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第5話 スライム娘に名前をつけた

{イリス…… イ、リ、ス…… イ、リ、ス……}


 俺が提案した名前を念入りに呟きながら、クーラーボックス内でぽちょぽちょと跳ね続けるスライムさん。

 動くたび、星の光みたいなグリッターが全身から散らされる。

 これは…… 気に入った、ってことでいいのか?


「ちなみに、俺がいた世界ところではもともと、虹の女神の名前とされていて、花とか、ひとの名前にもなっていて…… そう悪くない {うれしいですっ}


 ぷぴゅんっ

 スライムさんがクーラーボックスから、とびだした。少女の姿になっている。

 俺に素早くハグしてぱっと離れ、またハグしてきて離れ、また…… 速すぎて、過呼吸を起こす暇もない。親愛のしるしなのか?

 よくわからんが、喜んでくれてはいるみたいだ…… よかった。


{では、これからは、イリスと呼んでくださいね、ご主人さま!}


「うん。じゃ、俺のことは、リンタローでいいよ」


{は、はい……! ご主、じゃなくて、り、りっ…… リンタロー、さま}


 イリスはほんのり赤く染まったグリッターを散らしながら、照れたように笑った。



 ピエデリポゾ村に向かう道 ――


「どうも、俺はこの世界に転生してきた、ってことになるらしい」


{まあっ、転生ですの!? もしかして、リンタローさまは、あの洞窟から生まれたのです?}


「…… そうなるのかな」


{そんなひとは、リンタローさまが初めてです!}


 俺はクーラーボックスのなかのイリス 《スライムの姿》 と話しながら歩いていた。背中では、二足歩行犬コボルト族の子、ウッウくんが、すやすやと寝息をたてている。疲れたんだろう。

 イリスによると、俺が出てきた洞窟は昔から 『異界とつながっている』 と言われてきたそうだ。もしかしたら過去にも、転生者が出てきたのかもしれないな。


{転生者だから、変わったものを取り出せたんですね、リンタローさま!}


「あれは、俺がもといた世界では、普通にあったものなんだ」


{すごいです……! そんな世界なら、スライムでも安心ですね!}


 青紫の瞳が、クーラーボックスのなかで輝いている。

 俺はイリスにねだられるままに、もといた世界の話をし、イリスはこの世界のことを教えてくれた。

 15年ほど前までは魔族と人間が戦争をしていたが、いまでは協定を結んで平和を維持しているという。素晴らしい。

 しかし、完全な平和というのは、なかなか難しい。

 なにごとにも負の部分はあるもの ―― それが、奴隷狩なんだそうだ。

 戦争がなくなるということは、敵の捕虜を使えなくなるということ。安価な労働力の供給源が、軍から奴隷狩になってしまったんである。


{平和協定のときに、奴隷狩も全面禁止されたはずなんですけど…… いまのほうが戦争中より増えてるかも、です}


「大問題じゃないか。とすると、奴隷狩はもと軍の関係者か」


{わかりません。けど彼らは 『ォロティア義勇軍』 を名乗っているんだそうです}


「義勇軍? 正義の押しつけ感が半端ないな!?」


{ですよね!}


 クーラーボックスのなかがプルプルと震えた。


{領主さまも、取締りを強化されてるんですが…… だいたいの人間の個体は、魔族の何倍も弱いので、難しいみたいです}


「?」


{ウッカリで死なせちゃうので。人間は、同胞がやられると容赦しない性格なので、平和協定が崩れちゃうのです}


「そっか…… 魔族って、強すぎてごめん、なんだな」


 しゃべりながら進んでいると 「§¤・§≒!」 と声がした。

 茶色の毛玉が、全速力でこっちに向かってくる ―― 

 くるくるした長い毛と、ピンと立った耳、つぶらな黒い瞳が、俺の背中で寝てる子にそっくりだ。ウッウのお父さんかな。とりあえず、ウッウパパと呼ぼう。


「この奴隷狩め! うちの子を返せ!」


 ビンゴ。ウッウパパは、俺の前に立ちはだかって、牙を剥き出した。


「うちの子を返さないと、噛みつくぞ!」


「いま寝てるので。起こすと、かわいそうじゃないですか」


 ぐぉぉぉっ…… ウッウパパが、吠える。

 いったん四つ這いになり、こっちに向かってジャンプ。

 尖った牙が、目の前に迫る。

 いや避けれませんよ!? 俺、両手塞がってるんだよ!? あなたのお子さん、おんぶしてるから!


 俺は、覚悟を決めて目を閉じる ―― この世界に来てから、たった半日の運命か。短い人生だったな。せめて、スライムが錬金釜や武器になれる理由を聞いておけばよかった……

 しかし。

 いくら待っても、その瞬間、来ないんだが……!?


