目次
ブックマーク
応援する
11
コメント
シェア
通報
第10話 スライムさんとバトルした

 午後遅く、俺たちはアシュタルテ城についた。

 俺にとっては予定どおりだが、イリスもウッウパパもオークも、そうじゃなかったらしい。あと、城の門番のウェアウルフたちも。


「止まれ!」 「妙な真似をしたら即、捕えるぞ!」 


 めちゃくちゃ警戒されて、ワゴンに槍を突きつけられているなかで ――


{こんなに早く着くなんて…… リンタロー様がすごすぎて、おおお、恩返しできる気がっ……しません}


「いや、恩返しなら、もうじゅうぶん、してもらってるよ」


{ぴぇえええええ…… うぴゅぅぅぅぅ…… ふみゅううううえええううぅぅ……!}


 イリスは落ち込んで泣きまくってスライム化。

 一方で、ウッウパパは門番のウェアウルフたちに向かってこう演説をかました。


「このかたは偉大なる大錬金術師さまであるっ! そしてこちらが、このかたが錬成された機械の乗り物! その速さ、翼竜のごとしであるっ! おそれおののくがよい……!」


「それ、領主様にケンカ売ってるようにしか、見えないんだが」


「心配ない、大将。ご領主様に会っていただくには、ハッタリもいる {んもうっ! 黙ってください!}


 ぷぴょんっ 

 イリス 《スライムの姿》 が、ウッウパパの頭に覆いかぶさった。

 そのまま、門番たちに言う。


{アシュタルテ公爵様に、シュリーモ村の◎△$§>∞が参りましたとお伝えください。お土産は、生きた奴隷狩です}


「◎△$§>∞様だと!?」 「あの伝説の……!?」


 門番たちが顔を見合せる。


「「証拠を見せろ!!」」


{え…… ちょっとここでは、恥ずかしいです…… いまは、ただのスライムとして生きているので……} 


 イリスはどうやら、近所のひとたちウッウパパやオークに、武器変身するところをあまり見られたくないようだ。

 あまり特別視されると暮らしにくい気がするのは、よくわかる。


{控室を用意していただけると、助かりますです}


「その必要はない!」


 突然、凛とした声が背後から響いた。

 振り返ると、巨大な爬虫類と、がっつり目が合った。空を飛ぶ、最大級のモンスター ―― 翼竜だ。

 背にはスーパーモデルみたいな美女が乗っている。自信が擬人化したらこんな感じだろう。

 長く艶やかな黒髪と、ルビーのような鳩の血の色ピジョンブラッドの瞳、鮮やかな唇、なぜか猫耳。


{アシュタルテ公爵様!}


 イリスが叫び、ウェアウルフの門番たちは最敬礼を取り、ウッウパパとオークはひれ伏した。

 アシュタルテ公爵が、音もなく翼竜の背から降り立つ ―― 体重を感じさせないような軽やかさなのに、威圧感がすご…… っ!?


 ぷぴゅっ!

 イリスが、急に隣の座席から消えた。


「イリス?」


{リンタローさま……! こっちです!}


 いつのまにか、アシュタルテ公爵の手には鉛色の鞭が握られている。

 あれはたしか、水竜鞭ヒュドラ・ウィップ ―― 水竜ヒュドラのヒゲを編んで作られた、鞭のなかでも最高の強度としなやかさを誇る武器だ。前世のゲームでは、作るのも買うのも難しかった。

 鞭は、不満そうにぷるぷる震えている。


{アシュタルテ公爵様! 放してください!}


「いやだね」


 アシュタルテ公爵が、イリス 《水竜鞭の姿》 を振り上げる。


{リンタローさま、よけて!}


 公爵が腕を振り下ろした瞬間。

 水竜鞭ヒュドラ・ウィップから、白い光の縄が、目にも止まらぬ速さで飛んできた。

 ワゴンの窓に穴をあけ、頭を下げた俺の上すれすれを、空気を震わせて抜けていく ―― これ、光じゃないな。

 高圧水流…… いわゆる水圧カッターだ。あたってしまえば、即死かも。


{公爵様!? ひどいじゃないですか! リンタロー様は、わたしの恩人なんですよ!}


「ふっ…… 我もまた、そなたの恩人ではないか?」


{それは、まあ、あらゆる意味でそうですけど……}


「◎△$§>∞よ! 我はそなたに、いま恩返しを要求する!」


 アシュタルテ公爵は、まっすぐに俺を指した。


「我と共に、この奴隷狩と闘うのだ!」


{だからリンタローさまは違うんです!}


 イリスの抗議は、アシュタルテ公爵には聞こえていないらしかった。


「我が領土の住民たちを脅かす者ども…… これまでは人間との平和な関係を保つためぬるい対応しか取れなかったが…… ここで残党をすべて消せば! 仲間割れで相討ちになったのでこちらの預かり知らぬこと、と言い訳もできるというものよ!」


