「公爵様! これが、例の薬かもしれません」
「ご苦労。私が預かろう…… おい、¢£Э∥よ。薬は、これと同じものだったか?」
「へっ…… へえ、たぶん……」
奴隷狩がオークたちに配ったという薬は、意外と早くでてきた。徹底的に身体検査したところ、灰色の髪の細いヤツが持っていたそうだ。
あいつ、もと勇者だったんだよな、たしか…… なんとも切ない。
アシュタルテ公爵は、奴隷狩の2人組を塔に閉じ込めてしっかりと尋問するよう指示したあと 「さて」 と、こっちを向いた。
「リンタロー、そなたは錬金術師だな。この薬を知っているか?」
「よく見せてくれ…… え!?」
俺は、目を疑った。
アシュタルテ公爵から見せられたのは、半透明の白い結晶 ―― 前世の
覚醒剤は、脳内を刺激して様々な作用をもたらす…… もしかしたら、その作用。オークの場合は特に狂暴性や衝動性として現れるのかもしれない。
だが、このゲームにもともと、そんな薬剤はなかったはずだ。ア◯フォンと同じく、時代の進化で現れた、ってことなのか?
「どうだ、リンタロー。そなたの知っているものだったか?」
「似たものなら知っているが…… これは、どうやって作ったんだ?」
アシュタルテ公爵が係官に 「なにか聞いておるか?」 と尋ねる。
「はい。
「
公爵が眉をひそめるのも無理はない。
たしか、
だが……
「俺は、こんな
{わたしも、ないです}
「そうか……」
アシュタルテ公爵は腕組みし、考え込む。
「長年、錬金釜をつとめた◎△$§>∞が言うのであれば、やはり、そうなのだろうな……」
{アシュタルテ様! それは言わない約束です!}
イリスの抗議は、アシュタルテ公爵の猫耳には届いていないようだ。
「奴隷狩が嘘をついている可能性もあるが…… そもそもの問題は、奴隷狩が、かような薬を持っておったこと…… リンタロー、そなたはどこで、この薬を見たのだ?」
「話しても短いから話してしまうと、この世界とは別の世界だな」
{リンタローさまは転生してきたのです! あの、リポゾ丘陵の洞窟から……}
補足説明ありがとう、イリス。
オークが驚いたように口をぽかんとあけ、ウッウパパが 「だから大錬金術師様なんだ!」 と小声でドヤった。
「ふむ、なるほど……」
アシュタルテ公爵がうなずく。
「たしかに昨日、あのあたりでウン十年ぶりに、時空の揺らぎが観測された…… そなたであったか、リンタロー」
「まあ、そうかもな?」
「ではまあ、そういうことにしておこう。さて、リンタロー。そなたの前世で、その薬はどのように使われていたか?」
「昔は、疲労をとる薬とされていた。眠気をとり高揚感をもたらすといった作用があり、現在でも、
が、一方では、
「…… つまり、危険な薬だと?」
「オークたちへの影響をみても、安易な使用は危険と考えたほうがいいだろうな。まあ、こっちの薬と同じ組成、同じ作用とは限らないが」
「ふむ……」
アシュタルテ公爵は、オークをじろりと見た。
「¢£Э∥よ。その薬を飲んで、どうだった?」
「ヘえ…… ほ、本当に力がわいてきて、なんでもできる気になって、あと、楽しくなりました…… 嫌なことも頭からとんでいって」
「あーわかった。もういい」
猫耳をピクピクひきつらせつつ、タメイキをつくアシュタルテ公爵。
「危険な薬だな」 と断言した。
「リンタロー、我に協力せぬか?」
「なんだ?」
「人間の国に赴き、調べてきてほしいのだ ―― 薬の製法、すでに人間の国では流通しているのか、流通しているとして、その程度はいかほどか、製造元と流通経路はどうなっているのか。奴隷狩…… ォロティア義勇軍と薬の関わりについても」
ォロティア義勇軍 ―― たしか、奴隷狩の元締めだとかいう話だったな。正義っぽい
「俺に頼む理由は?」
「我の目の前にいた人間で、しかも◎△$§>∞の恩人だというではないか」
「つまり、利用しやすそうなんだな」
「ふっ…… よくわかっているではないか。で、どうだ?」
「受けなかったら、どうなる?」
「なにも変わらぬ。そなたの代わりに誰かを人間の国に潜り込ませ、情報を探らせるだけ…… そうだな、◎△$§>∞など適任だ」
{えっ、イヤですよ!}
アシュタルテ公爵に名を呼ばれ、イリスはぷるぷると首を横に振った。
{リンタローさまへの恩返しが済まないうちは、どこにも行かないです!}
「失礼だが、大将はもう、ウチの村に住むことになってるんだ」 と、ウッウパパも口を挟んだ。
「錬金術師がいたら助かると、みんなが期待してる…… それを、ご領主様は取り上げるのか!?」
「そうだ。このまま問題を放置していては、おかしな薬のせいで、国じゅうの
ウッウパパが黙りこみ、かわりにオークがずびっと鼻をすすった。
「ダメです…… おれ、あの薬は、ダメだと思います……」
「ふむ。というわけで、リンタロー」
「なんだ?」
「頼んだぞ。旅に必要な資金や当面の物資は、こちらで用意させるゆえ。成功報酬には、望みのものを与えてやろう」
「はあ…… 俺、引き受けるとは、まだ」
「細かいことを言うな。そなたは引き受けるはずだ。さもなくば……」
「?」
{アシュタルテ公爵様! リンタロー様に、それ、ダメです……!}
アシュタルテ公爵が立ち上がり俺の手をつかまえる。え、ちょっとまて。それやめて!
