翌日、千尋は久しぶりに休暇を取り千隼が昼寝をしている間に神森家会議をしていた。
「今朝、楽から連絡がありました。やはり学校というのは遠方から来た者たちの為に寄宿舎が設けられているそうです。これがそうなんですけどね?」
千尋は皆に楽から送られてきたノートを見せた。そのノートには細かく寄宿舎についての調査が書き込まれている。
それをしばらく読んでいた皆は、ふと途中で読むのを止めて一斉に千尋を見つめてきた。
「で、何でこれをあたし達に読ませるんだい? こんなの読んでもあたし達には何も出来ないんだけど?」
「それがそうでもないのです。私達は都に居る唯一の地上を知る者です。あなた達も知っている通り、都は地上に比べると色々と遅れています。これを機に都の生活を一気に向上させてしまおうと、私は思っているのですよ」
「それは会議でどうにかするのではなく?」
不思議そうに問いかけてくる喜兵衛に千尋は頷いた。
「これは会議には通しません。こっそり進めます」
「えっ!?」
千尋の言葉に皆が声を揃えて千尋を凝視してくる。
「か、勝手にそんな事をしても大丈夫なのですか?」
戸惑う鈴に千尋は笑顔で頷く。
「だってね、鈴さん。いちいち会議にかけていたのでは、いつまで経っても物事は決まらないのですよ。だからこの寄宿舎というものに最先端の技術を落とし込み、教師を使って都全土にそれを広めて行けば手っ取り早いと思いませんか?」
微笑む千尋を見て鈴は「確かに!」などと言って手を打っているが、雅達は白い目を向けてくる。
「あんたは本当に変わらないね。ずる賢いというか姑息というか……まぁ、良いんじゃないか。この間さ、息吹が言ってたんだよ。うちの炊事場見て使いやすいよなーってさ。要はこういうのを寄宿舎に取り入れるって事だろ?」
「そうです。かと言って全ての物を洋風にする訳ではありませんよ。和式の良い所は残しつつ、洋風の良い所も取り入れて、いずれは龍は龍で独自の発展を遂げたいと思っているのです」
「amazing! 流石千尋さまです!」
「ありがとうございます、鈴さん」
手を叩いて喜ぶ鈴を引き寄せて鈴の肩を抱く。それを見て雅と栄はあからさまに顔を顰めた。
「千尋さま、これ、寄宿舎の中には食事を提供する所もあるんですね」
真面目に資料を読み込んでいた喜兵衛がふと呟いた。
「何か良い案がありますか?」
「ええ。ここでたまに洋食を提供してみてはどうですか?」
「なるほど。良いですね」
食事を流行らせたいと常々考えてはいたが、どうやって流行らせようか考えていたので、それは良い案かもしれない。
「パンなら前の日に大量に作る事も可能ですもんね! そうしたら手軽だという印象がつくかもしれません!」
喜兵衛の案に鈴がまた手を叩いた。
「そういうので良いならあたしもあるよ。この間久しぶりにせっちゃんと連絡を取ったんだよ。そしたらさ、ちょっと面白い物聞いてさ!」
「何ですか?」
「手回し洗濯機って言うのが出たらしいんだよ。これがもう便利で仕方がないんだってさ。良かったら一台融通しようか? って言うからさ、二言返事で頼むって言ったんだけど、使えないかい?」
「雅さん! それは素晴らしいと思います! それがあればきっと洗濯物をする時間も短縮されますよね? という事は、勉強をする時間も増えるという事です!」
「その通りですね。雅、節子さんに二台、お願いしておいてもらえますか?」
「二台? なんで」
「一台は仕組みを知るための物で、もう一台はうち用です」
それがあれば鈴が冬に手を真っ赤にしてあかぎれまで作って洗濯をしなくて済むかもしれない。
それに千隼が面白がって手伝うかもしれないではないか。それを言うと鈴以外は皆して白い目を向けてくる。
「あんたは鈴の為なら自分の息子さえも使うのか。まぁいいさ。実際どんなもんか見てからだね。弥七は何かないのかい?」
「俺ですか? 俺はそりゃハーブティーですよ。鈴のハーブティーを普及していく為にも、パン食の時にでも提供するのはどうです?」
「素晴らしいですね。ではそのついでに洋菓子も流行らせてしまいましょう。教師の口から子どもを経て親にその情報が伝搬し、やがて都全土に広がれば一気に都に新たな職業と文化が根付くはずです」
羽鳥の祖父母も頑張ってくれたが、それでもあの地域だけで終わってしまった。それは偏にそれを邪魔する者たちがいたからだ。
けれど今度はそうはさせない。人間という生物を龍に認めさせ、本当の意味で鈴がこの都で過ごしやすいと感じるようにしなければならないのだ。