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第11話 スライムさんはやきもち焼いたらしかった

「公爵様! これが、例の薬かもしれません」


「ご苦労。私が預かろう…… おい、¢£Э∥よ。薬は、これと同じものだったか?」


「へっ…… へえ、たぶん……」


 奴隷狩がオークたちに配ったという薬は、意外と早くでてきた。徹底的に身体検査したところ、灰色の髪の細いヤツが持っていたそうだ。

 あいつ、もと勇者だったんだよな、たしか…… なんとも切ない。

 アシュタルテ公爵は、奴隷狩の2人組を塔に閉じ込めてしっかりと尋問するよう指示したあと 「さて」 と、こっちを向いた。


「リンタロー、そなたは錬金術師だな。この薬を知っているか?」


「よく見せてくれ…… え!?」


 俺は、目を疑った。

 アシュタルテ公爵から見せられたのは、半透明の白い結晶 ―― 前世の覚醒剤メタンフェタミンによく似ている。

 覚醒剤は、脳内を刺激して様々な作用をもたらす…… もしかしたら、その作用。オークの場合は特に狂暴性や衝動性として現れるのかもしれない。

 だが、このゲームにもともと、そんな薬剤はなかったはずだ。ア◯フォンと同じく、時代の進化で現れた、ってことなのか?


「どうだ、リンタロー。そなたの知っているものだったか?」


「似たものなら知っているが…… これは、どうやって作ったんだ?」


 アシュタルテ公爵が係官に 「なにか聞いておるか?」 と尋ねる。


「はい。夢魔ナイトメアに拷問させたところ、ヤツは、モンスターの心核石コロケルノだと言っていました」


心核石コロケルノだと!? これが?」


 公爵が眉をひそめるのも無理はない。

 心核ケルノは、人間でいうと心臓にあたる、魔素マナの体内循環器。モンスターや魔族、竜族にあり、死ぬと石化して 『心核石コロケルノ』 になる。

 たしか、高級ハイポーションなどの材料として取引されていたはずだ。

 だが……


「俺は、こんな心核石コロケルノは、見たことがないな」


{わたしも、ないです}


「そうか……」


 アシュタルテ公爵は腕組みし、考え込む。


「長年、錬金釜をつとめた◎△$§>∞が言うのであれば、やはり、そうなのだろうな……」


{アシュタルテ様! それは言わない約束です!}


 イリスの抗議は、アシュタルテ公爵の猫耳には届いていないようだ。


「奴隷狩が嘘をついている可能性もあるが…… そもそもの問題は、奴隷狩が、かような薬を持っておったこと…… リンタロー、そなたはどこで、この薬を見たのだ?」


「話しても短いから話してしまうと、この世界とは別の世界だな」


{リンタローさまは転生してきたのです! あの、リポゾ丘陵の洞窟から……}


 補足説明ありがとう、イリス。

 オークが驚いたように口をぽかんとあけ、ウッウパパが 「だから大錬金術師様なんだ!」 と小声でドヤった。


「ふむ、なるほど……」


 アシュタルテ公爵がうなずく。


「たしかに昨日、あのあたりでウン十年ぶりに、時空の揺らぎが観測された…… そなたであったか、リンタロー」


「まあ、そうかもな?」


「ではまあ、そういうことにしておこう。さて、リンタロー。そなたの前世で、その薬はどのように使われていたか?」


「昔は、疲労をとる薬とされていた。眠気をとり高揚感をもたらすといった作用があり、現在でも、嗜眠症ナルコレプシーなどさまざまな症状の改善に使われている。

 が、一方では、濫用らんようによる異常行動や、それなしでは生活できなくなる依存症状、長期間の使用による健康被害などが問題視されていて、一般での生産・使用・所持は法律により禁止されているんだ」


