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第6話 オークにもアレはよく効くらしかった

『オークの襲来だ!』 『隠れろ!』 『レンタ村の連中だ!』


 村の門のほうから、幾人かが叫びながら駆けてくる ―― その後ろを追っているのは、2mはありそうな巨体の二足歩行猪…… オークの一団だ。

 コボルトやゴブリンは大人でも俺の身長の半分くらいだから、オークと比べると幼児にしか見えない。 


{そんな…… レンタリポゾオークの村が…… どうして}


「普段は争いはないのか?」


{ないですし、勝手に争ったりしたら、領主様に滅ぼされるの確定です}


 こわい領主様なんだな。などと言っている場合じゃない。

 ひとまず、オークをなんとかしなければ。 


「イリス、エクスカリバーになれるか?」


{もちろんです!}


 ぷるんっ

 青白い光を放つ剣を手に、俺は部屋の扉を開けた。


「大将! 起きてたか!」


 ウッウパパが走り寄ってくる。


「はやく地下室へ! 隠れるんだ! イリスさんも! …… あれ? イリスさんは?」


「や、ちょっと俺たちは、あの猪をとめてくるよ」


「やめとけ! あいつらの力は、人間とは段違いだ」


「でも、たしか、頭悪かったよな?」


「…………! だが、くれぐれも気をつけろ」


「了解」


 俺はイリス 《エクスカリバーの姿》 と一緒に外に出た。

 村の家はだいたい、石やレンガ造り。燃えてるのは積まれていたわらたきぎだ。

 オークのやつら、片っ端から火をつけたな。

 ごおっ……

 炎の熱をはらんだ風が、吹きつける。

 とたんにエクスカリバーの剣身が、ぷにゅんと曲がった。


{あの、リンタローさま…… わたし、もしかしたらダメですかも……}


「ん? もしかして、暑い?」


{はい、ちょっとだけ、です…… ごめんなさい}


「大丈夫だ」


 もともと今回は、オークと真っ向勝負する気はない。

 もしイリス 《エクスカリバーの姿》 が元気だったとしても、多勢に無勢だ。しかも俺は、戦闘経験ほぼゼロ。かつ、やがては筋肉痛確定のただの錬金術師だし。


「イリスは、隠れてるか?」


{いえ! リンタローさまと一緒に、行きます!}


「よし…… じゃあ、俺の頭にでも、のっとくか」


 スライム化したイリスを頭にのっけて、とりあえず目立たない物陰へ。

 精神を集中させる。


「《神生の螺旋》」


 渦巻く前世のグッズのなかから今回、選ぶのは…… 俺が子どものころ使っていた、あれだ。

 それから、ペッパーXエックスの粉末入りパウチ大袋。ちょっと前、職場の同僚からアメリカ土産に貰ったやつである。

 ペッパーXは、2024年ギネス認定の世界一辛い唐辛子。

 『殺す気か?』 と疑いつつも、ものは試しで使ってみたら、ぶっ倒れて川向こうのお花畑に母親が迎えにきてる幻影すらえたりもしたが…… 

 おかげでいま、こうして取り出せる。


 さて。《神生の螺旋》 の無償使用回数は、あと5回あるから…… 念のため、マスクとゴーグルも出しとこう。粉末をうっかり吸い込むと、生命が危ない。


「イリスも、マスクとゴーグルいるか? いまからこの危険物ペッパーXで弾丸を錬成してみようと思うんだが……」


{それなら、わたしを使ってください! 武器は無理でも、錬金釜なら……}


「いや!? ひと振りで1時間、気絶できるやつだよ!? ただの食品と思うなよ!?」


{大丈夫です! スライムの粘膜外皮は、こう見えて、丈夫なんですよ?}


「だけどな……」


{平気です! マスクもゴーグルも、要らないです!}


 押し問答するにも、時間がない。オークたちはもう、コボルトやゴブリンの家を壊しにかかっている。幸い、俺たちには気づいていないようだが。

 錬金釜が使えるなら、うろ覚えの錬成陣よりよほど速く正確に、弾丸の錬成ができるはずだ。


「じゃあ、パッチテストをしてから…… ん? ちょっと赤くなった? 痛みやかゆみは?」


{いえ! なんともないです、大丈夫です!}


「んー…… 少しでも無理なら、途中で言って」


{平気です! まかせてください!}


 ぷるんっ

 イリスが錬金釜の姿になった。錬金釜になれることは、あまり知られたくないみたいだったが…… いま、こっちを見てるやつなんか、どこにもいない。敵も味方も、それどころじゃないのだ。

