私は、ミネルバは、誰よりも優れた魔法使いになれると信じていました。
魔法を学ぶための学園にも、主席で合格することができましたから。
その時に、面白い生徒を見つけたと考えていたんです。
それが、ルイスさん。この学園で、形骸化したと思われていた一般入試で入学した人。
今思えば、それが私にとって運命の出会いでした。
ルイスさんが合格した一般入試。
それは、魔法のノウハウを貴族で独占するために作られた学園で、それでも本物の才能を拾い上げるために作られた制度。
ただの民衆は、本来ロクに魔法を学ぶことができません。
それなのに、学園に入学できるほどの才能。主席で合格できて安心していた私には、まるで理解できていなかった。
ルイスさんは全くの手探りの勉強で、効率の良い学習方法で学んできた貴族たちの大部分を上回る成果を出す。
私は入試では10位だったというルイスさんの成績を見て、単に感心していただけでした。
ルイスさんの成績が、どれほど恐るべき才能と努力によって生み出されたのかを認識しないままに。
そんなルイスさんは、私の空間魔法を見たことによって、空間魔法に興味を持ったようでした。
ルイスさんはその美しさによって心を惹かれたのだとすぐに分かる態度で、微笑ましくなってしまいます。
空間魔法を見つめるルイスさんの顔は本当に幸せそうで。この人は私と同じなのだと感じて。
きっとそれが、私が初めての恋をするきっかけだったのでしょう。
どこからどう見ても、ルイスさんは魔法が大好きでしたから。私はそんな人と出会いたいと思っていたんです。
ずっと、私は孤独に魔法を学んでいましたからね。切磋琢磨するということに憧れていました。
ただ、私が考えている以上に、ルイスさんは真っすぐで、努力家で、才能にあふれていた。
学園での成績の順位は、努力と才能をかけ合わせたものを上から数えた順番。
そんな当たり前の裏側にある、一般入試を通過するほどの努力と才能。
ルイスさんと同じ環境にいる人間が、これまでずっと私達の学園には入学できなかった。
それが意味することに、初めて少しだけ触れた私。それだけで、焦りが生まれたんです。
このままでは、私が必死で学んだ空間魔法を、ルイスさんは軽く習得してしまうのではないか。
そんな不安が頭をよぎって、それでも、ルイスさんとの会話は楽しかった。
ルイスさんは私がずっと思い描いていた競い合う仲間よりも、ずっと魔法を愛していたから。
どんな属性でも好きだという、私と同じ見解。そして、とても深い魔法の知識。
それらをルイスさんから感じ取ることができて、初めて私は魔法についての会話にのめりこんでいたんです。
それなのに、ルイスさんはかつての私を遥かに上回る速度で空間魔法へと近づいていく。
苦しさと切なさと押し寄せる恐怖と。私はそんな負の感情に振り回されそうになっていました。
それでも、ルイスさんと話す時間は本当に楽しかったから。
ルイスさんが話しかけてくれることをずっと待ちわびていたんです。
そんな心が変わり始めたのは、ルイスさんの本当の才能を理解した時。
すなわち、ルイスさんが空間魔法を使ったと報告してきた時でした。
ルイスさんならば、間違いなく在学中に空間魔法を習得することができる。
その早さだとしても、私が空間魔法を知ってから使えるようになるまでより、ずっと早かった。
それなのに、ルイスさんはひと月も使うことなく、空間魔法を使うことに成功していたんです。
私はそれからずっと苦しんでいた。ルイスさんへの嫉妬、そんな感情を抱いてしまう私自身への嫌悪感。
そして、ルイスさんの才能を知ってから近づきだした有象無象の存在。
どうしても私は心を抑えることができなくて、気づけば空間魔法の光景が歪んでいたんです。
それでも、ルイスさんには彼が憧れてくれた空間魔法を見せたかった。
それなのに、私が魔法を楽しむ心から生まれた景色はちっとも威力を発揮してくれなくて。
だから、おぞましいと自分でも理解できている空間魔法を使うしかなかった。
ルイスさんは私のことを心配しているようでしたけど、私はルイスさんに見られたくなかった。