「…… つまり、危険な薬だと?」


「オークたちへの影響をみても、安易な使用は危険と考えたほうがいいだろうな。まあ、こっちの薬と同じ組成、同じ作用とは限らないが」


「ふむ……」


 アシュタルテ公爵は、オークをじろりと見た。


「¢£Э∥よ。その薬を飲んで、どうだった?」


「ヘえ…… ほ、本当に力がわいてきて、なんでもできる気になって、あと、楽しくなりました…… 嫌なことも頭からとんでいって」


「あーわかった。もういい」


 猫耳をピクピクひきつらせつつ、タメイキをつくアシュタルテ公爵。


「危険な薬だな」 と断言した。


「リンタロー、我に協力せぬか?」


「なんだ?」


「人間の国に赴き、調べてきてほしいのだ ―― 薬の製法、すでに人間の国では流通しているのか、流通しているとして、その程度はいかほどか、製造元と流通経路はどうなっているのか。奴隷狩…… ォロティア義勇軍と薬の関わりについても」


 ォロティア義勇軍 ―― たしか、奴隷狩の元締めだとかいう話だったな。正義っぽい名前ネーミングだが、これで覚醒剤にまで手を出してるとなると…… 実態は、マフィアじゃないか。


「俺に頼む理由は?」


「我の目の前にいた人間で、しかも◎△$§>∞の恩人だというではないか」


「つまり、利用しやすそうなんだな」


「ふっ…… よくわかっているではないか。で、どうだ?」


「受けなかったら、どうなる?」


「なにも変わらぬ。そなたの代わりに誰かを人間の国に潜り込ませ、情報を探らせるだけ…… そうだな、◎△$§>∞など適任だ」


{えっ、イヤですよ!}


 アシュタルテ公爵に名を呼ばれ、イリスはぷるぷると首を横に振った。


{リンタローさまへの恩返しが済まないうちは、どこにも行かないです!}


「失礼だが、大将はもう、ウチの村に住むことになってるんだ」 と、ウッウパパも口を挟んだ。


「錬金術師がいたら助かると、みんなが期待してる…… それを、ご領主様は取り上げるのか!?」


「そうだ。このまま問題を放置していては、おかしな薬のせいで、国じゅうの魔族同胞が暴れ出さぬとも、限らぬぞ? よもや、それでいい、と言うつもりではないだろうな?」


 ウッウパパが黙りこみ、かわりにオークがずびっと鼻をすすった。


「ダメです…… おれ、あの薬は、ダメだと思います……」


「ふむ。というわけで、リンタロー」


「なんだ?」


「頼んだぞ。旅に必要な資金や当面の物資は、こちらで用意させるゆえ。成功報酬には、望みのものを与えてやろう」


「はあ…… 俺、引き受けるとは、まだ」


「細かいことを言うな。そなたは引き受けるはずだ。さもなくば……」


「?」


{アシュタルテ公爵様! リンタロー様に、それ、ダメです……!}


 アシュタルテ公爵が立ち上がり俺の手をつかまえる。え、ちょっとまて。それやめて!

 ぐっと引き寄せられたと思ったら、低反発クッションに埋もれるような、柔らかな感触が…… いやいやいやいや、だからこれは魔族の公爵様で俺を刺したストーカー女とはまた別で…… だめだ。 動悸が止まらなくなってきた、悪い意味で。息が……


