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第9話 裏には裏がありそうだった

 朝。

 目が覚めると、全身が重だるかった。手足を少しでも動かすと、ずーんとした痛みが襲う ―― ひどい筋肉痛 (予想どおり) だ。

 筋肉痛なら、なるべく休養し、風呂などで温めしっかりほぐしてバランス良い食事を心掛けたら、長くても2日程度で治るはずだが……

 俺、イリスに 『一緒に領主様の城アシュタルテ城まで奴隷狩をつきだしに行く』 って言ったんだよな、昨日。のんびりしてる暇はない。


「《神生の螺旋》」


 チート能力で注射器と鎮痛・抗炎症薬剤を取り出し、筋肉が固く張っている部分に注射していく。いわゆるトリガーポイント注射だ。

 ポーションで抗炎症剤ステロイドの効果を促進させれば、筋肉の損傷はすぐにおさまるだろう。

 ―― そうだ。今日、アシュタルテ領主の街まで行くのなら、ポーションは多めに用意しておきたい。道中なにがあるか、わからんしな。

 イリスに相談してみよう。いまはいないが…… 起きて散歩か?


{△≒¤∞さん! 卵、7個集めました!}


 急に、窓の外からイリスの声がした。ウッウママを手伝ってるのか……

 よし、なら、ポーションは俺ひとりで作ってみよう。


「《錬成陣》」


 俺はテーブルの中央に手を置き、錬金術師の基礎スキルを発動させた。MPを使って、ポーション用の錬成陣を描くのだ。使ったあとは錬成陣は消えるから、落書きにはならない。


「えーとまずは、中心にバフォメット解析と統合、周囲にバアルレプトロフォカレルアシュタルテ……」


 大魔族の紋章が次々と浮かび、錬成陣を形作っていく。

 ちなみに、錬金術や魔術に大魔族の紋章を使うのは、それらが物質をあるべき方向に導くための魔力を宿した記号でもあるからだ。

 魔族はもともと、神よりも先に現れた自然界の支配者で、かつ、大気と大地に溢れる魔素マナの源となる存在。ゆえに、大魔族の紋章は、単なるしるしではないんである。

 ―― 小学生のころの記憶、意外と残ってるもんだな。 


「さて。外縁は全なるルキア…… よし、ポーション錬成開始」


 完成した錬成陣が淡い光を放って、テーブルから浮かび上がる。

 うまくいけば、このまま錬成が進んでポーションができるはず…… んんん?

 10分ほど待ったはずだが…… 液状化する気配がまったくない……? 錬成陣はちゃんと働いてて、魔素マナと酸素は混ぜられてるのに?


{わあ、錬成陣ですね! リンタローさま、すごいです! これ、初めてなんでしょう?}


 いつのまにか戻ってきたイリスが、隣からのぞきこむ。


「いや、失敗みたいだ。いつまでも液状化しな…… あ」


 しまった。初歩的なミス、しちゃってるわ……


触媒チタン草、忘れてた! 先に採取がいるんだった……」


{だったら、わたしの酵素触媒はどうですか?}


「う、うーん…… うん、頼む」


{はい!}


 イリスは錬成陣の上で、手をしぼり始めた。シュールな光景だが…… まあ、ありだよな? だってスライムだし。


 ぽた、ぽた……


 透明なしずくが、日焼けしてない指先から錬成陣のなかに落ちる ―― とたんに、錬成陣がより強く、光り始めた。成功だ。

 錬成陣が消えたあとには、ポーションが3本、残されていた。

 透明度からすると、けっこうレベルの高いものができたはずだ…… 鑑定スキルがあれば、錬成物のレベルがすぐわかるのにな。


【スキルレベル、アップ! リンタローのスキルレベルが4になりました。MPが+1、技術が+2されました。特典能力 《神生の螺旋》 の使用回数が13になりました。MPが全回復しました! 鑑定スキルlv.1をゲットしました】


