目次
ブックマーク
応援する
6
コメント
シェア
通報
第8話 逃げるはそう恥でもなかった

 磨かれた青い剣身に、頭を割られる……!

 そんなイメージをしていた俺だが、その瞬間はいつまでも、やってこなかった。

 俺の身体は、自然に攻撃を避けていたのだ。


「ちっ」


 着地したヤツは、片足を軸に旋回。遠心力を剣にのせ、俺の胴をごうとしてくる。

 華麗で無駄のない、見事な動き…… だが、俺はまたしても、大きく後ろに跳んで剣をかわす。


 そうか…… どんなに凄まじい攻撃でも、間合いに入らなければ、当たらない。

 いまイリス 《エクスカリバーの姿》 は回避に特化してくれているのだ。

 俺が 『戦意喪失の呼吸』 をとることによって……!


 間合いを詰め、目にも留まらぬ速さで突いてくる。袈裟けさがけに斬り上げ、上段から斬り落とす。旋回し、横薙よこなぎに斬りつける。

 敵ながら素晴らしい、ヤツの剣さばき ―― そのことごとくを、俺とイリスは最小限の動作で避け続ける……!


「やろう、ちょこまか逃げるんじゃねえ!」


{あなたの振りが大きすぎるんですよ。見た目は派手で、演武ならウケるでしょうけど……}


 フッ…… イリスの、ナメきった笑い。初めてきいた。


{実戦むきとは、いえないですよね?}


「んだと……っ!」


 あ、いまだ。なんとなく、わかる。

 俺とイリスは、一瞬、振り遅れたヤツの胸元に飛び込んだ。

 敵の胸元もまた、長剣エクスカリバーの間合いの外 ―― イリスはいつのまにか、短剣ダガーに姿を変えている。鞘つきであるあたり、俺の気持ちをわかってくれている感。


{そして。焦りと無駄なおしゃべりは、スキを生むものですよ}


 俺は短剣ダガーヤツの利き手に打ちつける。骨の砕ける音…… 痛そうだ。


「ぇぉぐぉぁぁああああ……っ!」


 ヤツの手から、エクスカリバーが音を立てて落ちた。


{魔王様との最終決戦のときから、進歩のない……  聖剣エクスカリバーに選ばれた程度で鍛練を怠るから負けるのだと、魔王様からも忠告いただいたのを、お忘れのようですね}


 フンッ…… 

 イリスったら、また鼻先で見下げ果てた笑いを…… 剣の姿で鼻、どこにあるか知らんけど。

 というか、なんでそんなに事情に詳しいんだ!?


{しかも魔王様に見逃していただいた恩も忘れて、奴隷狩りになるなんて…… おかげで、剣技がますます荒れちゃってるじゃないですか}


 イリスは一瞬 《エクスカリバーの姿》 に戻り、俺の手をぐっと動かした。青く光る切尖きっさきで、地面に横たわるヤツの聖剣をツンツンとつつく。


{こんな、つまらない坊やと未だつるんでるなんて、堕ちたものですね。ねえ、聖剣エクスカリバー? あなた、実は甘やかして子どもをダメにするタイプなのですね}


 ぱきんっ……

 地面の上のエクスカリバーが、折れた。


「ああっ! エクスカリバー!」


「とりあえず、気絶しててくれ」


 俺は再び姿を変えたイリス 《意外と毒舌になれる短剣》 を、鞘ごとヤツの頭にお見舞いしたのだった。


【冒険者レベル、アップ! リンタローのレベルが6になりました。HPが+2、力が+1、防御が+1、素早さが+1されました。体力が全回復しました!】


 体力H Pの全回復、助かる。


「《神生の螺旋》」 


 さっそくHPを削ってガムテープを出し、ヤツの手足をぐるぐる巻きにしておく。

 あとは、さっきバイクではねてしまったオークたち…… みんなまだ気絶しているが、息はあるな。


「うそ…… 全員、かすり傷だけなんだが?」


{オークは頑丈なんですよ}


 少女の姿になったイリスに手伝ってもらって、オークたちの手足もガムテープで拘束。

 さて、次は、大男のほうだ。子どもたち、うまく逃げてくれているといいんだが……

 ア◯フォンで確認すると、赤い点がひとつ、少し行った場所で、止まったままになっている。

 どういうことだ?


