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第438話

「良かったらこれから出かけますか? そうだ! ついでに夕飯も外で食べましょう」

「えっ!? こ、これからですか? でも夕飯は既に喜兵衛さんが作り始めてくれているのでは……」

「ええ。夜の都はまだ一緒に歩いた事がありませんから。それに喜兵衛には私から伝えてきます」

 千尋からの提案に鈴は思わず目を輝かせてしまう。

 そんな鈴を見て千尋は微笑んで踵を返すと、しばらくして鈴の外套を持って戻ってくる。そんな千尋を見て鈴は千尋を凝視した。

「ほ、本当に!?」

「本当に。雅や喜兵衛達には伝えてきたので心配はいりませんよ。千隼も栄と楽と遊んでいるので行くなら今のうちです。私とデートしてくれますか?」

 そう言って千尋は鈴に手を差し出してきたので、鈴は躊躇うことなくその手を取った。



 千尋は鈴と手を繋いですっかり見慣れた町並みを見ながら歩き出した。ふと視線を横に向けると、いつか見た時と同じように同じ形の家が並んでいる。

「ここらへんはもうすっかり瓦に変わりましたねぇ」

 何の気なしに呟くと、それを聞いて鈴が不思議そうな顔をして見上げてきた。

「以前は違ったのですか?」

「ええ。私がまだ都に居た時は藁葺き屋根だったのですよ。鈴さんも一度見たでしょう?」

「はい! そっか……何か前見た時と違うなと思っていたのですが、建物が違うのですね!」

 感動したように鈴は辺りを見渡して目を輝かせる。そんな鈴を見て千尋まで微笑んでしまう。

 昔、隣を歩いていたのは初だったが彼女はこんな反応は返してはくれなかった。

「瓦は江戸時代に入ってきたのですよ。鈴さんが初めて都を見た時はまだ藁葺き屋根も残っていたでしょう?」

「残ってました。道路ももう少しデコボコしていたような?」

「よく覚えていますね。そうです。あなたがここへ嫁いで来るという事で、私は都に大正の文化を持ち込んだんですよ。幸か不幸かあの時の戦いで都はほぼ壊滅でしたから」

「……そうだったんですね……皆さんは大丈夫だったのですか?」

「被害に遭った方も居ました。最小限に留める事が出来たとは思うのですが、本当は全ての人を守りたかったです」

 そう言って千尋は通りを彩るガス灯に目を向けた。オレンジ色の温かい光は今日も鮮明に通りを照らしている。

「千尋さまのそういう所を、もっと皆さんにも知ってほしいです。本当は千尋さまがこんなにも温かくて優しい人で……今もとても後悔しているのだと言う事を、もっと知ってほしい……」

 視線を伏せた鈴は千尋の手を握りしめてきた。その手は少しだけ震えている。

「良いんですよ、私はあなたが知っていてくれればそれで。だってあなたにだけですから。こんな話をするのは」

「そうなのですか?」

「そうですよ。私は都では原初の龍の生まれ変わりで、冷淡で公平でいなければならなかった。その印象は今更なかなか変えられません。でもあなただけは本当の私を知ってくれている。それで十分です」

 この世でたった一人、鈴だけが千尋の全てを許し受け入れてくれる。千尋にはそれで十分なのだ。むしろこれからもそうでありたい。

「私が自分の事を共有するのは鈴さんだけ。そんな自分が気に入っているのですよ。だからあなただけが私を知っていてくれればそれで良い。それが、良い」

「千尋さま……」

 鈴の手にさらに少しだけ力が込められる。甘えるような千尋に鈴がどう思ったかは分からないが、少なくとも鈴と繋いだ手はとても暖かくて心地よかった。

 それから二人で夜の都を散策していると、ふと鈴がある通りで立ち止まる。

 その通りは奇しくも初に宝飾店が出来たのだと言って引っ張り回された通りだ。

 そう思って視線をそちらに向けると、あの時の宝飾店が今もあった。

 もしかして鈴も宝飾店が気になるのだろうか? 

「何か欲しい物がありましたか?」

「欲しい物というか……あれは本屋さんですか?」

「え?」

 鈴が指さした先を見ると、そこにはあの時と同じ本屋がひっそりと佇んでいる。

「巻物がある……もしかして相当古い本を取り扱っているのでしょうか?」

「そう、ですね。鈴さんほら、あちらに宝飾店もありますよ?」

 何となく鈴に言うと、鈴は一瞬そちらに視線を向けて微笑む。

「本当ですね! 店先が街灯に照らされてキラキラしていてまるで魔法のようです! それで千尋さま、あれは本屋さんなのでしょうか? もしかして龍の方が書かれた本も置いてありますか?」

「……ふっ」

 やはり鈴は鈴だ。外見を飾る物よりも本の方が気になるようだ。

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