 おっ、なんていいタイミング。さっそく、使ってみるか。


「《鑑定》」


 ポーションのそばに、ホログラムのような文字が現れた。品名とレベルだけ…… まあ、いまはこれでじゅうぶんだ。


『ポーション lv.3』


「よし! イリスの触媒のおかげだな」


{それだけじゃないです! リンタローさまの才能ですよ}


 まあ、とりあえずはポーション飲もう。

 俺は苦味の残るイチゴ味の液体を、一気にあおった。

 数秒後 ――


「んん? すごいな!?」


 筋肉のこわばりと全身の重ダルさが、一気に抜け落ちていく。

 俺は腕を思い切り振ってみた。全然ダメージを感じない。ポーションによる抗炎症剤ステロイドの促進効果、こんなにあるとは。


「筋肉痛、すっきり治った……」


{よかったですね、リンタローさま!}


「うん。ありがとう、イリス。これで、アシュタルテに行けるよ」


{はい! 奴隷狩のひとたちを、領主様のお力で、ギャフンと言わせてやるのです! だけど、その前に……}


「そうそう、先に準備、だよな。ポーションも、多めに用意しときたいんだが、どうかな?」


{そうじゃなくて}


 イリスは俺の手をそっと引っ張って、笑った。


{朝ごはんですよ! わたしも、サラダ作ったんです!}



 ―― ほかほかの湯気がたつ卵焼きとトースト、新鮮なサラダ、果物と牛乳。


「尊い……」


 思わず手を合わせる俺に、うんうん、といっせいにうなずく、イリスとウッウファミリー。

 夜中が大変だっただけに、こうして、みんなでまた食卓を囲めるのが ―― ありがたみ、半端ない件。

 だが、朝食をとりながらの話題は、やはり、夜中の事件のことばかりになった。

 さいわい、死者は出なかったが、村の備蓄は半分くらい燃えてしまったらしい。


「これから当分は忙しいが、こんなときには、頑張るしかないってもんだな!」


 ウッウパパが自分を励ますように声を張り上げた。


「あの黒いモンスター、速かったね!」 「うん、いつか乗ってみたい!」 「ボクもー!」


 明るいとはいえない大人たちをよそに、ウッウ3きょうだいは、俺のSSバイクの話で盛り上がってる。


「ウッウたち、すっかり元気だな」


「ああ、おかげさんで、助かったよ」


 パパが目を細めた。


「そうね。しばらくはショックも残るかもだけど……」 と、ママ。


「しかたないわよね。いつも遊んでくれるオークのおじちゃんに、さらわれたんだもの」


「え? 仲、悪いんじゃないの?」


「とんでもない!」


{昨日が、おかしかったんですよ!}


 うんうん。

 パパとイリスの主張に、子どもたちまで、うなずいている。


「じつは、今朝がた、オークたちが目を覚まして、次々とスライディング土下座で村長にお詫びしたらしいのよ」


「ふーん……」


 土下座謝罪、この辺りの文化かな?


「で、オークの連中が言うにはだな。昨日は、村に滞在していた行商人がそろそろつっていうんで、夜中まで送別会をしていたんだそうだ……」


 ウッウパパが聞いた話によると、送別会はとても盛り上がり、みんな酒が入ってる状態だったらしい。

 そこで、行商人はオークたちに 『ピエデリポゾ村の連中が人間を雇って、俺らの商売の邪魔をしている』 と訴えたのだ。

 単純な性格であるうえに、酔いのせいか異様に興奮していた彼らは 『俺らの客にイジワルをするコボルト・ゴブリンのやつらと、怪しい人間に天誅!』 というノリになってしまったらしい……


「その行商人て」


「当然、あの奴隷狩2人組さ」


「なるほど、そういうことか……」


 つまり、村が襲われたのは、俺がやつらの邪魔をして逆恨みを買ったせい ―― うわ。落ち込む。


「生きていて、ごめん」


{リンタローさまは生きてないと、困るんですよ!}


「そうだよ、おじちゃん!」


「そうだぞ、大将」


「そうよ! 悪いのはその、詐欺師どもでしょ?」


「みんな……」


 イリスもウッウも、パパ・ママまで…… ダメだ、目から汗でそう……

 俺は目をパチパチさせながら、改めて決心した。

 奴隷狩は必ず、最速で、領主の前につき出してやろう。


 朝食後 ―― 

 イリスの錬金釜でポーションを10本ほど作っておき、それから村長に挨拶に行って、自警団のメンバーのほかに俺とイリスが奴隷狩の護送に付き添う許可をもらったところで。


「《神生の螺旋》!」


 俺はチート能力で、ワゴン車を出した。

 ―― ワゴンは、前世で 『いつか孫と海水浴に行くのが夢』 とか言ってくる親父につきあって試乗に行ったことがあったのだ。

 当時はしぶしぶだったが、今さらながら、親父には感謝したい。


「ひいいいいっ……」 「なんだ、これ!?」


 ワゴンの出現、コボルト・ゴブリンの自警団メンバーにはかなりの驚きだったらしい。

 さすがに召喚モンスターと説明するのは、無理がある。


「これ、錬金術で作った乗り物なんだよ。このドアから入って、ここで機械を操作して……」


「もしかして大錬金術師なのか、あんた!?」


「なんでそうなる」


 そして。

 ワゴンを錬金術の産物と納得してもらえたのはいいが、みんなが 『わからなさすぎて、こわい』 と乗るのを嫌がったため ――

 自警団からの護送メンバーは、ウッウパパひとりになってしまったのだった。

 ガタガタ震えながら 「大将を信じる!」 と言ってくれて、ありがとう、ウッウパパ。

 なお、もうひとりは、オークの代表。念のために手首は縛られているが、すっかりおとなしくなっている。 


 旅の荷物とガムテープでぐるぐる巻かれたままの奴隷狩を荷台に積み込み、ウッウパパとオークに乗り込んでもらう。

 俺は運転席、イリスはその隣。

 ―― よし。出発だ。


 まずは、ア○フォンをセットして……


「ヘイ、ウィビー。アシュタルテ城領主の城までの道案内、できるか?」


[できるけどー。それがどーしたのホワッツ?]


「あー。道案内、頼む」


[しょーがないから、ノーだけどイエース]


「ありがとう」


 制限速度は、40km/時にしておくか。ア○フォンの表示だと、到着まで5時間くらいかかりそう…… まあ、スピードより安全運転、だよな。


 だが、俺の認識は、メンバーとは大きく異なるらしかった。


{きゃぁっ! はやいです! きゃぁぁぁっ!}


「たたた大将!? だから、そう、死に急ぐな! な!?」


「…………っ」 「うがぐっ……!」


「…… おれ。おれ。ごめんなさぁぁあい!」


 ウッウパパは俺を説得しようとし、奴隷狩2人とオークは泣き出した。

 オーク、巨体を土下座の形に折り曲げ 「許して……!」 と叫んでいる。


「わざとじゃないんだよう、許してよお……!」


「そうだな、酒乱の気があるなら、乾杯はジュースで良かったとは思うな、俺は」


「ち、違うんだ! いつもは酔ったりしないんだ!」


「アルコール依存者はけっこう、そう言う」


「違うんだ! そそそ、そこの行商人が 『力が出る薬』 っていうのをくれて、せっかくだから、みんなで試してみよう、っていうことになって、そしたら……!」


「『力が出る薬』? なんだ、それは?」


 詳しく事情を聞こうと、俺は速度を30km/時に落とした。

 オーク襲来の、真の原因 ―― わかったかもしれない。

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