このゲームでは、ポーションは、大気中の酸素と
触媒はチタン草 ―― 森の入口あたりによく生えている薬草の粉だったはず。
だが、いまスライムさん 《錬金釜の姿》 のなかでは、触媒を入れてないのに、素材の反応が始まっている……
「体内酵素、なのか……?」
{はい。わたしを使うと、触媒はいらないです…… 錬成度、50%……}
「優秀すぎるだろ、スライムさん!」
{錬成度60%…… 70%…… }
まぶしい光を放つ宝珠のなかで、内容物が混ざりあっていく。影が、地面の上で踊る。
―― やばい、わくわくする……
昔、ゲームで初めてポーションを作ったときを、思い出すな。
{錬成度、95%…… 100%。錬成、終了。ポーションlv.3 × 3 の作成に成功しました}
いきなりlv.3か!? 売れるじゃないか。
【スキルレベル、アップ! リンタローのスキルレベルが3になりました。MPが+4、技術が+4されました。特典能力 《神生の螺旋》 の使用回数が12になりました。MPが全回復しました! 初回レベルアップ特典として、アイテムボックスlv.1が付与されます】
おっ、アイテムボックス! 基本だけど助かるやつだ。
それにしても、スキルレベルってスライムさんの錬成でも上がるのか。助かるような、悪いような……?
【スライム錬金釜での錬成も、錬成とみなされます。ただしスライムのほうにも経験値が入るため、経験値は半分です】
なるほど。
{ポーションをどうぞ、ご主人さま}
少女の姿に戻ったスライムさんが、ガラス瓶に入ったポーションを俺に渡してくれた。
「ありがとう、スライムさん」
{いいえ。わたしのほうこそ。少しは、恩返しになったでしょうか……?}
「もちろん。助かる」
俺は改めて、ポーションを眺めた。きらきらしてる光の粒は、
あとは、子犬の治療に必要なものを《神生の螺旋》で出せばいいだけだ。よし、さっそく
【エマージェンシー! 緊急速報……】
とつぜん、AIの声が、ひときわ大きく響いた。
えっ、またか……?
【敵が接近します。戦闘準備をしてください】
目を凝らすと、洞窟のほうから例の2人組の奴隷狩が、こっちに向かってきている。脳しんとう、もう治っちゃったか。
でかいほう、まだ大鍋を持ってるな。あれに捕まえた魔族を入れて、運ぶつもりだったのか……?
まっすぐにこの木を目指しているところを見ると、子犬くんの落とし穴も、あの2人組の罠かもしれない。
そうでも、そうでなくても……
奴隷狩なんてするやつらは、痛い目にあわせて追い払ってやらないとな。
「スライムさん、頼む!」
{はいっ!}
ぷるんっ
スライムさんが姿を変えながら、俺の腕にとびこんできた。
つやのある黒いボディー。手に取ると、ところどころにチリッと稲妻が走る。全長は80cmくらいか。引き金のついた持ち手と、先端に取り付けられているのは、頑丈そうな弓。
「クロスボウだな」
{雷属性で、矢をつがえなくても裂空弾 《ライトニング・アロー》 を連射できますよ!}
スライムさん 《クロスボウの姿》 は得意そうに、ぷるんと震えた。
「えーと、子犬くん、ここで待ってられるか?」
まずは、子犬くんを太い木の枝に乗せる。
「奴隷狩がきてるから、静かに隠れて。絶対に、枝をはなすなよ」
「………… わかった」
よし。とりあえず、信用してくれたみたいだな。
俺たちも、近くの枝に隠れ、2人組を待つ。
大声の会話が、近づいてくる。
「くっそ…… あの野郎のせいで…… 見つけたらタダじゃおかねえ。こっちだって生活がかかってるんだ」
「そのとおりだぞ、アニキ」
「まあ、まだ、罠はある。収穫ゼロってことは、ないだろ」
「1匹でもかかってるといいね、アニキ」
「ああ。この際、1匹でもいいさ。魔族は高く売れるんでな」
まったく、クズだな。
子犬にも会話が聞こえたんだろう。ぎゅっと、枝にしがみつく気配。大丈夫だ、すぐに撃退してやるからな。
俺とスライムさん 《クロスボウの姿》 は、息をひそめ、やつらに狙いを定めた。
じゅうぶん引きつけて…… まだだ。もう少し。
…… いまだ。
クロスボウの引き金を、引く。続けて、もう1発。
2本の稲妻が空気を切り裂いて飛び、やつらの髪を焦がす。
「うわっ、なんだ、急に……!」 「狙われてるぞ!?」
不意打ちに腰を抜かしたらしい。
やつらは、立ち止まったまま、辺りを見回している…… 矢がどこから飛んできたのか、わかっていないみたいだな。
よし。今度は、足元に連射だ。
太陽光の下でもわかる鋭い光が、瞬きも終わらぬうちに立て続けに撃ち込まれ、砂ぼこりをあげ、石をはじく。
「わっ、まただ……!」 「あたっ…… いたいぞ! なんなんだぞ!」
浮き足だつ二人組。
やつらは洞窟での戦闘で、すでにダメージを受けている。
もう少し脅してやれば、退きそうだな。
俺は、でかいほうの男が持つ大鍋に狙いを定めた。
命中…… 音なき音が、空気を震わせる。
大鍋は、粉々に砕け散った。
「ひええええっ!」
でかいほうが、尻もちをつき、後ずさる。
よろよろと立ち上がった足元に、もう一発。
これで完全に、戦意が失せたようだ。
