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第434話

 あの事件から一週間、鈴は今日も千尋を見送って買い物へ行く準備をしていた。

「まま、おそとさむい?」

「寒いよー。千隼はそのままマフラー巻いててね」

「うん!」

 鈴は冬に入る前に千隼と千尋にマフラーを編んだ。お揃いの毛糸で作った水色のマフラーだ。

 千隼はそれがお気に入りで、冬に入ってから毎日家の中でもマフラーをしている。

「準備万端だね。さて、それじゃあそろそろ行くか」

 玄関では雅が既に待機していた。そんな雅を見つけて千隼が駆け寄っていく。

「きょうはさかえおじは?」

「栄は千隼が帰ってきて食べる用のおやつの芋焼いてるってさ。だからさっさと行って帰って来るよ」

「うん!」

 嬉しそうに頷いて千隼は雅の手を取った。そんな千隼の手を握って雅はちらりとこちらを振り返る。

「こうやって千隼と手繋いでると、あんたと手を繋いで買い物に行った時の事を思い出すよ」

「そうですか?」

 突然そんな事を話だす雅に嬉しくて鈴が思わず微笑むと、雅はさらに意地悪に笑う。

「あんたは手を繋いでないとすぐに顔を隠そうとしてたからね。せっかくあたしが化粧したって、それを隠されたんじゃたまったもんじゃない」

「も、もう! 雅さん!」

「ははは! ほら、行くよ」

 声を上げて笑いながら歩き出した雅の後を鈴も笑いながらついていく。

 あの投石事件の犯人が無事に自首した事でとうとう鈴に外出しても良いというお許しが出たのだ。

 三人で買い物をしていると、相変わらずあちこちからヒソヒソと話し声が聞こえてくる。何だか居た堪れなくなって顔を伏せようとする鈴を見て雅が笑い出した。

「思い出すね。あんたと初めて買い物に行った時もあんたはそんな顔しながら歩いてたのをさ」

「そ、そうでしたか?」

「そうだよ。何ならもっと酷かったよ!」

 千隼を間に挟んで買い物をしていると、今でもあちこちからヒソヒソ声が聞こえてくる。

 鈴は龍や雅ほど耳が良い訳ではないので皆が何を話しているのか分からなくて、思わず隠れたい衝動に駆られてしまうが、そんな鈴の手を千隼が引いた。

「まま、ままのおようふくはどこにうってるのっていってるよ」

「え? お洋服?」

「うん! あのひと」

 そう言って千隼が通りを指さした。そこには確かに若い女の人が二人でこちらを見て話し込んでいるが、千隼の言葉を聞いてハッとした顔をして青ざめた。

 女性たちはすぐさま頭を下げてその場を立ち去ろうとしたが、鈴はゴクリと息を飲んでその二人に声をかける。

「あ、あの!」

「は、はい!?」

 まさか声をかけられるとは思ってもいなかったのか、二人は身体をビクリと震わせてこちらを振り返った。

「こ、この服はとても簡単で、その、自分で作れるんです!」

 勇気を出して鈴が言うと、二人は目を丸くして少しだけ近寄ってくる。

「……そうなんですか?」

「はい! 屋敷に型紙があるので、良かったらお貸ししましょうか?」

「い、いいんですか!?」

「もちろんです!」

 鈴は笑顔で頷いた。そんな鈴を見て二人はホッとしたように胸を撫で下ろして鈴を見つめ、ようやく笑顔を見せてくれる。

「千尋さまの花嫁だと思うと素敵だなと思っていてもなかなか声をかけられなくて、隠れて噂するような事をして申し訳ありませんでした」

「わ、私に頭なんて下げないでください! 千尋さまは確かに偉大な方ですが、私自身は普通の人間なので。こんな私でも誰かのお役に立てるのなら光栄です。ここへ来る前に持っていた洋服を全て型紙に起こしたので、良かったら見に来てください」

 鈴の言葉に二人は喜んで頷くと、その場で自己紹介をしあって日取りを決めた。

 二人がこんなにも洋装に関心を持ったのは二人が仕立て屋だったからだと知り、鈴はすぐさまそんな提案をしてしまったが、もしかしたらこれが縁で初めての友人が出来るかもしれないと思うと気合が入る。

「良かったじゃないか、鈴」

「はい!」

 二人と別れてまた通りを歩き出すと、少しだけ皆の視線が和らいでいる気がした。

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