「ええ。都で罪を犯した者はあの塀の外に放り出されるのですよ」
「そうなのですか。罪を償えばいつかはこちらに戻る事が出来るのですか?」
「そうですね。罪の重さにもよりますが」
千尋の声音は優しいが、本当はあんな所など無い方が良いと考えている事は明白だ。
何だか暗い気分になりそうになった所に突然、千隼が何かを指さして騒ぎ出した。ふと下を見ると、そこには飴細工の屋台が出ている。
「飴細工? 千隼、よく見えたね!」
「あめ、あーめ!」
千隼は都にやってきてからというもの普段は人の姿で過ごしているが、何かを食べる時や出かける時は龍の姿に戻っている。それは前に楽が言っていたように龍の姿の方が全ての感覚が鋭くなるからなのだろう。
「下りましょうか」
そんな千隼に笑いながら千尋は向きをくるりと変えて降下しだした。そんな千尋を見て下から歓声が上がる。
「千尋さまはやはり人気者なのですね!」
何だかそれが誇らしくて鈴が両手を組んで感動したように言うと、千尋が苦笑いをして首を振る。
「人気者とは違いますよ。確かに流星や息吹、羽鳥などはあの時の戦いで一躍有名になりましたが、私はあくまでも補佐をしただけですから。水龍は珍しいので、それできっと喜んでいるのでしょう」
「そ、そうですか?」
相変わらず謙遜する千尋だが、鈴はこの一ヶ月で痛い程身に沁みて感じていた。千尋の人気は本当に凄いのだという事を。
鈴の言葉に千尋はコクリと頷いて地上に下りると、鈴と千隼を背中から下ろして人の姿に戻る。
「さあ千隼、私が抱っこしましょう」
「千尋さま……いいのですか? 千尋さまはずっと飛んでらっしゃったのに」
「あれぐらいでは疲れませんよ。さあ、いらっしゃい」
千尋が手を差し出すと、千隼は嬉しそうに千尋の腕の中に収まった。そんな二人を見て鈴はいつもほっこりとしてしまう。
「どうして笑っているのです?」
「なんとなく……幸せだなって思ってました」
微笑んで千尋を見上げると、こちらを見下ろす千尋も笑顔を浮かべている。
「そうですね。私も毎日そう思いますよ。あなたが千隼と何かしている時や寝かしつけている時、お風呂上がりに二人で水を飲んでいる時なんかにそう思います。他にも――」
千尋はそれからも日常の些細な一コマを一つずつ丁寧に挙げていくが、途中からこれは果てが無いと気付いた鈴は急いで千尋を止めた。
「そ、そんな細かい所まで……ち、千尋さま! も、もう大丈夫です!」
千尋はどれだけ毎日鈴達を見ているのだろうか? そしてその度に「幸せだな」と感じてくれているのか。そう思うとこの人と結婚する事が出来て本当に良かったと思える。
「さあ千隼、どれが良いですか?」
千尋が飴の屋台に近寄ると、それまで混んでいた屋台の周りの人垣がさっと割れた。その事に気付いているのかいないのか、千尋は堂々とそこを歩いて行くが、鈴はその後ろを目立たないようにコソコソとついていく。
別に遠慮をしている訳じゃないし、千尋の妻としての自覚が無い訳でもない。
ただ何と言うか、注目を浴びるのが恥ずかしかったのだ。
「はいよ~並んでならっ!? ち、千尋さま……?」
飴売りの店主が器用に飴を練りながら顔を上げ、次の客が千尋だと知るなり驚いてその手を止めた。その途端にまだ柔らかい飴はどろりと流れ、何かよく分からない物体が出来上がる。
「これはここから選べば良いのですか?」
そんな事には全く気付かない様子で千尋が店主に問いかけると、店主は顔を真っ赤にしてしどろもどろになって話し出す。
「は、はい」
「そうですか。では千隼、どれが良いですか?」
千尋は千隼を飴の前まで持っていくと、千隼はしばらく飴をじっと見ていたかと思うと、二本の飴を同時に指差す。
「千隼、二本も?」
一本だけだよ、と言おうとすると、千隼は嬉しそうに頷いて言う。
「ぱぱ、まま」
「え?」
「ぱぱ! まま!」
千隼の言葉に鈴は千尋と顔を見合わせて千隼が選んだ飴を見て納得する。
「なるほど。私達のようだと言っているのですね」
千隼が選んだ飴は水龍と少女の飴だ。それに気付いて鈴は思わず千隼を千尋の腕から受取り、ギュッっと頬を寄せる。
なんて可愛い事を言うのだろう!
思わず感動した隣で千尋は既にその飴を買い、そしてもう一本飴を追加する。それは小さな水龍の飴だ。
「もしかして千隼ですか?」
思わず鈴が尋ねると、千尋は笑みを浮かべて頷く。
「千尋さま!」
やっぱり感動した鈴を見て千尋がさらに柔らかく微笑んだ。そんな千尋を見て店主が息を呑んで鈴達を見ていた。
この旅行は鈴にとって生涯で初めての旅行だった。何か記念になるような物が欲しいとは思っていたけれど、思いがけず素晴らしい記念品が出来た事が嬉しくて仕方ない。