「オレたち大人がオークを縛ったり、消火したりしてる間に…… 奴隷狩ども、子どもたちを……! 近寄ると子どもたちを殺すと、脅してきやがったんだ、やつら!」
「……っ! 卑劣なやつらだな」
{ひどいです……!}
ウッウパパの悲痛な訴えに、俺は舌打ちをし、イリス 【スライムの姿】 はぷるるっと震えた。
―― 奴隷狩は、俺たちがオークの襲撃に気を取られている隙に、村に入りこみ、ウッウたち子どもをさらったんだろう。
そして、子どもたちを人質に村から脱出しようとしている ―― だが時間的に、まだ村の外までは行ってないはずだ。
いま、どこにいるかさえ、わかれば…… あ。
もしかしたら、さっきゲットしたア◯フォンが使えるかもな。
俺はアイテムボックスからア◯フォンを取り出した。
「ヘイ、シリ、じゃなくてウィビー。この村にいる俺以外の人間の位置、わかるか?」
〔わかるけど、なに? あと呼び間違え、ちょっとハートブレイキング〕
「あーすまん。じゃ、その位置、教えてくれる?」
〔謝り方、かるっ! まーしょーがないから、しぶしぶ、イエース〕
異世界のア◯フォンは、ちょっと面倒くさいけど頼れるヤツだった。
表示された村の地図では、赤い点がふたつ、重なるようにして動いている ――
「ウッウパパさん、たぶんだが、奴隷狩は西門のほうに向かって動いてるぞ」
「西門か!? そっちは
「じゃ、俺が先に追いかけよう。パパさんは、応援を呼んで、念のために東門の守りも手配してから、来てくれればいい」
東門は、俺たちがきた洞窟への道につながる門だ。コボルト族の居住地側。オークもこっちから入ってきている。
「だが、大将。追いつけるのか?」
「問題ない…… 《神生の螺旋》!」
《神生の螺旋》は今日はもう打ち止めにしようと思っていたが…… まだHPはギリギリ残っているはずだ。くっ…… 足がふらつく。腕も、重いな。
【HPの残りが3になりました。気をつけてください】
わかってるよ、AI。
俺は渦のなかから、渾身の力で黒いハンドルをつかみ、引っ張り出す。
流れるようなボディーラインに跳ねあがったテールが特徴的な車体。とがってカッコいいデザインだが、正面向くと愛嬌のある顔立ち ―― レースで企業チームを何度も優勝に導いた、
「たたた大将! あんた実は、上級魔族なのか!?」
「なぜそうなる」
{そうですよ! リンタローさまは、どうみても、ただのすごい人間です!}
それってどっちなんだ。
「だだだって…… いきなり白い渦巻きが、わーって! で、その黒いの! 召喚モンスターだろ!?」
「うーん、召喚したといえばそうかな? だけど俺は、ただの人間だってば」
「うそだー!」
詳しい説明は、またいつかしよう。
俺はバイクにまたがり、エンジンをかける。久々に聞く、スカッとする音。
「じゃ、行ってくるよ。イリス、俺の頭にしっかり、つかまっといて」
{はい、リンタローさま!}
俺はゆっくりと、走り出した。
「大将、無事でな!」
背後でウッウパパが叫んでるのに、手を上げて応える。
―― ウッウたち、はやく助けてあげなきゃな。
もどかしいが、加速はできない。
「本当は、もっと速いんだけどな」
{えっ…… いまより、速いんですか!?}
「本気出せば、いまの10倍くらい」
{そんなに!? 想像もできないです!}
「まあ、安全運転が第一だから」
いまの時速は30km/時…… バイクに申し訳ないくらい遅いが、しかたない。
村の西側、
ゴブリンたちの姿は見えない。物陰から、視線は感じるのにな。奴隷狩りやオークを警戒して、隠れてるのか……
と、前に小柄な影が立ち塞がった。これだから、安全運転必須なんだよな。
ぎりぎりで、バイクが止まる …… 見たことあるゴブリンだ。
緑色の肌に、ひとまとめにした長い髪、ちょこんと生えた一本角。ライトに照らされ、黄金色の瞳が猫みたいに光っている。
「ヤマイモのチーズ焼きの奥さん!」
{Э¢Э∴さんですよ}
ごめん、それは聞き取れない。だが、俺の歓迎会に、激
「どうしたんだ?」
「あんたたち! 奴隷狩りを追ってるんだろ!? はやく! はやくしとくれ! ウチの子が、どこにもいないんだ……! もしかしたら、その辺に隠れてるかもだけど、もしかしたら……!」
{そんな! たいへん!}
「よし、急ごう。大丈夫だ、ヤマイモ奥さん。もし奴隷狩りでも、やつらはこれから、止めに行くから。そのうち、コボルトの応援もくるはずだ」
「そう、そうなんだね…… じゃ、頼んだよ! これ、飲んでいって!」
自家製ポーションか。有難い。
差し出されたジョッキを一気に飲み干すと、ヤマイモの味がした。HP、少し回復したかな。
「行ってくる」
{Э¢Э∴さん! リンタローさまがきっと、助けてくれますから!}
ここから先は、民家が少ない。少しだけ、速度を上げよう。
―― やがて、村の西門が見えてきた。土塀に、どっしりとした木の扉。
扉の前にいるのは……
手を縛られ、首輪をはめられたウッウたち3きょうだいと、ゴブリンの子ども。
子どもたちの手首の縄を持っているのは、数人のオークだ。ん? 奴隷狩は、どこに行ったんだ……?