「えっ、倒したの!?」


「おじさんが乗ってた、黒いモンスターだよ! あの子が倒してくれたんだ!」


「どうやって……」


 大男は、少し離れた道端で気を失って縛られていた。ウッウ3きょうだいとゴブリンの子は協力して手首の縄をほどき、それで大男を縛ったのだという。

 彼らによると、ことの経緯は ――

 いつまで経っても誰も追ってこないので、こっそり戻ってきてみたら、俺のバイクが大男を倒して消えていくところだった、ということらしい。

 ―― 俺がオークとぶつかって飛んだあと、残されたバイクはひとり爆走。たまたま向こうから来ていた大男をはねた、ってところかな。


「そうか、みんな、よくやったな」


「うん! ボクら、がんばったよ!」


「うん、勇敢だったんだな。偉いぞ」


 そこは戻らず、両親のもとに一目散に逃げ帰ってほしかったんだがな…… ま、本音はおいといて。

 俺はウッウたちの頭をヨシヨシとなでた。


「ところで、もしコイツが倒れてなければ、ウッウたちは、どうするつもりだったんだ?」


「せーの、で噛みつく!」


「そうか…… だが、かなわないと思ったら、全力で逃げろよ?」


「わかってるよ!」


 《神生の螺旋》で出した台車に奴隷狩り2人組を積み、俺たちは居住区のほうに戻りはじめた。

 ゴブリン小鬼族の居住区の入口に差しかかったとき。


「Э¢∴! Э¢∴……! 無事でよかった!」


 ヤマイモ奥さんが、すごい勢いで走ってきて、ゴブリンの子を抱きしめた。


「母ちゃん……!」


 ゴブリンの子が、わっと泣き出す。

 心細かったのに友だちの手前、一生懸命、がまんしてたんだな……

 それはウッウ3きょうだいも、同じだったらしい。

 さらに進んでコボルト二足歩行犬族の居住区に入り、両親に再会したとたん。

 ウッウの弟と妹は、両親にくっついて、いつまで経っても、泣きやまなくなってしまったのだ。


「良かった……!」 「本当に良かった!」


 両親も目に涙を浮かべて繰り返し、ウッウの弟・妹を抱きしめている。

 そんな両親と弟妹から少し離れた位置に立つ、ウッウ。


「ウッウは? ご両親にくっつかなくて、いいのか?」


「ボク、お兄ちゃんだし、もうほとんど大人だからね! それより、おじちゃん…… 「こら§¤・§≒! 抱っこさせろ!」


 ウッウパパが、無理やりウッウをさらっていった。


「いやだー! ボクもう、そんなトシじゃないー!」


「なにをいう! 父ちゃんと母ちゃんには、§¤・§≒を抱っこする権利がある!」


「たすけてー! おじちゃーん!」


 まあ、ウッウの気持ちもわかるが…… ここは、パパとママの権利を擁護しよう。


{ウッウさん、嬉しそうですね}


「同意しかないな」


 手をつないで家に帰るウッウファミリーの後ろを、俺とイリスはゆっくりと、ついて歩いたのだった。




{じつは、わたし、シュリーモ村に伝わる先祖代々の知恵の結晶なんです}


 ウッウたちを寝かせたあと改めて外出し、奴隷狩りの二人組を村長に預け、ついでにオークたちが西門の近くで気絶している旨も伝えて、ゴブリン族とコボルト族からひたすら感謝されたのち。

 やっと家に戻って休憩…… になったのはいいが、疲れているはずなのに眠れない。


「ひどい騒ぎだったから、目がさえちゃったのね、きっと…… ちょっと、葡萄酒ワインでも飲んでみたら?」


 ウッウママの差し入れで、イリスとふたり、ゆるゆると飲みを開始。

 地元産の葡萄酒ワインと薄く削ったチーズが、よく合ってて美味い ――


 そんな状況で、話はいつのまにか、イリスが武器や錬金釜になれることにまで及んでいた。

 無理に話さなくてもいい、とは言ったのだが、イリスは秘密を、俺に隠すつもりはないようだ。


 ―― ことの発端は、20年近く前。

 人間と魔族の大戦争時代からだ。

 豊かな魔族の土地に目をつけた人間による侵略から始まった戦争は、どちらかといえば魔族が劣勢…… 個々の能力は魔族のほうが格段に上であるものの、戦術や戦略、殺傷力の高い武器の開発といった面では、戦争慣れした人間たちに常に押され気味だったという。


