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第3話 スライムは恩返しがしたかった

 スライムさんは、ぷるんと揺れた。


{死なないでください!}


 スライムがしゃべった? 

 …… いや。スライムと人間では、発声機関の構造がまず、違う。

 しゃべるわけないよな。


【スライム族は全身の粘膜を細かく震わせることにより、人間に近い発声をすることが可能です。というか、あなた、水たまりとはしゃべったくせに】


 俺の常識は、AIが突きつける事実に負けた。


 しばらく歩くと、三つ辻についた。

 大きな木がギラギラの太陽をさえぎっている。

 立てられた看板は、右が 『レンタデリポゾ村』 で左が 『シュリーモ村』 『フラダ河』 。

 真ん中が 『ピエデリポゾ村』 ―― この道をまっすぐ、か…… ひとまず、木陰で休憩してからだな。


「《神生の螺旋》!」


 緑茶と経口保水液のボトル…… 取り出せたのはいいが、さっきより疲れるような?


【あww 特典能力 《神生の螺旋》 の、スキルレベル1での無料提供個数は、商品10個までとなっておりますww】


 コンビニ店員か!


【10個を超えますと、商品1個につき、HPが3減りますので、ご注意ください。ちなみに、あなたの残りHPで取り出せるのは、あと5個です】


 いや、俺のライフを削る気はないよ。


 スキルレベルとは、職業の技能レベルのこと。たとえば錬金術師なら、錬金を繰り返すことでスキルレベルが上がっていく ―― レベルアップが急務だな。


 ともかくも、水分補給だ。

 クーラーボックスのふたをあけ、スライムさんに経口補水液を注ぐ。俺は緑茶だ…… ふう。落ち着く。


「そういえばスライムさんの家はどこだ? ピエデリポゾ…… じゃないよな? あれはゴブリンやコボルトの村だそうだし」


{シュリーモ村です。けど……}


「ん? なにか問題が?」


{助けていただいたご恩をお返しをするまでは、村には帰りません!}


 ぷぴゅん!

 スライムさんがクーラーボックスから飛び出した。なんだ急に!

 スライムさんは空中でくるくる、回転しながら姿を変え……

 俺の膝に着地。

 なんでだか、少女の姿になっている。

 青のノースリーブと白いスカートからのびる、すらっとした手足。透き通るような肌に、サラサラの銀髪。

 長い睫毛の奥ではくりっとした青紫の瞳が、夢見がちに濡れている。


 ―― あの、ちょっと待て!?

 どうやったら、剣に変身できるスライムが人にもなれるわけ!? 物理的にも生物学的にもおかしいだろ!?

 あと、そんなに見つめられると、緊張するからやめて…… 接近! 接近しすぎ!


「あ、と、その…… なんにでもなれるんだね、スライムさん…… こんなスライムさんは、初めてだよ」


{はい! スライムのなかでも、特殊なほうです!}


「そうなんだ…… すごいね、スライムさん」


{それほどでも…… ともかく、恩返しを始めますね、ご主人さま}


「い、いや、もっと自分を大切にしよう、な?」


{大丈夫です。人間の男性への恩返しは、これが一番、とシュリーモ村の先祖代々より伝わる書で、学んでいます}


「ただし例外あり、って追記しといてくれ、その秘伝書」


{はい、ご主人さま。では! 初めてですが、精一杯、つとめさせていただきます……} 


 スライムさん 《少女の姿》 が、からだを密着させてきた。うーん弾力。

 ―― 本来は、喜ぶべきシチュエーションのはずだ…… なのに。

 なぜか、寒気がする。

 心臓がドキバクと早鐘を打つ。恋愛的なそれじゃなく、いまにも、包丁ぶっ刺されそうな危機感で。

 ―― おかしいな。実際にストーカー女に刺されたときには、なんとも思わなかったはずなのに。

 今になって、女性に迫られて、こんなにも恐怖するとか…… いや、なくないか!?

