「ほら! 早く結婚式の日取り決めて! でないと菫ちゃんがどんどんお婆ちゃんになっちゃう!」
「そ、そうね! その通りだったわ! 桃紀さんにしばらく休むって言わないと。それから流星さまと息吹さまにもよね!? あ、でもあの二人にはあんたの旦那に言っておけば良い!?」
「うん! きっとすぐに伝えてくれると思う!」
「分かった。それじゃあ私、ちょっと結婚式の日決めてくる!」
「うん!」
こうして菫と楽はバタバタと日取りを決め、皆にからかわれながらその月の最後の週に地上に下りると、家族と仲間内だけの小さな結婚式を挙げて目出度く結婚した。
その時に菫はいつか鈴が菫に似合うと言った赤いドレスを着てくれたのだが、その姿を見て鈴が勇やマチよりも泣いてしまったのは今も記憶に新しい。
ところで、菫がずっと不安がっていた初夜はと言えば——。
「……痛かったわ」
「えっと……うん、ごめんね」
「いいのよ。これに限っては同級生が正しかったという事ね。もしくはあんたの旦那が異常に上手いかのどちらかよ」
部屋に楽と共に3日間籠もって出てきた菫は、鈴に真顔で開口一番そんな事を言ってきたが、鈴は申し訳なく思いながらもようやく菫もこれで無事に龍化すると内心喜んでいたのは菫には内緒だ。
一方、菫と無事に結婚する事が出来た楽はと言えば、案外いつも通りだった。
「楽さん、あんまり変わりませんね」
いつものように夕食を作りながら鈴が言うと、それを聞いて喜兵衛と雅が料理の手を止めた。
「あんた、本気で言ってんのかい?」
「そうですよ。結婚式の後から毎日ニヤけるの我慢してるじゃないですか」
「え!? ほ、本当ですか!?」
全然気付かなかった! 鈴が言うと、二人は顔を見合わせて肩を竦めている。そこへ弥七と栄がやってきた。
「俺はこの間、東屋で小躍りしている楽を見たぞ」
「小躍り!? 本当ですか!?」
「ああ。なぁ? 栄」
「おお。俺は花占いしてるの見て噴き出しちまった」
「花占い!? 冗談ですよね!?」
思わず身を乗り出した鈴の後ろから、千尋の甘い声が聞こえてくる。
「冗談ではありませんよ。花占いを教えたのは私なので」
「千尋さま! それじゃあ楽さんもちゃんと喜んでるんですね」
「それはもう。あんな風に何でもない風を装っていますが、全部態度と顔に出ていますよ」
それを聞いて鈴は安心した。菫も何だかんだ言いながら結婚してからは前のように毎日飛び回るのを止め、ちゃんと夕方に帰って来る。
そして皆で夕食を食べた後に談話室で他愛もない話をするのが、いつの間にか日課になっていた。
それはとても幸せで楽しい時間だったのだが、そんな時間がもうじき終わりそうだと言う事も鈴は理解している。
いよいよ教師の為の寄宿舎に着手し始めたという話を千尋から聞いたのは、菫達が結婚してから二ヶ月が経った頃だった。
「千尋さま、寄宿舎はどこに建てられるのですか?」
鈴がベッドに転がり体ごと千尋の方を向いて問いかけると、千尋は相変わらず甘い笑みを浮かべる。
「通り一つ向こうに長屋があるでしょう? あそこの建物をそのまま寄宿舎に使う予定です。明日から整備が始まりますよ。通り一つなのでいつでも行き来出来ますし、そんな顔をしなくても楽は毎日ここへやって来ますよ。何せ彼はもう立派なうちの執事ですから。何よりも千隼のお兄ちゃんですし?」
きっと鈴が寂しそうな顔をしていたのだろう。千尋は鈴の頭を撫でながら優しく言った。そんな千尋に鈴はコクリと頷いて顔を上げて微笑む。
「そうですよね。幸せな事なんだから喜ばないといけませんよね」
「別に喜ばなくても良いんですよ。むしろ寂しいと言って何が悪いのです? あなたと菫さんの関係は本当の姉妹のようで、その片割れが家を出るのを寂しく思うのは当然の事ですよ」
「……はい」
千尋はいつでもこうやって鈴の小さな悲しみも拾い上げ、慰めてくれる。
鈴にはそれがあまりにも心地よくていつも甘えてしまいそうになってしまう。
このまま身も心も溶かされて、いつか千尋と一つになれたら良いのに。そんな事を考える事もあったけれど、すぐにそんな考えは否定した。
鈴はまだ千尋と沢山したい事や話したい事があったから。
その後、教師用の寄宿舎が出来上がり、教師を育てる立場の菫とその夫の楽が神森家から寄宿舎へ引っ越した。
それは、ある夏の暑い日の事だった。