 俺はマスクとゴーグルをしっかり装着し、ペッパーXのパウチを開けた。そろそろと、イリス 《錬金釜の姿》 に注ぎこむ。


「本当に大丈夫か?」


{リンタローさま、心配しすぎです!}


「いや、めちゃくちゃ、ぷるぷるしてるんだが!? あと、表面がイチゴソースかけたっぽくなってるぞ!?」


 つまりは、あまりのからさに熱があがって色づき、しかも溶けかけ…… に見える。俺、とんでもないことをイリスに頼んでしまったんじゃ。


{平気ですから! ……っ! ここまできたら、スライム錬金釜の名にかけてっ!}


「うわ…… 本当にすまん……」


{はっはっはっ…… はやくっ! ご指示を!}


 俺は、覚悟を決めた。


「じゃ、ペッパーX・6ミリ弾を錬成してくれ、イリス」


{はっ…… 了解っ…… ペッパーX・6ミリ弾の錬成を、開始します…… んっ…… 錬成度、50% …… 60%…… 70%…… くふぅっ……}


 イチゴ色がかった光のなかで、無数の粉がどんどんと丸まっていく。


{んっ…… あっ…… 錬成度、95%…… ふうっ…… 100%。錬成、終了ふぅぅぅ…… ペッパーX・6ミリ弾lv.1の作成に成功しました、はぁぅ…… どうぞ、リンタローさま}


 少女の姿になったイリスが、無数の弾丸を俺に差し出す。

 上気した顔。額にも、腕にも汗が光っている…… 頑張ってくれたんだな。

 気づけば俺は、イリスの手をしっかり握りしめていた。


「ありがとう、イリス!」


{えへへへ}


 照れ笑いするイリスのきゃしゃな指が、俺の手のなかでとろっと溶けた。

 AIが告げる。


【《武具錬金術師 lv.1》 の称号を得ました】


 おっ、称号か。称号を得ると、特定の条件で一部のステータスが向上する。たとえば、 『武具錬金術師』 なら、装備や武器を錬成するときに限り技術力がアップだ。 


「イリスのおかげで、称号までゲットしたよ」


{称号ですか! お役に立てて、嬉しいです!}


「もちろん! イリスは最高の錬金釜だ!」


{よかったです! えと、でも…… ごめんなさい。もう、限界です……}


 とろけて完璧にスライム化したイリスを再び頭にのっけて、俺はエアソフトガンにペッパーX弾を詰めはじめた。


{lv.1しかできなくて、ごめんさい。わたしも、錬金釜として、弾丸は初めてでしたので……}


「大丈夫だ。むしろ、こっちのほうがいい」


{?}


「それはな、こんなふうに使うからなんだ」  


 俺はエアソフトガンをかまえた。

 ―― 10歳の誕生日、親父に買ってもらった、おもちゃの電動フルオート銃。全長610mm、重量1200g。いま持ってみると、軽いな。

 だが、おもちゃだからといって、バカにはできない。

 最大飛距離25m超。そして、1秒間に15発で230発、連射可能 ――!

 狙いを定め、引き金をひく。

 オークたちの顔に、オレンジ色のペッパーX弾が次々と当たって、はじける。


「ブグァッ……!」 「ブゴッ!」 「ブギィィィィイ……!」


 オークたちの悲鳴が上がった。

 家を壊していたシャベルやツルハシが、やつらの手から滑り落ちる。

 目や鼻を押さえて、のたうちまわっている。そうとうなダメージだな。

 だが、まだまだ。

 初撃に驚いている残りのやつらに向けて、さらに発射。

 オークたちのまわりに、トウガラシ色の煙がたつ。2m超の巨体が、次々と倒れこむ。


「錬成度の低い弾丸のほうが、あたったときに砕けやすいだろ?」


{リンタローさま、すごすぎます……!}


「いや、錬成釜になれるイリスのほうが {それは言わない約束ですよ!}


「ブヒッ!?」 「ブフゥーウ!?」


 仲間が苦しんでいるのに気づいたオークが、次々と集まってくる。

 この辺が、あんまり頭良くないというか、戦略が徹底していないというか…… だな。

 仲間思いなのは認めるが、だからといって、容赦はしていられない。

 集まってきたオークたちにも、順次、ペッパーX弾をお見舞いする。

 あっというまに、あたりは、オークの悲鳴でいっぱいになった。何体かはすでに気絶している。


【冒険者レベル、アップ! リンタローのレベルが5になりました。HPが+1、力が+1、防御が+0、素早さが+1されました。体力が全回復しました! レベル5到達特典として 《知恵の実》 が付与されます】


 知恵の実? ゲームにそんな特典、あったか?