「…………?」


 そろりと目を開けると、ウッウパパは、半透明のゼリーに顔面を塞がれてひっくり返っていた。

 のたうちまわってて苦しそうだ。が、半透明ゼリーは容赦ない。


{わたしの恩人に手を出そうとするひとは、たとえお祖父ちゃんでも許しません!}


「うぐぅぅぅっ……」


{お祖父ちゃんでないなら、なおさらです!}


 イリス、助けてくれたのか。


「ありがとう、イリス。けど、もう、その辺でいいよ」


{リンタローさま! ご無事でなによりです!}


 ぷっぴゅん

 イリスはウッウパパの顔面から離れると、少女の姿になり、俺に背を向けて立ちはだかった。

 夕焼けに染まる横顔は、まだ、ウッウパパをきっとにらみつけている。


{このひとは、わたしの恩人です!}


「…… 奴隷狩でない、だと? 人間なのに?」


{人間も、悪いひとばかりじゃないんですよ! そもそも、悪いひとなら、攻撃されたら背中のお子さんを放り出すでしょ!}


「うっ……」


 そこんとこ、はじめて気づいてくれたらしい。ウッウパパは、困った顔で固まった。

 そのとき。俺の背中で温かなモフモフがもぞもぞと動いた。


「ここ、どこ……?」


 寝ぼけた声だった。


 数分後 ――

 俺の足元にはウッウパパの、くるくるした茶色の毛に覆われた頭と背中があった。見事なスライディング土下座だ。


「まことに、申し訳ない……! こら§¤・§≒、おまえも謝りなさい!」


「うん! おじちゃん。さっきは、助けてくれたのに噛んじゃって、ごめんなさい!」


「きみたち、なんで、そんなに土下座うまいの……?」


 2人には、とりあえず起きてもらう。

 俺が転生してきたばかりであることを説明すると、ウッウ父子は、めちゃくちゃ驚いていた。


「もし行き先が決まらないのなら、しばらくウチの村に滞在しては? というか、ぜひ! 滞在していただきたい! あんたのような錬金術師が村にいれば、心強い!」


「スキルレベル的には、まだ見習いなんだが」


「謙遜するな! ケガを一瞬で治したんだろ!?」


{そのとおりです! リンタローさまは、すごいんですよ}


「ちょ、イリス」


「心配ないよ、大将!」


 ウッウパパが俺の背中を、ばしばしと叩く。


「そんなすごいポーションを作れるやつは、この辺にはいないんだから!」


「それ、イリスのおかげ…… ぐふぉっ」


 突如スライム化したイリスが、全身で俺の口をふさいだ。


{あのことは、内緒ですよ!}


 そ、そっか……



「ひとまず、今夜はウチに泊まるといい。明日、村長に言って、家を世話してもらおう」


「ありがたいな」


 ウッウパパのおかげで、ピエデリポゾ村に到着後、すぐに落ち着き先が決まった。

 これで当面の生活は、安心だ。

 しばらくは錬金術の練習をして、スキルレベルを磨こう。最初は、ひたすらポーション作りだな。

 ―― 村のみんながポーションを作れるんだそうだから、売るのは厳しいだろうが……

 まあ、お金がなくても、自作ポーションで体力回復させつつ 《神生の螺旋》 を使いまくって便利に暮らす、という道もある。気楽にいこう。


 ウッウの家は、両親、弟、妹の5人家族だった。

 急な来訪だったのに、ウッウママはこころよく俺たちを迎えてくれた。

 ウッウの弟と妹は、ウッウとよく似たモフモフのちびっこたちだ。人間が珍しいのか、俺とイリスにまとわりついては、話しかけてくる。


「おじちゃん、なんで人間の形してるの?」


「人間だからだ」


「あたしのこと、ゆーかいする?」


{しないですよ}


「おまえら、いいかげんにしろよ! おじさんもイリスさんも、疲れてるんだから」


 弟や妹と並ぶと、ウッウもしっかりして見えるもんだな。


 夕食は、俺たちの歓迎会だった。

 ウッウパパの宣伝で、近所のひとたちが食べ物を持ち寄ってきてくれたのだ。

 広い空き地で急きょ開かれたパーティー。

 参加者は、コボルト二足歩行犬族とゴブリン小鬼族ばかりだ。


「錬金術師のリンタローさんと、嫁のイリスさんに、乾杯!」


「「「かんぱーい!!!」」」


 いや嫁じゃない、という俺のツッコミは、みんなの声にかき消される。


{いいじゃないですか。みなさん、楽しそうですし}


「誤解されたら、イリスが困るだろ」


{へ? なんでですか?}


「いやまあ、いいなら、いいが」


 宴は終始、和やかで、賑やかだった。

 コボルト二足歩行犬族もゴブリン小鬼族も、みんなが俺に話しかけ、激励してくれる。

 奴隷狩が横行している現状では、人間は、敵視されても仕方ない ――

 なのに、ピエデリポゾのみんなは、俺を信用し、受け入れてくれようとしているのだ。


「はやく、錬金術で、いろいろ作れるようにならないとな」


{わたしも、お手伝いしますね}


「ボクも!」


 俺とイリスとウッウは、3人でもう1度、乾杯した。



 ―― 夜更け。

 寝苦しい夢から覚めると、俺は、ひんやりプルプルのゼリー状ボディーに包まれていた。

 ウッウの家での宿泊は、イリスと同室だったが、スライムの姿であれば問題ない。

 それもイリスは、ベッドではなくウッウ家の鍋3つを貸してもらって、分割して入ってたはず (落ち着くらしい) だが……


「いつのまに、こんな」


{あっ、リンタローさま? ごめんなさい、うなされてらっしゃったので、勝手に……}


「いや、いいよ。ありがとう」


 おかげで、包丁持った顔だけ親父のストーカー女に延々と追いかけられる悪夢から抜けだせた。


「イリスが、止めてくれたんだな……」


{?}


「うん、包丁ぶっさされる直前でスライム化して、刺されても平気だと安心したところで目が覚め…… ん!?」


 窓の外が、夜中にしては、やたらと明るい…… というか、赤い。

 ―― 火事だ。



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