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第2話 水たまりは◯◯だった

【敵が接近します。戦闘準備を……】


 繰り返す、AIの警告。

 けど、戦闘準備って言われてもね!?

 チート能力で取り出せるのは、使ったことのあるものだけ ―― とすると。

 武器になりそうなのは、包丁か、メスか、カテーテルか…… だめだ。

 手術を連想するものは、父親の死からこっち、トラウマなんだよね。

 ん? だが、包丁なら……

 考えようとしたとたん、上腹部に強烈な痛みが走った。

 あー…… 俺、刺されて死んでたんだっけ。

 なんだよ、トラウマ増えてるじゃん。包丁もダメとは、情けない。


【戦闘準備をしてください】


「無理だ。短い付き合いだったな、AI」


 俺が、覚悟を決めたとき ――

 ぷるんっ

 バケツの水、ではなくゼリーが、跳ねた。

 ゼリーはそのまま、俺の手に飛び込んでくる……!


「いや、回復するまでは安静に…… って」


 俺の手のなかにおさまったのは、ヘンなゼリーではなかった。

 黒いグリップに、紋章らしきものが刻まれた幅広のガード、しなやかな鋼。

 めこまれた青い宝石から放たれる、輝くオーラが剣身を覆っている…… 持つだけで勇気がわいてくる気さえする、ロングソード。

 この剣は、ずっと昔にゲームのオープニングで見たことがある。たしか、勇者にしか持てない伝説の聖剣だった。


「エクスカリバー……?」


 俺の呟きにこたえるように、剣がぷるっと震えた。


【正確には、スライム 《聖剣エクスカリバーの姿》 です】


 あ、スライムか! だったら、水からゼリーにも、熱中症にもなるわ。

 だが、聖剣だと……?


【詳しい話は、また後程。スライム 《聖剣エクスカリバーの姿》 を、武器として使用しますか?】


 洞窟の入口にはもう、敵らしき二人組の人影 ―― 

 たとえスライムでも、使うしかないでしょ。

 頑張ろうな、スライム 《聖剣エクスカリバーの姿》 !


 二人組が、近づいてきた。

 でかい男と細いやつ ―― でかいのの片手には大鍋。細いやつの右手には、ダガーが握られている。

 俺もスライム 《聖剣エクスカリバーの姿》 を握りなおし、身構えた。剣身がひときわ青く輝き、ふたりの顔を照らす。

 灰色の髪で片目を隠した細いやつが、残った片目でぎろっと俺をにらんだ。


「おい、あんた。行き倒れのスライムをどこに隠した? あれはオレたちのもんだぜ」


「そうだぞ。スライムは、おれたちのワナに、かかったんだぞ。なのにおまえ、1ツ目玉の狂暴そうなモンスターまで使って、横取りするなんて。いけないんだぞ」


 1ツ目玉の……? ああ、扇風機か。こわかったんだ、こいつら。ウケる。

 でかい男が、俺を指さして宣言した。


「はやくスライム出さないと、おまえ、ひどいめにあわすぞ」


 そのとき。俺の手のなかのスライム 《聖剣エクスカリバーの姿》 が動いた。

 なに? 上? 跳べばいいのか?

 軽くジャンプしてみる。ぐっと上に引っ張られる感覚…… 一瞬で俺は、洞窟の天井すれすれまで跳んでいた。

 足の下に、二人組。


「やろう…… 勝手に消えるなんて反則だぞ!?」


 キョロキョロと左右を探す、でかいほうの頭に…… 急降下!

 剣が自ら向きを変える。

 柄の先っちょが、赤茶色の癖毛に、叩きつけられる……!


「おぐぅわっ!」


 大丈夫か!? これ、頭、割れないよね!? 

 でかいほうの男は、頭に少し血をにじませて、ゆっくりと倒れていった。手にもっていた大鍋が、固い音を立てて地面に転がる。

 この感じだと、脳しんとう程度だな。よかった。


 着地した俺は、ふたたび、剣を握りなおす。 

 ―― 次は、灰色の髪の細いやつ。おまえだ…… って。

 俺の剣を見て、なんでそんなに、びっくりしてんの?


「そ、それはエクスカリバーか!?」


「うん。よく知ってるな」


 俺の手のなかで、スライム 《聖剣エクスカリバーの姿》 が、また向きを変える。

 そのまま、突進…… ターゲットは当然、細いやつだ。

 めちゃ、速い。

 普段の俺の速さでは、もちろんない…… ということは、これが、スライム 《聖剣エクスカリバーの姿》 の実力か。明日は筋肉痛、確定だな。

 おっと、スライムさん!

 刺すのはやめてくれよ!? 俺が殺したことになっちゃうだろ!?

 細いやつもダガーをかまえ、身を低くして俺を迎え撃つ姿勢。

 俺の懐に入り込む算段か…… 

 だが、やつの身長は俺より少し高い。低さ勝負なら、俺のほうが有利だ。ついでに剣のリーチもな。

 ぐっと頭をさげてやつをガードしつつ、ダガーの下に剣身を差し込む。

 斜めに跳ね上げ、ダガーをとばす。

 そのまま、剣の重さとスピードを利用し、振り下ろす!