「それ、なんかセコいな?」


「やかましいっ! 覚悟……っ!」


{ぴえええええ…… いやぁぁあああ!}


 嫌がるイリス 《水竜鞭の姿》 から再び放たれる、弾丸よりも速い水 ―― ワゴン車が、俺の背後でぱっくりと切断された。


「うわわわっ!」 「どどどっ、どうして、イリスさんが!?」


 叫びながら、オークとウッウパパが後部座席から転がり出る。

 ふたりとも、イリスが武器変身できるって知らなかったみたいだな……


「そこは、配慮してあげてほしかったところ」


 俺のつぶやきは、ばっちりアシュタルテ公爵の耳に拾われていた。


「ふっ…… 奴隷狩りのくせに、常識をふりかざすとは…… 盗人ぬすっと猛々しいわ!」


{リンタローさま、伏せて!}


 鼓膜を破るような音が、頭上をいでいく。


「しかも純粋なスライムを騙して利用し、我が城にまで乗り込もうとするなど……」


{違うんですってば! リンタローさまは、奴隷狩じゃないんです!} 「そうだ、大将は違う!」 「アシュタルテ様、お願いだから止まってくれ!」


 ウッウパパどころか、オークまでが俺をかばおうとしてくれてるが…… こっちのほうは、やっぱり聞こえていないらしい。不便な耳だ。


「頭にめちゃくちゃ、血がのぼりやすいタイプ……」


「無礼者! いま、この場で裁いてくれるわ!」


 俺は、襲ってくる水の刃をかろうじて避けた。すでに残骸となったワゴンの陰に隠れる。

 この攻撃じゃ、車も、いつまでもつかな…… ん? そういえば、この車は、試乗しただけで出せたんだった。なら、あれも出せるかもな。


「《神生の螺旋》」


「……! なんだ!?」


 アシュタルテ公爵の攻撃が止まった。

 見たこともない技に目を奪われた、ってところか。《神生の螺旋》は、かなり派手みたいだからな。

 とすると猶予は、ほんの数秒 ―― 思いつきでも、試してみるしかない。

 俺は、物品の渦に意識を集中させ、んだ。


「帝室技芸員月山貞一作!」


 ―― 錬金術は究極、イメージどおりの物を手元に生み出す技といえる。ならば、《神生の螺旋》にも応用できるんじゃないか?

 この賭けには、どうやら勝てたらしい ―― 俺の手のなかには、一振の日本刀が現れていた。銘は 『帝室技芸員月山貞一作』 。

 明治の名工による、柔らかな反りと雪原のような波紋が美しい逸品だ。子どものころに親父にねだって参加させてもらった試し切りイベントで、緊張しながら触ったのを、ついさっき思い出した。


「ほう…… なかなか」


 アシュタルテ公爵の頬に冷笑が浮かび、すぐに消えた。


「楽しませてくれるではないか!」


{リンタローさま、よけてっ!} 「大将っっ!」 「ああぁぁぁあっ!」


 イリスたちの悲鳴をかき消すように、水の刃がうなりを上げてほとばしる。

 だが俺は、よけない。よける暇もない。

 ただ、刀をまっすぐに向け、覚悟を決める。


 くる ――!


 手に腕に衝撃が伝わり、肩がびりびり震える。全身がきしみ、痛み、水飛沫しぶきに濡れる…… 夏でよかった。涼しくて快適。


「なっ、んだと……! いなした!? 水竜鞭ヒュドラ・ウィップを……!?」


 驚いているな、アシュタルテ公爵。


 ぷぴゅんっ!

