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龍の都に教育を司る機関が出来たのはそれからすぐの事だ。
そして楽が地上に下りて一月経った頃、ようやく菫が楽と共に都にやってきた。
昨夜、楽から連絡があり千尋と雅、そして千隼と共に都と地上を繋ぐ扉まで迎えにきたのだが、鈴は菫の姿が見えた途端、駆け出して菫に飛びついた。
「菫ちゃん!」
「おっと!」
突然飛びついた鈴を支えきれずによろけた菫を後ろから支えたのは楽だ。
「ちょっと! もう……相変わらずね」
「菫ちゃんだ! 本当の本当に菫ちゃんだ!」
上ずった声で歓喜に震えながら菫にしがみつく。胸の中から溢れるのは嬉しいという気持ちと、これでもう一人では無いのだという安堵だ。
千尋がどれほど側に居て鈴を慰めてくれても、やはりこうしていざ菫を見ると溢れそうになる安心感は誤魔化しようがない。
「ほら、離れなさい。それよりも皆で来てくれたの?」
「うん! 千尋さまもお仕事休んで来てくれたんだよ」
そう言って振り返ると、千尋が微笑みながら近寄ってくる。
「お久しぶりですね、菫さん」
「そうね。皆、元気そうで安心した——ちょっと、千隼くん!? ビックリした! 少し見ない間に凄く大きくなったのね!」
菫は千尋への挨拶をそこそこに、雅の後ろでモジモジと照れている千隼を見て嬉しそうに笑み崩れた。
「可愛い。照れてるの?」
「多分。でもね、昨日菫ちゃんが来るよって言ったら、菫ちゃんに貰ったカレイドスコープ持って寝ようとしてて、何してるの? って聞いたら「すぅねぇねとこうして寝るの」って。凄く楽しみにしてたんだよね? 千隼」
雅の後ろでまだ恥ずかしそうな千隼を見て、菫がしゃがんで両手を広げた。それを見てようやく千隼は安心したように菫の腕の中に飛び込む。
「千隼くん、今日は一緒に寝ましょうね」
「うん! えっとね、えっと、ちはやのベッドはね、小さいよ。えっと、だから楽兄のところで一緒に寝るんだよ」
千隼の提案に菫は顔を真っ赤にして抱き上げた千隼にしふどろもどろに言う。
「そ、それはちょっと……ほら、楽も私も大人だから……えっと……鈴! 助けてちょうだい!」
「え!? えっと、えっと……」
どう説明すれば良いのか分からず戸惑っていると、千尋がやってきて千隼を菫の腕から受け取り微笑む。
「千隼、無理を言ってはいけませんよ。菫さんと楽はまだそこまで進展していないのです。あなたの提案は、大好きな楽を拷問にかけるようなものなのですよ」
にこやかに千隼に説明する千尋に菫と楽が顔を真っ赤にして怒鳴る。
「ち、千尋さま!」
「なんて事を子どもに教えるのよ!」
「おや、これは失礼しました」
そう言いつ千尋の顔には少しも申し訳無さは浮かんでいない。そんな光景がなんだか懐かしくて思わず涙を浮かべる鈴の腰を千尋が引き、その腕の中に閉じ込められる。
「それは嬉し涙ですか?」
「はい!」
そんな鈴達を見て菫が眉を吊り上げた。
「ちょっと! あんた達は本当に何にも変わってないのね!? どうしてどこでも戯けようとするの!?」
「もっと言ってやってくれ、菫。こいつら都に来てもずっとこの調子なんだよ」
鈴と千尋を見て怒鳴る菫に雅が肩を竦めて困り果てた様子で言うと、菫は雅を見て嬉しそうに微笑む。
「雅も! 久しぶり! この間の里帰りには居なかったから会いたかったわ」
「あたしもだよ。あんたも相変わらずだね。立ち話もなんだ。さっさと帰るよ」
「ええ! それにしても景色が地上と変わらないからあんまり実感ないわね。もっとうようよ龍が飛んでるのかと思ってたわ」
都に来ても全然変わらない菫に鈴は安心しつつ笑った。
「私もそう思ってたけど、皆あんまり龍になってないんだよ。千尋さま達が町並みも地上と同じように整備してくれたんだって」
「あなた達が暮らしにくいようではいけませんからね」
「そうなの? たまには良い事するじゃない」
天下の水龍にも少しも遠慮をしない菫に扉を開いた龍たちがハラハラした様子で見ているが、これでこそ菫なのだ。
「本当に全くお変わりなさそうで安心しましたよ、菫さん」
「それはどうも。で、鈴。あんたそれ、はしたないわよ」
冷たい視線を千尋に送り、その後鈴の腰に回された千尋の手を指さしてくる。それに気付いて鈴はハッとして千尋を見上げると、千尋は苦笑いをして放してくれた。
「これは困りましたね。今まで通り鈴さんと戯けるのは難しそうです」
「当たり前でしょ。私の目が黒いうちはそんな事させないわ。行くわよ、楽。案内してちょうだい。皆に渡したい物が沢山あるのよ」
「おう。てかお前さ、ここ初めてくるのに何でそんな堂々としてんだ」
「舐められたら困るからよ。龍が人間をどう思っていようと、知ったこっちゃないわ。地球と言う星に住む限り、私達は同じ神に創られた者同士なんだから」
そう言って歩き出す菫の手から楽はさり気なく荷物を取ると二人は歩き出した。
「その意気だよ、菫! あたし達はあんたの味方だ」
雅がそんな菫を囃し立てて千隼を抱いて追っていく。
そんな三人から少しだけ遅れて、鈴はこっそり千尋と手を繋ぎ千尋を見上げると、千尋もこちらを見下ろしていて二人で笑い合った。