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第3話 当たり前の裏側

 昨日はミネルバさんの顔が頭から離れなかったけれど、今日はだいぶ落ち着いていた。

 できればまたあんな表情が見てみたいとは思うけれど、それよりも先に空間魔法を覚えたい。

 一晩寝たことで思いついたのだが、空間魔法で属性が調和しているように見えたのは、うまく属性が重なっているからじゃないか?

 複合魔法では、属性どうしを連鎖させることによって単一属性では出来ない現象を起こす。

 つまり、空間魔法では複合魔法と全く異なる属性の結びつきが必要になる。


 思いついた仮説をもとに、属性魔法どうしを重ね合わせる実験をしてみる。

 すると、ものすごい力で属性魔法どうしが反発していた。力技でこれを結びつけるとなると、俺の魔法制御どころか、先生の魔法制御でも足りないだろう。

 だから、力技は正しい回答ではない。属性が調和しているように見えることとも一致するから、この方針は正しいはずだ。

 だが、どうやって属性同士をくっつければよいのだろう。何かしらの手段で反発を抑えることは間違いないだろう。だが、その手段は何だ?


 属性の魔力を薄く広げてみると、それでも反発は収まらない。魔力を細かく分割してみても、良い結果にはならない。

 これまでに属性を複合してきたやり方はまるで通じなくて、袋小路にいるような気分になった。


 それでも、全く諦めるという考えは思い浮かばなかった。今までのやり方がダメだというのならば、新しいやり方を見つければいいだけだ。

 アベルに今までの考えを話せばなにか指摘してもらえるかもしれない。

 どうしても分からなくなったらミネルバさんに尋ねてみてもいい。

 それにしても、空間魔法を初めて使った人はどれだけ偉大だったことやら。

 俺は目の前に空間魔法があるからこそ全力で突き進むことができる。だが、簡単な複合魔法とは何もかもが違う空間魔法だ。

 全くの暗闇の中で試行錯誤を続けることがどれほど大変だったのかなど、想像することすらおこがましい。

 だが、その先人のおかげで俺は最高の魔法に出会うことができた。今は名前すら知らないが、その偉大な人物には大きく感謝したい。

 俺1人で魔法を使い続けていたとしても、きっと空間魔法にたどり着くことは出来なかった。

 恐ろしい話だ。あれほど美しい魔法を知らないまま過ごすことになるなんて。


 考察するだけの時間が無くなったので、俺は教室へと向かっていった。

 すると、ミネルバさんの方から挨拶をしてくれた。


「ルイスさん、おはようございます。あれからの進捗度合いはどうですか?」


「今までにやってきたことと同じではダメだということがよく分かった。これからその新しいやり方を見つけていくつもりだ」


「ルイスさんは熱心ですね。ですが、だからこそこの学園で唯一の存在になれたのでしょう」


 アベルも言っていたことだが、この学園で唯一の存在とはどういうことだ。

 俺になにか特別なことがあっただろうか。ミヤビ先生はそんな事を言ってはいなかったがな。

 ミヤビ先生は俺に目をかけてくれているので、大切なことを伝えないということはないと思うが。

 まあ、ミネルバさんが俺に空間魔法を見せるきっかけなのかもしれないし、俺が特別であることには感謝しておこう。よくわからないままではあるが。


「……? まあ、俺は魔法が大好きだからな。だからこそ、人生をかける価値がある」


「私も、魔法が大好きなんです。ルイスさんとお揃いですね」


 ミネルバさんは柔らかくほほえみながらそう言う。

 なぜかミネルバさんとお揃いだということがとても嬉しいことのように感じた。

 まあ、当然のことかもしれない。俺があれほど感動する魔法を使える人が、魔法を大して好きでなかったら。

 俺は強いショックを受けていただろうな。ミネルバさんが魔法を好きであることが嬉しいのは当たり前のことだ。


「そうなんだな。嬉しいぞ。やはりミネルバさんは尊敬できる人のようだ」


「それは、ありがとうございます。ルイスさんも、私にとって尊敬できる人ですよ」


 ミネルバさんの言葉を受けて、胸がはねたような感覚になった。

