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第4話 本当の才能

 俺は空間魔法を使えるようになった。初めて使った空間魔法は、ミネルバさんのものほど美しくはなかった。

 それでも、最高の魔法を使えたという興奮が俺に襲いかかってきた。

 これからこの魔法を改善していくことになるだろうが、その時間が今から楽しみでしかない。

 しかしながら、思っていたよりはずいぶんと短い期間で空間魔法を使うことに成功したな。

 まあ、早く習得できるのだから喜ばしいことだ。歓迎すべき予想外と言える。


 空間魔法の操作がこれくらいの難易度だというのなら、気づきさえ得れば使える人間はそれなりに多そうだな。

 アベルの言っていた俺にしか使えないみたいな言葉は、勘違いか冗談のたぐいなのだろう。

 しかし、俺の空間魔法とミネルバさんの空間魔法の美しさにはずいぶんと差があるな。

 俺のものは、ミネルバさんのものよりも無機質に思える。あの輝く世界のような光景は、まだまだ遠いのだろうな。

 だが、今は空間魔法を使えるようになったことを素直に喜んでおこう。

 悩むのは、これから行き詰まりを感じたときでいいだろう。まだ何も調整などをしていないのだからな。


 とりあえず一晩休み、次の日。俺はアベルに空間魔法を使えるようになったことを報告していた。


「アベル、俺はついに空間魔法の発動に成功した。これからも研鑽を続けるつもりではあるが、一段落はついただろう」


「もう使えるようになったの!? やっぱりルイスはすごいね。それでこそ、僕の友達だよ」


「お前も空間魔法を使えるようになってみるか? コツを掴めば簡単だと思うぞ」


「いや、ルイスの簡単は当てにはならないからね。でも、おめでとう。きみがどれだけ空間魔法を使いたがっていたのかは、よく分かっているつもりだよ」


 それはそうだろうな。俺は明らかに空間魔法を習得することにのめり込んでいた。

 よく話をするアベルがそれに気が付かないということはないだろう。

 こうして俺が目標を達成したことを喜んでくれる友達がいるというのは、いいものだな。

 俺は魔法が何よりも好きとはいえ、魔法のために他者を切り捨てていこうとは思わないからな。

 それにしても、俺の簡単は当てにならないと来たか。アベルは俺を一体何だと思っているんだ?

 いくらなんでも、相手の実力が全くわからないということはないぞ。これが他の学問ならばそういう事はあるかもしれないが、魔法の実力を見極められないと思われているのは悔しいな。