ぐっと引き寄せられたと思ったら、低反発クッションに埋もれるような、柔らかな感触が…… いやいやいやいや、だからこれは魔族の公爵様で俺を刺したストーカー女とはまた別で…… だめだ。 動悸が止まらなくなってきた、悪い意味で。息が……
「引き受けねば、寝込みを襲うぞ?」
耳もとでボソボソと囁かれ、俺は、陥落した。
{もうっ…… あんな色仕掛けに乗るなんて}
「いや、あれはどっちかといえば、脅迫だ」
{知ってますけど}
「大将はスゴいんだから、いちいち目くじら立てても仕方ないって、イリスさん」
{別に、リンタローさまがモテるからって、嫉妬なんてしてないです!}
「俺に勝手な属性を盛るのはやめてほしいな、ふたりとも……」
翌日。俺は《神生の螺旋》で取り出したオートマ車にイリスとウッウパパをのせて、アシュタルテ城からシュリーモ村へ向かっていた。
ウッウパパを家まで送り、かつ、イリスの祖父に挨拶に行くためだ。
―― あのあと結局、俺は
イリスも恩返しのためについてきてくれるというが、人間の国まで行くとなると、長旅になる。
その前に家族にきちんと断りを入れておく、というのが今回のシュリーモ村訪問の目的なのだ。
が…… イリスの機嫌が、なんだかよろしくないんだよな。
「じゃ、またな! はやく村に戻ってきてくれよ、大将! 新居はまかせろ!」
ウッウパパがピエデリポゾ村の入口で降りて行ってしまったあと、車内は、ことさらに静かになった。イリスと出会って以来、初めてくらいの沈黙…… 気まずい。
{あっ、あの……}
「ん?」
{公爵様みたいな、ばば、爆乳も…… がんばれば、全然、すぐに、できるんですよ?}
「…………!」
いかん。ハンドルにつっぷしそうになった……
「イリス……」
{はい! 爆乳スタンバイですか?}
「いや、俺がアシュタルテ公爵の依頼を引き受けることにしたのは、別にそのせいじゃないから…… 俺の女性アレルギー、知ってるだろ?」
{わたしが好みじゃないので、先祖代々伝わる恩返しを断るための、リンタローさまの優しさかと……}
「いや、優しさで過呼吸には、ならないから」
{だって、アシュタルテ様にムニュムニュされて、すぐにOK……っ}
あー。イリスからは、そう見えるか……
「放っておくわけにもいかないだろ? ウッウたちの村で暮らすにしたって、オークみたいなヤツらが、たびたび出るようになったら、落ち着けないよな?」
{………… はい}
「そうなるのも困るから、俺もアシュタルテ公爵の意見には賛成なんだ。たしかに、人間の俺は調査に適任だしな」
{でも……}
「心配しなくても、イリス以外のスライムから、いや、魔族から、恩返しをしてもらう気はないよ」
{リンタローさまっ! 嬉しいです!}
「いや、まあ…… 魔族の恩返しの重み、ここ数日で、よくわかったからな…… おっと」
前方に、水たまりだ。周りには誰もいないが、舗装されていない道だし、スリップすると面倒だな。ここは、慎重に速度を落として通りすぎ…… ん?
この炎天下に、こんな巨大な水たまり?
…… いや、まさかな。
「イリス、いまの、みた?」
{あの大きさは、この辺では、おじいちゃんくらいです}
「………… いま、なんて?」
{というか、たぶん、おじいちゃんだと思うんです。シュリーモ村、近いですし。おじいちゃんも、夏はけっこう、溶けちゃうんですよ}
「…… もしかして、ひいたのか……?」
{あっ、たぶん、心配ないです! スライムは圧には強いので}
「そっか、よかった…… って、ならないだろ!」
俺は車を止めた。
《神生の螺旋》でスライム熱中症救済セット (つまりバケツと保冷剤と経口補水液) を取り出して、と。
「もしもし! 大丈夫ですか?」
いそいで水たまりに駆け寄ったら、まずは、意識確認だ。
声をかけ、肩を軽く叩いて…… 肩、どこだ?
まあ、どこでもいっか。とりあえず、回収して冷やさなければ……
―― 15分後。
車の後部座席から {はっ…… ここは、どこじゃ!?} という声が聞こえた。
どうやら、冷えて意識が戻ったみたいだな、イリスのおじいちゃん。
{おじいちゃん、気づいたんですね!}
{おお、その声は…… ◎△$§>∞じゃな!}
後部座席をのぞいてみると、そこには。
イリスとよく似た銀髪に青紫の瞳、頭に小さな冠をつけた美女が、だらしなく寝転んでいた ――