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第7話 聖剣は1本じゃなかった

「オレたち大人がオークを縛ったり、消火したりしてる間に…… 奴隷狩ども、子どもたちを……! 近寄ると子どもたちを殺すと、脅してきやがったんだ、やつら!」


「……っ! 卑劣なやつらだな」


{ひどいです……!}


 ウッウパパの悲痛な訴えに、俺は舌打ちをし、イリス 【スライムの姿】 はぷるるっと震えた。

 ―― 奴隷狩は、俺たちがオークの襲撃に気を取られている隙に、村に入りこみ、ウッウたち子どもをさらったんだろう。

 そして、子どもたちを人質に村から脱出しようとしている ―― だが時間的に、まだ村の外までは行ってないはずだ。

 いま、どこにいるかさえ、わかれば…… あ。

 もしかしたら、さっきゲットしたア◯フォンが使えるかもな。

 俺はアイテムボックスからア◯フォンを取り出した。


「ヘイ、シリ、じゃなくてウィビー。この村にいる俺以外の人間の位置、わかるか?」


〔わかるけど、なに? あと呼び間違え、ちょっとハートブレイキング〕


「あーすまん。じゃ、その位置、教えてくれる?」


〔謝り方、かるっ! まーしょーがないから、しぶしぶ、イエース〕


 異世界のア◯フォンは、ちょっと面倒くさいけど頼れるヤツだった。

 表示された村の地図では、赤い点がふたつ、重なるようにして動いている ――


「ウッウパパさん、たぶんだが、奴隷狩は西門のほうに向かって動いてるぞ」


「西門か!? そっちはゴブリン小鬼族の居住区だ。ここからだと、遠いぞ!」


「じゃ、俺が先に追いかけよう。パパさんは、応援を呼んで、念のために東門の守りも手配してから、来てくれればいい」


 東門は、俺たちがきた洞窟への道につながる門だ。コボルト族の居住地側。オークもこっちから入ってきている。


「だが、大将。追いつけるのか?」


「問題ない…… 《神生の螺旋》!」


 《神生の螺旋》は今日はもう打ち止めにしようと思っていたが…… まだHPはギリギリ残っているはずだ。くっ…… 足がふらつく。腕も、重いな。


【HPの残りが3になりました。気をつけてください】


 わかってるよ、AI。

 俺は渦のなかから、渾身の力で黒いハンドルをつかみ、引っ張り出す。

 流れるようなボディーラインに跳ねあがったテールが特徴的な車体。とがってカッコいいデザインだが、正面向くと愛嬌のある顔立ち ―― レースで企業チームを何度も優勝に導いた、SSスーパースポーツバイクだ。前世ではローンで買ったものの忙しくて、通勤にしか使えなかった…… もったいなかったな。