 俺はアベルの才能ならばできると思っているのであって、誰でもできるとまでは思っていないのだが。


「ありがとう、アベル。アベルが習得するつもりがないのなら構わないが、空間魔法を使えるというのは楽しいぞ」


「そうなのかもね。でも、僕にはルイス程の才能はないからね。それに、空間魔法が使えなかったところで、そこまで困らないからね」


「アベルに俺より才能がないとは思わないが。俺は物心ついた頃からずっと魔法を使っているから先行しているだけだろう」


「ぼくがルイスの立場だったら、そもそもこの学園に入学するどころか、まともに魔法が使えなかったと思うよ。だから、いいんだ」


 どういうことだろう。俺がアベルに対して考えていたことと似たようなことをアベルは言う。立場は全く逆ではあるが。

 幼い頃から魔法を使うこと以上のアドバンテージなど、想像ができないが。

 アベルが嘘をついているとは思わないから、なにかアベルだけが知っていることがあるのだろうな。

 まあ、アベルが言いたくないのならそれでいい。言いたくなったなら、勝手に言ってくるだろうからな。

 しかし、もったいないものだ。空間魔法ほど素晴らしい魔法を俺は知らない。アベルも知っているようには見えない。

 なのに、アベルは空間魔法を使えなくてもいいようなことを言う。本当にアベルに空間魔法を使う才能がないのなら仕方ないことではあるが、そうではないはずなのに。

 まあ、無理強いをすることは良くないということくらいは分かる。残念ではあるが、あきらめるか。


 ミネルバさんにも報告したいと考えていたのだが、ミネルバさんはずっと人に囲まれていた。

 もしかして、俺が気づかなかっただけで、ミネルバさんは人気者だったのだろうか。まあ、あの試験の日にミネルバさんの番だけざわついていたから、そうなのかもな。

 しかし、残念だ。せっかくミネルバさんのお陰で空間魔法を使えるようになったのだから、すぐに報告したかったのだが。

 まあ、できないものは仕方ない。今日のところは諦めて、空間魔法のさらなる研鑽に努めよう。


 それから、空間魔法について様々な実験をしていた。

 空間魔法では、範囲に入っているものを壊そうと考えればだいたい壊すことができる。

 その威力は空間魔法の光景によって変動する様子で、今のところは最初に成功した時の景色で攻撃するのが一番威力が高かった。

 空間魔法の光景を変えるために必要なのは強いイメージで、何も考えなければ無機質な景色になるようだ。

 つまり、俺がきれいな光景をしっかりとイメージできていれば、よりきれいな空間魔法を使うことが出来る様になる。

 だが、それはなかなかに難しいことだった。俺が明確に思い浮かべることのできるイメージは、大体が既存の魔法の組み合わせだ。

 だからこそ、理想となる景色を生み出すことはとても難しいことは簡単にわかった。

 どうすることがいいのか、方針を立てることすら今のところはできていない。


 ミネルバさんのあの空間魔法ならばしっかりとイメージにある。だから、似たような景色を生み出すことには成功していた。

 それ以上に美しいもの。考え続けている中で、不意にミネルバさんの顔が頭に浮かんだ。

 そして、なにか美しいものを思い描けたような気がした。そのイメージを必死に頭の中に押し留めながら空間魔法を使う。

 すると、俺が理想とするような景色を生み出すことができた。

 輝く花、混ざり合う虹色、透明感のある遠い青。

 俺は自分が生み出したものに感動するという経験を初めてして、体中に力が湧き出してくるような感覚になった。

 やはりこの学園に入学できてよかった。ミネルバさんと出会えて良かった。

 そのおかげで、俺はこれまでの人生で最高の魔法を使うことに成功した。


 それから、興奮に促されるままに空間魔法を何度も使った。俺が理想的だと考えた景色は、これまでに使った空間魔法の中で一番威力が高かった。

 俺の空間魔法は、ただ美しいだけではなく、最高の威力まで持ち合わせている。

 俺はこの世の理想郷にでもいるような感覚を味わっていた。

 ああ、本当に最高の気分だ。これ以上の喜びは、今後の人生では出会えないかもしれない。

 だが、そうだとしても構わないとすら思えるほどの心地だった。

 ミネルバさん、本当にありがとう。あなたと出会えたからこそ、俺はこれほどの喜びを得ることができたんだ。

 それからも俺は寝る直前まで、ずっと空間魔法を使い続けていた。


 そして次の日、ミネルバさんが1人でいるのを見かけたので、空間魔法を使えるようになったことを報告することにした。


「ミネルバさん、俺も空間魔法を使えるようになったんだ。ミネルバさんが何度も空間魔法を見せてくれたおかげだ。ありがとう」


「えっ、嘘……そんなに早く? いえ、失礼しました。おめでとうございます、ルイスさん。私も嬉しいです」


 ミネルバさんはとても驚いているみたいだ。そんなにおかしいことをしたつもりはないが、俺が幸運に恵まれていたのは事実だ。

 あの日、俺がたまたまあの電撃魔法を見かけなければ、空間魔法を使うための手がかりすら得られなかっただろう。

