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第13話 追放先は魔の森だった

「おい…… あの公爵、悪魔だろう」


 細いのが舌打ちをした。


「ほんとうだぞ! 国外追放だからって、こんなひどいことするのは、悪魔なんだぞ!」


 でかいのが、ぶるぶる震えて泣きそうな声をあげた。

 ―― いや、魔族にそれ言っても。

 と、俺は内心でツッコミを入れた。


 奴隷狩2人組の人質になって、はやくも2日 ―― その間ほぼずっと、俺は目隠しと猿ぐつわをされ、手足を縛られたままだった。

 イリスとアシュタルテ公爵が、俺の待遇改善をやつらに要求してくれたものの、当然のごとく無視された。理不尽だ。

 そして俺は、奴隷狩と一緒に船にのせられて川を渡り、国外にポイされ…… いまここ、といったところだ。が。

 これは、奴隷狩たちにとっても、不本意な結果だったらしい。


「なんでわざわざ、ボルジュマ森林ここなんだ!?」 という点で。


 ―― ボルジュマ森林、通称、魔の森。

 アシュタルテ公爵領の北西に位置し、魔族の国アンティヴァ帝国人間の国ニシアナ帝国との境を作っている。

 森それ自体が、モンスターだという ―― 道が勝手に動き、木々の位置すら変わる。不思議な場所だ。

 ここに足を踏み入れた生き物は、2度と出られず、そのまま森の栄養分になる運命なんだとか。


「アニキ、引き返そうよ」


「バカいえ。引き返したら、魔族の思うツボだろうが。せっかく薬を飲んでまでして、逃げたのによ…… あの拷問を、また受けたいのか? ついでに魔族どもに接近するたび、クシャミ連発の目カイカイになっちまうが、いいのか?」


「……! どっちも嫌だぞ!」


 どうやら奴隷狩たち、夢魔ナイトメアの精神攻撃を避けるために、イチかバチかで手持ちの覚醒剤を飲んだみたいだな。

 そのおかげで精神攻撃が効かず、逃げ出すことに成功したものの、この時点ですでに処罰を受けて魔族アレルギーになってしまっていた、と…… だから、人質が手ごろな魔族とかじゃなく、俺になったのか。

 ―― まあ、俺がやつらの人質になったのは、調査のためには好都合、ともいえるが。

 もともと、奴隷狩の元締めォロティア義勇軍と例のあぶない薬との関係まで、調べる予定だったからな。

 奴隷狩に俺という小型監視カメラをつけた現状は、アシュタルテ公爵にとっても望ましいものだろう。 

 ―― まさか公爵、こうなることを見越して巧みに誘導…… してる可能性も、おおいにあるな。

 とすると、まじ悪魔だわ。効率的なのは認めるが…… せめてひとこと、俺に断ってからにしてほしかった。


「とにかく、森を抜けようぜ」


「わかったぞ、アニキ。がんばるぞ」


「おう、その意気だ」


 細いのが、俺の背中をバシッと叩く。


「森さえ抜ければ、あとはコイツを売り飛ばすだけだからよ」


 ええ!? 俺、売られる予定なの!?


「魔族奴隷の捕獲には失敗したが、錬金術師ひとりで、じゅうぶんお釣がくるさ」


「でも、ダディ、怒らないかな?」


「怒るほうがおかしいわ。オレらは言われたとおりにちゃんと、魔族どもに心核薬ドゥケルノを広めてやったろ? それさえしときゃ、奴隷が1匹もいなくても、おやっさんは許すだろうよ、ギル」


 でかいほうの名前は、ギルか。

 あと、会話から推察すると ―― おやっさんとかダディとか呼ばれてるのは、おそらく奴隷狩の元締めォロティア義勇軍のボスか、あるいは幹部だな。

 なら、心核薬ドゥケルノ (例の、覚醒剤に似た薬) が魔族の国に持ち込まれたのは、やはり奴隷狩の元締めォロティア義勇軍の陰謀か…… つまり。

 どうやら俺は、もうちょい、こいつらにくっついて監視カメラ役をやったほうが良さそうだ。そして、なるべく早めに組織の全貌を把握する ―― やすやすと売られるわけには、いかないな。