 たしか錬金術師は魔道士系のジョブ。だから、冒険者レベルアップでは、スキルが付与されて初歩の攻撃魔法や回復魔法が使えるようになるはずなんだが……?


【時代は変わりましたww アイテムボックスを見て 《知恵の実》 を確認してください】


「《アイテムボックス》」


 空中に現れたボックスには、見慣れた、手のひらサイズの薄い…… ア◯フォンじゃないか。


{わあっ 《知恵の実》 ゲットなんですね、リンタローさま!}


「お、イリスも知ってる?」


{はい!}


 イリスにぷにゅっとつつかれ、ア◯フォンは 『ブーッ』 と震えた。どうなってるんだ?


{ドゥート皇国は西エペルナ学院生まれの機械生命体オートマタですよ。領主様が持っておられるんです!}


【正解。大気中の魔素マナをエネルギー源とし、人間や魔族に寄生して暮らします。魔素マナを用いて個体同士で情報交換を行い知識を溜め込む性質があるため 《知恵の実》 と呼ばれています。名前をつけて可愛がってあげてください】


 うん、つまりは、ほぼア◯フォンなんだな。

 で、魔法は……?


【使いたければ、自力で習得してください。ただし、人間の魔力なんて、ほんと大したことないですよww】


 俺はア◯フォンに声をかけてみた。


「ヘイ、シリ。やることリストに 『魔法の習得』 追加」


〔別にいーけど。ワタシ、シリ、ノー。究極のultimate天才intelligent頭脳brain、略してウィビー、イエス〕


 前世の人工知能がいかに謙虚だったかが、今更ながらしのばれる。


 しゃべってるうちに、オークはみんな、気絶したようだ。


「こっちだ! 倒れてる!」 「まだ息はあるぞ!」 「とりあえず、全員、手足を拘束しろ!」 「誰がやったんだ、これ……?」


 コボルトとゴブリンの警備隊が駆けつけ、オークたちを捕縛していく。やったのは俺だが、名乗る必要はないな。

 ひとまず、これにて一件落着、か。


「イリス、お疲れ」


{リンタローさまも!}


「あとは消火でもするか…… 《神生の螺旋》!」


 消火器を取り出す。小学生のとき、火災訓練で使ったやつだ。これで、《神生の螺旋》の無償使用回数はあと2回。気をつけないとな。

 俺は消防団の手が回っていないところを中心に火を消していき、逃げたニワトリや牛、ヤギなんかを戻すのを手伝う。

 消火器はあっというまに、なくなった。もう1本、と取り出しているうちに、《神生の螺旋》の無償使用回数も終わり。

 HPまで、削れてきた…… まずいな。


{リンタローさま! ポーション作りましょうか!?}


「いや、いい。なんとかなるよ。そろそろ消火も終わるから 《神生の螺旋》 は今日はもう、使わないようにしよう」


 オークをつかまえ、火がしずまってくると、みんな余裕ができてくる。錬金釜になるところをウッカリ見られては、イリスが困るだろう。


「そういえば、ウッウくんには見られてたな? ポーション作ったとき」


{ウッウくんは、黙っててくれる、と約束してくれたのです}


「へえ……」


{しゃべると悪い人にさらわれて、リンタローさまに恩返しできなくなります、と言ったら、わかってくれました}


「ウッウくん、いい子だな」


{はい!}


 俺たちは、しゃべりながらウッウファミリーの家のほうに戻る。

 住宅地は村の奥にあり、オークたちはまだ、そこまでは入ってきていないから、みんな無事なはず ――

 だが、俺の期待は、向こうから走ってくるウッウパパの叫び声で破られてしまった。


「大将! たいへんなんだ! 奴隷狩が、子どもたちを、さらって行きやがった!」


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