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第422話

『あー……まぁ確かに。石で終われば良いけど、最悪襲ってくる可能性もあるもんね。でもさ、それって鈴さんにとって相当なストレスじゃない?』

 羽鳥に言われて千尋は眉根を寄せて考え込む。それは分かっている。分かっているが、もしもあの時の残党だとすれば放って置くことも出来ない。

 かといって鈴を囮にするなど以ての外だ。

「分かってはいるのですが、鈴さんは地上でも命を何度も狙われたでしょう? その事を考えるとどうしても過保護になってしまうのですよ」

『君の気持ちも分からないでもないけど、とりあえず鈴さんに事情を説明したら?』

「そうですね。では何か動きがあればすぐに知らせてください」

『もちろん。ちゃんと報せるから毎日連絡して来なくて良いよ』

 ちゃっかり釘を刺された千尋は苦笑いを浮かべて通信を切って寝室に向かう。

「鈴さん」

「千尋さま。お仕事の連絡ですか?」

 本を片手に小首を傾げてくる鈴に千尋は小さく首を振った。

 そして鈴に近寄り、薄い肩をそっと掴む。

「千尋さま?」

「あなたに少しお話をしておかないといけない事があるんです」

「……何ですか?」

 あまりにも真剣な顔だったからか、鈴が怯えたように声を震わせる。

 千尋はそんな鈴の隣に腰掛けると、静かに話し出した。

「ここ数日あなたに石を投げつけてきたのは、番を失った龍かもしれないと言う事がわかりました。羽鳥がずっと見張ってくれていたのですが、その龍は今は行方をくらましています」

「番を……失った?」

「ええ。とは言え亡くなった訳ではないですよ? あの時地上に攻撃をしかけてきた方達を覚えていますか?」

 千尋の問いかけに鈴はコクリと頷いた。

「その中に彼の番が居たそうです」

「え、でもあの時の方達は千尋さまの親衛隊だって……」

「ええ、そうです。番が居るにも関わらず親衛隊に入っていたのですよ。ですが彼女がどういう意図で親衛隊に入っていたのかは分かりません。もしかしたら先導者達のように全く別の意図があったのかもしれません。けれどそのせいで今回石を投げつけてきた彼は鈴さんに、むしろ私に恨みを持っている可能性が高いのですよ」

 そこまで言って千尋は鈴を抱きしめてその細い首筋に顔を埋めた。

「だからどうかお願いです。窮屈だとは思いますが、犯人が捕まるまでの間だけこの屋敷から出ないでもらえませんか、鈴さん」

 切実な千尋の声に鈴は納得してくれたのか、そっと背中をさすってくれる。

「分かりました。でも千尋さまは大丈夫なのですか?」

「私ですか? 私に手を出してくる愚か者などもう居ませんよ」

「そうですか……でも、気を付けてくださいね」

「ええ。あなたも」

 千尋は鈴を強く抱きしめてそっとおでこにキスすると、鈴はくすぐったそうに微笑んで甘えるように千尋の胸に身体を預けてきた。



 千尋から屋敷から出るなと言われてから二週間が経った。素直な鈴はきちんと約束を守って今日も屋敷でピアノの練習をしていた。

「ちがうー!」

「えぇ? 合ってたよー」

「ちがう!」

 鈴の隣でずっとピアノを聞いていた千隼は相変わらず一音でも間違えると怒る。

おまけに龍なので驚くほど耳が良い。

 鈴はもう一度同じところを弾き直して千隼を見ると、今度は満足げだ。

「千隼も弾いてみる?」

「うん!」

 最近の千隼のお気に入りはピアノだ。それを知った千尋が千隼用に特別に作ってもらった小さなピアノを買い与えたのだが、千隼はそれに夢中である。

「上手上手! ママよりも上手だよ、千隼」

 鈴が手を叩いて言うと、千隼は嬉しそうにでたらめに鍵盤を押し出した。ふと外を見ると雪が積もっている。

「雪が……」

 ぽつりと言うと千隼がぱぁっと顔を輝かせた。その顔を見て鈴はすぐに口を噤んだが、もう遅い。

「おそといく! つめたいつめたいする!」

「ごめん、余計な事言っちゃったね。お外には行かないよ。パパと約束したでしょ?」

「や! いく! おそといくのー!!」

 ひっくり返ってジタバタと暴れながら奇声を上げる千隼をどうにかなだめようとするが、こうなるともう手に負えない。

 鈴が外に出るのと同じぐらい千隼も危ないのではないかと言われて、鈴と同じようにこの二週間ずっと屋敷に閉じ込められている千隼は、もうそろそろ限界のようだ。

「どうしよう……今日はどうやって宥めよう……」

 この二週間はずっとこんな感じで、楽や雅が買い物に行くときも毎日こうやって泣き喚く。

 その度に皆であやすのだが、結局出掛けた誰かが戻るまで千隼はずっと泣き続ける。 

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