 だが、まずはこの森から抜け出すのが、緊急課題だ。


「……おい。この木…… さっきも通ったな?」


「やっぱり、ムリなんだぞ、アニキ…… おれたち、このまま迷って、しぬんだぞ……」


「バカいえ。死ぬなら、1度くらいはイイ思いしてからだ、っての」


 俺はギルの背中で、縛られた手足をモゴモゴと動かしてアピールしてみた。


「んー! んー! んー!」


「なんだ? トイレか?」


「ん! ん! ん!」


「しかたないな…… ギル、おろして、足の縄をほどいてやれ」


「わかったぞ、アニキ…… おいおまえ、トイレじゃないこと、するんじゃないぞ。ころすぞ」


「んんんん!」


「なに、お絵かきしてるんだぞ!? ころすぞ!」


「まて…… おい、あんた、正気か? 猿ぐつわをとれ、だと?」


 俺は思いきり、首をタテに振る。地面に足先でかいた絵でも、なんとか伝わったみたいだ…… 助かった。

 細いのはしばらく考えて、うなずいた。


「とってやれ、ギル」


「えっ、とるのか、アニキ? わかったぞ…… おいおまえ、噛みつくんじゃないぞ」


 口元が解放された。ひさびさに息ができるな。ふうう…… 気持ちいい。

 さて、たっぷり深呼吸したら、始めるか ――


「いや、ありがとう、ギルと細いの…… えっと、もと勇者だったか?」


「ジャンだ。こんど、それ言ったら殺す」


「そうだぞ。アニキはそれ言われるの、嫌いなんだぞ」


「ああ、ごめん…… とにかく、おかげで助かった。そして、すまなかった!」


「なんだと!?」 「なんなんだぞ?」


「信じてもらえないかもしれないが……」


 演技力なんて俺には皆無だから、表情は見られないようにしなきゃな。

 俺は、縛られたままの両手で顔を隠し、後悔しているふりをした。

 騙されてくれると、いいんだが。


「どうも俺は、いままで、魔族に洗脳されていたようなんだ……」


「そうか! かわいそうだぞ!」 「洗脳か……」


「うん。なぜか、魔族のために働かなきゃ、と思い込まされていたみたいだ…… 許してくれ…… 俺はもともと、こっちの人間だったんだ」


「なら、しかたないぞ! なあ、アニキ」


 ギル、チョロいな。だが、もと勇者のジャンは、まだ疑わしげだ。


「…… あんた、出身は?」


「ニシアナ帝国。ウィモ平原近くの、ダナモレグロ辺境伯領だ」


「あの辺か…… 対魔族戦争の折には激戦区だったが、いまはずいぶん、変わったよな」


「そうなのか? あの頃に捕虜になって、ずっと魔族の国アンティヴァ帝国にいたから、よく知らないんだ」


「…… そうか。洗脳、どんなことをされた?」


「よく覚えていないんだ。魔法か、なにかかもしれないが…… ずっと、アシュタルテ公爵のもとで働き魔族を守るのを、当然だと思っていた……」


「ふーん」


 ジャンは考え込んでいる。俺は詐欺師でもなんでもないから、つっこまれて困る嘘はなるべく少なく語っているつもりだ。ニシアナ帝国のダナモレグロ辺境伯領は、昔、ゲームで俺が拠点にしていたところだし。

