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第410話

 門番に王に会いたい事を告げると、門番は怪訝な顔をしながらも門扉を開けてくれる。

 謁見の間へ向かう途中、初と会った。

「千尋! どうしたの? こんな時に城に来るなんて!」

 どこか嬉しげに微笑んだ初を見下ろして千尋はまた笑顔を浮かべて言う。

「ああ、あなたにも挨拶をしておかなければ。初、私は自分の落ち度で都に不利益をもたらしてしまった事の罪を償わなければなりません」

「え?」

「ですから私はこれから何百、もしかしたら何千年という月日を都の外で過ごす事になるでしょう」

「……どういう事?」

「そのまんまです。あなたと番になったばかりで申し訳無いのですが、私は都を出て自分の罪を償います。その間にあなたに他に気になる方が出てきたら、遠慮なく私との番を解消してくださいね。待つ必要はありません。それでは、さようなら」

 それだけ言って千尋は謁見の間に向かって歩き出す。その後ろから初が名を呼びながら追いかけてくるが、ただの一度も千尋は振り返らなかった。

 謁見の間に入ると、王は険しい顔をして千尋を待っていた。

「何用だ、千尋」

「この度は罪人の私とこんな機会を作っていただいた事、心より御礼申し上げます」

 膝を折って頭を垂れると、王の鼻で笑う声が聞こえてくる。

「その割には少しも反省の色が見られないな。それで、何用だ?」

「私への処罰について進言をしに参りました」

「お前への処罰? それはこれから裁判を行い決める。都の金の横領を手助けしたとなると追放は免れん。減刑はしない」

「もちろんです。むしろ都の外への追放は生ぬるい。どうか私を地上に堕としてください。私は長らく空いている龍神の刑を望みます」

 その言葉に王は息を飲んだ。

 地上への流刑。それはあらゆる罰の中で最も重い罰だと言われている。それが執行されたのは長い龍族の歴史の中でただ一人だけ。都で有名なある大罪人のみだ。

 龍神罰は許されるまで龍の力で地上を守り続けるという罰なのだが、千尋はこの罰に目をつけた。この罰を受ければしばらくの間龍との関わりを断つことが出来る。そう考えたのだ。

「お前……正気か?」

「もちろんです。都の金を横領したのは私ではありません。ですが私の暗号が使われたのは確かなのですから、私がやったも同じこと。だからこそ最も重いとされるこの罰を私に課してください。でなければ他の者に示しがつきません」

「しかし、それでは初はどうなる? 番関係を結んだのだろう?」

「そうですね。それが私への償いに対する要望でしたので。ですが、それよりも先に私は罪を償うべきです。罪人を夫にしたのでは、姫の名に傷がつきかねませんから」

「……それはそうだな」

 王は何かを思案するように顎を撫でると、深く頷く。

「分かった。では裁判はいらないのか?」

「いりません。こんな事で皆さんの手を煩わせたくないので。何なら今日すぐにでも都を出る準備を済ませてきました」

 穏やかにそんな事を言う千尋に王は深く息をつく。

「お前は相変わらず自分に厳しいな。こんな事がなければ次の王にと望む声も多いだろう」

「私には向いていませんよ」

 笑みを漏らして言うと、王は苦笑いを浮かべて頷く。

「そうか。では千尋。お前に龍神の刑を言い渡す。その目で地上を見て存分にその力を使い地上を守るが良い」

「王の仰せのままに。それでは私はこれで失礼致します」

「ああ」

 思ったよりも王はあっさりと千尋の案を受け入れてくれた。そこにどんな意図が隠されているのかは分からないが、千尋にとってはまたとない好機だった。


「なんて事が神森家へ来る前の日にあったのですよ」

 都へ来てから千尋とは今まで以上にたくさん話をするようになり、最近は出会う前までの話をこうして寝る前の一時にするのが日課だ。

 鈴は微笑んで隣に座る千尋の身体に自分の身体を寄り添わせた。

 そんな鈴の身体を千尋も抱き寄せながら小さく笑い声を漏らす。

「そうでしたか。その時のメモの内容は結局分かったのですか?」

「はい。逃げろ、でした。多分菫ちゃんだと思います」

 あの時、菫は鈴を佐伯家から逃がそうとしたのだ。だから夜更けにわざわざおにぎりを作り、鍵を開けに来たのだろう。

 それを思い出して鈴が笑うと千尋も肩を揺らす。

「おかわり飲みますか?」

 鈴が千尋に問いかけると、千尋は顔を輝かせて頷く。

「鈴さんのハーブティーを一度でも飲んでしまうと、もうよそでは飲めないんですよ。困ったものです」

 笑顔でそんな事を言ってくれる千尋に鈴は嬉しくなりながら作りたてのハーブティーを入れる。

「それにしても、千尋さまは本当に自ら龍神様になる事を選んだのですか?」

「ええ。皆には申し訳ないのですが、一刻も早く都を出たかったのですよ。というよりも、龍自体にうんざりしていたと言いますか」

「そうなのですか?」

「はい。けれど私も最初は地上の生物をお世話するぐらいに思っていたのですから、しっかり根本まで龍だったんですけどね」

 自嘲気味に笑う千尋は昔は本当に龍本位だったのだろう。そしてその事を今も深く後悔しているようだ。

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