「アニキ、おれ、にげるぞ!」
言い捨てると、巨体には似合わないスピードで走っていった。もう、この辺をうろつくなよな。
残された細い男は、ちっ、と舌打ち…… する暇など与えない。
男の周辺に
細い男は矢を避け、大きく後ろに跳びすさりざま、懐からナイフを抜き出した。顔は、俺たちが潜んでいるほうを向いている…… どうやら気づいたようだな。
男がナイフを投げようと、振りかぶる…… が、俺たちのほうが、速い。
クロスボウから
細い片目を丸くして、自分の手のなかを見つめる男。その足元にさらに攻撃を加えると、男はこちらをにらみながら2歩、3歩と後退り、くるりと背を向けて逃げていった。全速力だな、あれは。
「いいコントロールだ、スライムさん」
{ありがとうございます。ご主人さまも!}
少女の姿に戻ったスライムさんは、嬉しそうに俺に抱きつきかけたが、はっと止まった。俺のトラウマを思い出してくれたんだな…… 気をつかわせて、すまん。
俺たちは、そっと握手を交わし、お互いの健闘をたたえあったのだった。冒険者レベルは1上がった。
「よく頑張ったな、子犬くん。偉いぞ」
「子犬くん、じゃないもんっ! §¤・§≒だ!」
「…… うん。とりあえず、治療しようか」
子犬くんを木からおろし、《神生の螺旋》で治療に必要なものを出す。
蒸留水、消毒液、破傷風トキソイドと破傷風ヒトグロブリン、それに
「よし、子犬くん」
「§¤・§≒だ!」
「…… ウッウくん?」
「…… ちょっと違うけど、いいことにしといてやる」
「ありがとう、じゃあ、ウッウくん。傷の治療をさせてくれるかな?」
「おじさん、神官?」
「いや、神官じゃないな」
「じゃあ、さっきの技、なんだよ!? いきなり白い渦巻きが、わーっ、て! で、消えたら、おじさんが変なもの持ってた!」
{それ、わたしも気になってるんです……!}
どうやら《神生の螺旋》は、外から見てもけっこう派手な技らしい。
アイテムボックス使ってるだけ、程度で説明つく外見にしてほしかったよ。
【wwww】
草生やすなよな、AI。
おかげで、ウッウくんは不信感で傷の治療どころじゃないし、スライムさんは好奇心で全身が輝いてるし。
さて、どう説明したもんか ――
「おじさんは、錬金術師だ」
{まあ! そうだったのですね}
「錬金術師? なにそれ?」 と、ウッウくんが首をかしげた。
「うん。物質を魔力で再構成して、いろんなものを作るひとのことだ。まだ見習いだから、作れるのはポーションだけだけどな」
「なんだ、それくらいなら、父ちゃんも母ちゃんも作れるぞ!」
「えっ、そうなの!?」
{魔族には神官や聖女がいないし、そもそも、治癒魔法が効かないでしょう? このあたりには錬金術師もいないので、みなさん、自分でポーションを作るんですよ}
「なるほどな……」
しゃべりながら、傷口を洗って消毒し、
「スライムさん、ウッウくんにポーション、あげてくれる?」
{はい! ウッウさん、ポーションのんでくださいね}
「ありがと、おねえさん」
3本のポーションの効果は、すごかった。のりで貼っただけの傷口が、みるみる修復されていく……
「すごいな!?」 {すごいですね!?} 「わー! すごい!」
スライムさんとウッウくんによると、ポーションだけで傷や病気がすぐに治ることはないのだそうだ。
ポーションはあくまで体力回復用。魔族は病気や怪我になったら、ポーション飲みつつ治るのを待つしかないらしい。
―― あれ。これって、つまり。
前世の医療知識をポーションと合わせれば…… 手術ができない俺でも、この世界で役立てるって、ことだよな。
つまり、
―― なんか、この世界が走馬灯か転生かとか、どうでも良くなってきたわ。
「俺、この世界で暮らそうと思う」
{えっ、どういうことですか……?}
「あとで説明するよ…… はい、ウッウくん。注射だ。念のために、破傷風の予防しとこうな」
「えっ…… はり? はりがついてるよ! なにするんだ、おじさん!」
「大丈夫。この針は管になっていて、なかからお薬が出る仕組みなんだ。怪我のあとで病気にならないために大切だから、ちょっと、がまんだ」
「やだー! こわいー!」
「ちょっと、スライムさん、おさえといて」
{こうですか……?}
「うん、ありがとう。じゃ、1、2、3…… はい、おわった」
「うわああああん!」
さて、そろそろ出発しよう。夕方までには、ピエデリポゾ村に着いてしまいたい。
スライムさんに再びクーラーボックスに入ってもらい、保冷剤を追加。
まだ注射のショックから立ち直れていないらしいウッウくんをおんぶして、立ち上がる。
「そういえば、スライムさんの名前は?」
{はい、◎△$§>∞です}
「うーん。悪い、やっぱり、ちゃんと聞き取れないな……」
{お好きに呼んでください、ご主人さま}
「そうだな」
俺は考え込んだ。
聞き取れなくても、スライムさんにとっては大切な本名だ。呼び名もなるべく、語感と雰囲気を似せて……
「『イリス』 はどう? 」
{は、はひっ!?}
ぽちょん。
スライムさんがクーラーボックスのなかで、小さくはねた。