何も知らない人たちが私を気遣っていることなどどうでも良くて、ルイスさんに嫌われるかどうかだけを心配していたんです。
だって、ルイスさんのことを考えるのはつらくても、初めて楽しく魔法について話せた人だったから。
そんな人に、私の心が醜くなっているという事実を知られたくなかった。
ルイスさんに対する嫉妬と好意と、あとは執着。そんな歪みの中にある心を見られるのが怖かった。
私は周囲の人に避けられていることになんて興味なかった。
どうせ大した魔法を使うこともできない人たちでしたから。
それよりも、ルイスさんが私を気遣っているという事実が、私の心に重くのしかかっていた。
つまるところ、私は正常な状態でないと思われている証だったから。
そんな考えが頭の中をぐるぐると回って、気づけば私はルイスさんを拒絶していた。
そして、ルイスさんを傷つけてしまった私は、自室でずっと嘆いていた。
ルイスさんにひどいことを言ってしまった。これからはルイスさんと楽しく話すことはできない。
そう考えている中で、どうしてルイスさんを私は拒絶したのか理解した。
私は本当はルイスさんが好きで、ルイスさんが遠くに行ってしまいそうで怖かっただけ。
それなのに、もうルイスさんと話すことはできない。どの面を下げて話しかければいいというのか。
こうして、私の恋は砕け散った。自らの手で砕いてしまった。
私の初恋の終わりは、そんな馬鹿げたものだったんです。
それからの私は、悲しみの時間を過ごしていた。
何もやる気が起きなかったけれど、それでも惰性で魔法の練習をしていたんです。
すると、私の空間魔法はまた変化しているようでした。
だけど、まったく威力を追求する気は起きなくて。
今のままでも良いとすら思っていた。それでも、何もしていないとつらかったから。
だから、ずっと魔力制御を追求していました。
なにか手を動かしている間だけは、ルイスさんのことを忘れられましたから。
そして、失意にいるであろうルイスさんの顔を見た時、私の心はきっと変質した。
ルイスさんは悲しみに支配されているようで。
つまり、私の言葉で苦しんでいてくれたってこと。
それが嬉しくて、楽しくて、背中がゾクゾクするような感覚に陥っていました。
ルイスさんに好かれることは、もうできないかもしれない。
それでも、ルイスさんに私を刻みつけることはできるんだと。
私は歪んだ希望を胸に、日々の努力の糧としていたんです。
そんな中、ルイスさんの空間魔法を見る機会がやってきました。
以前はキレイな景色だったはずなのに、それは見る陰もなく。
ルイスさんの空間魔法は無機質なものへと変化していました。
間違いなく私に拒絶されたことがきっかけ。そう確信して。
だから、私はつい笑顔を浮かべてしまったんです。
だって、ルイスさんは私で心がいっぱいなはずだから。
それで、ルイスさんは私の空間魔法を見たいようでした。
だから、ルイスさんを拒絶するきっかけになった景色を見せてあげたんです。
そうすれば、ルイスさんは私のことを強く考えてくれると信じて。
だというのに、ルイスさんは私の心の形に合った光景ではないと気づいてしまったんです。
その時の私は、ルイスさんを徹底的に追い詰めたいという思い、そんなのいけないという理性。
それらの中でずっと悩んでいました。何かが目覚めそうな感覚の中で。
本当に花開いてしまえば、私はきっとルイスさんを傷つけるだけの人になっていた。
だけど、そうはならなかった。
ルイスさんは私との約束を覚えてくれていた。
火属性の魔法を使って、料理を作る。それは私の得意技です。
そして、実際に料理する場面を見せると、たしかに私は言いました。
軽い気持ちで言葉にしただけのものでしたが、ルイスさんは楽しみに待っていてくれたのかも知れません。
それだけで、私の心は舞い上がりそうになっていたんです。
なのに、ルイスさんのくれた喜びはそれだけじゃなかった。
私の魔法がいちばん好きだと言ってくれて、澱んだ空間魔法すらも、努力の証なんだと。
私の魔法の真実の美しさは、私自身が重ねた努力にこそあるのだと。そう言ってくれたんです。