 これまで武道なんてやったことのない俺が、こんないい動きをするとは…… さすがスライム 《聖剣エクスカリバーの姿》 、ってとこか。

 だが、刃の部分は使わないようにしているあたり、俺の意思が伝わっている気がする。

 だから、操られてるとかじゃなくて……

 むしろ、俺が思いどおりに動けるよう、剣が強力にサポートしてくれている感じだ。 


 剣身が、敵の第二肩関節のあたりを直撃した。  

 骨の、砕ける音…… 聞くだけで痛いよ!


「うっ…… くっ……!」


 やつは、肩を押さえ、うずくまって呻く。 


「あんた、本物の勇者か……!」


「いや、違うな」


「なんで、スライム魔族なんか庇うんだ……!」


「それはな」


 理由なんかない、ただの成り行き…… だが、そうは言いたくないんだよな。

 俺の患者でもあるし、たったいま、共闘した仲間でもある。

 少なくとも、こいつなんかに 『魔族なんか』 呼ばわりされたくないスライムさんだ。


「第一印象で決めました」


 俺は、細いやつの頭にも一発、脳しんとうをお見舞いしておいた。 

 細いほうは声もなく、でかいほうの隣に倒れ伏した。


【冒険者レベル、アップ! リンタローのレベルが3になりました。HPが+3、力が+1、防御が+1、素早さが+1されました。体力が全回復しました!】


 おっ、もしかして、筋肉痛も……?


【いえ、筋肉そのものが受けた損傷は回復しません。明日は耐えてくださいww】


 やっぱ、そうだよな。


 ぷるんっ

 剣が震えて、バケツにもどった。 

 もとのゼリー状…… 病み上がりなのにお疲れだったな、スライムさん。


「とりあえず逃げるから、今度こそ安静にしてろよ?」


 声をかけると、スライムさんはぷるっと揺れて、青紫の瞳をゆっくりと閉じたのだった。

 さて、行くか。

 チート能力 《神生の螺旋》 で、ふたたび保冷剤とクーラーボックスを取り出し、バケツからスライムさんを移しかえる。俺用には、ネッククーラーと日傘。

 洞窟の外、確実に暑いからな……




【まずは、ここから一番近い、ピエデリポゾ村を目指しましょう】


 聞いたことないな?


【ここは魔族の国なので、あなたには初めてです。ピエデリポゾは、ゴブリンやコボルトの住む村ですよ】


 ふーん。じゃ、ま、行ってみるか。

 AIのガイドに従い、洞窟のあった丘をてくてくとくだる。

 道の両脇に広がるのは、何も植えていない、雑草ののびた畑 ―― AIによると、秋には小麦の種まきをするんだとか。

 のんびりしていいんだが、ちょっと退屈だな。


【なら、この世界についての解説はいかがでしょう?】


 OK、AI。ま、昔やってたゲームだし、大体は知ってるんだけどな。


【では。この世界は、超弦理論による並行宇宙の……】


 ごめん、前言撤回。


 みちみち聞いた、AIの話をわかりやすくまとめると ――

 俺はどうやら、とっくの昔にサービス終了になったオープンワールドRPG 『アルスシーズ』 のオリジナルの世界(?)にいるらしい。

 AIが言うには、ゲームやマンガや小説…… すべての創作物のおおもとは、クリエイターの無意識が次元を超えて無数にある並行宇宙のどこかをのぞき、写しとったもの。だから、必ずオリジナルが存在するのだとか。

 つまりここは、ゲームとよく似た異世界ってことになるかな。なら、現実世界の俺はいま、おそらく死ぬ間際。表層意識はすでになく、無意識領域のみが異世界を…… って。

 いやいや、死ぬ間際にそんな余力はないだろ、俺の脳みそ! あと俺、眼球と視神経を通さないものは基本、見えないと思ってるから!


【魂を信じればラクになれますよww】


 おまわりさーん。怪しい宗教のヒトがいまーす!


【あなたの魂は、自分の意思で、昔、いちばん楽しかった世界に飛び込んだんですよ】


 あーあーあー。聞こえないー。


【世界意志はあなたの魂を歓迎し、魂のランクと選んだ職業に合わせて、特典を贈りました。それがチート能力 《神生の螺旋》 です】


 そのさ…… 『世界意志』 とか魂とかって、認めなくても、別にいいかな?


【いいですよww あなたの認識によらず、存在するのでww】


 やめてくれ。じゃ、AIは 『世界意志』 なのか? 話が進まんから、仮に、存在するとして。


【厳密には 『世界意志』 を認めないあなたが、その干渉を、受け入れ可能な形式に無意識的に内面に再構成した―― その結果が私、AIです。ちなみに、大体の人は 『神様』 を採用します】


 てことは俺の無意識は、こんな怪しいもんを受容していると……


【生存戦略の一種でしょうねww】


「死にたくなってきた……」


 がっくりと呟く。


{死なないでください!} 


 …… あれ。いま、クーラーボックスのなかから声がしたような?

 もしかして、起きたのか。

 ふたを開けてみると、スライムさんが、俺にすがるような眼差しを向けている……


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