ミネルバさんは、2人の空間魔法を重ねる技を恋の魔法だといった。
それは、つまりそういうことだと考えていいのか?
俺がミネルバさんを好きであるように、ミネルバさんも俺を好きでいてくれている。それでいいのか?
ミネルバさんが俺をからかっているだけの可能性、恋の魔法というのが実像とずれている名称である可能性。
色々と思い浮かんではいるのだが、どうしても希望の方に考えを進めてしまう。
「ミネルバさん、俺は――」
何を口にしようとしているかも分からないまま、俺から言葉が出ようとしていた。
ミネルバさんは俺の口を手で塞ぎ、俺の言葉を押し留める。
そのミネルバさんの顔は、思わず見とれてしまいそうな表情だった。
なんというか明るい雰囲気で、それと同時にいたずらっぽさも秘めたような。
「待ってください、ルイスさん。まずは、私の言葉を聞いてもらえませんか?」
ミネルバさんは俺に何を言いたいのだろう。
あまり想像がつかなかったが、素直にうなずく。
ミネルバさんはそれを受けて、ゆっくりと語り始めた。
「ルイスさん、まずは、あの時はごめんなさい。あなたに出会わなければよかっただなんて言ってしまって」
そのままミネルバさんは頭を下げる。あわてて頭を上げてもらった。
たしかに俺はあの時傷ついていた。だが、あれがあったからこそ、ちゃんとミネルバさんを理解しようと思えたのだろう。
だから、結果的にはあれで良かったのだと思う。
もし、俺の想いがあの時に伝わっていたとして、何かしらミネルバさんを傷つけていただろうから。
結局のところ、あの時の俺はミネルバさんの表面しか見ていなかった。
だから、あの時付き合えていたとしても、すぐに破綻していたことは想像に易い。
「いや、大丈夫だ。気にしていなかったと言ったら嘘になるが、あの時の言葉があったから、俺は成長できたんだ」
「そうですか。私も未熟だったと感じていましたが、ルイスさんもだったんですね。お揃いですね、私たちは」
ミネルバさんはどういうところを未熟だと思っていたのだろう。気にはなるが、聞くことでもないな。
俺自身の未熟さは語るまでもない。あんなざまだったから、ミネルバさんを傷つけてしまったのだからな。
それにしても、お揃いか。本来好ましい共通点ではないだろうに、それでも嬉しく感じてしまう。
やはり俺はミネルバさんが好きだということが、この感情からでも分かる。
「そうかもな。だが、お揃いとなるとどこか良いもののように感じるな」
「ふふっ、そうですか。それは嬉しいですね。それで、私はあれからずっと後悔していた。ルイスさんを傷つけてしまったこと、空間魔法が示すとおりに醜い私になってしまったことを」
ミネルバさんが醜いなんて思ったことはないが、ここで否定する状況ではないな。
おそらく、昔は醜かったが今は違うという話になるのだろうから。
いまミネルバさんは醜くなかったと言ったところで、話の腰を折るだけだろう。
それにしても、俺が傷ついていたことはミネルバさんにも気づかれていたのか。
なんだか恥ずかしいな。これなら、俺がミネルバさんに好意を持っていたことも知られていたのかもな。
そのままミネルバさんは語り続ける。ミネルバさんの話し方は、罪の告白かのようだな。
そんなふうに考えなければならないことをミネルバさんがしたとは思えないが。
「でも、そんな傷ついたあなたが私を元気づけようとしてくれて、嬉しかった。それに、ルイスさんほどの魔法使いに、私の魔法を認めてもらったことも」
おそらく、ミネルバさんの空間魔法を肯定したことを言っているのだろう。
俺にとっては当然のことだった。仮にミネルバさんが嫌いな相手だったとしても、あの魔法を否定などするはずがない。
だって、間違いなくあれは素晴らしい魔法だった。
洗練された魔力操作に調和の取れた魔力どうしの釣り合い。
それほどに努力が積み上げられた魔法を嫌いだという人間など、俺は見下げ果てたやつとしか思えないだろうな。
「それは、ミネルバさん自身が優れた魔法使いだったからだ。単なる同情で人の魔法を褒められるほど、俺は人間ができていないからな」
