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第7話 悲しみの時間

 俺は失意の中にいた。魔法にもまるで身が入らなくて、ご飯を食べても美味しいとは思えない。

 こんな感覚は完全に初めてで、どうすれば良いのか全く判断がつかなかった。

 なんだか体に力が入らないし、頭もぼんやりしている。

 失恋というのはこんなにも重くのしかかってくるものだったのか。

 物語で失恋して投げやりになっている登場人物をバカにしていたのだが、今なら納得できる。

 あれはあれできちんとした表現だったのだな。たかが失恋と思っていた俺のほうがバカだったようだ。


 それにしても、俺はいつからミネルバさんを好きになっていたのだろう。

 きっかけは間違いなく空間魔法を見たからだろうが。あんなにきれいな魔法は初めて見たからな。

 今ではミネルバさんの空間魔法は濁ってしまっているが。結局、何故だったのだろう。

 まあ、俺にはもう知る機会はないのかもしれないな。ミネルバさんには嫌われてしまったのだから。

 いったい俺の何がダメだったんだ。今でもわからない。俺はどうすればよかった?

 今からそんな事を考えても無駄だと分かっていても、思考を止めることはできないでいた。


 俺が空間魔法を使わなければよかったのか? 俺が1位を取らなければよかったのか?

 そもそも、ミネルバさんはいつから俺と接することを苦しいと感じていたんだ?

 思い出そうとしても、どこがおかしかったのか分からない。

 結局のところ、俺は好きな相手のことを何一つとして理解できていなかったのだな。

 それもそうか。好きだと気づいた瞬間には嫌われていたのだから。


 俺が恋心を自覚していたのならば、ミネルバさんをもっとよく見ていられたのだろうか。

 それで、ミネルバさんが苦しむ原因に気がつけたのだろうか。

 そんなもしもを考えても仕方ないのだが。それに、俺がミネルバさんの苦しみのきっかけを割り出したとして、解決することなどできたのか?

