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第400話

「鳩、が? 豆鉄砲を……食らう?」


 それは一体どんな顔なのだ? 思わず鳩の色んな顔を思い浮かべたが、どれもほとんど同じだ。そんな鈴を見て菫は笑い声を漏らした。


「ああ、ごめんごめん。何を驚いてるのって言いたかったのよ」

「あ、そうなんだ……そうなんだじゃないよ! ねぇどういう事? 菫ちゃんは楽さんと結婚するの!? そんなのいつ決まったの!?」


 少し前まで都に行くのを渋っていた菫のこの変わりようは何だ! 思わず鈴が菫と楽に問いかけると、二人は顔を見合わせて照れくさそうに微笑み合う。いつの間にこんな二人の間柄になっていたのか!


 さらに視線を鋭くした鈴を見て菫が観念したように話し出した。


「あんたに黙ってたのは悪かったと思ってるけど、決まったのはついさっきよ。それに加護ももらっちゃったし、断るわけにいかないでしょ?」

「えええええ!?」


 番の加護を!? 菫に渡した!? 驚いて楽を見ると、楽は耳まで真っ赤にして頷いている。


「えっと、そういう訳だから……」

「どういう訳ですか!? 何の説明にもなってません! 菫ちゃんも! だってまだここでやりたい事あるって言ってたよね!?」


 ワガママを言って菫を困らせてしまったという自覚があった鈴が言うと、菫は苦笑いを浮かべて頷く。


「ええ。私は学校を中退したくないの。それが私のやりたい事よ」

「そ、それじゃあ初めから学校を卒業したら都に行くつもりだったの?」

「そうよ。それをあんたが早とちりしただけ。あと、楽がいつまでもグズグズしてるのもいけないのよ」


 そう言って少しだけ頬を膨らませた菫を見て楽が視線を伏せて照れたように「わりぃ」と呟く。


 そんな二人を見て鈴はとうとう立ち上がって叫ぶ。


「もう! 誰も教えてくれないんだもん!」

「そんな事言いながらさっきからずっと顔が笑ってるのよ、鈴」


 菫に指摘されて鈴はすごすごと座り直した。菫の言う通りだ。さっきから鈴はずっと笑っている。勝手に頬が緩むのだ。そんな鈴を見て皆が笑った。


 ここへやってきた時にはお別れを言わなければならないと思っていたのに、気がつけば未来の再会の日について話が盛り上がっている。


 鈴は俯いて嬉しくて滲む涙を手の甲で擦り、夕方まで色んな話をした。いつまでも尽きない思い出話に鈴の心からいつの間にか憂いや寂しさは吹き飛んでいる。


 夕方頃、弥七が迎えに来てくれたので屋敷に戻ると、鈴達の気配を察知したのか千尋と千隼が手を繋いで玄関で出迎えてくれていた。


 窓からそんな二人が見えたので窓を開けて二人に向かって手を振ると、二人してこちらに向かって手を振ってきた。そんな様子を見ていた楽がふと口を開く。


「やっぱ似てるよなぁ」

「ですよね!? もうどんどんそっくりになってくるんです!」

「嬉しそうだな」

「当然です! 小さい千尋さまを見ることが出来るなんて、凄く貴重ですから!」

「だな」


 笑っていると車が千尋達の前に止まった。その途端、何故か千尋が助手席のドアを開け、困り果てたような顔をしてそこに千隼を座らせる。


「二人共おかえりなさい。ところで弥七、申し訳ないのですがこのままもう一周してから車庫に向かってもらえますか? 二人は降りてきて構いません――」

「ぶっぶー! にいたんもぶっぶー!」

「あ、楽だけはそのままでお願いします」


 千尋が言い終わる前にはしゃいだ様子で千隼が助手席で手足をバタつかせている。そんな千隼を見て楽は苦笑いして頷き、鈴もまた苦笑いして車を下りると、千隼は意気揚々とこちらに向かって手を振ってきた。


「おつかされまです、千尋さま」


 嬉しそうに手を振る千隼に千尋と一緒になって手を振り返しながら言うと、千尋は困ったような嬉しそうな顔をして頷く。


「今日一日で私は改めてあなたの凄さを実感しましたよ。千隼の相手をするのは仕事とはまた違う体力をごっそりと持っていかれるのですね」

「私が凄いのではありません。皆が助けてくれるから私も千隼に当たらずに済んでいるのです。ところで千尋さま……何だか婚姻色がいつもよりも濃い……ような?」


 千尋の顔には今もしっかりと、薄れる事なく婚姻色が浮かび上がっている。


 そんな千尋の顔を見て鈴は昨夜の事を思い出して頬を染めたが、そんな鈴を見下ろして千尋が頷く。


「それは仕方ありません。何せ私はこの3年の間に同僚たちが次々に発情期で倒れて行くのを目の当たりにしていたのです。幸いな事に私には鈴さんの香袋という強大な加護があったので被害には遭いませんでしたが、それはあくまでもあなたが側に居なかったからに過ぎません。そんな中、ようやく地上に降りてくる事が出来たのです。そりゃ婚姻色も普段よりもずっと色濃く出るでしょう」

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