まあ、いいか。
とにかく、まずは子どもたちを助けよう。
―― 子どもたちは、バイクの音とライトに驚いているようだ。
オークは、驚くというより…… あからさまに敵認定してるな、これは。
シャベルやクワをかまえ、いっせいに、こっちに向かってくる。
それまで捕まえていた子どもたちは放置だ…… って、手首の縄、離しちゃっていいの!? 子どもたち、貴重な人質 兼 商品だったんじゃ!? 脳みそ大丈夫!?
よく見たら、目つきがなんかイッてる感じがするよ!? もしかして、酔ってる?
今回の集団凶行、村での酒盛りが原因とか言いませんよね、まさか!?
予想外すぎてツッコミが止まらん…… だが、好都合だ。
ウッウ、逃げろ!
俺が目配せすると、ウッウがうなずいた。ウッウは続けて、子どもたちになにか言っている…… 子どもたちは一斉にうなずくと、手を縛られたまま、よちよちと走り出した。こけるなよ。
オークたちはまだ、気づいていない…… よし、もっと注意をひきつけて慌てさせ、子どもたちどころじゃなくしてやろう。
「イリス。この
{?}
俺は軽くアクセルを踏んだ。
4秒で時速110km/時に到達。周囲の景色が風になって流れていき、イリスが俺の頭のうえで声にならない叫びをあげる。
だが、オークたちは、変わらずこっちに向かってくる……!?
いや、さすがに逃げると思ってたから、加速したんだけど!?
だって、100km/時超で走ってくる大型バイクだよ!?
こわいでしょ!? こわくないの!?
なんで、こっち来んの!? どんだけ酔ってんの!?
ちょっとやめてよ! 俺の前世はいろいろ理不尽だったが、ゴールド免許だけは維持できてたんだよ!
{りりり、リンタローさまだけは、わたしが、おまもりするんです……っ!}
減速はもちろん、間にあわなかった。
俺たちは、真っ正面からぶつかった。
オークたちが飛んでいった。
俺も、飛んでいった …… 全身骨折かな、これ。
だが。
ぷにょん
ゼリーっぽいなにかが、俺の身体を柔らかく受け止める。
「イリス……?」
{よよよ、良かったです……! リンタローさま、生きてるです……!}
「うん…… おかげさまで。ありがとうな、イリス」
{そんなのっ……! リンタローさまがご無事で、ほんとうに良かったです!}
俺の目の前に、4本の脚が近づいてきて、止まる。
でかいのと細いの、めちゃ見覚えのある2人組の奴隷狩り ―― ここの騒ぎも、こいつらの仕業だったのか。
「変なモンスターが追いかけてきたと思ったら、なんだ、ただの人間だったか…… わざわざ隠れて、損したぜ」
「こいつ、覚えてるぞ! スライム泥棒だぞ!」
「ギル、おめえはガキどもを捕まえに行け…… おい、あんた」
ギルと呼ばれた大男は、うなずいて村の道を戻っていく。
ウッウたち、大丈夫かな…… いや、すばしこい子どもだし、村のなかのことなら、こいつらよりもよく知っているはずだ。
でかいだけのボンクラなど、余裕で
「あんた、オレたちにスライムを返しにきた…… ってわけじゃ、なさそうだな」
細いヤツが腕を伸ばし、虚空から剣を引き抜く…… 次の瞬間には、青く光る
思わず目を
ジ・エンド迎えても、なんの感慨もわかない…… ん? ジ・エンドが全然、こない!?
目を開けたとたんに飛びこんでくる、まばゆいほどの青い輝き。いつのまにか俺の手のなかにいたエクスカリバー、もとい、イリス 《エクスカリバーの姿》 だ。
ドライビング中に程よく冷えて、武器に変身できるようになったのかな。
イリス 《エクスカリバーの姿》 は、ヤツの剣をいったん払い、勢いで戻ってきた斬撃を、横に突き出た幅広の
「さすが、イリスだ」
小声でほめると、剣身がチカチカとまたたいた。 {それほどでも} って感じかな。
「なにをごちゃごちゃ言ってやがる…… 余裕こきやがって!」
ギリギリと
「エクスカリバー……!?」
「ふっ…… しかも本物だぜ? あんたとは、ワケが違うんだよっ」
渾身の力をもって払われた。危なっ……
本能的に後ろに引いた俺の手に、イリス 《エクスカリバーの姿》 が舞い戻ってくる。
「
ヤツは剣をかまえなおし、宣告した。
「あんたを倒し、そのスライム、高値で売り払ってやるぜ」
かまえから伝わる、やつの本気。正直なとこ、負ける予感しかしないな、これは。
―― エクスカリバーの補正効果が同じなら、剣術を習ったこともなければ戦闘経験も少ない俺のほうが、圧倒的に不利なはずだ。
しかし、イリスを危険な目に遭わせるわけにはいかない…… うん、逃げるか。
まずは《神生の螺旋》でもう一度バイクを出して、
{腕を下げてください}
ん? なんだ、イリス。
{大丈夫です。わたしを信じて、腕から力を抜いてください}
こうか?
俺は剣をもった腕をだらりとさげた。
とか言ってる間にも。
やつは俺めがけて、剣を振りかぶりつつ、大きく跳躍してくる……!
うん。 『どうにでもなれ!』 が通用するわけないとは、思ってた。