 何もかもが嫌になりそうだ。俺が何をしていたところで、うまく行っていたとは思えないのだから。


 それでも、学園の授業から逃げる訳にはいかない。ミネルバさんの顔を見れば、もっと苦しくなりそうではあるが。

 どうして、俺はミネルバさんと同じクラスなのだろう。

 くだらないことを考えているな。以前はミネルバさんと同じクラスであることを喜んでいただろうに。

 しかし今となっては、空間魔法に出会えた喜びすら色あせたように感じてしまう。

 あんなに楽しかった時間すらも、俺の苦しみを助長しているように思えてならない。

 そういえば、空間魔法と出会えたきっかけはミネルバさんだったな。それを思い出すから苦しいのかもしれない。


 結局俺は何もできなかったし、未だに何をすればよかったのかわからない。

 俺自身に対する失望のようなものがある。ミネルバさんを好きでいながら、何の役にも立てなかった。

 それどころか、俺がミネルバさんを傷つけてしまった可能性が高い。

 ははっ。俺はどれだけ愚かだったのだろうな。他者から見ればどれほど滑稽だったのだろうな。

 喜んでミネルバさんと話している時間は、単なる一人遊びのほうがまだましだったのだろう。


 呆れ返ってしまいそうだが、まだ未練がましくミネルバさんと和解したいという思いが消えない。

 はっきりと嫌悪感を示した相手に、何をすれば仲直りできるというのか。そもそも、直すだけの関係があったのか。

 どれほど俺は醜いのだろうな。自分の思いに気づかない上に、おそらく表面だけ見て人を好きになっていたのだから。

 俺はミネルバさんに身勝手な想いを向けていただけだと分かりきっているのに、まだ想いを振り切れない。

 俺のこれまでの時間は何だったのだろう。何のために空間魔法を覚えたのだろう。


 俺は空間魔法をミネルバさんに見せびらかしたかっただけなのかもしれない。だから、ミネルバさんに嫌われただけで空間魔法を無意味にすら感じてしまった。

 バカバカしい話だ。俺の魔法を愛する心はその程度だったのだろうか。

 あんなに好きだったはずなのに。あんなに努力していたのに。

 ただ一時だけの思いのために、魔法すらも疑うようになってしまうのか。俺はなんてくだらない人間だったのやら。


 それでも、俺は魔法を止める訳にはいかない。魔法が使えなくなった俺になど何の価値もないことは俺自身が誰よりも知っている。

 なにせ、魔法以外のことが何もできないのだから。だが、空間魔法を使う気にはなれない。

 ならば、空間魔法を使う前に少しだけ発動していた、空間魔法の出来損ないのようなものを研究してみるか。

 あれは5属性をバランスよく組み合わせるのではなく、偏りを持たせればよいのだったか。


 色々と試していると、属性の偏り方によって性質が変化するということがわかった。

 1属性だけ突出しているとその属性に近くなり、2属性ならば反発のようなことが起こる。

 逆に1属性だけ少ないと暴走しそうになり、制御を手放すとものすごい爆発が起きた。

 念のために高威力の魔法を使っても大丈夫な場所を借りていてよかった。

 そして、2属性分を少なくしていると魔力に大きなブレが起きるようになっていた。


 それぞれがまるで違う魔法のようになっていて、とても興味深い結果だった。

 成果に満足していると、はっとする瞬間があった。あれだけ魔法を使うことが苦しいと思っていたのに、もう魔法に夢中になっている。

 やはり俺には魔法しかないみたいだな。よく分かった。

 だが、それでも空間魔法を使おうと考えると胸が痛んだ。

 我ながら重症ではあるが、空間魔法は集中できないと大惨事を招きかねない。

 先程の1属性だけ足りない魔法の爆発を思い返せば当然だ。

 なので、心の整理がつくまでは空間魔法を使わないと決めた。

 それが自分の安全のためにも、周囲に被害を出さないためにも、必要な判断だと信じた。


 だが、それでも空間魔法を使えないことは悲しい。使ったところで苦しいのだろうが。

 俺にこんなに弱い部分があったなんてな。全く知らなかった。

 とはいえ、今日も授業があるのだから、心を切り替えないとな。

 大部分は単なる復習ではあるのだが、新たな発見もあるのだから。

 やっぱり俺は魔法が好きだ。授業のことを考えたら、少し気分が楽になったからな。


 そしていつも通りに授業を受け、それからアベルに相談をしてみた。

 今までにない経験である以上、他者のアドバイスが必要だと判断したからだ。

 他の人には、特にミネルバさんには聞かれたくなかったので、2人になれる場所へと移動した。


「ルイス、今日は珍しく苦しそうだったけど、その話? 僕にうまく解決できるかはわからないよ」


「それでもいいんだ。俺1人で抱え込むよりはマシだろうからな」


「いつも自信満々なルイスらしくないね。でも、親しみも持てる気がするよ」


 アベルは俺にこれまで親しみを持っていなかったのか? いや、からかうような表情をしている。

 そうだよな。流石にアベルから友達と思われていなかったのなら、泣きっ面に蜂と言っていい。


「ひどいことを言うな。まあ、とりあえず聞いてくれ。俺はミネルバさんが好きだったみたいなのだが、嫌われたようでな。それで、どうしたらいいのかわからなかったんだ」


「どうしたらって、ミネルバさんと仲良くするために?」


「いや、俺の心の整理がな。嫌いな人に近づかれて嬉しいやつはいないだろう」


「なるほどね。でも、僕にも良い答えはないよ。時間が解決してくれるとしか言いようがない」


 アベルの口ぶりからすると、アベルも失恋を経験しているのだろうか。

 流石にそれを聞いていいものなのかは判断がつかなかった。さて、どうしたものか。

 とはいえ、時間が解決するというのは、それなりに納得できる話ではある。

 そうなると、できるだけ魔法のことを考えているしか無いか。どうせ、俺にはそれしか無いのだから。


「そうか。そうなると、今のまま過ごすしか無いか?」


「そうだと思うよ。でも、意外だったな。ルイスが人を好きになるなんて」


 何という言い草だ。俺が血の通っていない生き物にでも見えていたのか?