 あんなにすごい魔法を使う人に尊敬されている。そう思えば、最高の気分なのも納得できるが。

 ミネルバさんに早く追いついて、ほんとうの意味で尊敬しあえる関係になってみたいものだ。

 お互いの空間魔法を見せ合うことが出来たなら、きっとこれ以上無いほどの喜びを得られるだろう。

 そんな日が来るように、これからも努力を続けていかないとな。


「ありがとう。そう遠くないうちに、俺の空間魔法をミネルバさんに見てもらえたらいいな」


「さすがに、それなりの期間がかかると思いますよ。私だって、並大抵の努力ではなかったという自負があります」


 それはそうだろうな。そうでなければ、あれほど素晴らしい魔法が使えるとは思えない。

 俺だって相当な努力をしていたつもりではあるが、ミネルバさんはそれ以上の努力を重ねたのだろう。

 自分以上の魔法使いを見つけたというのに、悔しさよりも喜びが大きいのは俺自身に呆れそうになるが。

 だが、追いかけるというのもたまにはいいだろう。ずっとならばうんざりしてしまうかもしれないが。

 何にせよ、大きな目標となる人ができたことは喜んでおこう。最後には、俺が一番になりたいものだが。


「ミネルバさんは流石だな。そんな人が俺の憧れでいてくれて嬉しいよ」


「あ、あこがれですか。ルイスさんのことですから、素晴らしい魔法使いという意味ですよね?」


「それ以外にどんな意味があるんだ? だが、ミネルバさん以上の人は俺にはきっといないだろうな。他に空間魔法を使える人がいても、ミネルバさんを選ぶと思う」


「そ、そうなんですね。ルイスさんが選んでくれて、嬉しいですよ」


 その時のミネルバさんの顔はなんだか暖かくて、ずっと見ていたいような気がした。

 やはり尊敬できる人ともなると、何度も顔を合わせたくなるものなのだな。ミネルバさんと出会えて、本当に良かった。


「あ、そろそろ授業が始まってしまいますね。では、これで」


 そのままミネルバさんは去っていく。なんだか名残惜しさを感じてしまった。

 それからの授業では、ずっと空間魔法とミネルバさんのことを考えていた。それでも、授業を理解することは出来ていたが。


 そして、次の実技の時間。とある生徒が単一属性の電撃魔法でアベルが以前試験で使った魔法のような効果を発揮している人がいた。

 電撃魔法は複数の方向に同時に向けることがとても難しい。なのに、その生徒はそれを単一属性で実現していた。

 どうやってそれを為していたのか考えるために、よく観察する。すると、俺の頭に電撃が走ったような感覚が訪れた。

 魔力の性質が少しだけただの電撃魔法と違うことになっている。だが、他の属性は混ざっていない。

 つまり、単一属性の魔法を追求するだけで複合属性のような効果を発揮している。

 今はまだ完全に理解できていなかったが、これは空間魔法を使うための大きな手がかりのような気がしていた。


 それから、自由な時間が来るまでずっと待ち続けて、先程の電撃魔法の再現に時間を使っていた。

 そこで分かったこととして、魔力同士の繋がりといえばいいのか、そういうものがずいぶん違うことになる必要があるということがあった。

 何と言えばいいのだろう。普通の魔法ではガッチリと規則正しく結びついている。

 だが、この魔法ではもっと曖昧なつながりになっているのだ。

 それで、その曖昧さのようなものが揺らぎになって、魔法の性質に変化をもたらしている。

 なるほどな。ただ複合魔法を追いかけているだけではダメだということがよく分かった。

 これからは、単一属性の魔法の研究だって大切になってくるだろう。

 故郷では単一属性しか使えない人間しかいなかったが、必ずしもバカにできたものではなかったのだな。

 これは大いに反省すべきことだ。魔法の可能性を狭める判断をわざわざ自分からしていたのだからな。

 だが、今はそれよりもこの魔力は合成できるのかどうかを試さないと。


 実際に確かめてみたところ、2属性ならば簡単に結び付けられることがわかった。

 3属性以上となると、もっと魔力どうしのつながりを希薄にしないといけないようだ。

 だが、それで魔力を維持することはとても困難だ。とはいえ、これならば先生ならば実現できるだろうと思えた。

 おそらく、この道筋は空間魔法に近づく上で正しいものだ。これからは、これを中心に研究していくとしよう。