 そもそも、この大陸には魔族しかいなかったところを、各方面から侵入した人間たちに押し負けて北へ追われていき、今の領土となったらしい。

 これ以上棲み処すみかを追われては、生きていけない ―― やっと魔王が人間との全面戦争を決意したとき、まっさきに魔族への貢献を熱望したのが、スライムの一族だった。

 義理堅い彼らは 『魔王様が国じゅうにもたらしてくださっている豊穣の魔法の恩恵に、今こそ報いるとき!』 と張り切ったのだ。

 が悲しいかな、スライムたちは弱かった。

 そのため 『おまえら弱すぎ足手まといゴメン』 と従軍を断られてしまう。そこでスライムたちは、別の方面からのアプローチを考えた。

 それが、スライムの特性を最大限に活かした、武器変身スライムの開発 ――


{シュリーモ村の先祖代々に伝わる書をもとに研究に研究を重ねた結果、誕生したのが、わたしなんです。すごいでしょ}


「うん、すごいな。特別すぎて、びっくりした」


{えへへ}


 いや、前世で平和教育と人権教育受けてた身としては、ものすごい悲劇の出生な気しか、しないけどね!?

 だが、ほんわりドヤるイリスを見ていると、まあいっか、とも思えてくる。


「で、錬金釜にもなれるのは、なんで?」


{それはですね、考え方が逆で……}


 イリスの説明によると、まずイリスは 『錬金釜になれるスライム』 として誕生したらしい。

 誕生してまもなく、村の期待を一身に背負って錬金釜に変身。人間の国で一番の武具錬金術師のもとに潜入し、あらゆる武器の錬成やメンテナンスに使われた。


{スライムは、いったん体内に入れたものは、形だけでなく材質や能力までコピーできるんです}


「あっ、なるほど…… もともと錬金釜になれたから、武器をコピーして変身できるようになった、ってことだな」


{はい! そのとおりです!}


 ―― で、錬金釜として一通りの武器を覚えたイリスは、献上されて魔王の剣として闘っていたのだそうだ。

 奴隷狩りのヤツが持っていたエクスカリバーとは、そのときに一度、対戦した仲であるらしい。


「ということは…… あの細いヤツは、勇者だったのか?」


{はい。彼はエクスカリバーに選ばれた、聖剣の勇者です…… 奴隷狩りになっていたのは、ショックでした}


「俺もびっくりしてるよ、いま」


{せっかく魔王様が温情をかけ、攻撃魔法を使わず武器わたしだけで闘って、殺さないようにしてあげたのに…… 恩をあだで返していたなんて}


「たぶん、その恩、伝わってないんじゃないんかな」


{許せないです!}


 イリスのこぶしが、ぷにゅんとテーブルを叩いた。ちょっと酔ってるみたいだ。


{あのふたり、さっそく明日、アシュタルテ城に届けてやるんですから!}


「アシュタルテ城?」


{この辺り一帯の領主、アシュタルテ公爵様の城ですよ。奴隷狩りは捕まえたら、領主様が直々に裁くことになってるんです。わたしが一緒に行けば、たぶん早めに処理してもらえるので}


「イリスは、領主様とも面識あるってこと?」


{はい。わたし、領主様をとおして魔王様に献上されたんです}


「へえ…… だったら、俺も一緒に行くよ」


{えっ、リンタローさまも?}


「うん」


{えっと、でも恩返しとしては、どうでしょうか…… リンタローさまは明日、お忙しいと思うんです。新しい家も決めないとですし}


「家はあとで決めればいいし、俺も行ったほうが、役に立つだろ」


{そうですか? じゃあ、あの…… お言葉に、甘えても…… いいんですか?}


「もちろんだ。一緒に闘った仲なんだから」


{一緒に…… そう、そうですよね…… えへへへ……}


 イリスが俺に、寄っかかってくる。酔ってるな、確実に。

 しばらくして、静かな寝息が聞こえてきた…… 俺も、そろそろ寝るか。


 とりあえず、イリスをベッドに運ぶ。人間の形をしているものを床に放置もできないからな…… スライムの身で布団を快適といえるのかは、よくわからんところだが。

 さて、俺は、床にでも寝るか…… ん? イリスさん?

 服の端っこ、離してくれませんかね?


{ご主人様…… 脱がせてあげ…… 恩返し…… 村の…… 伝わる…… 秘技で…… ああんっ}


 ―― なんの夢を見てるのかは、考えないことにしておこう。

 しばらくもだえたあとスライム化したイリス 《就寝中》 を、服と一緒に鍋に入れたあと。

 俺も、やっと眠りについたのだった。


コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?