「ええ。そういう人だと知っているからこそ、ルイスさんから褒められることが嬉しかった。だって、本当に私の魔法が優れている証ですから」
ひどい人間だとミネルバさんに認識されていないか疑いそうになる言葉だな。
とはいえ、間違った考えではない。俺は魔法でだけは嘘をつけない。
くだらない魔法だと考えていながら世辞で褒めるなどということは、今でもできそうにないからな。
悪癖と言えるのかもしれないが、改善しようという考えすらも浮かばない。
やはり、俺は人間としては問題があるのかもしれないな。アベルからほのめかされていた事ではあるが。
「ミネルバさんの魔法が劣っているというやつなど、どうかしていると思うがな」
「そんな事はありませんよ。それも普通の人間です。ですが、そんな人達と魔法を高め合えるとは思えませんが」
そういうものか。まあ、俺だってアベルよりレベルの低い魔法使いとは協力しようと思えない。
その点では、ミネルバさんに共感できるのかもしれないな。
とはいえ、ミネルバさんがそういう風に他者を評価する人だとは知らなかったな。
まあ、それでミネルバさんを嫌いになるわけではないから、ある意味ではどうでもいいのか。
それにしても、普通の人間とはなんだろうな。俺の故郷にいた人たちと、この学園の人間は大きく違うのだが。
まあ、そんな哲学に興味はない。俺の興味は魔法と、あとはほんの少しの親しい人間だけに向けるものだから。
ようやく俺も俺自身が分かってきたな。おそらく、ミネルバさんが魔法を使わなくなったのなら、俺はミネルバさんを好きではなくなる。
だが、ミネルバさんはそうではないと信じられるから。だから好きになったんだ。
だって、大きな挫折を味わったはずなのに、それでも前に進めた人だから。
「ミネルバさんがそう言うのなら、俺はあまり興味を持てない相手かもな」
「ええ、そう思います。ですが、そんなあなたの言葉だから、私はまた魔法を好きになることができたんです。ルイスさん、ありがとうございます。私の魔法を認めてくれて」
ミネルバさんは魔法が楽しくないと言っていたからな。
そんな状況でも努力できる人だから、俺はミネルバさんの魔法を素晴らしいと感じた。好きになった。
俺だって同じように、いや、それ以上に努力を続けていたい。
魔法は俺のほとんど全てだから。今はミネルバさんも同じくらい大事ではあるが。
「当たり前のことだ。素晴らしい魔法を素晴らしいと認められなくなったら、俺は終わりなんだからな」
「そうですね。私も似たような考えです。愛する魔法でだけは、嘘を付きたくありません。それで提案なんですけど、空間魔法をお互い1人ずつ使っていきませんか?」
「ああ。どちらから使えばいい?」
「なら、ルイスさんからどうぞ」
言われたとおりに空間魔法を使う。
俺は強烈に頭の中に残っている、恋の魔法の光景を再現した。
すると、今まで使ってきたどんな空間魔法よりも威力が高いとすぐに理解できた。
俺の心にある光景は、今ではこうなんだな。
俺の空間魔法を見て、ミネルバさんは納得したようにうなずいていた。
「やはり、そうなりましたか。私もきっと同じですよ」
そのままミネルバさんも空間魔法を使う。
俺と同じように、ミネルバさんも恋の魔法の景色で空間魔法を発動していた。
これもまた同じように、ミネルバさんもこの光景が一番威力が高いように見えた。
「これは恋の魔法の影響なのか?」
「おそらく、そうでしょうね。2人の心が同じ様になるのですから、それは幸せに近づけるでしょう」
ミネルバさんの言葉がどういう理屈かはわからなかった。
ただ、ミネルバさんはとても幸せそうな顔をしていて、つい見とれてしまう。
やっぱり、ミネルバさんは明るい顔がよく似合う人だ。
初めて出会った時には冷たい印象を感じていたものだが、今では随分違うようにみえる。
「これもお揃いか? 悪くない気分だな」
「ふふっ、そうですね。私たちはもともと似た者同士なんです。でも、もっと近づけましたね」
それは分かる気がするな。
俺もミネルバさんも、魔法では誰にも負けたくないと感じているだろう。
それに、魔法を使っているだけで楽しいし、どこまででも魔法を極めたい。
きっとこの思いは同じだろうと感じている。