 次の日。空いている時間にミネルバさんと話をしていた。ミネルバさんから話しかけてくれるようになって、とてもいい気分になっていた。

 やはり、魔法について思う存分語れる人と仲良くできるのはとてもいい。

 アベルと仲良くなったのも、アベルと意見交換することができるからだからな。


「ルイスさんは、魔法の属性で好きなものはありますか?」


「なかなか難しい質問だな。どの属性にもそれぞれの良さがある。電撃属性は取り回しが悪いが威力が高いところが魅力的だし、水属性は汎用性の高さがいい。風属性は使い勝手がいいものだし、火属性は魔力効率がいいところが便利だな。そして土属性は独自性が強いのが好ましいな」


「そうですよね! それぞれの属性の良さはまるで違いますから、全く違う料理を比べるようなものです。なのに、どの属性のほうが優れているだなんて話、うんざりしてしまいます」


 ミネルバさんも俺と同じ見解のようだ。ミネルバさんとの共通点を見つけられたようで、なんだか嬉しい。

 あれ程の魔法が使える人と同じ考えなのだから、俺だって捨てたものじゃないだろう。

 この共通点が俺がいつか空間魔法にたどり着けるという証明のように思えて、心のなかで興奮していた。

 それにしても、ミネルバさんは俺が思っていたより感情豊かな人なのだな。

 はじめの印象の冷たい人であるよりも、よほど好意的に見られることは間違いないが。

 ミネルバさんには、できるだけ笑顔でいてほしいものだ。そのほうが魅力的だと思う。


「ははっ、それはそうだな。それに、空間魔法には全属性が必要なのだから、どれを軽んじてもいいものではないだろうに」


「……ルイスさんは、もうそこまでたどり着いたんですか? いえ、それは簡単な話でしたね」


「複合魔法の先に空間魔法があるという情報から考えれば、当然だろうな。それよりも、実は単一属性のほうが必要だということのほうが驚いたぞ」


「本当に、ルイスさんは才能があるんですねっ。さすがは、私が尊敬する人です」


「褒めてもらえるのは嬉しいが、ミネルバさんの力があってこそだ。それに、他の人にもアイデアを貰ったからな」


「それでも、ですよ。私だって、独力で空間魔法にたどり着いたわけではありませんから」


 そういうものか。まあ、この学年で主席になるくらいなのだから、もとからよく勉強していたのだろう。俺とは違って、誰かと議論することもできたのかもしれないな。

 だからといって、ミネルバさんの凄さが霞むわけではないのだろうが。


「空間魔法に必要だろう魔力制御のことを考えれば、ミネルバさんの努力と才能は明らかだろう。謙遜することはないぞ」


「そう、ですよね。私だって、必死に努力してきて、やっと使えた空間魔法なんです。この学年で、唯一私だけが使える魔法なんです」


「そうだな。あれほど美しい魔法が使える人がミネルバさんで良かった。俺だって、同じものを使ってみたいんだ」


「よく分かりますよ。空間魔法は特別ですから。ルイスさん、がんばってくださいね。応援しています」


 そしてミネルバさんは去っていく。それからは、俺は空間魔法の訓練に全力を注いでいた。

 少しずつ魔力制御の実力を上げて魔力どうしのつながりを緩くしていく。

 まずは3属性、そして4属性、5属性へと進んでいった。

 属性が1つ増えるたびに制御が恐ろしく難しくなっていたが、それでも俺は必死の努力で属性どうしを融合させていった。

 それから1週間ほど経って、ついに完璧に5属性の融合に成功する。

 そこからはトントン拍子に空間魔法へと近づいていった。

 空間魔法というものは、それぞれの属性を同じだけの量結びつける必要があることがわかり、同量の魔力を出す訓練をしていた。

 魔力量が異なっていると、単に高い威力の魔法のようなものになって、全く美しくはなかった。

 それはそれで、重要な魔法であることは分かっていたが、俺は空間魔法にたどり着きたかった。


 それからも毎日空間魔法を使うことに向けて練習を続けて過ごす。

 そしてついに努力は実を結び、俺は空間魔法を使うことに成功した。

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