 ―― そろそろ、説得されてくれないかな。


「頭がはっきりしてきて、あれはおかしかった、と気づいたのは、ついさっきだ」


「それを、オレに信用しろってのか?」


 よしよし、やっと第一段階、成功…… 『信用しろってのか?』 という質問は 『信用したい』 の裏返しだ。

 むろん、ここでがっついては、ならない。


「いや、そんな。そもそもが、信じがたい話だろうからな…… ただ」


「なんだ?」


「この森、日が暮れるまでに出たほうが、いいんじゃないか? ボルジュマ森林魔の森って、たしか、夜行性だろ?」


「そんなこと、わかってるぞ!」


「ふん…… まさかあんたに、魔の森ボルジュマを抜ける方策がある、ってのか?」


「俺の手の縄も、ほどいてくれるなら…… できなくはないと思うが」


「わかったぞ!」 「ギル、よせ。ダメだ」


 うわ、警戒心強いな、ジャンは。それだけ苦労してきたってことなんだろう…… だが、困った。

 このままだと正直、夜になって目をさました森に、美味しくいただかれる予感しかしないんだが。


「あーほら、いまの木。3回目だ、ジャン」


「わかってるっつの。馴れ馴れしく呼ぶな、クソが」


「アニキ、もう夕方なんだぞ……」


 ジャンがチッと舌打ちをする。


「ギル、手の縄をほどいてやれ…… おい、あんた。妙な真似したら、即、叩っ斬るからな」


「大丈夫だって…… 《アイテムボックス》」


 本音をいえば、このふたりにはペッパーXでも浴びせかけてやりたい。だが、いまは我慢だ。

 俺は 《アイテムボックス》 からア◯フォンを取り出し、話しかけた。


「ヘイ、ウィビー。ここからニシアナ帝国に出る最短ルート、表示してくれるか?」


[えええ!? それより、こんなところボルジュマ森林にいるとか、まじでアンビリーバボー。サッチャフール、つまり、バカなの?]


「俺の本意じゃない。夜になるまえに出たい。できるよな?」


 ブーッ

 ア◯フォンは不快そうに震えた。


[ノー。物理的に無理ね。普通に歩いて3日かかるよ、アンダースタン?]


「そっか…… じゃあ、いったん、アンティヴァ帝国魔族の国に戻るとしたら?」


[最短は魔将軍・マルドゥーク辺境伯領ね。船はもうないから、徒歩で2日ね。ファイナルアンサー、ジ・エンド、オーケー?]


「いやだぞ!」 「おい、あんた。やっぱり魔族とつながって……」


 ギルが泣き声をあげ、ジャンが身構える。


「いや、違うって。とりあえず生存を優先させてくれよ」


 まいったな。ア◯フォンから位置情報さえもらえば、なんとか森を抜けられると思ってたんだが ―― ん?


「そういえば…… この森って、生き物モンスターだよな? てことは、森のなかは全体的に消化器官に相当する……? ウィビー、どうだ?」


[イエース、意外とクレバーね]


「よし、わかった…… 《神生の螺旋》!」


「なんだ、これは……っ!?」 「こんな技、みたことないぞ!」


「錬金術と召喚術の融合…… みたいなもんかな」


 俺は、《神生の螺旋》でガソリンタンクとライターと新聞紙を取り出した。

 自然破壊するしかない現状には胸が痛むが、いたしかたなし。

 木が密集しているにガソリンをまいて、と。離れた場所まで退がったら、新聞紙にライターで火をつけ、投げる。

 爆発音 ―― 木の葉が、渦を巻いて勢いよく吹き上がる。

 炎が、あっというまに勢いを増す。

 ごうっ…… 音をたてて燃え広がる!


「あんた、なにしやがんだ! オレたちまで燃えるだろうが!」


「うん、だから、適当に逃げよう」


「迷うぞ!」


「大丈夫だ。ほら、火にまかれないのが、最優先だろ」


「あとで覚えてろよ!」


 あたりはもう、少しずつ暗くなってきている。

 俺たちはとにかく、炎のないほうへ向かって、めちゃくちゃに逃げ出した。

 ざわり。

 ―― 森が、目覚める……!


 地面が激しく動き出した。

 燃え残った木々が、俺たちに向かって密集してくる……!


「うわっ!」 「くわれるぞ、おれたち……!」


「枝をはらおうとするな!」


 悲鳴をあげて暴れはじめたジャンとギルに、俺は忠告した。


「落ち着いて、そのまま、るんだ!」


「そんなこと、いってもだな!」


「うわーん! かあちゃーん!」


 どどどどどどどどど……


 木々は氾濫する河川のように、ところどころ渦巻きながら、一方向へと俺たちを流していく。

 やがて ――


 ペッッッッ


 俺たちは、森から盛大にのだった。


【冒険者レベル、アップ! リンタローのレベルが10になりました。HPが+6、力が+3、防御が+3、素早さが+4されました。体力が全回復しました! レベル10到達特典として 《携帯用コテージ》 が付与されます】


 おお!? 一気にレベル10まで行って、アイテムまでもらってしまった。

 《携帯用コテージ》 なら、今夜の宿泊にさっそく使えそうだ…… って、こんなのでレベルアップして、いいのか?


伝説レジェンド級モンスターとの戦闘経験ですのでww】


 そうなのか…… なんか、申し訳ないな。


「単に、胃腸炎にしただけなのに……」


 ごおおおおっ……

 俺のつぶやきは、森を焼く炎の音にまぎれて、消えていった。

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