「分かった分かった。鈴がお前よりもずっと人格者だって事はよーく分かった。あと俺とお前そんな年齢変わらないぞ。で、お前は何しに来たんだ?」
「私ですか? 私はもちろん鈴さんの護衛に来たのですよ」
「護衛? 仕事中だろ?」
「ええ。ですが鈴さんが買い物に出たら一報入れるように弥七と喜兵衛に伝えてあるのです。あの石の件から」
そう言って千尋は鈴の手を取り意気揚々と歩き出した。そんな千尋に雅がポツリと言う。
「嘘つけ。ただ鈴と買い物行きたくてサボって来たんだろ」
「まぁそれもありますが、心配だったのは本当です。最初はただのイタズラで大事にするのはよそうと思っていましたが、3日続いたのであればもう看過出来ません」
「千尋さま、ありがとうございます。でもお仕事を抜けてきたら部下の方にご迷惑がかかりませんか?」
「大丈夫ですよ。彼はとても優秀ですから。むしろ私が居ない方がリラックスして仕事が出来るのではないでしょうか」
「そんな事は無いと思いますが……ありがとうございますとお伝えください」
「ええ」
千尋の部下にまで話が及んでいるのかと思うと心苦しいが、鈴はまだ都には完全に受け入れられていないのだ。悲しいけれど、ずっと続いてきた文化なのだから仕方ない。
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鈴が石を投げつけられた。その報告を受けたのは三日前だ。
夕食後、自室で本棚の整理をしている所に雅がやってきて、ことの顛末を教えてくれた。
「――と、いう訳なんだよ」
「そうですか。報告ありがとうございます。ちなみにあなたは大丈夫でしたか?」
「もちろん。あたしはむしろ誰にも気づかれないうちに爪で弾き返してやったよ! 犯人見つけたら逆鱗バシーンしても構わないかい?」
真顔でそんな事を尋ねてくる雅に千尋が首を振ると雅は渋い顔をしたが、その後の千尋の言葉を聞いて満足気に頷いた。
「3日様子を見てください。もし続くようなら、私が逆鱗バシーンをします」
「それでこそあんただよ。分かった。明日からは栄も連れていくか」
「そうですね。ただあなたは手出ししないでください。都の方達はあなたが実は栄以上の猛者だと言う事をまだ知りませんから」
「囮作戦か! 良いね。気に入った。それじゃ、あたしはしばらくはか弱い振りしとくよ!」
それだけ言って雅は猫に姿を変えてさっさと部屋を出て行った。今日は鈴は雅と眠る日なのだ。
都に来てもこの習慣は続いていて、千尋もその時間を大切に思っている。なぜなら鈴は雅の事を母のように姉のように慕っているからだ。
千尋には話せない事や打ち明けにくい事は全て雅に話しているのだろう。その大半を雅は千尋に報告してくるが、鈴はそれも分かった上でちゃんと相談している。
そして翌日、千尋はいつも通り職場に向かったのだが、昼頃に喜兵衛から連絡が入った。鈴達が買い物に出た、と。
「すみません、私用で出掛けます。私の今日の分は完了しているので後はお任せしても?」
千尋が書類から顔を上げて部下を呼ぶと、部下は千尋の机に置かれている書類を見て苦い顔をしながらも返事をする。
「もちろんです」
「助かります。ではお願いします」
なんて聞き分けの良い部下なのだろうか。
千尋はそんな事を考えながら職場を出て龍に戻ると、鈴達がよく買い物に行く通りを目指した。
「これはまた、大事ですね」
上空から鈴達を見つけた千尋はそのあまりにも目立つ一団に苦笑いを浮かべる。
それから地上に下りてこれ見よがしに鈴と手を繋いで歩き出した。
何気なく周りに視線を走らせると、数人の龍と目が合うがすぐに逸らされる。
こんな風に未だに周りに牽制をしなければならないのが悔しくて仕方ない。
都にはまだ一定数の龍が、千尋は仕方なく鈴と婚姻を結んだのだろうと思いこんでいる。
「鈴さん、今日の夕飯は何ですか?」
「まだ決めていないんです。千尋さまは何か食べたい物はありますか?」
「そうですね……寒くなってきましたし久しぶりにグラタンはどうですか?」
「いいですね! ではそうしましょう」
鈴が嬉しそうに千尋の手を引いて歩き出した。何事も起こらなければそれで良い。
そんな事を考えながら千尋は鈴の買い物に付き合ったが、流石にこの面子を見て石を投げてくるような愚か者は居なかった。
結局その日は何も起こらず、本当にただ鈴と買い物をする為にサボったようになってしまったが、誰に何て思われようとも鈴が傷つくよりはずっと良い。
屋敷まで鈴を送り届けた千尋は、もう一度鈴が3日間も続けて石を投げられた場所を通り、職場に戻った。
「どうでしたか?」
「留守番ご苦労さまです。流石に襲ってはきませんでしたよ」
部下に神妙な顔をして問われ苦笑いを浮かべて答えると、部下は腕を組んで難しい顔をしている。