そう言って鈴は流星の前にハーブティーを置いてやっている。本当に気遣いの出来る素晴らしい妻だ。そんな鈴に千尋が感心していると、流星がふと鈴の頭を撫でた。
「はぁ……ありがとう。君は本当に優しいね」
それを見た途端、千尋と菫はガタンと立ち上がる。
「ちょっとあんた! 鈴は既婚者よ!? 気安く触らないでちょうだい!」
「流星? あなた、誰の頭を撫でているのです?」
「ご、ごめん! 親戚の子撫でる感覚だったんだよ!」
その言葉に菫がさらに眉を釣り上げた。
「そういう所よ! 私が言ってるのは! 分かる!? そういうのを旦那の前でやる神経がおかしいって言ってるの!」
「菫さんの言う通りです。そういう事を平然とするから、あの加護に貫かれた風龍のような者が出るのですよ。他人の大切な物に気安く近寄るな。どうしてそれだけの事が分からないのです?」
「う……楽、お前、恨むからな」
千尋と菫に責め立てられた流星は涙目で楽に言うと、楽は目を白黒させている。
「俺ぇ!?」
「ははは! それじゃあ流星の負けって事で菫さん。君にお願いがあるんだ」
笑いながら一部始終を見ていた羽鳥が菫に向き直り笑みを浮かべた。そんな羽鳥を見て菫はまるで何を頼まれるか分かっているかのように頷く。
「もちろん受けるわ。さっきも言ったけど、その為に私はここへ来たの」
「これは頼もしいね。楽は幸せものだね。しっかりしたお嫁さんを持つと男は嫌でも株が上がる」
「は、はい! 幸せです!」
「うん。さて、それじゃあ今日はここらへんにしとこうか。ちなみに君の直属の上司は彼女だよ」
羽鳥は隣でおかしそうに肩を揺らす桃紀を手で示す。
「よろしく、菫さん」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
こうして教育の分野を他種族の力を借りるという、都ではとても大きな賭けに出たが、これから都がどう変わっていくのか、それはまだ誰にも分からなかった。
♡
都は鈴がやってきてから今もずっと日々進化していた。それは千尋が目指した未来に一歩ずつ近づいて来ているという事だ。
そして千尋の原動力の根源は自分なのだという事を、今はもう鈴も理解している。何故なら千尋は今も変わらず鈴を愛してくれているから。
菫がやって来た事で都の教育が一気に進んだ。まずは教師の育成に乗り出した桃紀は常に菫と一緒に都中を飛び回り、学校を建てるべき拠点を毎日のように探し回っていた。
「俺、いつ結婚出来るんだろう……」
そんな中、屋敷の掃除を一緒にしていた楽がしんみりした様子で珍しく鈴に愚痴を言ってきた。
「そうですねぇ……菫ちゃん、とうとう皆の前で王を怒鳴りつけたって桃紀さんが仰ってましたね……」
菫は物怖じしない。雅ぐらいしない。それが良いのか悪いのかは分からないが、高官達の中で今では千尋の次に扱いにくいと言われているらしい。
「そうなんだよ。俺、それ聞いて倒れるかと思ったんだぞ!」
「菫ちゃんらしいと言えばらしいです」
きっとまた流星が何の気無しに何かをしたか言ったかしたのだろう。
「あいつの気の強い所が俺は好きだけど、他の奴らはどう思うかって話なんだよ。それで怪我でもさせられやしないか、毎日ヒヤヒヤしてんだぞ」
不貞腐れたようにそんな事を言う楽に鈴も頷く。それはそうだ。地上でもまだまだ女性の地位は低かった。それは都でもだ。
そこへ今日の仕事を終えた菫が帰ってきた。
「あんた達、こんな所で何してるのよ」
玄関先で話し込んでいた鈴達を見て菫は怪訝な顔をしている。そんな菫に鈴は言った。
「菫ちゃん! ちょっと! ちょっとお話しがあります!」
「なによ?」
「いいから! 楽さん、これお願いします!」
そう言って鈴はポカンとしている楽に箒を渡して、出来もしないウィンクをすると菫を引っ張って部屋に戻った。
「菫ちゃん! はっきり言うよ!?」
「ええ、そうしてちょうだい。なに?」
「いつ! 楽さんと! 結婚するの! もう都に来て半年だよ!?」
鈴の質問に菫は一瞬ポカンとしていたが、ようやく理解したのかすぐに顔を真っ赤にして鈴の口を塞いできたがもう遅い。
「ちょ! 楽に聞こえたらどうするのよ!? 結婚は考えてるわよ、ちゃんと。でも仕事もきちんとしたいんだもの」
「それは分かるよ。でも楽さんは菫ちゃんの卒業を待ってくれたんだよね? もちろんそれは都の為だった訳だけど」
「うん」
「それで、今度はお仕事が片付くまで待たせるの?」
「……」
「菫ちゃん、楽さんは凄く優しいよ。きっと菫ちゃんが待ってって言ったら何年でも何十年でも下手したら何百年でも待っちゃうような人だよ」
「そう……ね」
「でもね、私が心配してるのはそこじゃないの。そんな事になったら、菫ちゃんは龍化がいつまで経っても出来なくて一人だけお婆ちゃんになっちゃうんだよ? お仕事が大事なのも分かるし、やりたいのも分かるけどちゃんとその事も考えないとだよ!」
「っ!」
鈴の言葉に菫は愕然とした顔をしたかと思うと、今度は耳まで真っ赤にして口をパクパクさせている。どうやらその事をすっかり忘れていたらしい。