「はい。ここが私だけの箱庭で、いつまでもここで幸せに暮らすこと事こそが幼い頃から求めてきた物だったと気づかせてくれたのはあなたでした。私はあなたと出会ってようやく忘れていた自分の夢を思い出し、そして叶える事が出来た。だからどうか鈴さん、これからも私の箱庭で共に暮らしてくれますか?」
徐々に遠ざかっていく屋敷を見上げながら千尋が静かに言うと、鈴の手に力が籠もった。
「千尋さまは少しだけ間違えています。ここは私達の箱庭です。私にとってもここは世界中どこを探しても見つからない、素敵で理想の箱庭なのです。ここにあなたが私を招き、受け入れてくれた日からずっとここは私達の箱庭です。だから離れる事は出来ません。だって、ここにあった全てが、私達や雅さん達も含めた全てがこの箱庭の一部なのですから」
「……そんな風に思ってくれるのですか?」
千尋の独りよがりではなく、鈴もまたそう思ってくれているのだと知って千尋の心が震える。ここは自分たちの箱庭だ。この一言が幼かった頃の千尋の心すらすくい上げてくれたような気がする。
「はい! だって、私は千尋さまの最後の花嫁ですから!」
笑顔でそんな事を言う鈴を見て千尋は思わず空を見上げた。込み上げてくる涙が溢れてしまわないように。そんな千尋を見て鈴が千隼にハンカチを渡して言う。
「千隼、パパの涙を拭いてあげて。そっとだよ? 優しくね」
「うん! ぱぱのいたいのどっかいけ!」
千隼は鈴に優しくと言われたにも関わらず千尋の目の上でハンカチを広げてゴシゴシと力強く拭いてくる。そんな千隼を見て鈴の焦ったような声が聞こえてきて千尋は思わず笑ってしまった。
「はは! ありがとうございます、千隼、鈴さん。歳を取ると些細な喜びで涙が出そうになりますねぇ」
「それは年齢と関係ありませんよ、千尋さま。私だってしょっちゅう嬉しくて涙が出ます!」
「おや? それは自分は若いが、という意味ですか? つまり私は年寄りだと?」
意地悪に微笑みながらそんな事を言うと、鈴はハッとして青ざめて首を振る。
「ち、ち、違います! 千尋さまをお年寄りなんて思った事ありません! だって千尋さまは龍の中ではまだまだ若いと仰っていたではありませんか!」
あまりにも慌てる鈴を見て千尋は目を細めて鈴を抱き寄せた。
「冗談ですよ、鈴さん。すみません、あなたの反応が可愛らしくてつい意地悪を言ってしまいました。それに鈴さんの言う通り私はまだまだ若いので、これからもそれはそれは長い間あなたと一緒に居られる事が出来そうです」
千尋が言うと、鈴ははにかんで笑いながら頷く。
「良かったです。私もまだまだ千尋さまとずっと一緒にいたいので!」
鈴はそう言って千尋の腰にしがみついてきて笑った。
「ちはやもいっしょ! ずっといっしょにいる!」
「そうですね。千隼も一緒です。それにきっとそう遠くない未来にあなたには妹か弟が出来ますよ、きっと」
「ち、千尋さま!」
千尋の言葉に鈴が顔を赤くして慌てるが、そんな鈴を見下ろして言う。
「良いではありませんか。箱庭はまだまだ完成していませんよ? 鈴さん」
「そう……ですね。それに私が見た夢だって子どもは二人だけでしたが、もっと未来は分かりませんよね!」
「その通りです。だから私達はこれからも協力してあの箱庭を完成させましょう」
「はい!」
そう言って千尋が遠ざかる屋敷を指さして言うと、鈴が張り切って返事をしてくれた。
千尋はようやく自分の居場所を見つけたのだ。
ありふれたどこにでもあるような、けれど誰もが羨むようなそんな居場所を――。
空には今も龍が住んでいる。小さな箱庭の中で、愛する少女と沢山の家族と共に。
完