だが、俺もミネルバさんもお互いになら負けてもいいと思っている気がする。
きっと、そこが変わったところで、近づいたところなんだろうな。
「それは嬉しいような、怖いような。ミネルバさんに似るというのなら、悪いことではないだろうが」
「私はきっとそんなにいい人間ではありませんよ。でも、だからこそルイスさんとは共感できる」
俺がいい人間ではないと言われている気がする。間違ってはいないが。
ミネルバさんも俺も魔法が基準にある以上、普通の人間と接するのはそこまで楽しくないだろう。
きっと、そこがミネルバさんの言ういい人間ではないというところなんだ。
でも、ミネルバさんがそういう人だからこそ、俺はこの人を2回も好きになった。
初めて好きになった時は、単に空間魔法を使える相手だったからなのだろうが。
今ミネルバさんを好きなのは、魔法を第一に考えられる人だからなんだと思う。
ミネルバさんも似たような想いを抱いているのだろうか。そうだと嬉しいが。
「俺はろくでもない人間だからミネルバさんを1度傷つけてしまったが、それでもいいのか?」
「私だって同罪ですよ。ルイスさんを傷つけてしまった。だけど、その過去があったからこそ、今こうしていられるんです。だから、これでいい」
ミネルバさんの顔を見て、少しだけ辛くなった。
なぜなら、ミネルバさんが切なそうな表情をしていたから。
俺はミネルバさんにはいつでも幸せそうでいてほしい。望むのならば、俺自身でその顔を作りたい。
よし、決めた。この想いを伝えよう。もしかしたらうまくいかないかもしれない。
だとしても、胸に秘めたままで居たくない。
いずれ後悔するかもしれないが、今はこの思いのまま進みたいんだ。
「ありがとう、許してくれて。ミネルバさん、俺はミネルバさんが好きだ。ミネルバさんとずっと一緒にいたいし、ミネルバさんにはできるだけ笑顔でいてほしい。それが俺の気持ちだ」
「ふふっ、ルイスさんらしい言葉とタイミングです。でも、だからこそ嬉しい。ルイスさんが本気で私を好きだということが分かる」
何か間違っていただろうか。ミネルバさんの反応からは、そんな気配を感じる。
だが、それ以上に俺は喜びを抑えるのに必死になっていた。
今の言葉からは、俺の好意をミネルバさんが喜んでくれていることが分かったからだ。
そのままミネルバさんは言葉を続けていく。俺は努めて冷静に聞こうとしていた。
「ルイスさんは私以上に魔法の才能にあふれていた。それが悔しくて苦しい時もありましたけど。でも、それでもルイスさんは私の魔法を好きと言ってくれた。それに、私もルイスさんの魔法が好きなんです。だから、ルイスさんの言葉にはこう返しますね。ルイスさん、大好きですよ」
そう言い終えた直後、ミネルバさんは俺の両手をつかむ。
そのまま胸の高さまで手を持っていって、柔らかく微笑んでいた。
その段になって、ようやく俺にはミネルバさんに好意を受け入れてもらえたという実感が湧いてきた。
「ミネルバさん、ありがとう」
万感の思いを込めてミネルバさんに伝える。
言葉が足りないような気がしているのに、それしか口から出てこなかった。
それでも、ミネルバさんは改めて笑いかけてくれる。それだけで、俺は舞い上がってしまいそうだった。
「それはこちらのセリフでもあります。私を好きになってくれてありがとう。おかげで、今こんなに幸せです」
ミネルバさんの表情からは、ミネルバさんが今感じている幸福が伝わってくるようで。
だから、俺も強い幸福感に襲われていた。これが、恋が叶うということなのか。
物語の登場人物がみな素晴らしいものだと言うはずだ。
「俺も幸せだ。お揃いだな」
「そうですね。それがとても嬉しいです。ねえ、ルイスさん、これからもずっと、よろしくお願いしますね」
こうして俺の恋は、1つの区切りを迎えた。
これから、困難が待ち受けるかもしれない。もしかしたら、ミネルバさんに嫌われる未来もあるかもしれない。
それでも、俺はこの瞬間の幸せを一生忘れないだろう。
ミネルバさんに出会えてよかった。ミネルバさんを好きになれてよかった。
それだけは、きっと未来でも変わらない思いのはずだ。