 そもそも、ミネルバさんが同い年で空間魔法を使える相手でなかったら、俺はほんとうの意味で空間魔法を知ることすらできなかった。

 この学園を知ることができて、入学することができて、それからもずっと幸運だった。

 アベルという意見を交換できる友達と出会えたこと、ミヤビ先生という優しい先生に出会えたこと。

 だからこそ、俺はこの学園にとても感謝していた。

 魔法が結びつけてくれた多くの出会いは、俺にさらなる魔法を教えてくれた。

 これまでだって魔法のことは好きだったが、俺はこれからもずっと魔法を好きで居続けられるだろう。


「ミネルバさんも喜んでくれるのか。嬉しいな。ミネルバさんのおかげで、俺は空間魔法を使えるようになったんだからな」


「それは何よりです。それにしても、ルイスさんの才能は凄まじいですね。私を上回っているかもしれません」


「ミネルバさんという先達がいたから、効率よく空間魔法を習得できたんだ。才能がないわけではないだろうが、ミネルバさんの方が優れた才能を持っているだろうさ」


「そう、ですよね。そのはずです。それで、ルイスさんの空間魔法はどのようなものなんですか?」


 ミネルバさんに質問をされたので、実際に空間魔法を使ってみせる。俺が一番きれいだと思っている空間魔法だ。

 ミネルバさんは俺の空間魔法によく注目していて、なんだか心地よい感覚があった。


「素晴らしいと思います。ルイスさんは素晴らしい魔法使いですよ」


「素晴らしいというのなら、ミネルバさんだってそうだろう。俺はミネルバさんに憧れていたんだからな」


「……嬉しいです。ルイスさんに憧れてもらって。私はこれで失礼しますね」


 そう言ってミネルバさんは去っていく。名残惜しさのようなものを感じていたが、ミネルバさんの邪魔をする訳にはいかない。

 ああ、それにしても、本当に空間魔法を使うことは楽しい。ミネルバさんもこんな感覚を味わっていたのだろうか。

 なんにせよ、俺は大きな目標を達成することができた。今は満足しているが、これから先の目標はどうなるだろうな。

 まあ、それはその時考えればいいことだろう。それよりも、空間魔法の習熟度をさらに向上させていかないとな。


 そして、数日ほど空間魔法の練習をしていると、授業で好きな魔法を使っていい時間がやってきた。

 もちろん、俺は空間魔法を使う。俺が空間魔法を使っている間はずっと静かだったが、空間魔法を解除すると、すぐにざわめいていた。

 それから、その日の放課後に何人かに話しかけられていく。何故かほとんど女の人だった。


「ルイス君、空間魔法を使えるなんてすごいね。どうやって魔法の勉強をしていたの?」


「ねえねえ、もう一回空間魔法を見せてもらってもいいかな? 私も空間魔法を使ってみたいんだ」


「やっぱり一般試験を通った人はすごいんだね! まさか一年生で空間魔法を使えるなんて!」


 ずっと話しかけられ続けていて、俺はどう対応するべきか悩んでいた。俺が何かを口にする前から、色んな人が一気に話しかけてくるのだ。

 それにしても、一般試験とはなんだろう。俺の受けた試験と、他の人達が受けた試験は違うのだろうか。

 まあ、どうでもいいことか。俺がこの学園に入学できて、空間魔法に出会えた。アベルという友だちもできた。それだけでいい。

 俺が困りながらも皆に対応していると、不意に遠くにいるミネルバさんが目に入った。

 ミネルバさんはこちらをよく分からない表情で見ていて、少しだけ近寄ってきた後、すぐに去っていった。

 もしかして、俺に用があったのだろうか。でも、流石にこの状況からミネルバさんを追いかけることはできない。

 それからもしばらくのあいだ、話したこともないような人たちの対応に追われていた。

 俺の空間魔法に注目されることは悪い気分ではないが、それよりも本音ではできるだけ魔法の練習をしていたかった。

 だが、仕方のないことだ。周りの人間を切り捨てることが好ましいことではないことくらい、人間関係に疎い俺でも分かるのだからな。

 結局その日は自室に帰るまでずっと誰かに話しかけられていた。


 そして、それから数日後。強い威力の魔法についての授業があった。その中で、耐久に優れた的を壊すという実技があった。

 俺は俺の空間魔法でその的を壊すことに成功していた。他の生徒も、それぞれのやり方で的を壊していた。

 そしてやってきたミネルバさんの番。俺はミネルバさんの空間魔法を見たくて注目していた。

 そして、ミネルバさんは空間魔法を使う。以前に俺が見たものと同じ空間魔法を使っていた。

 満天の星空、色とりどりの花、白の世界。以前に俺が憧れた空間魔法と同じだ。

 だが、その魔法で的は一切壊れなかった。

 ミネルバさんはしばらく何度か試した後、まるで違う光景の空間魔法を使う。

 毒々しい色、淀んだ空間、反発し合う景色。

 的はすべて壊れていたが、俺はその空間魔法のことをおぞましいとすら感じてしまった。

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