 だって、この子はあの、ストーカー女じゃないよ? というか、まず人間ですら、ないんだよ!? わかってるよな、俺!?

 ―― どうにも、ダメみたいだ……

 心臓が、締め付けられるように痛む。

 苦しい。息ができない…… ちがう。

 せいいっぱい、息を吸い込んでるのに、どんどん空気が薄くなっていく…… 苦しい。

 もっと、空気を……


 とおくで、スライムさんの慌てた声が聞こえた。


{どうしよう…… ご主人さま、ご主人さま、しっかりしてください! 大丈夫ですか!?}


 大丈夫、って言ってあげたいんたが…… 苦しすぎて、しゃべれん。

 たぶん、ただの過換気症候群なんだがな。


【いわゆる、過呼吸ですね】


 正解だ、AI。

 原因は精神的なもの (どんだけ増える俺のトラウマ) だから、安静にして、ゆっくり息を吐けば…… あ、だめだ。

 目の前が暗く…… 


{死なないでください!}


 悲鳴とともに、めちゃくちゃ揺すぶられた。

 いや、そっとしといて……


{そうだ、ポーション! ポーション錬成……! 錬成、終了! 錬成、成功! はい、どうぞ、ご主人さま!}


 いちご味の液体が口のなかに流れこんでくる…… いや、その角度はダメ! 気道に入…… げほっ!

 ゲホゲホッゲホッ…… 息ができないのに、咳が止まらん……! なんかもう涙出てきた…… あれ。


「…… なおった……」


 いやまあ、なおるか。過呼吸だしな。


{良かった! ご主人さま!}


 スライムさん 《少女の姿》 に抱きつかれ、俺は再び、意識を失いかけたのだった。



{恩返しは、別の方法にします……}


 ポーション注入むせ返り治療で、2度めの過呼吸から俺が、なんとか立ち直ったあと。

 スライムさんは、しょんぼりと頭を垂れた。


{迷惑かけて、ごめんなさい}


「いや、そもそも、そこまで恩返しにこだわらなくていいよ。気にしすぎ」


{うっ、うっ、うっ}


 スライムさんが、泣き出した。


{うわぁぁぁぁん! ぴえええええ! ふみゅううううううう……}


 大粒の涙を流しながら、溶けていくスライムさん。恩返しを断った程度で、なんで?

 まさか…… あの噂は、ほんとうなのか……?

 ―― 昔、このゲームで 『スライムを逃がしてやると恩返しにやってくる』 という噂が流れたことがあった。

 当時は、真偽を確かめたことなどなかったが…… なにしろ、魔族は人間の敵だったからな。

 それもスライムなんて、冒険者レベルアップのために倒されまくるだけの最弱モンスター。

 もし助けても、恩返ししてもらう前に、誰かに潰されていただろう。


「もしかして、スライムさんって、めちゃくちゃ義理固かったりする?」


{ふみゅう…… 『恩を受けたら3倍返し』 が、わたしたちスライム族の鉄則です……}


 クーラーボックスのなか (溶けきる前に戻した) でスライムさんは、まだ泣いている。


{恩返しさせてもらえなかったら、罪悪感が半端なくて…… もう生きていけません……}


「思い詰めすぎだろ!」


{ぴええええええ……}


【ちなみに、それ本当ですよ】


 AIの説明によると。


【今のように泣きすぎて溶けたり、罪悪感でなにもやる気が起こらなくなり、水分をも摂れなくなって干からびたり…… 眠れなくなってお肌がボロボロになり、歩くたびに垂れたりも、しますね】


「うつ病っぽいな」


{うみゃぁぁぁぁぁあん……}


「わかった、わかった。恩返ししてもらうまで一緒にいよう」


{ふみゅ…… いいんですか!?}


「うん…… うつ病のつらさは、俺にもわかるからな」


{ありがとうございます!}


 ぷぴゅん!

 スライムさんがクーラーボックスから飛び出した。今度は、よけた。


 そのとき。

 背後のしげみが、ガサッと音をたてた。

 なんだろう……?


