そんな千隼を勇やマチ、そして的場家の人達や他の人達も手放しで褒めてくれた。その度に鈴が内心何とも言えない気持ちになっているのは内緒だ。
「ああいう所はあんたにそっくりだよ、鈴」
「そ、そうですか?」
「ああ。素直で好奇心が旺盛でさ。あとたまにビックリする程やんちゃだな」
「み、雅さん!」
意外とやんちゃな鈴は神森家ではもうすっかり定着してしまっているが、確かに千隼のそういう所は鈴に似ているのかもしれない。
「でも半分は千尋さまの血なので大丈夫です!」
「そうかい? 千尋も結構無茶すると思うけどねぇ。特にあんたに関してはね」
「そ、そんな事はありませんよ。多分」
鈴は雅の言葉に頬を染めながらまた洗濯物を取り込んでいると、札を直し終わったのか千隼が駆けてきた。
「マーマ、とれた!」
「うん? ああ、本当だ。ママが直してあげる」
「うん!」
千隼が持ってきたのは千尋の鱗だ。千隼は未だにこの鱗を愛用(?)していて、その割には他のことに夢中になって失くしてしまうので、楽がとうとう鱗にキリで穴を開けて紐を通してくれた。千隼は毎朝それを首からかけて遊びに出かけている。
鈴は千隼から千尋の鱗を受け取ってふと首を傾げた。何かいつもと違う気がする。そう思って両手で鱗を包み込むと、微かにだけれど何かと共鳴するかのように震えているような気がしたのだ。その途端また胸が何かを期待するかのようにざわざわと揺れる。
思わず空を見上げてみると空には雲一つ無い青空が広がっていた。
「良いお天気ですね」
鈴が言うと、雅も空を見上げて目を細める。
「ほんとだね。こんな日は庭にシート敷いて転がりたくなるね」
「……雅さんは曇りの日でも転がっているような……」
「何か言ったかい?」
「何も! それじゃあ千隼、おうち入ってパパの鱗直そ!」
「うん! ちはやがもつよ」
「そう? ありがとう」
鈴は千隼に洗濯物が入った一番小さなカゴを千隼に持たせた。すると千隼は両手でそれを重そうに引きずって屋敷に入っていく。
そんな後ろ姿を見て雅が隣で肩を揺らす。
「あーあー。ありゃ洗い直しだね」
「……ですね」
多分カゴの中の物はもう一度洗い直さなければならない。それでも鈴は千隼がやりたいという事は危ない事以外は出来るだけやらせるようにしていた。鈴の両親がいつもそうしてくれていたように。
最近の千隼はお手伝いが流行りらしく、誰彼構わずこうやって手伝おうとする。それをすると皆が喜んでくれると理解しているのだ。
それから部屋に戻って切れてしまった紐の代わりを探していると、千隼がどこからともなく千尋とお揃いのリボンを持ってやってきた。
「まま、これ」
「これ? これは駄目だよ。ママのだもん」
「や! これ!」
そう言って千隼は机の上に飾ってある千尋の写真を指差すので写真を取ってやると、千尋のリボンを指さしてしつこくこれが良いとねだってくる。他のリボンを勧めてもそのリボンで無いと嫌だというのだ。
写真は白黒だし他にも沢山リボンはあるのに、どうしてこれが千尋とお揃いだと分かったのだろうか。不思議だ。
そんな事に感心しながら鈴は千隼に分からないようにため息をついて千隼の手からリボンを取った。
「分かった。でも貸してあげるだけだからね。絶対に汚しちゃ駄目だよ」
「うん!」
絶対嘘だ。凄く良い返事をした時ほどその反対の事をしてくるのが子どもだと鈴はもう理解している。
切れてしまわないようにリボンを鱗の穴に通すと、千隼はそれを受け取って嬉しそうに自分の首にかけてまた写真を指さしている。
「ぱぱ! ぱぱ!」
「そうだね。パパとお揃いだね」
心の中にガッカリする気持ちと寂しい気持ちと嬉しい気持ちが入り交じった。
子育ては大変だとマチは言っていたが、本当に大変だ。どこまで子どもを優先すれば良いのだろう。どれだけ自分の心を我慢すれば良いのだろう。
けれど辛くなりそうな時に限って、千隼は満面の笑みを浮かべて鈴に抱きついてきて言うのだ。「ありがと」や「だいすき」と。そんな言葉を聞いてしまうと、ついつい許してしまう。
今すぐ千尋に会いたい。このどうしようもない相反する気持ちを聞いて欲しい。そして以前のように優しく抱きしめて髪を撫でながら「では一緒に勉強しましょうか」と言って鈴と一緒に悩んで欲しい。
気がつくと千隼が鈴の膝の上で心配そうにこちらを見上げている。
「まま、これ、かしてあげるよ」
相当悲しそうな顔をしていたのか、鈴を見上げて神妙な顔をしながら鱗を差し出してくる千隼に鈴はようやく笑って千隼を抱きしめて頬にキスをする。
「大丈夫だよ。ありがとう。今度は切れないといいね」
「うん。ぱぱつよい。だいじょうぶ」