「たたた大将! あんた実は、上級魔族なのか!?」


「なぜそうなる」


{そうですよ! リンタローさまは、どうみても、ただのすごい人間です!}


 それってどっちなんだ。


「だだだって…… いきなり白い渦巻きが、わーって! で、その黒いの! 召喚モンスターだろ!?」


「うーん、召喚したといえばそうかな? だけど俺は、ただの人間だってば」


「うそだー!」


 詳しい説明は、またいつかしよう。

 俺はバイクにまたがり、エンジンをかける。久々に聞く、スカッとする音。


「じゃ、行ってくるよ。イリス、俺の頭にしっかり、つかまっといて」


{はい、リンタローさま!}


 俺はゆっくりと、走り出した。


「大将、無事でな!」


 背後でウッウパパが叫んでるのに、手を上げて応える。

 ―― ウッウたち、はやく助けてあげなきゃな。


 もどかしいが、加速はできない。

 SSスーパースポーツタイプの加速、半端ないからな。村のなかでは危険だ。


「本当は、もっと速いんだけどな」


{えっ…… いまより、速いんですか!?}


「本気出せば、いまの10倍くらい」


{そんなに!? 想像もできないです!}


「まあ、安全運転が第一だから」


 いまの時速は30km/時…… バイクに申し訳ないくらい遅いが、しかたない。

 村の西側、ゴブリン小鬼族の居住区に入った。

 ゴブリンたちの姿は見えない。物陰から、視線は感じるのにな。奴隷狩りやオークを警戒して、隠れてるのか……

 と、前に小柄な影が立ち塞がった。これだから、安全運転必須なんだよな。

 ぎりぎりで、バイクが止まる …… 見たことあるゴブリンだ。

 緑色の肌に、ひとまとめにした長い髪、ちょこんと生えた一本角。ライトに照らされ、黄金色の瞳が猫みたいに光っている。


「ヤマイモのチーズ焼きの奥さん!」


{Э¢Э∴さんですよ}


 ごめん、それは聞き取れない。だが、俺の歓迎会に、激美味ウマのヤマイモ料理を持ってきてくれたゴブリン奥さんだ。


「どうしたんだ?」


「あんたたち! 奴隷狩りを追ってるんだろ!? はやく! はやくしとくれ! ウチの子が、どこにもいないんだ……! もしかしたら、その辺に隠れてるかもだけど、もしかしたら……!」


{そんな! たいへん!}


「よし、急ごう。大丈夫だ、ヤマイモ奥さん。もし奴隷狩りでも、やつらはこれから、止めに行くから。そのうち、コボルトの応援もくるはずだ」


「そう、そうなんだね…… じゃ、頼んだよ! これ、飲んでいって!」


 自家製ポーションか。有難い。

 差し出されたジョッキを一気に飲み干すと、ヤマイモの味がした。HP、少し回復したかな。


「行ってくる」


{Э¢Э∴さん! リンタローさまがきっと、助けてくれますから!}


 ここから先は、民家が少ない。少しだけ、速度を上げよう。

 ―― やがて、村の西門が見えてきた。土塀に、どっしりとした木の扉。

 扉の前にいるのは……

 手を縛られ、首輪をはめられたウッウたち3きょうだいと、ゴブリンの子ども。

 子どもたちの手首の縄を持っているのは、数人のオークだ。ん? 奴隷狩は、どこに行ったんだ……?

 まあ、いいか。

 とにかく、まずは子どもたちを助けよう。


 ―― 子どもたちは、バイクの音とライトに驚いているようだ。

 オークは、驚くというより…… あからさまに敵認定してるな、これは。

 シャベルやクワをかまえ、いっせいに、こっちに向かってくる。

 それまで捕まえていた子どもたちは放置だ…… って、手首の縄、離しちゃっていいの!? 子どもたち、貴重な人質 兼 商品だったんじゃ!? 脳みそ大丈夫!?

 よく見たら、目つきがなんかイッてる感じがするよ!? もしかして、酔ってる?

 今回の集団凶行、村での酒盛りが原因とか言いませんよね、まさか!?

 予想外すぎてツッコミが止まらん…… だが、好都合だ。


 ウッウ、逃げろ!


 俺が目配せすると、ウッウがうなずいた。ウッウは続けて、子どもたちになにか言っている…… 子どもたちは一斉にうなずくと、手を縛られたまま、よちよちと走り出した。こけるなよ。

 オークたちはまだ、気づいていない…… よし、もっと注意をひきつけて慌てさせ、子どもたちどころじゃなくしてやろう。


「イリス。このバイクの実力を少しだけ、見せるよ」


{?}


 俺は軽くアクセルを踏んだ。

 4秒で時速110km/時に到達。周囲の景色が風になって流れていき、イリスが俺の頭のうえで声にならない叫びをあげる。

 だが、オークたちは、変わらずこっちに向かってくる……!?

 いや、さすがに逃げると思ってたから、加速したんだけど!?

 だって、100km/時超で走ってくる大型バイクだよ!?

 こわいでしょ!? こわくないの!?

 なんで、こっち来んの!? どんだけ酔ってんの!?

 ちょっとやめてよ! 俺の前世はいろいろ理不尽だったが、ゴールド免許だけは維持できてたんだよ!


