キシャァァァアッ
ソフィア公女を狙っている!
が、翼竜の尻尾に跳ね飛ばされ、壁に叩きつけられる。
勝負あったか……?
いや、敵は、まだ生きている……!
再び体勢を立て直し、翼竜に向かう。
―― 屋外の広い場所であれば、翼竜が勝つかもしれない。
だが、大きな翼竜が自由に動きにくい室内での闘いでは、小回りが効き素早さで勝る
侍女が、歯噛みするようにつぶやいた。
「ウルフローチェ……
「うん、それっぽいな…… というか、ローチェ?」
「はい…… ピトロ高地に生息しており、こちらの街まで入り込むことは滅多にないはずなのですが、いったい、なぜ……」
「それは俺もわからんが、とりあえず、ありがとう…… 《神生の螺旋》」
そう、見た目は違えども、ヤツだというのなら。
鉄板は、あれだろう。前世の人類の叡知と憎悪を結集させた必殺化学兵器…… その名も、ゴ◯ジェット・EXプロ!
「《超速 ―― 30倍》」
俺は自分に 《超速の時計》 を使った。2回目だから今日はこれで、使用終了…… だが、惜しんでいる場合じゃない。モンスターとの闘いに、加速は必須だ。
そのままゴ◯ジェット・EXプロをかかげ、公女・翼竜とウルフローチェの間にとびこむ。
今の俺に、かかれば……! ウルフローチェがいくら素早くとも、静止しているようなもんだ。
俺はゴ◯ジェット・EXプロのノズルを、ヤツの鼻先に伸ばす…… 噴射!
シュゥゥゥゥーーーーーッ!!!
たっぷりスプレー缶1本分で、ウルフローチェは倒れたのだった。
「リンタローとやら。礼を言います」
「いや、当然のことをしたまでだよ。ソフィア公女が無事で良かった」
「当たり前でしょう!? わたくしとクウクウちゃんが、あんなモンスターに負けるわけが、なくてよ」
戦闘のあとがきれいに片付けられた、ソフィア公女の部屋 ――
お茶と菓子を出してもらい、お礼を言われて当たり障りのない返事をしたつもりの俺だったが……
どうやら、外したらしい。
「わたくしが言っているのは、錬金術で家具と窓を元通りにしてくださったことです!」
「ああ、そっちか」
「あなた、凄腕の錬金術師なのね」
「いや、
「まあ! レベル10まで行ってるのにポーションだけ? もったないこと!」
「それがセンレガー公爵の命令だからな。朝から晩までポーション作って、軍に
「さあ? わたくしには、よくわかりません」
ソフィア公女はきょとん、とした顔をした。これは本当に、なにも知らないのか……
あまりつっこんで尋ねると、怪しまれるかもしれないな。ゆっくり行こう。
「そんな事情でしたら、あなたはこれから、わたくしの専属にしますわ! お父様には、あとでお伝えしておくから、心配いらなくてよ」
「しかし、ポーション作りは……」
「そのようなこと、教会に任せておしまいなさいよ。そもそもが教会の仕事ですのに、お父様ったらどうして、わざわざ…… せっかく錬金術師を雇うなら、もっとほかの物を作ってもらうほうが有益でしょうに。それに奴隷扱いだなんて、とんでもないわ!」
「いや、一応、買われた身だしな……?」
「ポーション錬成だけでレベル10までになったのなら、それと、さっきのウルフローチェ撃退の報酬で、あなたの買い取り価格を超えましてよ。だから今後は、リンタロー。わたくしのために、働いてちょうだい」
「まあ、そっちがそれでいいなら、かまわないが…… なにか、ほしいものでもあるのか?」
「そのようなこと、わたくしの口から言わせる気ですの!?」
ソフィア公女はつん、とそっぽを向いた。
貴族女性は、ほしいものを直接言ってはいけない決まりでもあるのか……? 前世でゲームやってたころから平民だから、よくわからんが。
その意味がわかったのは、ソフィア公女の配慮で、地下の錬金部屋よりもかなりマシなゲストハウスに移ってからだった。
「ソフィア様よりご伝言です。
『月は夜毎に姿を変えるもの。けれど、わたくしはいつの日も、満月に優しく夜を照らしてほしいのです。永遠に』 とのことです」
「地球の自転止めるのは、錬金術では無理だろ」
この世界でいえば、重力が扱える魔術師あたりを集めたら、なんとかなるのかもしれんが…… もし万一できたとして、地球、滅びるんじゃないのか、それ。
……ん? つまり、ソフィア公女は人類を代表して地球支配を……?
「いや、それならもっと効率的な方法を探したほうがいいと思うよ? どっちにしても長い道のりだろうが」
「それは、わかっております。が、ソフィア様は、ほかならぬリンタロー様を見込んで、ご依頼されているのですよ?」
「けど、俺には向かない仕事だな、それ」
「そうおっしゃらないでくださいませ。リンタロー様は、ソフィア様のおかげで奴隷待遇から救われたのでしょう? こう申してはなんですが、お礼がわりに、ご検討いただけませんでしょうか」
「しかし、天体関係は、あんまり……」
俺が困っていると、伝言を持ってきた侍女は、ためいきつきつつ、こう補足してくれたのだった。
「ソフィア様のためにも、ぜひ、お願い申し上げます。永遠に効く
―― それと地球支配どっちが簡単なのか、にわかには判断しがたい。