「引き受けねば、寝込みを襲うぞ?」


 耳もとでボソボソと囁かれ、俺は、陥落した。




{もうっ…… あんな色仕掛けに乗るなんて}


「いや、あれはどっちかといえば、脅迫だ」


{知ってますけど}


「大将はスゴいんだから、いちいち目くじら立てても仕方ないって、イリスさん」


{別に、リンタローさまがモテるからって、嫉妬なんてしてないです!}


「俺に勝手な属性を盛るのはやめてほしいな、ふたりとも……」


 翌日。俺は《神生の螺旋》で取り出したオートマ車にイリスとウッウパパをのせて、アシュタルテ城からシュリーモ村へ向かっていた。

 ウッウパパを家まで送り、かつ、イリスの祖父に挨拶に行くためだ。


 ―― あのあと結局、俺は心核薬ドゥケルノ (と呼ばれているらしいヤバい薬) についての調査を正式に請け負うことになった。

 イリスも恩返しのためについてきてくれるというが、人間の国まで行くとなると、長旅になる。

 その前に家族にきちんと断りを入れておく、というのが今回のシュリーモ村訪問の目的なのだ。

 が…… イリスの機嫌が、なんだかよろしくないんだよな。


「じゃ、またな! はやく村に戻ってきてくれよ、大将! 新居はまかせろ!」


 ウッウパパがピエデリポゾ村の入口で降りて行ってしまったあと、車内は、ことさらに静かになった。イリスと出会って以来、初めてくらいの沈黙…… 気まずい。


{あっ、あの……}


「ん?」


{公爵様みたいな、ばば、爆乳も…… がんばれば、全然、すぐに、できるんですよ?}


「…………!」


 いかん。ハンドルにつっぷしそうになった……


「イリス……」


{はい! 爆乳スタンバイですか?}


「いや、俺がアシュタルテ公爵の依頼を引き受けることにしたのは、別にそのせいじゃないから…… 俺の女性アレルギー、知ってるだろ?」


{わたしが好みじゃないので、先祖代々伝わる恩返しを断るための、リンタローさまの優しさかと……}


「いや、優しさで過呼吸には、ならないから」


{だって、アシュタルテ様にムニュムニュされて、すぐにOK……っ}


 あー。イリスからは、そう見えるか……


「放っておくわけにもいかないだろ? ウッウたちの村で暮らすにしたって、オークみたいなヤツらが、たびたび出るようになったら、落ち着けないよな?」


{………… はい}


「そうなるのも困るから、俺もアシュタルテ公爵の意見には賛成なんだ。たしかに、人間の俺は調査に適任だしな」


{でも……}


「心配しなくても、イリス以外のスライムから、いや、魔族から、恩返しをしてもらう気はないよ」


{リンタローさまっ! 嬉しいです!}


「いや、まあ…… 魔族の恩返しの重み、ここ数日で、よくわかったからな…… おっと」


 前方に、水たまりだ。周りには誰もいないが、舗装されていない道だし、スリップすると面倒だな。ここは、慎重に速度を落として通りすぎ…… ん?

 この炎天下に、こんな巨大な水たまり?

 …… いや、まさかな。


「イリス、いまの、みた?」


{あの大きさは、この辺では、おじいちゃんくらいです}


「………… いま、なんて?」


{というか、たぶん、おじいちゃんだと思うんです。シュリーモ村、近いですし。おじいちゃんも、夏はけっこう、溶けちゃうんですよ}


「…… もしかして、ひいたのか……?」


{あっ、たぶん、心配ないです! スライムは圧には強いので}


「そっか、よかった…… って、ならないだろ!」


 俺は車を止めた。

 《神生の螺旋》でスライム熱中症救済セット (つまりバケツと保冷剤と経口補水液) を取り出して、と。


「もしもし! 大丈夫ですか?」


 いそいで水たまりに駆け寄ったら、まずは、意識確認だ。

 声をかけ、肩を軽く叩いて…… 肩、どこだ?

 まあ、どこでもいっか。とりあえず、回収して冷やさなければ……


 ―― 15分後。

 車の後部座席から {はっ…… ここは、どこじゃ!?} という声が聞こえた。

 どうやら、冷えて意識が戻ったみたいだな、イリスのおじいちゃん。


{おじいちゃん、気づいたんですね!}


{おお、その声は…… ◎△$§>∞じゃな!}


 後部座席をのぞいてみると、そこには。

 イリスとよく似た銀髪に青紫の瞳、頭に小さな冠をつけた美女が、だらしなく寝転んでいた ――

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