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第435話

 結局、投石事件は犯人の風龍が自ら出頭した事で幕を閉じた。

 けれどそれはあくまでも表向きには、だ。その裏にはあの時の戦いが身を潜めている。決して楽観視は出来ないと千尋は思っていた。

 投石事件が無事に解決して一週間が過ぎた頃、千尋の出した法案は無事に通過して王である流星の許可を得た事で、すぐさまあの時の反省組が都の牢へと移された。

「どうでしたか?」

 千尋は羽鳥の執務室でわざわざ入れてきた鈴のお茶を飲みながら問いかけると、羽鳥はそんな千尋を見て苦笑いを浮かべる。

「うん、その話もしたいんだけどさ、どうして自分の分だけ持ってくるの? 僕にも鈴さんのお茶分けてくれても良くない?」

「何故? これは弥七が育てて鈴さんが私の為を思って作ってくれたハーブティーですよ? それをあなたに分ける意味が分からないのですが」

「……いや普通さ、そういうのって共有したくならないの?」

「人によると思いますが。ちなみに私は一度したら十分です。それで、無事にあの二人は会えたのですか?」

 千尋の言葉に羽鳥は苦笑いを浮かべてため息を落とす。

「……流星じゃないけど、君に思いやりの類を求めるのは無駄だったって事を思い出したよ。特に鈴さん関連だけは。で、あの二人は昨日無事に会えたよ。番の方は風龍が鈴さんに投石をして捕まったって聞いて泣き崩れちゃってさ」

 ため息をつきながら羽鳥は渋々自分のお茶を入れると、千尋の前に腰掛けた。

「泣き崩れた? 何故?」

「待ってると思ってなかったんだってさ。一時惑わされたとは言え自分は旦那を裏切った訳だよ。だから忘れろって言ったのに、旦那は痩せこけて仕事も辞めた挙げ句に想い人の妻を攻撃した。それは全部自分の為だって事に気付いたみたいだよ。牢から出たら二人で千尋と鈴さんに許して貰えなくても謝りたいってさ」

「そうですか。で、それを聞いた風龍の方はどうなのです?」

「風龍の方はもっと大変だった。番を見て嬉しすぎて号泣してさ、話せないぐらい泣いてそのまま気を失ったらしい」

「気を……失った?」

 一体どういう事だ? 千尋が首を傾げると、羽鳥が苦笑いを浮かべて肩を竦めた。

「会えて嬉しいって感情が振り切っちゃったんだよ。それぐらい風龍は番を愛してた。もっと驚きなのは、そんな風龍を見て番の方は風龍に自分の加護を渡したんだって。泣きながら笑って、起きたら伝えて欲しいって。私にはあなたしかいない。後にも先にもこの人ほど私を愛してくれる人はきっともう現れないって」

「……要はハッピーエンドという事ですか?」

「二人に関してはね。息吹も喜んでたよ。風龍から邪気が綺麗に消えたってさ」

 ギリギリで生きていた風龍は番と顔を合わせた事で気を失うほど喜び、自分を取り戻した。そんな風龍を見て番の方も加護を渡せたというのなら、鈴の言っていた事がやはり正しかったという事なのだろう。

 千尋はその話を聞いて小さく微笑んだ。

「何笑ってるの」

「いえね、私も鈴さんに感化されてきているのか、そういうお話が大好きだなと思っただけです。そうですか。ではお二人に伝えてください。出所したら謝罪に来てください、と。私達はそれを受け入れますと」

「千尋が他者からの謝罪を受け入れるなんてね。これは凄い。ただ、この話はこれだけじゃ終わらないよ」

 驚いたような顔をしたのも束の間、羽鳥は急に真剣な顔で話し出した。

「彼女をそそのかしたのは案の定、五月だった。初の大親友だった彼女だよ。それから千眼の想い人。この二人は初と君が番を解消した事を知って動き出し、今もまだ都の外で仲間を集めてるらしい」

「未だにですか?」

 もう千尋は鈴と婚姻を結んでいるというのに、それでも仲間を集めて一体何がしたいのだろうか。まさか彼女たちが謙信の意志を継ぐものなのだろうか。

 千尋が考え込んでいると、羽鳥はまるでそんな千尋の考えを否定するように言う。

「君が考えているような事はないよ。ただ彼女たちは君を奪いたいだけだ。君には永遠に孤高の水龍で居てほしいみたいだ」

「……どういう意味ですか?」

「そのまんま。誰のモノにもなってほしくないってだけ。前は相手が初だったから仕方なく君を諦めたけど、君の相手がどこの馬の骨かも知れない女で、おまけに人間だって事が許せないそうだよ」

「そんな滅茶苦茶な道理が通るとでも?」

「通ると思ってるからあんな事になったんだよ。あの時はそれこそ謙信や千眼が彼女たちの舵を上手い具合に取ってたみたいだけど、今はもうその二人も居ない。つまり、彼女たちはしたい放題って訳だ」

 呆れた様子で肩を竦めた羽鳥は、自分で入れたお茶を飲んでさらにため息を落とす。

「美味しそうだなぁ。鈴さんのハーブティー」

「……少し分けますよ。なのでそんな目で見ないでください」

「本当? ありがとう」

「いえ、こちらこそ情報をありがとうございます。では私はこれで。帰りにお茶を取りに来てください」

 ソファから立ち上がり部屋から出ると、自分の執務室に戻って残っている仕事を片付けた。

「誰のものにもならないで、などとよくそんな事が言えるものですね」

 要は以前の千尋に戻って欲しいという事なのだろうが、そんな勝手を押し付けられても困る。それこそ以前は一生このままなのだろうと思っていた事もあったが、鈴と出会い周りにも目を向けた事でそんな考えをする事自体止めてしまった。

 鈴が千尋にも幸せになって欲しいと言ってくれたあの日から——。

「私は幸せですよ、鈴さん。あなたという人に出会えたのですから」

 運命の番は栄の言う通り都には居なかった。むしろ龍ですら無かった。それでもこれが運命だったと胸を張って言える。そんな人に出会えた事こそが幸せだ。

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