きっと、他のどうでもいい人たちに同じセリフを言われたとしても、私は何とも思わなかった。
私以上に才能があって努力しているはずのルイスさんの言葉だからこそ、私に響いたんです。
ルイスさんが認めてくれるのなら、私の魔法はきっと素晴らしいものだ。
そう信じることができた私は、次の目標に向けて進みたいと感じました。
その時に思いついたのが、恋の魔法。2人で心を重ねないと、決して使いこなせないもの。
でも、使い方を故意に間違えれば、相手の心を自分で塗りつぶすことすらできる。
ルイスさんの言葉で救われていなかったのなら、私はきっとルイスさんの心を私で染めていた。
だけど、ルイスさんの心を変えてしまうなんて、もう私にはできない。
だって、私は魔法に向かって一直線で、魔法が誰よりも大好きなルイスさんが大切だったから。
それでも、きっと2人の心が重なり合うならば、最高の時間になるはず。
そう信じて、ルイスさんに空間魔法を2人で束ねることを提案したんです。
それからの時間は本当に楽しかった。
ルイスさんは私に寄り添ってくれて、私はルイスさんの心に近づいて。
それだけではなく、ほとんどの時間をルイスさんと一緒だということも素晴らしい。
だって、私の疑問にちゃんと素晴らしい答えを返してくれる。
ルイスさんの指摘は、私に新しい知見をもたらしてくれるものばかりでした。
本当の目的を忘れそうになるくらいルイスさんとの時間にのめり込んで。
ついに私たちは目標としていた空間魔法を重ね合わせることに成功しました。
その時の景色は私が見たことが無いくらいにきれいで、思わず感動してしまいました。
ルイスさんも同じ気持ちでいるように見えることが、何よりも嬉しかったんですけど。
それから、運命の瞬間がやってくるのです。
ルイスさんはきっと私を好きでいてくれる。その想いを口にしてくれる。
そう思えましたが、その前に私は罪を償いたかった。ルイスさんを傷つけてしまったことを。
だから、私の考えていることを順番に伝えていったんです。
そのすべてをルイスさんは受け止めてくれて、そして私に好きだと言ってくれた。
だから、私もルイスさんに好きだと返したんです。
私とルイスさんの関係は、すべて魔法が繋いでくれた。
だから、きっとこの恋は魔法の恋。素晴らしい響きです。
大好きな魔法と、大好きなルイスさんが共鳴しているようで。
私はルイスさんに全てを肯定されて、その瞬間のルイスさんの照れくさそうな顔を見て。
そうして、私の想いがさらに燃え上がっていったんです。
だからきっと、この想いは2つ目。
私は初恋のあなたに、二度目の恋をしたんですよ、ルイスさん。
ただでさえ好きだったあなたに、もう一度恋をしたんですから、素晴らしいに決まっています。
これまでの人生で感じたどんな喜びよりも、はるかに最高なんですよ。
だから、私を大好きでいてくれるあなたへ。
この想いは胸に秘めたままなのか、いつか伝えるのか。それはわかりません。
だけど、私はあなたが誰よりも大好きなんです。どんな苦難が訪れても、きっと乗り越えられる。
貴族と平民だという問題は、ルイスさんの才能ならば、きっと大丈夫。
だって、魔法はこの国ではそれだけ重いものなんですから。ルイスさんは知らないみたいですけれど。
私の醜い心まで、全部を受け入れてくれたルイスさんだから。
いずれ私達が破局を迎えるのだとしても、その度にきっとまた私はあなたを好きになる。
ルイスさんだって、きっと問題のある人間なのかもしれません。
だとしても、その難点だって好きだってはっきり言えるんですよ。
ルイスさんは鈍感で、人の心がわからなくて、魔法以外を軽んじていて。
だけど、そんなあなただったからこそ、私は共感できた。信じられた。
ルイスさんはきっと魔法でだけは嘘をつけない。それはきっと私も同じだから。
くだらない魔法使いなんて、邪魔としか思えない私と。
私はきっと本音では、誰もが必要ないと考えていたんです。
だけど、今はルイスさんのことを大切だと思える。
私を変えてくれたあなたが好き。これからもずっと同じだと信じられるから。
だから、ルイスさん。私――幸せです。