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第426話

「それはあなたもです! 私だけではありません! あなたも十分に頑張ってくれている。あなたはこんな事をしなくても良いんです。血を流すほど唇を噛み締めなくて良い!」

 強い口調で言うと、鈴の身体が小刻みに震えだす。そんな鈴を膝の上に抱え上げて力いっぱい鈴を抱きしめると、その耳元で呟いた。

「私はあなたに甘えすぎていたようです。屋敷の事を、神森家の事をあなたがどれほどの覚悟で守ってくれていたのかを知りもせず、簡単にあなたをここに閉じ込めて、あなたに全てを背負わせてしまった。それは本来私がしなければならない事なのに」

 千尋の言葉に鈴は腕の中で何度も首を振る。

「違う……元はと言えば私が人間でなければこんな事にはならなかったんです。だって龍だったら石ころぐらいでどうにもならなかった。千尋さまにもきっとそこまでの心配はかけなかった。だからせめて千尋さまの花嫁として認めてもらえるようにって……ずっと、ずっと……」

 そこまで言って鈴がとうとう涙を零す。

 千尋はそんな鈴の顔を覗き込み涙に濡れた綺麗な青い瞳を見つめた。

「鈴さん。私の愛した人は人間で、脆くて儚い少女です。他の誰でも駄目だった。あなたしか居ないのです。最初は確かにあなたが龍であればと思った事もありました。ですが、今はあなたが龍でなくて良かったと、心からそう思うのですよ」

「……どうして」

「人間特有の龍では育ち得ない感性を持ち、その愛情を誰にでも満遍なく配ることが出来る。その両方を兼ね備えているあなただからこそ、私はあなたを愛したのです」

「そんな事……」

「無いですか? ではあなたは千隼を手放したいですか? 楽や雅達をただの使用人だと思いますか?」

 千尋の言葉に鈴は顔を上げて泣き出しそうな顔で首を横に振った。

「そうでしょう? あなたは千隼を、皆を愛している。私と同じぐらいに。だからこんなにも上手くいかないと言って憔悴しているのです。私は、そんなあなた達を籠の中に閉じ込めてその自由を奪った。そんな事をしたらどうなるかなんて事を分かっていなかった……」

 そこまで言って千尋は鈴をさらに強く抱きしめる。

「鈴さん……駄目な夫ですみません……本当に……ごめんなさい。だからどうか……どこへも行かないで」

 ポツリと呟いた最後の言葉は思いがけず漏れた千尋の本音だ。

 どれだけ言い訳をしようとも、言い繕ったとしても鈴にはきっと響かない。

 千尋は堪らなくなって鈴を強く抱きしめた。

 こんな小さくて柔らかな少女に一体自分は何をさせていたのだという怒りが湧いてくる。

 思わず漏れた本音を聞いて鈴が鼻をすすり、ようやく千尋に抱きついてきた。恐る恐る背中に回された手は戸惑いからか震えている。

「それは私の台詞です。至らない花嫁なんです、私。守らないとって、ちゃんとしないとって思えば思うほど上手く出来ない……でも栄さん達が教えてくれる千尋さまのお話は本当に凄くて、私の知らない千尋さまは凄く完璧で……だから……だから……私……千尋さまに相応しくなりたいのに……」

 鈴の声は震えていた。向上心の塊のような人だ。きっと自由に出歩いていた時も都の龍と少しでも仲良くなろうと頑張っていたに違いない。

 千尋と千隼を立てながら、皆に自分を、神森家の皆を認めてもらおうとしていたのだ。それを無理やりに止めてしまったのは千尋だ。

「逆です。鈴さんが私に相応しくなるんじゃなくて、私があなたに相応しくならなければならないのですよ。いつだってあなたは私を思ってくれているのに、今回の事も私が自分の為にあなたを閉じ込めたに過ぎない。鈴さん、明日からまた千隼を連れて買い物に行ってやってくれますか?」

 千尋の言葉に鈴は驚いたように顔を上げた。

「で、でも危ないからって……」

「そうですね。それは変わりません。ですが犯人がいつ見つかるかも分からない中、これ以上あなたを閉じ込めておく訳にはいきません。少なくとも千隼にとって外出出来ないというのはかなりの負荷になっているようです。だったらいっそ、皆と一緒に買い物に出た方が良い」

 千尋の言葉に鈴は少しだけホッとしたような顔をする。千隼をこれ以上閉じ込めておくのは無理だと鈴は痛いほど感じていたのだろう。

 それは千尋も今日ようやく知った。屋敷の外にまで響き渡る千隼の泣き声は尋常ではなかったから。あれは鈴のせいなんかではない。千尋のせいなのだ。

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