{りりり、リンタローさまだけは、わたしが、おまもりするんです……っ!}


 減速はもちろん、間にあわなかった。

 俺たちは、真っ正面からぶつかった。

 オークたちが飛んでいった。

 俺も、飛んでいった …… 全身骨折かな、これ。

 だが。


 ぷにょん


 ゼリーっぽいなにかが、俺の身体を柔らかく受け止める。


「イリス……?」


{よよよ、良かったです……! リンタローさま、生きてるです……!}


「うん…… おかげさまで。ありがとうな、イリス」


{そんなのっ……! リンタローさまがご無事で、ほんとうに良かったです!}


 俺の目の前に、4本の脚が近づいてきて、止まる。

 でかいのと細いの、めちゃ見覚えのある2人組の奴隷狩り ―― ここの騒ぎも、こいつらの仕業だったのか。


「変なモンスターが追いかけてきたと思ったら、なんだ、ただの人間だったか…… わざわざ隠れて、損したぜ」


「こいつ、覚えてるぞ! スライム泥棒だぞ!」


「ギル、おめえはガキどもを捕まえに行け…… おい、あんた」


 ギルと呼ばれた大男は、うなずいて村の道を戻っていく。

 ウッウたち、大丈夫かな…… いや、すばしこい子どもだし、村のなかのことなら、こいつらよりもよく知っているはずだ。

 でかいだけのボンクラなど、余裕でと信じよう。


「あんた、オレたちにスライムを返しにきた…… ってわけじゃ、なさそうだな」


 細いヤツが腕を伸ばし、虚空から剣を引き抜く…… 次の瞬間には、青く光る切尖きっさきが俺に繰り出されていた。

 思わず目をつむる ―― こっちの世界に来てから、生命の危機に慣れすぎだ、俺。

 ジ・エンド迎えても、なんの感慨もわかない……  ん? ジ・エンドが全然、こない!?

 目を開けたとたんに飛びこんでくる、まばゆいほどの青い輝き。いつのまにか俺の手のなかにいたエクスカリバー、もとい、イリス 《エクスカリバーの姿》 だ。

 ドライビング中に程よく冷えて、武器に変身できるようになったのかな。

 イリス 《エクスカリバーの姿》 は、ヤツの剣をいったん払い、勢いで戻ってきた斬撃を、横に突き出た幅広のガードでガッツリと受け止めている ――


「さすが、イリスだ」


 小声でほめると、剣身がチカチカとまたたいた。 {それほどでも} って感じかな。


「なにをごちゃごちゃ言ってやがる…… 余裕こきやがって!」


 ギリギリとつばぜりあい。細いのに、ヤツはなかなかのパワーだ…… というか、ヤツの剣。


「エクスカリバー……!?」


「ふっ…… しかも本物だぜ? あんたとは、ワケが違うんだよっ」


 渾身の力をもって払われた。危なっ……

 本能的に後ろに引いた俺の手に、イリス 《エクスカリバーの姿》 が舞い戻ってくる。


聖剣エクスカリバーが、まさかのスライムの変形たぁな…… ま、見掛け倒しだろうが。とにかく、武器になるスライムとは、珍しい」


 ヤツは剣をかまえなおし、宣告した。


「あんたを倒し、そのスライム、高値で売り払ってやるぜ」


 かまえから伝わる、やつの本気。正直なとこ、負ける予感しかしないな、これは。

 ―― エクスカリバーの補正効果が同じなら、剣術を習ったこともなければ戦闘経験も少ない俺のほうが、圧倒的に不利なはずだ。

 しかし、イリスを危険な目に遭わせるわけにはいかない…… うん、逃げるか。

 まずは《神生の螺旋》でもう一度バイクを出して、き殺すのはさすがにイヤだから、骨折程度を狙って軽くあてて……


{腕を下げてください}


 ん? なんだ、イリス。


{大丈夫です。わたしを信じて、腕から力を抜いてください}


 こうか?

 俺は剣をもった腕をだらりとさげた。切尖きっさきは、下…… 『戦意喪失の呼吸、一の型! どうにでもなれ!』 とか、そんな感じか?


 とか言ってる間にも。

 やつは俺めがけて、剣を振りかぶりつつ、大きく跳躍してくる……!

 うん。 『どうにでもなれ!』 が通用するわけないとは、思ってた。

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