 だが、他の人の態度から察するに、俺には人の心がわからないようだ。

 なにせ、アベルもミネルバさんもそういう態度に見えたからな。

 だからミネルバさんに嫌われてしまったのだろうか。気づかないうちにミネルバさんを傷つけて。

 俺はもっと感情を勉強するべきなのだろうか。そもそも、学んだところで理解できるのだろうか。


「冷血な人間だとでも思っていたのか? 俺にだって情くらいあるぞ」


「知っているよ。でも、君が魔法よりも優先するほどとは思えなかったから」


 それならば納得できる話ではある。俺が魔法を何より愛していたというのは、誰だって見てわかっただろう。

 それがいけなかったのだろうか。ミネルバさんが魔法を愛するより、俺のほうが魔法を愛していたから。

 それならば、どうしようもなかったな。まあ、それが答えだと決まった訳では無いが。


「そうか。だが、俺だって人間だということだ。悩みもするさ」


「そうなんだろうね。ルイスが僕に相談してくれたことは嬉しいよ。だから、いいことを教えてあげる。ミネルバさんはキミを嫌っているわけじゃないと思うよ。ただ、心の整理がつかなかっただけかな」


 アベルのその言葉は信じていいものなのだろうか。思わずすがってしまいたくなるものだが。

 ミネルバさんに嫌われていないのだとすれば、また魔法の話ができるかもしれない。

 勝手に希望が湧き出しそうになるが、まだ気が早い。落ち着け。


「それなら、心の整理がつくまで離れていたほうがいいのか? 俺にはよく分からない」


「そこまでは僕にもわからない。どうしてもっていうなら、ミヤビ先生に相談するのがいいと思うよ」


「そうか。だが、急ぎすぎても仕方ないからな。おいおい様子を見ていくとするさ」


「それでいいんじゃないかな。ミネルバさんとルイスは、案外相性が良いと思うよ。僕からすればね」


 信じたいという思いと、これ以上傷つきたくないという思いの間に挟まれていた。

 もし希望を持ってミネルバさんに近寄っていって、また拒絶されてしまったら。

 それを想像してしまっただけで、俺は震え上がりそうになっていた。

 こんな恐怖、今まで俺は知らなかった。幸運なのだろうか、不運なのだろうか。

 だが、できれば諦めたくない。もう一度、ミネルバさんと魔法の話がしたいのだから。


「どうだかな。まあ、ミネルバさんとまた仲良くできるのなら、嬉しい限りだが」


「君は思った以上にミネルバさんにのめり込んでいるね。でも、良かった。魔法だけしか目に入っていないんじゃないかと思っていたから」


 それは否定できないかもしれないな。空間魔法を知るまでは、いつでもどこでも魔法のことばかり考えていた。

 空間魔法を使うために脇目もふらずに走り続けたこともあった。

 思えば、ミネルバさんを好きだったと自覚するまでは、魔法以外は何も見ていなかったかもしれない。


「それはいいことなのか? アベルが言うのならば、俺以外にとってはいいことなのかもしれないが」


「そんなところかな。君は1人で生きて1人で死ぬんじゃないかと思っていたから。でも、その心配はなさそうだ」


 どうだろうな。俺にはミネルバさん以外にも好きになる人ができるのだろうか。

 まあ、今考えても仕方のないことか。流石に今すぐ他の人を好きになれる気はしない。


「アベルが俺の友達で良かったよ。心配してくれるなんて、ありがたい限りだ」


「どういたしまして。僕もルイスが友達なのは嬉しいから、お互い様だよ。それで、もう大丈夫そう?」


「ああ、そうだな。だいぶ気が落ち着いたと思う。これなら、空間魔法を使っても大丈夫かもしれないな」


「それなら、また明日。ミネルバさんとうまくいくといいね」


「じゃあな。それはゆっくりと考えるとするよ」


 アベルと別れてそれから。

 俺は空間魔法が使えるコンディションかを確認するために、いくつかの魔法を使っていた。

 5属性の複合魔法、単一属性を追求した魔法。

 それらを使っている限りでは、魔力の乱れは感じなかった。

 そこで、空間魔法について考えてみる。すると、気が楽になったのか、集中が乱れそうなほどの苦しみは感じなかった。


 そこで、2属性からゆっくりと空間魔法でも通じる形で魔力を混ぜていく。

 そして5属性に到達し、俺は空間魔法を使うことに成功した。喜びのままに何度か空間魔法を使っていると、あることに気がついた。

 それは、俺がミネルバさんの顔から思い描いた光景の空間魔法では、全く威力を出せなくなっているという事実だった。

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