 一瞬ゆるんだ手からイリスが抜け出し、俺に飛びついてきた。


{リンタローさまぁぁぁ! ごめんなさいですぅぅぅぅう! アシュタルテ公爵様が魔力で無理やり、わたしをこんな子にしたんですぅぅぅ!}


「こら! 我が悪いことをしたような言い方をするな!」


{ぴええええええええん! そんなつもりはないですけどぉぉぉ! リンタローさま、ごめんなさぃぃぃぃ!} 


「いや、イリスのせいじゃないし。とりあえず、あっちも戦意喪失したみたいだから、いいよ…… 《神生の螺旋》」


 俺は前世のコンビニで売ってた 『ピュアで美味しい透明かちわり氷(5kg)』 を取り出し、アシュタルテ公爵に近づいた。

 身構える門番たちを、軽く制する公爵。冷静になれば、話の通じないひとではなさそうだ。


「なんだ、それは」


「みやげ代わりだ」


「その袋か? 珍しい材質ではあるな」


「いいや、なかみだよ」


「? ただの氷ではないか」


「俺たちは、奴隷狩を裁いてもらいに来たんで、話が進まないと困るんだよ。頭に血がのぼりそうなとき、使ってくれ」


 ぽん、と手渡す。もちろん、イヤミだ。


{リンタローさま!} 「大将、それは……」 「アシュタルテ様、おこるよ!」 


 イリスとウッウパパとオークからは総ツッコミか…… みんな、ちょっと青ざめてるな。


「公爵様は、そんな度量のせまいかたじゃないさ」


「…………っ!」


 アシュタルテ公爵、ひたいに青筋たてつつ、どうしようか考えているようだ。

 ここで怒ると 『度量が狭い』 を全肯定してしまうという、彼女にとってはムカつくシチュエーションだろう。


「…… よかろう。来るがいい。奴隷狩は兵に預けよ」


 俺たちは、やっと城に入ることができたのだった。




 ―― 日本刀は高圧水流より薄く、しなやかで頑丈なため、切っ先を向けると、水を左右にいなすことができる…… という種明かしを、求められるままに俺がアシュタルテ公爵にしたあと。

 裁きは、いよいよ本題に入った。

 奴隷狩2人組と、ピエデリポゾ村を襲撃したオークたちへの処罰についてだ。


 ―― これまで、アンティヴァ帝国魔族の国に入り込んでいた奴隷狩は、アシュタルテ公爵のア◯フォンから行動範囲を特定して捕らえ、魔族アレルギーの呪いを施し国外追放していたらしい。

 ピエデリポゾ村の近辺にいたのは最後に残った2人だったが、隠れるのがうまく、公爵のア◯フォンではなかなか居場所を突き止められなかったという ―― そのためにたまっていたイライラが俺を見たとたん爆発して、さっきの攻撃になったのだとか。わかるけど、迷惑だな。


「俺の 《知恵の実》 には普通にピンポイントで居場所、映ってたけどな? 公爵のは、違うのか?」


 ブーッ

 俺のポケットのなかで 《知恵の実》 つまりア◯フォンが、震えた。


[だからワタシ、究極のultimate天才intelligent頭脳brain、略してウィビー。世界に1つね、オーケー?]


「えっ……」


 そうだったのか。

 アシュタルテ公爵が 「少なくとも我の 《知恵の実》 はこれほど自己主張せぬな」 と笑った。


「あの2人組は小知恵のまわるやつらでな。おかげで、やっと裁きにかけられる…… その点に関しては、そなたらに礼を言う」


{リンタロー様が捕まえてくれたんです!}


「じゃなくて、イリスとウッウたちのおかげだろ…… ところで、魔族アレルギーって?」


「一定濃度以上の魔素に反応し蕁麻疹じんましんが出て、クシャミと目のかゆみが止まらなくなるんだよ。魔族は例外なく、高濃度の魔素を放出しているゆえにな」


「つまり、2度と魔族を奴隷にできない、と」


「失礼だが、あの2人に、それは甘い!」 と、ウッウパパが口をはさんだ。

 アシュタルテ公爵が静かに首を振る。


「魔族は寛大でなければ、ならぬ。あの2人組も、同様に国外追放となろう」


 怒ってるときと穏やかなときのギャップがすごいな、公爵。いや、普段は本音を隠して冷静に振る舞っているだけなのかもしれない。ストレスたまるのも仕方ない、か……

 だがウッウパパは、さらに言いつのろうとした。


「しかし……!」


「我々は2度と戦争を起こすわけには、いかぬ。虫けらどもの本性は、残虐で容赦がないゆえな」


「…………」


 ウッウパパが、ぬいぐるみみたいな拳をにぎりしめた。気持ちはわかる。なにしろ、子どもたちをさらわれかけたんだ。八つ裂きにしても足りないのが本音だろう。

 だが、それだけでは罪状が足りないわけだ…… ならば。


「では、オークに狂暴性の増す薬をのませて煽動せんどうし、ピエデリポゾ村を襲わせた罪については?」


「なんだと!?」


「証拠はオークの証言しか、ないが……」


 俺は、2人組が行商人と偽りレンタリポゾオークの村に入り込んで怪しげな薬を配っていたことを話した。

 アシュタルテ公爵がうなずき、オークに目を向ける。


「その薬、まだあるか?」


「いや、もう、みんなで全部、飲んじまったので…… その、申し訳ないことを、しでかしましたぁぁぁっ!」


 真実味のあるスライディング土下座だった。

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?