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第394話

 鈴は千尋の隣でそんな事を考えながら尊敬の眼差しで千尋を見上げると、千尋はその視線に気づいたのかこちらを見下ろして甘く微笑む。


「なんですか?」

「いえ……相変わらず美しいな、と……」

「それは鈴さんもですよ。私は今まであなた以上に美しい人を見たことがありません」

「そ、それは言いすぎです! それに私だって今まで千尋さまほど美しい人は――」

「あーーーーー! 帰ってきて早々戯けんのは止めてくれ! あんた達は子どもが生まれてもずっと変わらないね! ところで千隼はどうした? パパが戻ってきたってのに」


 雅の言葉に鈴はハッとして辺りを見渡したが、雅の言う通り千隼が居ない。キョロキョロと辺りを見渡すと、何故か廊下の奥にじわじわと遠ざかる楽が居た。


「楽さん?」

「ほら千隼、ママが呼んでんぞ」

「や!」


 よく見ると楽は千隼に着物の裾を引っ張られているようで、さっきからじりじりと後ずさりしている。


「おやおや、嫌われてしまいましたか?」


 そんな千隼を見ておかしそうに千尋が言うので、鈴はそんな千尋を見上げてすぐさま否定した。


「そんな事はありません! だって、私は今日千尋さまとお揃いのリボンを取られたのです!」

「そうなのですか? それは災難でしたね。では鈴さんには私のリボンを差し上げましょう」


 そう言って千尋は髪を結っていたリボンをこれ見よがしに解いて鈴の手に握らせてくる。それを見て千隼がハッとしてこちらに向かって駆けてきた。


「ぱぱ! ぱぱ!!」

「おや、思い出しましたか? ああ、随分大きくなりましたね!」


 千尋は駆け寄ってきた千隼を抱き上げて嬉しそうに微笑んだ。この光景を鈴はどれほど夢見ていただろうか。


 どうやら楽もそう思ったようで、しきりに持っていたカメラで千尋と千隼の写真を色んな角度から撮っている。


 しばらく千尋は千隼に顔や髪をペタペタと触られていたけれど、ふと苦笑いしながら言う。


「鈴さん、もしかして私はリボンで認識されているのでしょうか?」

「えっ!? そ、そんな事は流石に無いかと……」


 多分、無い。無いと思う。そんな言葉を飲み込んだ鈴がごまかすように笑うと、千尋は少しだけ寂しそうに笑った。


「構いませんよ。これからは嫌でもずっと一緒ですから。千隼、ただいま戻りました。これからよろしくお願いしますね」

「うん!」


 千尋の言葉に千隼は嬉しそうに頷いて首から下げた千尋の鱗を見せている。その鱗を見て千尋はまた笑み崩れた。それは鈴に向ける時ともまた違う、千隼にだけ見せる顔だ。


「さて、こんな所でいつまでも立ち話は止めて、積もる話もあるので移動しましょうか」


 千尋の言葉に皆がぞろぞろとリビングに移動していく。その後を鈴達は追った。


 千尋は千隼を片手で抱え、もう片方の手は鈴と繋いでくれる。そんな些細な事が心の底から幸せだった。



♠ 

「それで? あたし達はこれからどうしたら良いんだい? 何の連絡も寄越さないから引っ越しの準備も何もしてないんだけど?」


 リビングに入るなり以前と全く変わらない様子で雅が問いかけてきた。千尋は膝の上に千隼を抱えたまま首を傾げる。


「準備とは? 特に何もありませんよ」

「は? いやいや、色々持ってくもんがあるだろ? そもそもこの屋敷どうすんだい?」

「屋敷ごと持って行くので心配は杞憂ですよ」


 シレッとそんな事を言うと、雅はおろか鈴まで驚いたように目を丸くして千尋を凝視してくる。


「ち、千尋さま? そんな事……出来るのですか?」

「ええ。円環に乗せて深夜にこっそり運びましょう。流石に屋敷が空を飛ぶのは見られると色々マズイでしょうし」

「いや、問題はそこじゃないって言うか……千尋さま、本気ですか?」


 楽の言葉に千尋は真顔で頷いて言う。


「あれほど頑張ったのですから、これぐらい許されるべきだと思いませんか?」

「こ、これぐらい……」


 愕然とした楽とは打って変わって、鈴は何やら感動している。


「千尋さま、お屋敷だけですか? あの祠や大木、それに石碑や風龍さんのお墓などは?」

「もちろん、全て、です。ただ祠は置いて行こうと思います。都に戻ったら私はもう神ではありませんから。それにあんな物でももしかしたら何かご利益があるかもしれませんしね」


 そう言って千尋は少しだけ微笑んだ。


「そうですか……ではいつか、都から自由に地上に下りてこられるようになったら、また一緒に爪を取り替えにきましょうね!」

「それは良いですね。是非そうしましょう」


 鈴の提案に千尋が笑顔で頷くと、突然雅が机を叩いて立ち上がった。


「馬鹿言うな! そんな事いくらあんたでも出来る訳ないだろ!?」

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