 ガサガサッ ガサッ……


 しげみのなかで、なにかが動いている…… が、出てくる気配はない。


「動物……?」 「蛇でしょうか?」


 俺とスライムさんは、おそるおそる、しげみに近寄った。

 ガサガサッ……

 かたまりになって生えている草木が、音がするたび、

 これは……

 俺は、適当な草をまとめてつかみ、引き上げてみた。思ったとおりだ。

 落とし穴 ―― なかで子犬が、こちらをにらみつけながら、うなっている。

 足にケガしてるな。もじゃもじゃの茶色い毛に、血がついている…… 落ちるとき、折れた木で擦ったのか?


「くるなよ! 噛みつくぞ!」


「…… なんで犬が、しゃべるんだ?」


{コボルト族ですよ、ご主人さま}


「理不尽だな…… いや、こっちの話」


 AIに聞いてみてもいいが、どうせ 『身体の構造は人間に近い』 とか言い出すんだろう。


【正解ですww】


 ほらな。

 俺は、子犬に話しかけた。


「とりあえず、助けるから、じっとしてろよ」


「噛みつくって、言ってるだろ! くるな!」


 めちゃくちゃ警戒されてるな。


{最近、この辺りは奴隷狩が多いんです…… だから、怖がってるんだと思います}


「奴隷狩?」


{魔族や人間をつかまえて、奴隷として売る人たちですよ。さっきの2人組も、そうです}


「ああ、それでスライムさんも 『オレのもの』 扱いされてたのか」


{失礼ですよね! わたしはご主人さまのものなのに}


「いや、それは違うだろ」


 落とし穴は、俺の背丈の半分くらいの高さだ。

 なかに入ると子犬が、あしに噛みついてきた…… 甘噛みだな。ま、あとで消毒しとけば問題ないだろう。

 子犬を抱えあげて外におろし、俺も落とし穴から出る。

 子犬は逃げようとしたが、すぐに、悲鳴をあげてうずくまってしまった。

 裂傷が痛むのか…… うわ。けっこう、ひどいな。まだ血がにじみ出てる。縫えるといいんだが…… あ、無理だわ。

 考えるだけで、手が震えてきてる。情けない。

 とすると、使えるのは接着剤か ―― 水で洗って組織接着剤フィブリンのりでくっつけて、傷口をガーゼとテープで保護して破傷風の予防接種…… まずい。ぜんぶ《神生の螺旋》で出すと、俺のライフH Pがゼロになる。

 そうだ。傷口をくっつけたあと、ポーションで患者の体力回復させれば、傷、治るんじゃないか!?

 ものは試しだ。やってみよう。


「スライムさん。さっき俺に使ってくれてたポーション、もう1回、作れるか?」


{お安いご用です!}


 ぷるんっ!

 スライムさんが、半透明の宝珠に変化した。

 この宝珠は……


「錬金釜!?」


{はい!}


 ―― 錬金釜は、錬金術師なら誰もが欲しがるアイテム。これがあれば、錬成陣を使わなくても簡単に物質の錬成ができる。

 ただし、高価たかいので、金持ちしか買えない。

 そして、スライムが錬金釜に変身するなんて、噂でも聞いたことがない。このひとスライムさんの場合、武器に変身できる時点で、じゅうぶん、おかしかったんだが……


「あのさ…… スライム族って、みんな、こうだったっけ?」


{いえ? お恥ずかしながら、わたしだけかと……}


 スライムさん 《錬金釜の姿》 が、虹色の光を放ちながら、ぷにゅぷにゅと揺れた。

 テれとドヤりが50%ずつ、って感じだな。

 ―― いろいろとツッコみたいが、まずは患者の子犬くんが優先だ。


「じゃあ、とりあえず、3本ほど作れるか?」


{了解。ポーション3本の錬成を、開始します}


 スライムさん 《錬金釜の姿》 が、まぶしいほどに輝きだした。


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